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神童君は異世界で本気を出すようです。  作者: Sonin
第零章 プロローグ
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幕間 『進藤月夜』

 およそ10年前。小学生入りたてのころか。あの頃の俺は特にやりたいこともなく、流れる時間にただ身を任せて生きていた。

 ……少し格好つけ過ぎた。けど事実、欲もなければ志も無い。小学生なんてそんなものだって? そうかもしれない。いったいどれだけの人間が日々を浪費せずに生きていくことができるだろうか。けど俺は、こんな代わり映えのない日常がいつまで続くのかと、生に虚しさを抱いていたのだ。

 有り体に言えば俺は―――つまらない人間だったのである。



 そんな俺でも、楽しいと思える唯一の時間があった。友だち? ゲーム? 勉強? いやいや、そうじゃない。近所のお兄さんの話を聞いている時だ。親戚とかではなく、ただの仲の良い隣人だったわけだが、俺はあの人を実の兄のように慕っていたし、実の弟のように可愛がってもらった。


 お兄さんは所謂『ヲタク趣味』のそれほど格好良くもない人だったが、驚いたことに美人の彼女がいた。日本人ではないらしく、綺麗な金髪だった。どういう経緯で知り合ったかは知らない(いつ聞いてもはぐらかされた)けど、二人が心から信頼し合っているのは明らかで、俺はそれを羨ましく思ったことをよく覚えている。


 俺の両親は共に上昇思考の強い(と言えば聞こえはいいが、実際はそんなもんじゃない)人間で、将来の妨げになりそうなものはことごとく日常から排除されていった。その過程でそういった趣味の無意味さ、悪影響を聞かされていたため、俺はその二人の家で目新しさを覚えた。今思うと、あのバカップルとの縁はこの未知の文化への好奇心が始まりだった気もする。



 お兄さんは、暇な俺にいろんな話をしてくれた。それは物語であったり、経験談であったり、説法のようなものであったり。種類は様々であったが、それらの話には人を惹き付ける「何か」があった。形容しがたい、心が引き寄せられる「何か」が。


 そんなお兄さんの話の中でも、俺が一番惹かれたのはRPGなんかでよくある勇者と魔王の物語だ。正義の勇者が悪の魔王を倒し、愛する姫と幸せに暮らす――――なぜだか俺はそんな物語に無性に惹かれた。だから少ないお小遣いも、親に隠れてそういうゲームや本、マンガなんかにつぎ込んだ。しかし俺はそれだけで我慢できず……そう、遂にはお兄さんに聞いたんだ。


「ねぇ、どうしたら勇者みたいになれるかな?」


 それは子どもであるが故の純粋な質問。自分でもよくわからない憧れのような感情からの、ちょっとした質問だった。しかしあの人は少し困った顔をしたあと、お姉さんと顔を見合わせ真面目な顔で答えてくれた。


「月夜、勇者っていうのは皆の希望なんだ。だからどんなことも諦めちゃダメだ。手を抜いたり妥協したりすることもダメだ。ただハッピーエンドに向かって突き進むことが何より大事なんだ。誰もが笑顔で迎えられるハッピーエンドを」


 その言葉には不思議な説得力と迫力があった。そのためだろうか。その日を境に、俺は人が変わったように努力を始めた。最初は小学生にありがちな気まぐれだったのかもしれない。だけど両親や先生に褒められるうちに、それは習慣となっていった。

 だが両親はそのうち褒めてくれなくなる。それが当然だという考えが芽生えてきたのだろう。だから俺はだんだんと先まで手を伸ばすようになる。今やっている範囲から先へ、来年の分も、その先へも、他の分野までも―――

 そうしてエスカレートしていった。すべては両親に、そしてお兄さんに褒めてもらうために。それはしばらく続き、中学生の後半ではついに調べないと出てこないような専門知識にまで手を染めた。



 しかしその途中で事件もあった。小学校四年生の頃、父さんの仕事の都合で引っ越すことになったのだ。こうして俺はお兄さんに別れの挨拶すら言えずに、離ればなれになった。もしかしたら、俺がお兄さんから悪影響を受けていると考えたからかもしれない。


