第14話 38歳の恋路
更新かなり遅れてしまい申し訳ないです。お詫びにいつもより若干長めでお送りします。
Side:Tsukiyo
さて、エドガーのお陰であっという間に国境越えを果たした俺たちは関所から最も近い街、ヴィンデミアに来ていた。王都なんかと比べるとかなり小さな街だが、大都市にはない穏やかさだとか、そういった雰囲気がある。
この街で特筆すべきは治安の良さだ。ここは王都ネスカと公国の首都スピカのほぼ直線上に位置する。二国間では一応の和平条約こそ結んではいるが、いつ攻めこまれるか互いに警戒している状況だ。なので王国に最も近いここ、ヴィンデミアは王国からの侵略に対抗するという役目がある。だからこそ他の街に比べて軍備が整っている。何もないときは街の警備を行い、非常時のみ国境の防衛にあたるという寸法だ。
……ただ、いささか無駄になっているように思える。街の警備にあてても兵が余り、一人ひとりの質が低くなっている。もし本当に王国軍が攻めてきたりしたら、保たないだろうな。ないだろうけど。
ま、そんな話は置いといて。ここでは必要物資の補充を行い、それが完了すればすぐにでも公国の首都に向けて出発する予定だ。そう長居することもないだろう。
それにしても……
「ん? どうしたツキヨ、俺の顔に何か付いてるのか?」
……こんなやつが国のトップ、大公だとは。まぁ政治とか実務に関するものじゃなくて象徴としてのトップなんだろう。じゃなきゃこんなところにこいつはいないだろうし、冒険者なんてやっている暇はない。
「あぁ、ついてるぞ」
「え、マジかよ!どこら辺だ?」
目と鼻と口がな。
◇◆◇
時間も時間だったので宿を取ろうと提案したら、エドガーが良い宿を知ってると言うので任せることにした。何でも、『最高の料理』が食べられるそうだ。
あいつは馬鹿だが、馬鹿舌ではない。むしろ脳の繊細さが舌に吸収されたのでは、と思える程に味にはうるさいのだ。そのおかげ(せい)で[料理]スキルが旅の中でガンガン上がったけどな!そんなエドガーが『最高』と称する料理。興味が湧かないはずがなかった。
宿屋は閑散とした街のはずれにあった。建物自体はかなり古いみたいだが、こまめに手入れされていることが伺えた。客は全然いないようで、ほとんどが空き部屋だった。金には困っていないので、一人一部屋ずつ取る。
……もしも同室だったなら、夜はまた戦場になっていただろう。敵はいびき・寝言が五月蝿く、寝相が悪く、寝起きまで悪いと三拍子そろっている。やつの近くにいながらも眠りたいのであれば、それなりの準備が必要になってくる。耳栓、アイマスクは当たり前。衝立で物理的に仕切った上で、[結界]を使い魔法的に仕切る。ここまでしてようやく朝まで持つかどうかといったところなのだ。……旅の初めの頃はそれはもう苦労したね。五月蝿くて眠れず、かかと落としをくらって起こされ、衝立も[空間魔法]で無視してくる。しかも起こすのにめっちゃ時間がかかる。何回ブチのめしてやろうかと思ったことか。
しかも眠ってるときはごく普通に使ってくる[空間魔法]、起きてるときはろくに使えないってどういうことだよ。マジで意味が分からない。
二階の部屋でしばらく一人愚痴りながら身体を拭き終え(濡れタオル・有料)、食堂に降りると宿屋の娘さんと思しき少女と戯れているエドガーの姿があった。……お巡りさん。こいつです。
「あら、エドガー様のお連れさんですね? ありがとうございます。うちみたいな貧乏宿屋に泊まっていただいて」
俺が遠目からその様子を眺めていたから、そう判断したのだろう。女将さんが話しかけてきた。
「いえいえ、貧乏なんてとんでもないです。良い宿屋だと思いますよ。お世辞じゃなく」
女将さんは自虐気味に貧乏なんて言っているが、見たところ建物内は清潔に保たれているし、質素であるもののいい宿屋だと思う。以前使わせてもらってた王城の部屋も綺麗ではあったが、庶民派の俺にはどうにも落ち着かん。てかあれになじめる高校生の方が異常だろ。
「そうでしたらいいのですが……あなたも変わっているのですね。街の中心部に行けばもっと大きくて豪華な宿屋があるというのに。
エドガー様、北方へ遠征に行くときは必ずうちに泊まって行ってくれるんですよ。しかも娘とも遊んでもらってしまって……」
「そんなに自分を卑下しないで下さい。ここに来る途中にエドガーは言ってましたよ。『この国のどこよりも飯のウマい宿屋に連れてってやる』って」
「ッッ!!」
「エドガーにそこまで言わせる料理、楽しみにしてます。是非またここに来たいって、俺にもそう思わせてください」
「はい……! ………はい……!!」
女将さんは最後には感極まった様子で口元を押さえていた。国のトップにそこまで言ってもらえたことが余程嬉しかったのだろう。……エドガーはどうしてそこまで慕われているのだろうか? 今度誰かに聞いてみるかな。
「おい、ツキヨ! ベラと何話してたんだ?」
「あ? お前の話だよ」
「何!? ベラはなんて言ってたんだ?! なぁ!」
お前は片想い中の中学生男子か。
「お前が褒めてたって言ったら泣いてたよ。
にしてもどうしたんだ? 女将さんに気でもあるのか?」
「泣いてた……俺が褒めたら……。………。まさか、嫌われてたのか!?そんな……………」
「中学生女子か!! 女々しいわ!!
