第8話 真実
Side:Tomoyo
彼が死んだ。
その事実は私に重くのしかかってきます。彼は一ヶ月間、一緒に過ごした相手でした。最終日までには多少なりとも仲良くなることができたと思います。いつか、真実の関係を築ける日が来るかもとすら思っていました。
ですが、彼は死んでしまいました。他ならない私のせいで。なぜ、こんな私を庇ったのでしょうか。彼は……大馬鹿者です……
私は今回の件で、自身の抱える呪いについて仮説を立てました。あまり深く関わりすぎた相手には死がもたらされるのではないか、というものです。呪いには命を左右するものも多いと聞きますし、「拒絶」という名前からもそう間違ってないと感じます。
つまり、彼を殺したのは、私。このままでは、他の誰かを殺してしまうかもしれません。そうなるくらいなら、いっそ――
「どうしたの?文野さん。ナイフなんか首に突きつけて。危ないよ?」
振り返るとそこにいたのは、嘘に塗れた男、天霧深影でした。
◇◆◇
「……天霧君ですか。見ての通りです。邪魔しないで下さい。」
「そういう訳にはいかないなぁ~」
「鬱陶しいですよ。私が生きてて損する人がいても、死んで損する人なんかいません。」
「それがいるんだよね~」
「一体誰ですか、そんなモノ好きな人は?」
「ん? そうだね~ほら、ボクとか」
……スキルを使う必要もありませんね。そんな気休め程度の言葉で私を止めようと思ってるのでしょうか。
それにしても、なかなか本題を話そうとしませんね。段々と苛立ちが募ってきます。私は他人が見ている中自殺する趣味はありません。非常に鬱陶しいので何処かへ行って欲しいのですが。
「……私が、人殺しだと知ってもですか……?」
「え? 人殺し? キミが? 誰を」
「私は………私は、呪われています! 彼が死んだのは……私のせいなんですよ!!」
思い切って言ってしまいました。今はただ、この罪悪感を吐き出したかった。
「私の呪いは!他人を死に至らしめるものなんですよ! それでも私に生きろというのですか?! 仮にそうしても、どうせすぐ殺されます! 私の命をどうしようと私の勝手でしょう!! もう放って置いて下さい!!」
言葉にすると、涙が溢れてきます。堰を切ったように自身の不運の嘆きが止まりません。あぁ、こんなのは私ではありません。こんなに感情的で、大声を上げて、子供のように泣きじゃくって。
でも、もう限界でした。わけも分からず異世界に連れて来られて、気付けば化け物との戦争に参加することになってて、なのに私には自身の身を守る力さえ無くて。そんなところに身近にいた人間の死が重なって。情緒不安定になるのも当然でした。
しかし、それを聞いた途端に彼は笑い出しました。一体今の話のどこに、笑う要素があったというのですか……
「クククッ……あぁ、ゴメンゴメン。そんな怖い顔しないでよ。お詫びにいいこと教えてあげるからさ」
「っ、勝手に、すればいいじゃないですか……」
「月夜クン、生きてるよ」
そんな、他愛もないことを告げるような口調に反し、その内容は私の動揺を誘うに値するものでした。
「は…………? 彼が……生きてるだなんて…て、適当なこと言わないで下さい!そんな嘘……なん…て……」
「気付いたかな。キミが[真偽判断]を持っているのは知ってるよ。だから分かるはずだ。ボクが言ってることは真実だと。」
「で…でも、スキルは絶対ではありません!
それに、私たちは彼の死ぬ瞬間を見ました! 何より、あんなに能力値の差がある相手の攻撃を避けられる訳ないじゃないですか!!」
「あれ? 文野サン、月夜クンの能力値聞いたんだよね?」
「えぇ、聞きました。本当は私と違い、クラスメートと同じくらいだったんですよね。」
確かに彼はそう言っていました。しかし天霧君は一瞬ポカンとして、何かに納得したかのような表情になりました。
「あぁ~そこだ。……情報の齟齬があったのか。なるほどね。
……よし。文野サン、これからボクらの秘密を少し話す。絶対に他言しないと誓ってもらえる?」
そう問うてくる天霧君の表情は、かつて見ないほど真剣味を帯びていました。目には目を。歯には歯を。そして誠意には誠意を。それが私の流儀です。なので私も真面目な顔で頷きます。
その答えに満足した彼が取り出したのは……スマホ?
