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神童君は異世界で本気を出すようです。  作者: Sonin
第一章 狂王と愚王
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第6話 落命

  Side:Isato



 ついに実践訓練当日だ。昨日はあまり眠れなかったな。

 ……遠足前の子どもか、俺は。


 今日の集合はいつもより早めだ。できるだけ多くの実戦経験を積ませたい、ということなんだろうか。いや単純に迷宮までの距離の問題か。……どちらでもいいか。集合場所である食堂に入ると、結構な人数が集まっていた。


「やぁ、みんな。おはよう」


 これ(・・)にも慣れたものだ。できるだけ爽やかに、わざとらしさを残さず挨拶する。そしてみんなからの返事に笑顔で応える。……大丈夫だ。こっちに来ても変わらない。今日も、これからも変わらず上手くやっていける。そう自分に言い聞かせながら、時間を過ごす。今日が始まったのだ。




  ◇◆◇




「よし、全員集まっているな!

 では先ず、シンドウとフミノの二人が集めた成果の発表だ。静かに聞くように」


 なんだ、月夜が人前で話すなんて珍しい。月夜は何でもできるが、それを隠すようにしていたはずだ。こんな目立つことをするなんて、らしくないじゃん。


「あー、どーも。遂に実践訓練となった訳だけど、口頭で何言っても覚えていられないと思うんで……俺ら情報班から渡すものがあります」


 ……名前、情報班だったんだ……初耳。


 まぁそれはいいとして、渡したいものってなんだ?

お願いします、と月夜が声をかけると兵士たちが何か持ってきた。あれは……本、か?


「別に特別なものじゃないんだが……この世界で生きていく上で必要だと思う知識・情報を詰め込んだ、いわばガイドブックだ。今日行く『始まりの迷宮』もたしか5ページかな、載ってるから移動中の暇潰しにでも読んでみてくれ。車酔いしての責任はとれないけど。

 俺たちの力作なんで、役に立ててもらえると嬉しいです」


 その本は辞書並の厚さがあった。皆が驚き、感嘆の声をあげる中、俺は月夜がこれを手掛けたという事実に驚きと畏怖を感じていた。


 確かこの世界では、印刷技術は発展していなかったはずだ。ならばこれらは手書きということになる。この量を、このクオリティでだ。いやそれに関しては城の人間を使えばどうにでもなるかもしれない。しかし月夜はこれだけに専念していたわけではない。昨晩、俺と深影は月夜と話した。あれは書庫に籠っているだけで集められるものなのか? さらに言えば月夜はスキルの習得もしたって言っていたはずだ。とても一ヶ月でこなせる仕事の量ではない。少なくとも、俺にとっては。


 確かに俺は月夜が『神童』だったということを聞いていた。何でもできるというのは誇張かとも思ったけど……これらはそれ以上だ。俺では到底不可能だろう。勇人(・・)もできるか分からない。もし月夜が今後隠すことをやめたとして、皆が彼の『神童』の能力を知り、それを認めたら……





『明上勇人』は、取るに足らない存在に成り下がってしまうのではないか?





 ならば、いっそ――






「全員受け取ったな!」


 団長さんの掛け声でハッと我に返る。


「私も読んだが、その内容は素晴らしいものだ。騎士団全員に配りたい程にな。各自、向こうにつくまで必ず一度は目を通しておくように。

 では、支度の終えた者から五人ずつ馬車に乗れ。すぐに出発するぞ!」


 そう言われてみんなグループを作り始める。しかし俺は動けなかった。


 ……何を考えていたんだ、俺は? 醜く濁ったドス黒いそれ(・・)を振り払うようにして、目の前の光景に意識の焦点を合わせる。


『ジャンケンポン!! あいこでしょ!! あいこでしょ!!』


 俺争奪・ジャンケン大会が開かれていた。……俺、勝った人と乗るなんて言ってないんだけど……

 視線を逸らすと、既に馬車に乗っている月夜と目が合い―――




  ―――鼻で笑われた。




 ずいぶんと、人を煽るのが上手くなったじゃないか。殴りたい、その笑顔。




 そうこうしているうちに、勝者が決まったようだ。俺、美咲、虎太郎、あずさ、楓の五人。……馬車の中で寝たかったんだけど、このメンバーじゃ無理そうか。こうなるんなら昨日ちゃんと寝ておくんだったな。俺は早々に睡眠を諦めて、馬車に乗り込んだのだった。




  ◇◆◇




 馬車の中は混沌としていると、俺は他人ごとのようにそう思っていた。


「はい、勇人君。あーん」


「あ! 美咲ちゃんずるい! ゆ、勇人君、私のもあげる!」



「おい、見ろよあれ! 王城がもうあんな遠くに!」


「ええ、本当。こんな遠くまで来たのね」


 お わ か り い た だ け た だ ろ う か 。


 2+3人状態である。剣道部のダブルエースは何やらいい雰囲気になっている。楓は虎太郎の気持ちに気づいているやらいないやら。ま、虎太郎の方は嬉しそうだし、それでいいか。

