第23話 臆病ゆえに
お久し振りです。凡そ1ヶ月ぶりでございます。
忘れてしまっているであろう90%の方々のために前回までの振り返りをば。
・月夜、公都にて深影たちと再会
・宣戦布告されちった
・なんか王国から勇者が攻めてくるみたい
・シェリー「時間稼ぎよろしくね(ニッコリ」
みたいな? ……あながち間違ってもないんですよね。
ではどうぞ。
Side:Tsukiyo
「彼の地は此の地、此の地は彼の地。二つは異にして同。其れ則ち此の地にあるは彼の地にある、必然の理なり。“転移”」
エドガーの詠唱が終わり、何だか覚えのある浮遊感に襲われる。次の瞬間、目の前の景色は豪邸の一室から街の路地へと切り替わっていた。
視覚情報の処理と同時に脳内でなされていたのは、先程の浮遊感をどこで経験したのかというまったく無駄な思考だった。そして解はそう時間もかからずに導き出される。
あぁ、そうじゃん。あれと同じなんだ。
およそ2ヶ月前、女神の手によってこの世界に送られたとき。あのときの感覚と酷似している。つまりどういうことか。エドガーが使ったのが神の御業だったか、若しくはあの自称女神が使ったのがただの空間魔法だったか。そういうことだ。
「この状況でまったく必用ない情報だけどな!」
……。俺の独り言に返事をしてくれるやつはいなかった。いたらいたで死にたくなるけど、いなかったらいなかったで寂しい。どうやら、柄にもなく気分が高揚しているのかね。
……いや、この際正直に白状しよう。つまるところ俺は緊張しているのだ。だってこれから見知らぬ貴族とお手手取り合って時間稼ぎしなきゃいけないんだぜ? 1人でやるとか見知った人たち(公都の貴族とか)とやるんなら別にいいんだけど、初見のおっさんに挨拶して仲良くして作戦を練ろうなんて考えただけでも横っ腹が痛くなる。
とはいえ、いまさら逃げ出すわけにもいかんだろう。今逃げたりなんかしたら、後々になって後ろ指を指されること間違いなしだ。それに……エドガーとの約束もあるし、な。
そんな具合に自分を奮い立たせ、少し高いところに建てられた領主の館にたどり着いた。そこまでは問題なかった。そう、そこまでは。問題はその後だったのさ……
「すみません。ここはヴィンデミアの領主、ノーランド様の邸宅でよろしいでしょうか?」
「ああ? なんだ少年? 確かにここはノーランド様の館だが?」
「申し遅れました。私は冒険者を生業としている者です。この度は公都スピカから、公国議会副議長シェリー・エルバン様より遣いを申し付けられました次第であります。お通ししていただけないでしょうか?」
「はあ? お前みたいなひょろっちいのが議会からの遣いだと? お前さんよお、吐くならもうちょいマシな嘘を吐いたらどうだ」
まあそうなるか。
「いえ、嘘ではなくてですね。ああ、実は書状も預かっておりまして。一度目を通していただければ、怪しい者ではないと分かっていただけると思うのですが…」
「くどいぞ、少年。いいから早く帰れ。そもそもここは、お前みたいな身分の者がそう易々と入っていい場所じゃない。これ以上しつこいようだと守衛を呼ぶぞ」
ああもう、どうしてこう頭の固い連中は……! 確かに国の中枢ともなる人間の遣いがこんなガキであることは9割方ないだろうさ。普通なら自分の臣下を遣わすか、冒険者を雇うにしても名の知れたやつに依頼する。それは正しい。
けどさ、残りの1割弱を顧みないのはどうなのよ。何事にも例外はつきものだしさ、そこのところに理解のない人間は愚かと言われて仕方ないと思うんだが。
「そう、ですか。失礼いたしました。出直してきます」
手間がかかるけど、しょうがないか。
門番の死角になるところまで移動して、念のため[気配遮断]も使っておく。そして早速ではあるが、先程借りたリングを使用する。
(おーい天霧ー? 返事しろー)
(月夜クン? どうしたの? もしかしてボクの声が聞きたくなっちゃった?)
(残忍ながらお前の相手してる暇はない。シェリーさんに繋いでくれるか?)
