第19話 勇者たちの日常
今回は短いです。
短いのと長いのとを繰り返してる気が……
Side:Kaede
1週間前、進藤月夜が死んだ。その出来事のせいでクラスのみんなは部屋に篭ってしまった。かくいう私、村雲楓もそのときは酷い状態だったけれど、今はむしろ以前より精力的に訓練に励んでいる。
他の人も似たような感じだ。段々と部屋に篭っていた人たちは外に出ていて、各々自分ができることに取り組んでいる。これも勇人たちのおかげだと私は思ってる。みんなが篭っていたとき、勇人や彩星、虎太郎や武田先生といった人たちはそれぞれの部屋にご飯を運んだり、声を掛けたりしつつ訓練を行っていた。
他の人がどういった経緯で出ようと思ったのかは知らないけど、私の場合は自分が情けなくなったから、というのが一番大きい。決定打となったのは、ある日虎太郎に掛けられた言葉だった。
『大丈夫か……?無理はしないでいいからな?
こういうのは自分のペースでいいんだし、いざとなったら俺が守ってやるからよ!』
『ッッ!!』
『じゃあ俺は訓練に行っt『私も行く』…え?』
『私も行くって言ったのよ。何よ、何か文句でもあるの?!』
『……い、いや、ない!
行こうぜ! みんな待ってるからよ!』
虎太郎は日本では剣道部の部長、エースだった。うちの学校の剣道部は強豪と呼ばれる程度には強くて、中でも虎太郎は個人戦では全国に出場するほどの実力の持ち主だった。けれど、こっちでは違う。彼は、意識的にスキルを発動させながら戦う、ということに馴染めないようだった。
この世界の戦闘はどれだけ上手くスキルを使えるか、そこがまず重要な要素になってくる。だからスキルを上手く扱えない虎太郎は必然的に弱者として扱われる。剣道をやっていた分剣術は一流にも届き得るのに、肉体の強化を同時にできないせいでその技術を活かせてない。言っちゃなんだけど、あの立花や文化部の白石にすらとっくに追い越されていた。
それは虎太郎にとって相当な屈辱だったと思う。誰の目から見ても惨めで、投げ出してもおかしくはなかった。けれど、あいつはそれでも訓練に一所懸命に取り組んでいた。あの厳しい騎士団長のバルダさんも、私たちのことなんて滅多に褒めたりしないのに、虎太郎のそういうところは評価しているみたい。
対して私は、自分でいうのもなんだけどこっちでの戦闘に適性があった。日本では、女であるというだけで男に太刀打ちするのは難しかった。身体能力そのものに差があったから。だから私は速さを、そして技を磨いていた。
それがこっちに来て、私は身体的な強さを得た。おかげでかなり強い方になった………と思う。騎士団の人たちといい勝負ができるくらいだし。
そんな私を虎太郎は『守る』と言ってくれたのだ。本来なら私の方がが守る立場にあるというのに。情けなかった。クラスでは私は『おかん』とかふざけ半分で言われていた。面倒見が良いから、という理由で。
なら、私がみんなを守らないでどうするのだろう。私にだってプライドが、矜持がある。
そういうわけで私は部屋から出た。つまるところ、私は誰かに見下される弱者でいることを許容できなかったのだ。あまりにもエゴイスティックな考えだとは思ったけど、これは性分だし。変えるつもりも、変えられる気もしなかった。
「453ッ! 454ッ! 455ッ!」
私は一心に剣を振る。剣の腕を磨くために。この世界の言い方だと、[剣術]スキルを上げるために。別にやっていて楽しいものではないけど、剣道部でやっていた素振りよりはマシだと思う。強さが数値化されているから、訓練の成果が目に見えて分かるのだ。意味があるとはっきり分かればモチベーションも上がる。
「496ッ! 497ッ! 498ッ! 499ッ!」
「あっ!かえで……」
「500ッ!
…………ん、何?」
日課の500回を終えると丁度いいタイミングで彩星がやって来た。
「ごめんね、じゃましちゃった?」
「大丈夫よ。丁度今終わったところだから。
で、どうしたの?」
「朝ごはんできたからみんなを呼んでこいって、先生が」
「もうそんな時間なのね。分かったわ。
着替えたいから一旦部屋に戻っていい?」
「うん、私も一緒に行くよ」
二人で絨毯の敷かれた廊下を歩く。今さらだけどなんだか夢を見ているんじゃないかと思う。こんな大きくて立派なお城に住んでるなんて。
城内はメイドや執事さんたちの手で綺麗に保たれている。今歩いている廊下も例外ではなく、まさに塵一つ無いと形容するのに相応しい。それを可能にしているのは、やはり魔法の存在だ。ただの掃除にさえ魔法を使うことが常になっている。この世界ではすでに魔法が生活の一部に組み込まれていると理解させられる。
それにしても……
「―――でね、今日の朝はね、び、びゅっふぇ?だって言ってたよ!