 新しい家、新しい学校になっても俺のやることは変わらなかったが、その内実、ちょっとした変化があった。「勇者になるため」何かをする、ということがなくなったのだ。勇者への憧れを恥じるようにすらなってしまった。言わば、自分の黒歴史を自覚したようなものである。小学生にして中二病卒業だ。今では早く卒業して良かったと思っている。切実に。

 まぁそれでも努力を続けたのは、さっき言った通りそれ自体がもう習慣となっていたから、というのが主な理由だろう。



 小学生高学年に進級すると、俺は『神童』と呼ばれるようになった。苗字の呼び方をもじったものであり、俺自身の学力も飛び抜けていたためついた名だ。俺も当時は呼ばれて誇らしい気持ちになった。

 だが俺自身とクラスメイトの関わりはほとんど無かったと言っていいだろう。あまり良いことではないが、当時の俺は、友達と遊ぶことが知識を集めることよりも優先すべきことだとは思えなかったのである。そのせいで俺は、手痛いしっぺ返しをくらうことになる。



 中学校に進学するときは、担任の教師に私立中学の受験を薦められた。母さんからも言われたので受験してみたら、あっさり合格できた。また褒められて嬉しかった。



 その後の中学校生活も順風満帆だったと言って良いだろう。気になったことは気が済むまで自力で調べた。親に頼んで格闘技の道場に通っていた時期もあった。独学で音楽をやっていたこともあった。部活にこそ入っていなかったが、その生活を俺はやはり楽しいと感じていた。



 けれども再び、俺は平穏を奪われた。いや、実際それは自業自得だったんだが、奪った側の人間がいたのも確かだ。それは中学3年にして初めて触れた人間の悪意によって引き起こされた。




 放課後の校舎裏、偽物のラブレター、そして―――――






       ―――――嘲りや蔑みの入り交じったクラスメート全員の視線と笑い声。




 その光景は脳に焼き付き、今もこうして思い出す。そして俺は、ついに高校をまともに受験することもできなくなった。悪意に触れても立ち上がれるだけのメンタルを、コミュニケーション初心者の俺は持ち合わせていなかった。



 学校に居場所がなくなった俺は、家に籠りがちになった。そんな俺でも両親だけは変わらずに居てくれる。無条件にそう信じていた。しかしある日、俺は両親の険しい話し声を聞いた。聞いてしまった。


『まさかあの子がこんな風になっちゃうなんて。早く元に戻さないと……』


『まったくだ! いったい今までいくら金をかけてきたと思ってるんだ! これから周りになんて言われるか……』


 それを聞いた瞬間頭の中が真っ白になった。実の両親でさえ、俺のことなど想っていなかった。見ていたのは俺の才能だけだったのだ。それを理解した途端、いまこうしている俺という存在が、この世界から消えていくような錯覚にさえ陥った。


 恐怖に囚われた俺は、家から遠い高校を受験し、適当な理由をつけて一人暮らしの許可をとった。

 とにかく必死だった。あの家に留まっていたら本当に消えてしまうな気がして。何もせずに引き篭もることは自分には許されないのだと思った。



 こうして、『神童』は消え去った。そして人から恨まれないことを最優先事項とし、強すぎる関わりをもたないようにするため、『情報屋』が生み出されたのだった。

 無知は怖い、無知は罪だ、俺はすべてを知ることでようやく安らぎを得ることができる。悪意が蔓延る前に支配しろ。あんなのはもう……御免だ。



 それからというもの、実に退廃的で非生産的な生活を送っている。むかし少しやっていたゲームから、アニメ、ラノベなどのサブカルチャーに手を出しまくった。それで昔からの乾きが癒されたかは、どうだろう。よくわからない。


 勉強なんか真面目に受けないでも軽く聞いたら理解できてしまう。その事実も俺が神童であることを否応にも自覚させる。だから俺は人にバレないように、わざと勉強が得意でないかのように装ってきた。あるいはそれは、せめてもの反抗として。


 一部にはバレてしまったりとイレギュラーもあったが、そんな生活は全ての始まりである『あの日』まで続いた。



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