第2話 決意
Side:Tsukiyo
「初代勇者、名前をセイジ・イトウ様と仰られます」
伊藤誠二。引っ越す前に近所に住んでいたお兄さん。ヲタで三枚目な性格だけど、心には強い芯が通っている人だ。俺が小さいときにさんざんお世話になった。
そして……俺が『神童』となるきっかけをくれた人でもある。
「当時、我々人類は今と同様に魔王軍から侵略を受けていました。しかし、圧倒的に力が足りなかった。魔族や魔物にまともな抵抗もできぬまま、人類は着実に領土を奪われておりました。
そんなときに現れたのが初代勇者様でした。詳しい話はあまり残されていないのですが、たった一人で魔物どもを蹴散らし魔王を討ち倒した姿はまさしく英雄だったと伝えられています。
その後は元の世界に帰るため、魔法陣の研究に精を注ぎました。そしてついに完成すると、恋仲にあった姫様と共に帰っていったのです」
まさしく、といった感じの話だ。
しっかし驚きだな……あの人が世界を救った勇者だなんて。でも確かに、納得できる部分はある。あんなフツメン以下に美人な恋人ができるなんてありえない。それこそ命を救うようなドラマがない限り。そして、昔よく話してもらった勇者と魔王の話。あれのリアリティとか、臨場感にはこういった理由があったのだろう。
しかし、懐かしいな……もう10年も前になるのか。瞼を閉じるとあの頃がよみがえる。怠惰な自分。勝つことの価値を見出した自分。誰も彼もを見下し、鼻を高くしていた自分。
あのときは何も考えていなかったと、理由もなく努力していたと今までは思ってきた。ただの子どもの気まぐれだったと。でも、今なら分かる。俺の奥底にあったのは無意識の憧れや羨望だったのだ。
物語の中の勇者やお兄さんが持っていて、俺になかったもの。それは、何というか……。…………。…有り体に言えば。
『愛』だ。
……めっちゃ恥ずいんだが。
まあそれは置いといてだ。俺は子供の頃から愛情というものを注がれて来なかった。両親からさえも。だから俺は愛に飢えていたのだ。誰かに愛されることを羨んでいた。それこそが俺の渇望。俺の欲求。
テストで良い点をとると、運動会で活躍すると、両親は喜んでくれた。今ではそれが俺自身に向けられたものではないと分かっているが、当時は幼さゆえに勘違いをしたのだ。現実から目を背けたかっただけなのかもしれないが。
だから、無意識のうちに錯覚に陥った。『努力すれば愛される』と。その結果が中3の事件だ。あれは当然の罰だったのではないか。誰も愛そうとしない、本当は誰にも興味のない人間が、誰かに愛されようなど。
そうして俺は、他人の愛を受け止めることができなくなった。恋愛も、家族愛も、親愛すらも。
そして俺は他人と関わることが怖くなった。傷つくことが怖くなった。人生において初めて触れた悪意だったというのも、その恐怖に拍車を掛けていたのだろう。また誰かの愛を求めれば、それは悪意となって返ってくるかもしれない。そう思うのは自然じゃないか?
そうして俺は、とにかく他人の悪意から逃げるように今まで生きてきた。隠して、欺いて、取り繕って。
けど、このままでいいのだろうか……今の俺は、何も目標がなく、ただ死にたくないからなんとなく生きているだけ。未来と呼べるビジョンは何もない。そんな生き方に納得して、何も変わらず生きていくのか?
そんなの………納得できる訳がないだろう!!!
ならばどうする。簡単だ。俺が変わればいい。いつまで悲劇のヒーローを気取っている。トラウマなんかに縛られて何が『神童』だ。そんなもの、自分で克服してやる。俺の人生だ。俺の意志で決めさせてもらう!