(え?繋ぐって……ああ、そういうことか。了解。ちょっと待って)
うーんやっぱり便利だな、無線通信ができるってのは。無線通信が地球で発明されたのは19世紀。文明の水準とかを考えると、この時代に、例え制限ありとはいえ、こうして離れた相手と連絡を取り合えるっていうのはかなりのアドバンテージだと思う。今から俺もその恩恵に与ろうとしているわけだし。
(ミカゲ君から言われたんだけど……ツキヨ君? 随分と早いけど何か問題でもあったの?)
(問題と言えば問題ですかね。門番に話が通ってなかったみたいでして。正攻法で行くと時間がだいぶ削られちゃいそうなんですよ)
(ああ、そういうこと。ごめんなさいね。そこら辺はこちらの不手際だから、ノーランド卿を責めるのは控えてもらえると嬉しいんだけれど……)
(そこまで狭量じゃないですよ。そっちで話を通してもらえばそれだけで大丈夫です)
(分かったわ。じゃあ少し待っててね。開けてもらえるよう計らってみるから)
(はい。ありがとうございます)
本当助かった。このままあの門番と交渉とか分が悪い。話を聞かない相手ほど面倒なものはないからな。……いや本当に。ソースは俺。
5分もしないうちに、館の中で動きがあった(安心安全の[万里眼])。そろそろかな。タイミングを見計らって姿を見せる。
「またお前か。何度来ても通さんぞ。それとも新しい嘘でも……」
「貴様は何をしているのだッ!!!」
壊さんばかりの勢いで扉を開き中から出てきた男は、息を荒げ、恨みと若干恐怖の入り交じった表情をしていた。服装は身分を示すようにきらびやかな一方で、顔は憔悴の色が見られる。
この男こそ、ノーランド家現当主、フィリップ・ノーランドだ。うーん……ぶっちゃけ、能力的には優秀とは言い難い。ステータスも低いし有用なスキルもない。それでも、王国に隣接したこの土地を任された男であることに変わりはない。任されるに足る何かしらの理由があるんだろうか。
「ハッ、この妙な少年が公都からの使者を名乗り、門を通せと要求してきたので一度追い返したのですが、また来たので追い返しているところであります。
フィリップ様はいかがされましたか? 外出なさるのですか?」
「一度追い返したのか!? この愚か者が! その少年が公都からの遣いだ! 書状の確認を怠ったのか!」
「そ、それは……」
「もうよい。お前はクビだ。早く団長に報告して――」
おっと、これはまずい。
「そんなことをしている場合じゃないですよ。それに、今は1人でも戦力は多い方がいい」
会話に無理やり割り込んだせいで第一印象は相当に悪くなったかも。けど、これ以上は見過ごせなかった。大体、門番の人が俺を追い返したのだって、俺が自分から説明をしようとしなかったからだ。もし俺が多少強引にでも書状を見せていれば、時間はかかったかもしれんが一度で通れたはずだ。
だから俺は言う。
「申し遅れました。私、冒険者をしております、カマルと申します。この度はシェリー様より言伝を承り、参った次第です。あまり時間もないと思われますので、早く話に入りたいのですが……」
「あ、ああ。その通りだ。こんな無能のことは置いておくことにしよう。さあ、早く中へ」
せかせかと館へと歩みを進めるフィリップ(敬称略)。俺は一抹の不安を抱えながらも、その背中を追って歩き出した。
◇◆◇
案内された応接室。席につくよう促されたんだが、肝心のフィリップは俺に待つように言ってまた部屋の外へ出ていってしまった。
「あぁ……茶がうめえ…」
見張りかは知らんが、部屋に残っている初老の執事らしき人が入れてくれたものだ。ド〇ールと比べても普通にうまい。やっぱりサービスの充実を図るよりも、よりうまいものを目指すべきだと思うんだよね。喫茶店とか飲食店は。経営戦略にもよるんだろうけど、個人的にはそうあってほしいと思ってる。
まあそれは置いといて、だ。
フィリップさんが来るまでにちょっと整理しよう。これまでの、そしてこれからのことだ。
俺がここにいる究極的な目的は、勇人たちを正気に戻すことだ。そのために公都から魔法使いをつれてくるまでの時間稼ぎをしなきゃならない。正直言うと求めてる人材が見つけられることに対して疑念は晴らしきれてない。天霧がああ言ってることだし任せるつもりではいるけど、いざとなれば躊躇なく俺が出る。その心づもりでいる。