 しかし問題はそちらではない。


「美咲ちゃんはいつも勇人君にベタベタくっついてるじゃん! たまには私も一緒に居たいの!」


「何? 負け惜しみは良くないと思うケド。こういうのは早い者勝ちよ!」


 その時の俺の愛想笑いは酷かったんじゃないかと自分でも思う。俺は賞品じゃないと、声高々にそう叫びたかった。勇人を演る、その難しさはこういうときに実感する。どないせいちゅうんや。おっと、俺の中の服部○次が顔を出してしまった。

 俺の似非関西弁が届いたのかは分からないけど、楓が助け舟を出してくれた。


「あなたたち、勇人も困ってるようだし、その辺にしておけば? 困らせたいわけじゃないんでしょ」


 その台詞は効果的だったようで、二人ともしぶしぶといった様子で離れてくれた。根はいい子なんだけどなあ……

 別に女の子に引っ付かれるのが嫌な訳じゃない。当然嬉しいと思う。俺だって男だし。だけどそれは、「明上勇人」の言動ではないし、何より「俺」に向けられたものじゃない。だから俺は、


「ほら、二人とも。あれが目的地じゃないか」



 逃げることしか、できない。




  ◇◆◇




 周囲を複数人で警戒しながら進む。洞窟の中は薄暗いけど、灯りはつけられない。つけた瞬間、たくさんの魔物が押し寄せて来るだろうからだ。そのため、俺の[光属性魔法]も出番が無かった。


 そして、前方に二足歩行する犬が何匹か姿を表した。情報班謹製ガイドブックによると、コボルトと呼ばれるそいつは、それなりに知能が高く、武器も使用する厄介な魔物だ。また、優れた嗅覚を持ち、逃げても逃げても追って来る。

 まぁ、逃げるつもりはないけど!


 俺たちをその目に捉えたコボルトは、一直線に向かってきた。牽制に、投擲術を使用した深影のナイフが飛んでいく。少し遅れて魔術と魔法が放たれた。

 かなり派手な爆発、まぶしさと爆風に目を逸らしたくなるが、目を凝らすとしぶとく生き残った一匹が後衛の方へ向かっていくのが見えた。


「行かせるかッ!」


 高い能力値で即座に接近した俺は、最後の一匹を手に持った直剣で肩から斬り伏せる。他に仲間が来てないことを確認し、俺は息を吐く。戦闘、終了だ。






「よくやった。初日で六階層の魔物と渡り合えるとは思わなかったぞ。

 ただ、最後の戦闘はアケガミがいなければ後衛に被害が及んでいただろう。後衛でも、最低限の護身術は身に付けるべきだと身にしみたはずだ。よって今後、城での前衛の訓練は全員強制参加とする!」


 後衛組からわずかに不満の声が上がる。しかし団長(バルダ)さんの一睨みですぐに鎮まった。

 一方で俺は、今倒したコボルトでレベルが3に上がっていた。最初こそ、この手で生き物を殺すことに抵抗があったけど、今は割り切れている。殺すために剣を振るうんじゃない。守るために剣を振るうんだと。


 「生き物を殺す」という経験は、平和な日本育ちの俺たちにはキツかった。吐いてしまった人も一人や二人ではない。そう言ってる俺も、余裕がある訳ではなく、単なる痩せ我慢に過ぎない。これに慣れるのには、時間がかかるだろうな。もしかしたら、帰った後で胃の中のものを戻すかもしれない。


 この世界の「魔物」と呼ばれる奴らは基本的に、ゲームのようにアイテムだけ残して消えたりしない。生きているんだから斬れば血を出すし、素材は自分で剥ぎ取らなきゃならない。例外こそあれど、それは生物として当然の摂理である。


 そしてこの迷宮という環境こそ、その例外に当たる。原理はわからないけど、死んだあとは、何もしないとすぐに消えてしまう。微生物が地球より強いのかどうだか知らないけど、まぁいいか。



 気合いを入れ直し、次の獲物を探そうとした時にそいつ(・・・)は来た。


 コボルトと比較にならない速さで、こちらへ向かって来る黒い影。一見人型のように見えるそいつは、深影の投げたナイフを難なく避けて団長さんへ接近し、吹っ飛ばした。


 その光景は、俺たちに恐怖を与えるのに十分だった。あの人は一軍を任されるほどの実力者だ。ステータス的にも技術的にも、俺たちは王宮での訓練中には歯が立たなかった。俺たちにとって最初の強者、その団長さんが、何もできずに吹き飛ばされたのだ。何が起きたのかさえ分からなかった俺たちが叶わないのは一目瞭然だった。


 しかし乱入者は待ってはくれない。再び凄まじい速さで、今度は俺に向かって来た。反射的に剣を構える。その直後、目の前から甲高い金属音がした。奇跡的に防げたようだ。

 が、攻撃は止まらない。乱入者はこの中で最も戦闘能力のない人、文野さんに向かっていく。誰も動けず、乱入者の攻撃が届くと鮮血が舞った。






   ―――月夜の。






『月夜(君)!!』


 ……出血が多過ぎる。このままじゃ……!!

