プロローグ3
目を開けたらそこは、
―――一面の銀世界だった。
……んなわけあるか。ただ真っ白いだけの空間がそこにあった。そう、例えるならまさに○神と時の部屋といった様相だ。どこだここ。
「ようこそいらっしゃいました。勇者様方」
その声のする方を向くとそこには―――
――――後光でも射してそうな美しい女性がいた
……というか射していた。……え? 何この人。人間じゃないの? 他のクラスメートは女性に見惚れてるようで誰も動けない。先生に至っては気絶しちゃってるし。年齢かな?(すっとぼけ
しかし流石というべきかなんと言うべきか、明上が代表してが女性に話しかけた。
「どうもはじめまして。いきなりで申しわけないのですが、ここはどこでしょうか?」
「あ、ご丁寧にどうも。ここは世界と世界の狭間にある空間、名をつけるとするなら『神界』でしょうか?
あぁ、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。末端にはなりますが、私は神に連なる者です。皆様への謝罪とお詫びをするため、この場にお呼び立てしました」
そう言って一礼する自称女神。たいへん流麗な所作だった。目を否応なしに惹き付けられる。比喩ではなく、リアルに。クラスのやつらも否応なしに魅力されている。これが神の美しさだとでも言うのか。
「……そうですか。とりあえず納得しておきます。それで俺たちへの謝罪、というのは? あと、最初におっしゃっていた『勇者』というのは何でしょう?」
「その辺りは関わりがあるのでまとめて説明いたします。
この度、皆様は、元の世界とは異なる世界に召喚されました。その世界は現在、魔王によって秩序を乱されています。そのため人族の王国は、異世界から勇者を召喚しました。その勇者というのが……」
「俺たちという訳ですね」
「その通りです。自分勝手な頼みだという事は理解しているつもりです。しかし、どうかあの世界を救ってはいただけないでしょうか。私もあの世界には滅んで欲しくないのです。お願いいたします」
女神はそう言ってもう一度、今度は深く頭を下げてきた。……ナニコレ? 超展開ワロタとかそんなレベルだぞ。しかし異世界召喚か……その手の小説はよく読むし、年柄もなくワクワクしている。しかしなぁ……どうなんだろうか。絶対に何かあるのがお約束だしな……胡散臭いという言葉ですら生ぬるい。
一人で悩んでいると明上が女神に聞いた。
「えっと、あちらの世界での死は元の世界の死と同じ扱いなのでしょうか? やはり死んだら二度と戻れないのですか?」
「いえ、関係ありません。あちらの世界で死んでも元の世界に帰るだけになっています」
んな訳あるか(二回目)。俺は別に宗教に入ってるわけじゃないけどさぁ、命がそんなに軽くなるはずがないだろ。
これくらい考えれば判りそうなことだが、ほとんどのやつが鵜呑みにしてしまったようだ。そんな都合の良い展開が現実にあるはずないのに。いや、でもどうだろう。神が存在するなら不可能じゃない、のか?
まぁ少なくとも話し合うべき内容だ。俺は明上に声をかけた。
「おい、そ「分かりました。危険が無いというなら僕たちにも協力させて下さい」……」
台詞ブレイカー明上……!! 恐ろしい子……!!