目を開けると先程と何ら変わりない景色がそこにあった。しかし頭の中は驚くほどスッキリとしている。靄が急に晴れたかのようだ。
俺は……変わるぞ。本気でこの世界を生きてやる。
そして許されるのであれば、今一度『愛』を求めてみようと、俺は密かにそう思った。
◇◆◇
「やぁ、邪魔するよ。月夜」
「お邪魔しまーす」
夜、そう言って部屋に入って来たのは明上と天霧だ。いったいどうしたのだろうか。……なんつって。
「珍しいね、月夜クンからボクらを呼び出すなんてさ」
「確かに」
二人を呼んだのは俺だ。天霧の真似してみた。許して。
まぁ、これも自己改革の一環だ。俺は今までの人生において、「誰かに頼る」ということとは無縁だった。一人で出来たからな。しかし、こちらの世界は地球の常識は通用しない。ならば慎重にならねばならないというわけだ。少なくともこいつらとの協力は必須だろう。
「あぁ、ちょっと今後のことを話し合おうと思ってな。このメンツなら腹割って話せるし」
こいつらは二人とも俺の過去を知っている。俺も同様に天霧の、そして明上の過去を知っている。つまり、ある意味では気兼ねなく話せるメンバーなのである。
「まずは最終目標だけど、これは魔王討伐だな。元の世界に帰るにしても、こちらに残るにしても、魔王は倒さなきゃならないからな」
「っ、そうか。残るっていう選択肢もあるのか。月夜は……やっぱり残るのか?」
「当然」
俺からしたらあんな世界に戻りたいと思う精神が分からんがな。いい思い出など1つもないあの世界に。何がそこまで大切なんだ? 家族か? 平穏か? 利便性か? そんなもの、俺は望まない。この世界で俺は生まれ変わるのだ。
まぁそれは置いといてだ。
「俺のことはいいとして、恐らくクラスのほとんどのやつが帰還を望む。そして、魔王を倒すために行動するだろう。でもそれだけじゃ帰れない。俺はそう思う。お前らはどうだ?」
「そうだね、ボクもそう思うよ。女神サマの最後のあれは詐欺師なんかがよく使う手口だよ」
「ん?あれって何だ、深影?」
「あぁ、うん。女神サマはボクの質問に確かこう返したよね。『原因を除いたら帰してくれる』って。この原因は一つとは言われてないんだよ」
「はあ? そんなのただの屁理屈じゃないか。しかもあのとき、魔王を倒したら帰してくれるって……ッ!」
「勇人クンも気づいたかな。そう、あの質問に対して、彼女は答えを明示してないんだよ。ただ頷いただけだ。これは君がただ勘違いした。そういうことになる。
ま、たとえ答えていたとしてもただの口約束の可能性があるんだけどね。あんなもの、拘束力があるのかも怪しいし」
「……そこまで分かってて、なぜ何も言わなかったんだ?深影」
そう言って明上は睨む。仲間を危険にさらされた、という点が明上の怒りに触れたのか。あるいは、勇人であるための義憤か、それはわからない。……どっちにせよ、顔が整ってるやつがやると怖いんだよな。どうせ天霧には柳に風だろうが。
「あのときも言ったと思うけど、恐らく女神サマには制約か何かが掛かっている。何をしても話さない、というよりかは話せなかったんじゃないかなぁ。それに、ボクらが彼女に強制できる道理なんて微塵もないしね。あの場を支配していたのは女神サマだ」
「クソッ………! こんなの皆が知ったらどうなるか……」
「何を言ってるんだ? 伝える訳ないだろ? アホか」
「なに?」
「伝えないんだよ。魔王を倒すまでに『全ての原因』とやらを取り除けばいい」
「なっ!? そんなの……」
仲間には全てを伝えなきゃならない、とか思っているんだろう。おーおー確かに「正しい」よ、そいつは。聖人君主だったら迷うことなくそうするかもな。だがそれは甘過ぎると言わざるを得ない。
「不義理だと思うか? 言っておくが、これ以外の選択肢はない。もし伝えればどうなるか判らんからな。発狂してしまうかもしれない。鬱に陥るかもしれない。無茶をして命を落とすかもしれないんだ。確実にことを運ぶためだ。不確定要素は少しでも排除する。嫌でも納得してもらうぞ」
「……っ、分かったよ……」
苦虫をすりつぶしたような顔で答える勇人。だがこいつも本心では分かっているはずだ。勇人は馬鹿だが、愚かではない。ただ、譲りたくないものが人よりも多いというだけ。
「今後は魔王討伐と同時進行で他の情報も集めていくぞ。怪しいことがあったら情報は共有していこう。
じゃあ話を戻すけど、皆は元の世界に帰るために魔王を倒そうとするだろう。その中で、心しておかなければならないことがある。この世界が地球とは、いや違うな。本当に『世界から』異なるということを理解しなきゃならないということだ」
「ごめん、よく分からないや」
「どういうことだ?」
「雑に言えば、ここには『惑星』という概念すらない可能性がある、ということだ。宇宙なんか存在せずに、この大地が世界の全てかもしれない。亀がこの大地を支えてるかもしれない。地動説じゃなくて天動説が正しいかもしれない。……これはただの例えだが、な」
「なるほど……確かに。魔法なんてものがあるくらいだしね」
「あぁ、そう言われると分かる気がするな。で、それがなぜ気をつけろなんて話になるんだ?別に世界が違うなんてみんな知ってることだろう?」