てか何、お前やっぱ女将さんのこと好きなのか」
「え、いや、好きって、その……」
「だから女々しいし気持ち悪い! 男ならはっきりしろや!」
「その……まあ。好きと言やあ……そうだがよ………」
……2m程もある大男が頬を染めて、モジモジしている。気持ちわるっ!!! 何コレ? 38にもなる大人が初恋かよ! 本書けそうだな。『齢38の初恋』、主人公がおっさんじゃなければ売れたかもな、ケッ!!
……現実逃避をしてしまう程度には俺は混乱していた。
◇◆◇
「どうぞ、召し上がってください。…お口に合うと良いのですが……」
夕飯、俺たちの前に出されたのはペペロンチーノによく似たパスタだった。ニンニクに近い香りが食欲をそそる。
ペペロンチーノはパスタの中でも簡単な料理だとされている。それゆえに料理人の腕がそのまま反映される。木製のフォークに麺を巻きつけ、口に運ぶ。口に入れた瞬間、俺は驚愕した。
――これがペペロンチーノだというのなら、俺が今まで食べてきた/作ってきたものは何だったというのか――そんな疑問さえ浮かんでくる。
正直に言うと、俺は『最高の料理』とやらを疑っていたのだ。だってそうだろう? 自分の好きな人を貶すような発言をするか? むしろ誇張するのが普通だろ。だからベラさんの料理もエドガーの贔屓目が入った結果だと思っていた。
だが実際にその料理を目の当たりにして、俺は自分の勘違いを思い知らされた。『最高の料理』というのは誇張でも何でもなく、純然たる事実だということを。
俺は何でもできた。当然、料理もそこらの所謂一流シェフと肩を並べられる程度には。そしてその自負もあった。ところが、あの人は格が違う。
認めよう。俺の負けであると。そして今ここで誓おう。一流のその先―――超一流になってやる。俺にはその才能があるはずだ。クソッ……うまい……!
気付けば、皿に盛ってあったパスタは綺麗になくなっていた。隣のエドガーは涙を流しながら2皿目を食べている。ったく………
「ベラさん! 俺にも追加お願いします!」
「はーい、かしこまりました!」
あー、久々に食戟の○ーマ読みたい。
◇◆◇
食休みがてら少し談笑した後、部屋に帰って来た。
16年間生きてきて、「敗北」というものを初めて経験したわけだが、不思議と清々しい。確かに悔しくはあるが、恨みや怒りといった感情は湧いてこない。あるのは「いつか勝つ」という単純な闘志だけだ。……俺がこんなに負けず嫌いだったとは。新たな発見。
ま、それはそれとして。今俺がとても気になっているのは目の前で幸せそうな顔をしてやがるエドガーのことだ。
気持ち悪いくらいに純情だったが、ベラさんが好きというのは本当らしい。ベラさんは夫がいるわけではないと言っていたし、エドガーに悪感情を持っている様子もなかった。
が、あいつは一応一国の頂点だし、血統的にもそして性格的にも優良物件だ。そんなやつがこの年齢で結婚していないなんてことがありえるのか?
「なぁ、エドガー」
「ん?なんだ?」
「お前って結婚してんの?」
「」
返事がなかった。何事かと思いあいつの方を見ると固まっていた。……Why? 何故に?
「おーい。エドガーさーん。どうかされましたかー?」
「んん、いや、大丈夫だ、問題ない。
結婚か? 一応してるぞ、ああ。それがどうかしたのか?」
「ベラさんが好きなら結婚しないのかと思ってな。大公なんて立場にいるんだから、側室だっていてもいいんじゃないのか?」
「おいツキヨ馬鹿やめろ。バレたらどうしてくれんだ。」
エドガーは何やら焦った様子で辺りを見回していたが、しばらくすると安堵の息を漏らした。
「丁度いい機会だしそろそろ教えておいてやる。
確かに俺は結婚していると言ったが、正確にはそうじゃない。同棲してるし子供もいるが、書類上は結婚していないんだ。事実婚ってやつだな。
その相手っていうのがエルバン侯爵家の現当主だ。前に話した王国から離れたうちの一家だな。前エルバン侯爵は俺の両親、つまり前国王夫妻の古くからの友人で、それぞれの跡継ぎである俺とあいつは小さい頃から付き合いがあった。弟は国王になるための教育を受けてたからな。そしたら俺とあいつが婚約させられるのは当然の結果だ。本人たちの了承もなしにだぞ? それが大体10歳くらいのときだった。
それからしばらくして、あいつの両親が賊に襲われて殺された。後継者はあいつしかいなかったから、周りの貴族は他の家に吸収されるしかないと思ってたんだがな。驚いたことにあいつは自分が当主になるって言い出してな。結局本当にそれを実現させちまったんだよ!