というかこれ、断れないやつじゃないっすか。やだー。まぁテンパってるときにあんな甘い話聞いたら信じざるを得ないのかもしれないが……
「明上クン、今のは嘘だよ」
やはり天霧は疑問を抱いたらしい。しかしあいつは嘘と見たか。それも一理ある。が、俺はすでに女神の言葉を嘘と断ずることができなくなっていた。
「嘘……ってまさか、死んでも平気というのが!?」
「その通り、ですよねぇ?女神サマ、嘘をつくなんて酷いじゃないですかー」
「嘘、とはなんのことですか?」
「またまたぁ~ここで惚けるのは良くないですよ?嘘つき慣れてると、相手が嘘をついてるかもなんとなく分かるんだよね。ほら、表情も少し強張ってきてますよ」
なんだ、結局嘘だったのか。やっぱりこういった面では天霧には敵いそうにないな。人間関係や人の心っていうのはどうにも苦手だ。
天霧の言葉に、女神は動揺した表情を見せた。しかしなによりもそれ自体がものがたっている。女神が嘘を吐いたことを。
「あれあれ~?身に覚えがあるのかな?冗談のつもりだったんだけど。いよいよ化けの皮が剥がれてきたね」
天霧は笑顔を保ったまま目を細めた。天霧お得意の演技、ブラフ、詐術、(自称)奇術師のあいつはそういった技術に長けている。今この場所は天霧の支配下にあると錯覚しそうにさえなる。
「ほら、話して下さい。なぜ嘘なんかついたのか」
「っ、…はぁ……分かったわよ」
女神はついにあきらめたようだった。口調崩し過ぎだろ。てか、やっぱり嘘だったのか。
「絶対に断られる訳にはいかなかったの。それだけよ」
「それだけですか?嘘は吐いてないみたいですけど、全て喋った訳でもないようですね。まぁ事情があるのでしょう。これ以上喋るつもりもないようですし、次の質問にいかせてもらいます。
今からその話を断る事はできますか?」
「それは無理な相談ね。ユート君が引き受けちゃったもの。「俺たちが」ってね」
その言葉に勇人が顔を歪ませる。断れないのは自分のせいだと宣言されて、あいつはどう思ってるんだろうか。あの、理想を体現することを至高の使命だと勘違いしてる勇人君は。
「そうですか。では最後の質問です。
ボクたちが元の世界に帰る方法はありますか?」
そう、その質問こそ、誰もが聞きたかったことなのだが……
「簡単よ。向こうに呼ばれた原因を取り除けば良い。そうすれば帰還なんてこっちでやってあげるわよ」
なんかぬるっと出てきた。
「それはつまり魔王を倒せば良い、と?」
女神は首肯した。
どうやら話はここまでのようだ。
唐突に勇斗が俺たちに頭を下げた。
「皆、ごめん。俺が簡単に騙されたせいで断れなくなっちゃって。もっと慎重になるべきだった」
そう、こういうやつなのだ。明上勇人というやつは。自分の非は認めるし、相手の話すことも素直に聞き入れる。それを生かして次へ進む。だからこそ、
「気にするなよ!」
「あんなの天霧くらいじゃないと気付かないって!」
「メシを奢ってくれたら許す。」
「あ、アタシも!一緒にご飯食べてくれたらいいよ!」
「お前らはたかってるんじゃねぇよ!……勇人、皆の言う通りだぜ。後悔しても過去は変えられねえんだ。前に進もうぜ!」
こうして皆こいつを慕い、ついて行く。
「皆……ありがとう!その通りだな。異世界を俺たちの手で救うぞ!」
『オォー!!』
これが、所謂『カリスマ』というやつなのだろう。皆の中心にいる勇斗の姿はまるで、物語の主人公のようだと、俺はそう思った。
◇◆◇
「では、王宮へ飛ばします」
女神がそう言うと、目の前が光に包まれる。先程と同じように軽い浮遊感を感じた。恐らく転移が完了したんだろう。
それを証明するかのように周りから知らない声が聞こえてくる。目が慣れてくると周囲の様子が明らかになる。足元には大きな魔方陣らしきもの。どこぞの城のように豪華絢爛な装飾がなされた広間。周りを囲むようにいるローブを着た人たち。少し離れるとさらに貴族やメイドと見受けられる人たち。抱えられ、扉の外へ運び出される少女。
そして、ざわめきの中からこちらに歩いて来る老紳士の姿。
「ようこそおいでくださいました、皆様。まずは、私たちの勝手な都合によりお呼び立てしたこと、深くお詫び申し上げます」
老紳士はそう言って綺麗に腰を曲げた。その台詞を聞いたクラスメートたちは戸惑いを隠せずにいた。こんな、日本では見ることのない光景を見て、きっと誰もが自覚したんだろう。本当に自分たちが異世界に呼ばれたのだということを。
そこへ追い討ちをかけるように老紳士の言葉は続いた。
「ここは皆様の住んでいた世界とは異なる世界。『パルティア』でございます」