こっちのご飯全部おいしいから楽しみだよね〜」
隣りの彩星を見ると、だらしない顔をしながら涎を垂らしていた。全く……この幼馴染は……
「私も確かにそう思うけど、涎は拭きなさいよ。人さまに見せられない顔してるわよ」
「はうっ!」
口元を拭った後彩星はえへへ、と笑った。
「……ねえ彩星。一つ聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「ん? 何?」
今ここには二人しかいない。チャンスだ。私はここ数日間、ずっと疑問に思っていたことを聞くことにした。
「彩星はさ、月夜のことが好きだったのよね?」
「うん。その気持ちは今も変わらないよ。私は月夜君のことが好き」
うーん、なんでよりによってあんなのを……いえ、この子の趣味の話はひとまず置いておこう。
「なら何でそんな平然としていられるの? あいつとはもう、会えないのに……」
月夜が殺されたあの日、なんとかお城まで帰ってきた私たちは精神がひどくボロボロでいつ倒れてもおかしくなかった。先生や勇人でさえそんな状態だったのだ。彩星がいったいどうなってしまうか、心から心配したのに―――次の日の朝、彩星は元気をすっかり取り戻していたらしいのだ。
実際に彩星と話してみても、やせ我慢しているような印象は受けない。どうにもおかしな話だ。
そう思っての質問。私は真剣だったのに、彩星は笑った。
「ふふっ、ごめんね。楓を笑ってるんじゃないよ。勇人君も前に同じことを聞いてきたから面白くて。
どうして悲しそうじゃないのか、でしょ? それはね、本当に悲しくないからだよ。勇人君にも言ったんだけど、月夜君は生きている気がするの」
訝しむ私に、根拠はないけどね、と彩星は続ける。
「それにあの月夜君が簡単に死ぬって考えられないしね。楓だってそうじゃない?」
「そうだけど……」
クラスの中では情報屋という以外に特に目立たなかった月夜だけど、私たちは知っている。進藤月夜は強者であったことを。きっと剣道の段位を持っている私と月夜が日本で戦っていたとしても、私はが勝てるのは運が良くて10回のうち1回だったろう。
だからこそ、目の前で起きたあの惨劇に違和感を拭いきれずにいるのだ。彩星はあの景色こそが非現実だと言っているし、そう言われれば確かに、とも思う。
けどようやく疑問が解けた。月夜が生きている可能性があるなら、その希望に懸けてみるってことね。
「ちゃんと訓練して、強くなって、いつか月夜君を探しに行くんだ。絶対に」
そう語る彩星の目は決意に満ちていた。
いつものほほんとしている親友がここまで本気になっているなら手を貸さない理由はない、か……
それに、もし月夜が死んだことがはっきりして、彩星の心の支えがなくなったら……そのときこの娘を支えてあげるのは、私の役目だ。
「私も、お供していいかしら?」
私の申し出を聞くと、彩星は目を大きく見開いた。だんだんと涙ぐんできている。嗚咽混じりの声は何を言っているのか聞き取れはしない。それでも、何回も頷きながら言葉にならない声で何を伝えたいのかは分かった。
ありがとう、と。
◇◆◇
彩星が落ち着くのを待ってから私たちは食堂へ向かった。どうやら私たちが最後だったようで、他のみんなは席についていた。ちょっとゆっくりし過ぎたかしら……
そそくさと席につくと毎朝恒例の王女によるお話が始まる。挨拶から始まり、朝食の解説、今日の予定を淀みなく話す。
この王女、アイリス様はついこの前まで床に伏せていたらしい。その姿を見たわけではないけど。
私が訓練に復帰したときには既に一緒に訓練に混ざっていた。剣術よりも魔術や魔法の訓練に力を入れているようだった。
クラスの子に聞いた話によると勇人に救われたとかなんとか。傍目から見ても分かるほどに勇人にひっついていて、惚れているのは一目瞭然だった。美咲とかあずさに加わってまた倍率が上がったんだなーと他人事のように思った。実際他人事なんだけど。
「―――以上です。
近い内に再び郊外へ魔物を討伐に行くことはご存知だと思います。今度こそ犠牲を出さないためにも、来るそのときに向けて今日も精進しましょう。
では、朝食にいたしましょう。私たちの糧となる命の恵みに感謝を。いただきます」
いただきます、と声を揃えて言う。このあいさつがあることには驚いたけど、過去に来た勇者が伝えたんだと聞いて納得した。こういった何気ない動作に日本への懐かしさを覚える。ホームシックと言ってもいい。
早く帰りたい。その思いは私の中に強く存在する。でも、そのためには力が必要不可欠だ。障害となる魔物、魔族、魔王を倒して帰るための力が。目的を果たすためなら手段は選ばない。多少強引でも敵を殺さなきゃならない。
魔物の討伐。それを聞いて私を含むクラスメートたちは目をギラつかせた。二回目の実戦訓練だけど怖がってる様子は見られない。やはり皆帰りたいのだ。早く強くなって敵を殺して、また強くなりたい。
そんな私たちを見ている姫様の悲しげな表情が、やけに脳裏に残った。