で、現時点の問題はその前段階。勇人たち相手の時間稼ぎ。俺が正面きってやるんなら問題はなかった。俺の精神力とか集中力とか、そういうのがもつ限りは維持できるだろうさ。
けど、今回の最終目的はそこじゃない。『勇者たちが正気に戻りました。おしまい』じゃあいられないのだ。しかもまだ先に何があるか分からない以上、できるだけ手札はとっておきたい。直接的に言えば、俺の存在を明るみに出したくない。そのためにはフィリップの協力は必須。私兵を預けてくれるくらいまでいくとだいぶ楽になる。
そのフィリップについて考えてみよう。出てきたときの焦りよう、俺に対する態度、そして今の状況なんかを鑑みるに――恐らくあの人を表す言葉は「臆病」がふさわしい。そう、臆病だ。身分の高い相手に対して、自分の領域に入ってきた異物に対して。俺の予想が正しければこの地を任されたのもそこに起因するんじゃないか? 本人からしたら悪夢でしかないと思うけど。でも確かに、防衛の最前線を任せるのにはもってこいな性格だ。本人の意思を無視すれば。
っと、噂をすれば。戻ってきたようだ。
「すまない。客人を待たせてしまって」
「いえいえ、構いませんよ。突然お伺いしたのですから。待たされたなんてとんでもありません」
「そう言ってもらえると、こちらとしてもありがたい。
では早速ではあるが要件を聞こう。何でも、時間がないとのことらしいのでな」
「ええ、それは構わないのですが……」
言葉を濁し、チラリと視線を向けた先にはさっきから微動だにせず直立してる執事らしき人物。紅茶を入れてくれたおじ様だ。あまり広がってほしい内容でもないからできれば出ててほしいかなー、なんてニュアンスを込めたつもりだったんだが……
「ああ、爺のことは気にしないでくれ」
気にしないでくれって……まあいっか。領主様がそう言うんなら。
「了解しました。では、事の起こりは――」
そして俺はことごとくを伝える。現状、問題、予想される原因、そのすべてを。できるだけ危機感を煽るように。
話が落ち着く頃には、フィリップはすっかり顔を青ざめていた。すごく胃が痛そうだ。この世界には胃薬はあるんだろうか?
「……情報の提供、感謝する。議会の考えは理解した。
それで、どうするつもりだ? 勇者どもの足止めなど正気の沙汰とは思えんが? 何か秘策があるのか? それとも貴殿以外に応援が来ているのか? どうなのだ、早く教えろ」
「期待なさっているところ恐縮ですが、間に合う援軍は私1人です。作戦や指示も私は承っておりません」
それを聞いたフィリップの顔は、分かりやすいくらいに絶望に満ちていく。勇者とまともにやりあえるだけの援軍や策を俺が持ってきたと、そんな淡い期待を抱いていたんだろう。しかしその幻想は打ち砕かれ、悟ったのだ。自分が公国の捨て石にされたことに。
ただ保身に走るだけの人物なら、こんな状況になれば迷わず街からこっそり逃げるという選択肢を選ぶだろう。しかしフィリップはその選択肢を選ぶことはできない。それは善人だからだとか、そんな綺麗な理由ではない。単に怖いのだ。もしそれが途中で見つかったら? 公国の恨みを買い、捕らえられ牢に入れられたら? 逃げ切れたとしてその後はどう生きていく? それらの不安を前にして実行に移す勇気がないだけなのだ。それこそが俺が臆病と称した所以。
だからフィリップはここから逃げることはできない。許されているのは議会から言い渡された無茶をなんとか通すことだけだ。
まあ全部俺の勝手な推測なんだけど。
「ですが」
だからこそ。
「命を諦めるのはまだ早いと思いますよ。全く可能性がないというわけではないですし」
へし折った心の目の前に希望をちらつかせてやればほら、この通り。
フィリップは俺を縋るような目で見ていた。
「そ……それは本当なのか……?」
「ええ、本当ですとも。フィリップ様にも手伝っていただかなければならない部分もありますけどね。
どうでしょうか。私に今回のすべてを任せていただけないでしょうか?」
「そうか…ならば――」
「お待ちください。旦那様」
フィリップが決断を下そうとしたところに待ったがかかる。声の主はこの場にいる3人目。爺さんだ。