 彩星が泣きながら治癒魔術をかけているけど、回復量が間に合ってない。

 彩星はまだ敵を倒していない。レベルが上がっているということもないだろうし、今までそんな怪我人は出ていないからスキルレベルもそうだろう。純粋な力不足と言うほかない。

 月夜は弱々しく目を開け、口を開いた。


「お前ら……情けない顔…すんな……もう俺は…もたない………あとは……頼んだぞ…勇人(・・)……」


 そして月夜は、実に呆気無く。



 ―――死んでいった。




  ◇◆◇




 俺は……俺は何をしてるんだ? 自分自身に怒りが沸いてくる。 恐怖に縛られて仲間を見殺しにしたんだ……あの時(・・・)と同じように。あの人ならこうしてたとか、今はそんなの関係ない。()()を、ただ許せない……!!


 俺は立ち上がり、やつを見据える。団長さんが負けたからなんだ。俺がここで団長さんを超えればいいだけじゃないか。殺ってやる……


「[限界突破]、“光属性付与(シャイニングエッジ)”!」


 限界突破により一時的に能力値を引き上げ、シャイニングエッジで攻撃に光属性を付与。


「美咲、アジ!!」


「うん!“AGI上昇エンハンス・アジリティ”!!」


 付与魔術によりAGIが引き上げられ、知覚能力が上昇。


「行くぞっ!」


 怒りに任せて敵に突っ込むような真似はしない。速さではあいつに敵わないのだから、それが使えない状況にしてやればいい。俺は、こいつの攻撃に必死で対応し続ける。横薙ぎ、突き、突き、切り上げからの蹴り、宙返りして切り下ろし。両手の短剣と体術に翻弄されながらもなんとか防ぐ。


 それは数十秒か、数十分か。極限の集中状態にある俺には分からない。しかし、その均衡は崩れた。先にこちらの集中力が切れたのだ。

 やつのフェイントに引っかかり、体勢を崩す。それを好機と見たやつは、トドメを刺そうとする。黒い影の口元が歪み、ニタァと笑ったように見えた。逆手に持った短剣を振り下ろし、俺の目が抉られるかと思われたその瞬間―――





  ―――奴は硬直した。





 拘束系呪文、スキルの併用だ。“土拘(アースバインド)”、“氷拘(アイスバインド)”、“麻痺付与(パラライズ)”等々。こっちにはたくさんの仲間がいる。最初からこれは1対1ではなく1対40の戦いである。確かに一人ひとりは弱いかもしれないが、これだけ人数がいればこのくらいはできる。

 貴重な隙を逃すほど甘くないし、未熟でもない。俺は剣を大きく真上に振りかぶると、まっすぐに振り降ろした。輝く剣に斬られたやつは、光の粒子となって消えていった。




 レベルがまた上がったようだが、そんなのはどうでもいい。勝利を喜ぶなんてもってのほか。ただただ現実に苛まれ、俺たちはしばらくそこから動くことも、言葉を発することもできなかった。




  ◇◆◇




 結局、団長さんが目を覚ますまで俺たちは何もできず、帰りの足取りも重かった。この倦怠感は[限界突破]の反動か、それとも精神的なものなのか。そんなどうでもいいことに思考のソースを割かないと、自分の無力さと罪悪感に押し潰されそうだった。



 それからのことは、あまり覚えていない。確か、王様が謝ってきて、数日間の休みをもらったんだったか。犯人が魔族だとかも言っていた。だが、そんなのは関係ない。月夜が死んだという事実は覆しようがないのだから。


 あの時のことは、いくら後悔してもし足りない。月夜の命は救えるものだったはずだ。けど、俺があの魔族に恐怖して動けなかったせいで、あいつは命を落としたんだ。何度同じ過ちを犯せば気が済むんだろうか、俺は。何も成長していない。

 精神的・身体的な疲れから来る睡魔により、俺は抗うことなく意識を手放した。


 Vocablary


・アーツ

スキルに含まれる技能、技。スキルレベルが上がると使えるアーツも増える。魔術で言うところの呪文に近い。


呪文(スペル)

結果が決まっている魔術の型。例えば“火球”は拳大の火の玉を放つ、と言ったように。



 Arts


・“光属性付与(シャイニングエッジ)

光属性魔法の呪文。光属性を付与する。


・“AGI上昇エンハンス・アジリティ

付与魔法の呪文。対象のAGIを引き上げる。

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