「あぁ、つまり何が言いたいかというと、向こうの世界を基準にするな、ということだ。さっきも言ったかもしれないけど、この世界では命が軽い。向こうの世界で平気だったから、なんて理由でやらかして死亡、ということもあり得るからな。向こうの常識が、倫理観が正しいとは限らない。心に刻んどいた方がいい」
「うん?言ってることは分かるけど、いまいちしっくりこないかな……」
ふむ……もう少し噛み砕いて説明するか。
「そうだな……じゃあ手始めに。
地球では、というか現代日本では殺人は犯してはならない大罪だったな。たとえそれが犯罪者であったとしてもだ。正当防衛じゃなきゃ自分が罪に問われることになる。
だが、この世界、パルティアとか言ったっけか? ここではそんなものはないかもしれない。いや、こっちの法も何も知らんけどな。でも、もしこの世界に野放しになっている犯罪者がいて、俺らがそれと相対したときに正当防衛に縛られてあっちが手を出すのを待っていたら……まあ十中八九殺されて終わりだろう」
「そういうことか。なるほどね……」
「じゃあ敵は殺していいのか、っていうとそう簡単なことでもない。もとの世界に戻りたいのであれば、地球の、日本の倫理観ってやつは捨てちゃならない。他の例なら酒、タバコとかな。ここをどっちに合わせるのか。これも考えなきゃいけない」
向こうに帰ったはいいものの価値観がぶっ壊れすぎて馴染めず、パルティアに残ればよかった、なんてことになってからでは遅いのだ。倫理の壁は一度壊すと再形成は難しい。
「もう一つ例を挙げようか。
召喚されてすぐに、王の前でステータスを確認したよな。あのとき、頭痛を伴って脳内に自分のステータスが表示された。異世界に来たっていう実感も感じただろうけど、同時にこうも思ったんじゃないか? 『このステータスをどこまで成長させられるのだろう』ってな。
まあ実を言うと俺もだったんだけどな。ただ、この考えの危険性を自覚しなくちゃならない。この考え自体が、この世界と日本のゲームとを混同している証明になる。
ゲームならいくらでもやり直せるけどここは現実だ。一度でも死んだらゲームオーバーなんだよ。ゲームと同じ考え方をして、たとえば回復アイテムをケチってそのまま死亡とかあまりにもやるせないだろ。
だから自覚してもらわなきゃならないんだ。この世界こそが現実だと」
「……うん、そうだね。まだゲーム感覚でいたよ。ごめん」
「そう、だよな。もうここは地球じゃないんだ……」
二人とも真剣な顔で頷いた。そう、異世界に召喚される、というのは非常識な現象なのだ。まともな判断をできなくなる程に。そのストレスに対処するために脳がこの世界を非現実として、もっと言えばゲームとして認識してしまう可能性もあるのだ。そんな認識のままではいつか足元を掬われる。そうでなくとも危険であることに変わりないし。臆病なくらいが丁度いい。
ま、脅すのもこれくらいにしといてやるか。
「あぁ、自覚が持てれば十分だ。明日にでも明上からクラスのやつらに言ってやれよ。どうせお前の言うことなら聞くだろ。
さて、じゃあ次の話だ。『闇神』の名前が出たとき、場に緊張感が生まれただろ? あれについて何か知らないか? つっても、さすがに初日だし無理ーー」
「ああそれね。気になったからそれとなく聞いといたよ」
「天霧ぐう有能。ナイスゥ!」
「へっへーん。我を讃えよ。
オホンッ、なんでも、魔物を生み出している神らしいよ、闇神は。んーあのおじさんも嘘を言ってるようには見えなかったけど……やっぱり気になるのかい? 加護を受けてる身としては」
「まぁ無関係じゃないしな。詳しく調べておくとするさ。
じゃあ最後に、お互いのステータスの開示をしようじゃないか。この紙にそれぞれ書いてくれ」
そう言って二人にルーズリーフとシャーペンを渡す。やっぱ現代の道具って便利だよな。異世界への憧れがあろうとこれは真理。
数分もすると全員書き終わったようで、顔を見合わせる。誰からにしようか。
「じゃあ俺からでいいかな?
俺のステータスはこんな感じだ」
***
名前:明上勇斗
種族:普人族
性別:男
年齢:17歳
状態:良好
Lv.1
HP 280/280(+200)
MP 200/200(+200)
STR 553(+500)
VIT 247(+200)
INT 245(+200)
MEN 239(+200)
AGI 232(+200)
称号 : 【努力家】
【贋者の勇者】
【異世界人】
【Hope】
【光神の加護】
固有スキル:[聖魔法Lv.1]
特殊スキル:[早熟]
[限界突破Lv.1]
[無限収納]
スキル : [鼓舞Lv.1]
[身体強化Lv.1]
[人族語理解]
[光属性魔法Lv.1]
***
「STRだけ妙に高いな………」
「いやいや全部高いよ。ボクの2倍はある。ひゃあ~凄いな~」
にしても、『贋者の勇者』ねぇ……。どうやら、称号を創ったやつ(いるかどうかは知らんが)は他人の心を抉るのが好きなようだ。イイ趣味してやがる。明上も、内心穏やかではないだろう。同情はせんが。
「じゃあ次はボクだね。ボクはこんな感じかな。」
***
名前:天霧深影
種族:普人族
性別:男
年齢:16歳
状態:良好
Lv. 1
HP 168/168(+100)
MP 100/100(+100)
STR 126(+100)
VIT 119(+100)
INT 142(+100)
MEN 153(+100)
AGI 168(+100)
称号 : 【影法師】
【ペテン師】
【異世界人】
特殊スキル:[黒影魔法Lv.]