天霧君が弄ると、くぐもった音声が聞こえてきました。
◇◆◇
『殺して欲しいって、どういうことだい?』
『正確には、殺されたように偽装して欲しい、って感じだけどな。実は今日、大臣と団長が話してるのを盗み聞きした』
『趣味がいいとは言えないね』
『……お前にだけは言われたくなかったな。まぁ内容を要約すると、
国王の命令で明日闇ギルドの人間に勇者たちを襲わせる
目的は闇神の寵愛者である俺の抹殺
運悪く他の誰かを殺してしまっても構わない
魔族に罪を擦り付けて勇者たちの戦意向上も狙う
以上だ』
『うわぁ……想像以上に下衆いね。こんな強攻策に出るなんて……』
『そこだ。俺を殺すだけなら、城内でいくらでもチャンスはあったはずなんだ。なのにわざわざ、他の人が死ぬ可能性を高めてまでダンジョンでの抹殺を選択した。ってかむしろ推奨すらしてる様子だった。
つまり、国王は……』
『勇者たちと対立する側。つまり魔王軍と繋がってる可能性がある、か』
『仮定でしかないけど、その可能性は高いと思う。だから、あの国王の監視が消えるダンジョンで、みんなとは別行動を始めたいんだ』
『なるほど。だからこその「死」か』
『あぁ、元から消すはずのやつが消えても、不思議には思わないだろうからな。そして、やつらの誤算は俺の本当のステータスだ
だ』
『確かに。勇者以上の能力値と、ふざけた効果のスキルを持ってるとは思わないだろうね』
『ふざけたって……まぁいい。今回はそこを突く。完全に殺されるであろうタイミングでの回避と、勇者さえも欺くお前の[幻惑魔法]と[認識阻害]。そして俺の死から思考をそらす[思考誘導]。これで俺たち以外は騙されるはずだ。
お前の負担がかなり大きくなるが……やってくれるか?』
『なるほど。……いいよ。頼まれてあげる。でも、「貸一つ」だからね?』
『もちろんだ。ありがとう、助かる』
◇◆◇
……なるほど。情報の齟齬とはこれですか。「勇者より高い能力値」。確かにそんなものがあれば、私を助けた上で回避が可能かもしれません。
ボイスレコーダーを聴き終えて、安堵が心から浮かんできます。後から……怒りも。
「……天霧君。こんな大事な話を今まで隠してきたんですか」
「うん、いや~おもしろかったな。『彼を殺したのは私なんです』だっけ? クククッ、勘違いお疲れさまでーす」
顔が羞恥で燃え上がりそうです。が、今は怒りの方が勝りました。
「天霧君」
自分でも驚くほど冷たい声が出ます。
「今の話は、私に話す責任があなたにはありました。違いますか?」
「い、いや、その通りだね……」
「そうですよね。理解していたのにわざわざ報告を勿体ぶった挙句、その恥をほじくり返すと……」
そこで言葉を切り、怒りと羞恥を拳に乗せて
――繰り出す!!
「ふざけるなぁぁぁぁぁあああ!!」
「グハァッ!」
天霧君を殴ってスッキリすると、同時に違和感を感じます。いつもより力の入り具合が良い気が……
その直感に従いステータスを見ると、
***
名前:文野智世
種族:人族
性別:女
年齢:16
状態:呪い(拒絶)
Lv.1
HP 59/59
MP 0/0
STR 114 (+100)
VIT 13
INT 42
MIN 38
AGI 23
称号 : 【真実の探求者】
【読書家】
【異世界人】
特殊スキル:[閲覧]
スキル : [真偽判断 Lv.8]
[速読 Lv.8]
[言語理解]
[複写 Lv.3]
***
STRが100も上昇していました。急になぜでしょうか……
ただ、確実なのは呪いが弱まったということ。それも……誠に遺憾ながら、この男のおかげで。
「……天霧君」
「な、何かな?」
「このあと、どうするつもりですか?」
「そうだね……この王城から離れて、月夜クンと合流しようと思ってる、かな。でもなんでだい?」
なるほど……好都合ですね。
「では、私も連れて行って下さい。……まさか、断ったりしませんよね?」
「い、イエス、マム」
これで当面の目標は決まりましたね。
一つは、呪いの解除。
もう一つは、進藤月夜を殴ることです。ふふふっ、待っていて下さいね? 月夜君。