「何だ、爺や? まさか私に指図しようなどとは言わぬだろうな?」
「いえいえ、そのような烏滸がましい真似、この老骨はいたしません。しかし、お決めになられるのはその可能性とやらを聞いてからでも遅くはないのでは、と差し出がましくも進言させていただきます」
「フム……それもそうか。
それで、貴殿はいかにして勇者どもとやり合おうと言うのだ? まさか私に言えないような内容ではあるまい?」
チッ……面倒くさいことになった。こっちは時間がないってのに。
「……凡そ8000人」
突然言葉のキャッチボールを放棄した俺に2人はクエスチョンマークを浮かべている。1人で急にドッヂボール始めたようなものだしな。
けどまあ聞きなさいって。
「この街に住んでいる人間の数です。そしてこの街の騎士団の数が600人程でしたか。一方で、王都の人口は凡そ100,000人。騎士団の人数は3000は下らないでしょう。それに加えて勇者約40人と、他の街の騎士団も途中で合流する可能性もあります。
……戦力差が分かりますよね。おかしいと思うんですよ。これではこの街の存在意義が分からない。勇者がいなかったとしてもこんな戦力差では防衛なんて任せられない。……そうは思いませんか?」
いきなりの話題の転換。2人は戸惑いながらも頷く。
「ええ、そうでしょうとも。こんなの、相手を正しく推し量れない程に愚かであるか、自分の兵に余程の自信があるかしなければあり得ません。あるいは―――
―――何か隠し玉を持っている、とか」
執事さんはポーカーフェイスをなんとか保てているが、フィリップはもうボロボロだ。どうやら謀も得意ではないらしい。バレちゃったヤバイどうしようって顔に書いてある。
もうひと押しか。
「1、2の……7いや、8人ですか」
「な、何が……」
「それはもちろん、現在この館に待機している雇われ戦力の数ですよ。使用人にも混ぜているとはなかなか考えましたね。
あ、お茶をもう1杯いただいてもよろしいですか?」
「え、ええ、かしこまりました」
ふむ……どうやら動揺を誘うことはできているみたいだ。
この館に待機、あるいは潜伏している人間――十中八九冒険者だろう――は8人。全員がステータスから判断するとCランク以上。ここにいるのが全員であるとは考え難いし、この2倍くらいは契約していると考えて良さそうだ。
普通に考えて敵わないと思ったのに放置する阿呆がいるだろうか? ありえないだろう。それが臆病な人間ならなおさらだ。ならどうする? まともに思いつくのはこっちの戦力増強だ。しかし正規に雇うのは財政的に難しい。だったら当然、外部から非正規に雇うだろう。
そこまで考えたときには、俺の眼は既にそいつらを探していた。身なりは良さそうに見えないのに客人のように寛いでいる連中や、メイド服を着てるのに働いている様子の見えない女。[解析]してみれば案の定だ。そして見つけた瞬間、推測が確信に変わった。
そして同時にこうも思ったのだ。こいつらを使えば、俺の作戦も実行に移せるかもしれない。
「どうぞ」
「すみません。ありがとうございます。
―――ふう。ええと、何の話でしたっけ?あ、そうそう、非正規の私兵の話でしたね」
「っ、白々しい……!」
「何か仰いましたか? この非常時に任された街よりも優先して自分を守らせている、公にされたら立場の危うい貴族様?」
「貴様は……この私を脅そうと言うのか?」
「そうとってもらって構いませんよ。私に全てを預けていただきたい。この街の命運も、雇った冒険者への指揮権も、そして今回の結果起こり得る全ての責任も。
あなたはそう、脅されただけだ。もしうまくいかなければ、全て私のせいにすると良い。もしうまくいったならば、私たちは協力してそれを成し遂げた。その功績は領主たる貴方のものだ」
「そ、それは本当だろうな?」
「もちろんです。私ほど嘘を吐かない人間はなかなかいませんよ」
嘘だけど。
「……脅されてしまったのなら、仕方がないな。
爺やもそれで構わぬか?」
「ええ、脅されてしまったのですから。文句など言えるはずもありませぬ」
「ええ、お二方は脅されたのですから。仕方がない」
ハハハハハハハ……
その館の応接室では、しばらくの間乾いた笑いが重なり合い、こだましていた。
王国軍到着まで、残り2日と半日。