[潜影]
[幻影魔法Lv.1]
[思考誘導Lv.1]
[無限収納]
スキル : [認識阻害Lv.1]
[偽装Lv.1]
[人族語理解]
[真偽判断Lv.1]
***
「うわぁ……」
スキルの組み合わせがあまりにえげつなくて、思わず声に出てしまった。スキル名からして嫌な予感しかしない。一番与えちゃいけないやつに与えちゃっただろこれ。
「何かな? 月夜クン」
あ、少し怒ってる。
「そりゃあ皆に気付かれないなーって思うときもあるよ?『あ、いたんだ。』って言われることもあるよ? でもなんだよ影法師って! くそぉ……そのくせかなり使えそうなのばっかだし……」
違った。というか、気にしてたんだ。天霧が嘘泣きを始めてしまったけど、まぁいいか。スルーで行こう。
というか、天霧には固有スキルがないんだな。何でだろ?
「最後は俺だな。俺はーー
ーーーーという感じだ。」
「【神童】か……ヤバそうなスキルばっかだな。というか月夜、サバ読み過ぎだろ……」
呆れた様子で明上が言ってきた。仕方無いだろ! 勇者があれくらいだから、凡人はこれくらいかなぁーって思うわ、普通!
「それで、英語表記の称号、何か分かるか?」
「いや、ダメだ。さっぱり分からん。明上もか」
「あぁ、同じ状況だ。」
「直訳したら叡智、希望か。モチーフ的に当たりはつくが……まぁ、こいつも調べておこう。1ヶ月もあるんだ。何とかなるだろ」
「よろしく頼む。それにしても……俺のステータスが霞んで見えるな」
「それはボクに対する当て付けかい?」
「うわ深影!? いつの間に復活した!?」
「……そうだよね。こんなだから【影法師】なんて言われちゃうんだよね……」
「ごめんって! 謝るから立ち直って!」
少し天霧が不憫に思えてきた。……少しだけだが。
「はぁ、もういいよ。今度報いは受けてもらうとして……
それより月夜クン? 何かあったのかい?」
「ん? 何かって?」
「いやいやとぼけないでくれよ。いつもならこんな風に積極的に動いたり、誰かに頼ったりしないじゃないか」
「あ、確かに。どうしたんだ?」
「……非常時、だからな。なりふり構っていられなくなっただけだ」
「またまた~隠し事は良くないよ?ほら、ボクらしかいないんだ、喋っちゃいなよ~」
あぁ、もう面倒くさい。半分以上【影法師】の件の八つ当たりである天霧の追及は、夜遅くまで続いたのだった。
Vocabulary
・魔物
魔王の手下であるモンスター。体内に魔核と呼ばれるものを保有しており、それがない怪物は魔獣と呼ばれる。
その殆どが何らかの属性を持っており、様々な相性が存在する。
・属性の相性
自然界、魔物、魔術、魔法、それらに存在する属性には原則的な相性がある。火は風に強く、風は土に強く、土は水に強く、水は火につよい。光と闇は互いに強い。
火 → 風
↑ ↓ 光←→闇
水 ← 土
Unique Skll
・[聖魔法]
魔物や魔族に強い、聖なる魔力を扱うことができる
Extra Skill
・[早熟]
通常よりレベルが上がりやすくなる。スキルの習熟にも影響する。
・[限界突破]
種族としての成長限界を超える。
また、一定時間の間全ての能力値を倍加することもできる。その倍率はスキルレベルに依存する。使用後はとてつもない疲労を感じる。
・[黒影魔法]
影を操ることができる。作り出すことも可能。
・[潜影]
影の中を潜って移動できる。長時間いると消費魔力は二次関数的に膨らんでいく。
・[幻惑魔法]
相手に幻を見せることができる。
・[思考誘導]
相手の思考をある程度誘導できる。
Skill
・[鼓舞]
味方の士気を上げることができる能動スキル。
・[光属性魔法]
光属性魔法を扱うことができる能動スキル。
・[認識阻害]
対象を他者の認識から外すことができる能動スキル。
・[偽装]
他者の見る自身のステータスを偽ることができる受動スキル。
・[真偽判断]
それが嘘か真か見分けることのできる能動スキル。精度はスキルレベルに依存する。