ただ、やっぱ一人で背負うには重すぎると思ったし、俺はかなりの頻度であいつの家に行くようになった。何ができるでもなかったが、精神的にだけでも支えてやれれば良かったんだ。
だが、それが良くなかったんだろうな。まだ幼いのに両親を亡くして、そのストレスや淋しさを当主としての仕事に注いでいた。そこへ俺なんかが入り込んでしまえば、あいつが俺に依存してしまうことは当然だった」
………えーっと、長々と話していたけど、要するに………
ヤンデレ?
「おい、なんだその顔は。言っとくが嘘じゃねえぞ。
かなり前に一度、ベラのことを話そうとしたんだがな。この世界に絶望したような顔したんだ……もう他の女の名前出すのすら躊躇うようになっちまった」
いや、そうじゃないんだけど……
「それで、お前はどう思ってんの? その相手のこと」
「あー、昔の馴染みだし大切ではあるが、結婚とかは違う気がするんだよな。もう家族でいるような感覚だったから、結婚って言われてもピンとこなくてな」
「だから結婚はしないと?」
「あぁ」
はぁ………来ましたよ。鈍感系主人公的思考。略してDSS。なんでこう……相手のことは考えてるのに傷つけるようなことをするのか。
「……お前馬鹿だろ。結婚ってのはただの制度、呼び名であってその関係性を表すものじゃない。結婚したから何か変えなきゃいけないってわけでもあるまいし。
それにお前、子供いるっつったよな? どんな流れでそうなったの?」
「酒」
「は?」
「だから、酒だよ。酒飲んで酔った勢いでヤッちまった」
ねえ? ちょっと軽くね? 何こっちのお偉いさん的にそんな反応なの? 貴族の娘孕ませたんだよな?
「え、ちょ、待って。よくある話なのか? そういうの」
「まぁ、そうだな。結構あることだと思う。間違えて使用人孕ませちまったりな」
「……なら一概に悪いとも言えないが、俺らのいた世界なら犯罪だぞ、それ。強姦罪で刑務所行きだな。てか常識的にも相手の合意なしにはダメだろ」
「失敬な。合意なら取れたぞ。後から。」
「先に取れっつってんだよ!
普通そういう場合は責任取って結婚するもんなの。相手もお前のこと好きだから受け入れてくれたんじゃないのか?」
「多分、違う。あいつは誰かに依存することで精神の安定を保っている。だから……」
「『だから、俺である必要はない。俺よりも良い相手がいる』なんて言い出すんじゃないだろうな? ふざけてんじゃねえぞ。
確かにそれで通せたときもあったかもしれない。が、もう遅すぎだ。お前が手を出してしまった時点でそれはもう通用しない。分かっているのか? お前は長い付き合いのある女との絆を利用して手を出し、挙句に捨てようとしてるんだぞ?」
「な!? 違う! 俺はそんなこと……」
「お前にどんな考えがあろうと、周りはそう判断するだろうよ。そしてそれは、相手も同じだ。
理解したか? お前は何をするべきか」
「……責任を取る、か?」
「当たり前だ。お前がその人の幸せを望んでんなら、やるこた決まってる」
「っ、分かったよ。帰ったら俺はあいつに結婚を申し込む。
そういうことだな、ツキヨ?」
「知らねえよ。ただ、お前がその人を幸せにしろよ。それがお前の償いなんだから」
DSSにかなりムカついたのでキツめに言ってしまったが、あれは紛れもない本心だ。ラブコメに一家言持っている身としては、言わずにはいられなかった。両想いみたいなものなのに何故まっすぐハッピーエンドに向かわないのか。幸せを自分から手放すなんて間抜けかよ。
しかしまあ、俺の本心をエドガーに伝えることができて良かった。
今まで仲のいい相手に本心をぶつけるなんて、関係を壊すことが怖くてできなかったけど、エドガーを信じた甲斐があった。エドガーは純粋でいいやつだ。きっと俺が言い過ぎても俺を嫌いになったりはしないだろうと思った。打算ありありだけど、一歩目はこれでいい。人を信じるってことは難しい。けどいつかはできるようになりたいと思う。
ところで、ベラさんの件は結局解決してないってこと、今言うのは流石にダメだよね☆




