シャドーボクシング
日差しが強い。
とにかく、冷たいものでも飲んで涼もうと喫茶店に入った。
窓際の席に座り、コーラを頼むと、ウェイトレスさんがにこやかに去った。
室内とはいえ、じりじりと焼けるような日差しが足元に影をつくっている。美人は影まで美しい。
美人の影が、隣の席の地味なカップルの影を通りすぎていく。
カップルは一言も言わないが、なんとなく喧嘩中なのだろうなと感じさせる雰囲気であった。
その証拠に、カップルの影が殴りあっていて、これが本当のシャドーボクシング、なんてくだらないことを考えながら俺は目が離せなくなっていた。
圧倒的に女の影が優勢だ。
早々にマウントをとって、ポカポカと男の影を殴りつけている。
かと思うと、やはり力に差があるのか、男の影が形成逆転した。
するとそこへ、ウェイトレスさんが近づいてきた。
「お待たせいたしました。コーラでございます。」
足元ではウェイトレスさんの影が、カップルの影を仲裁していた。
実に情熱的なレフリーだ。
俺はコーラを一口飲んで、自分の足元を見てみた。
首からタオルをかけた俺の影が、「やれやれ!やっちまえ!」って感じで拳を突き上げている。俺がセコンドだったのかよ!
女の影のセコンドは、俺のほうからは見えないが、なにやら耳打ちしているようだった。
男の影が、だいぶフラフラしてきている。
俺はいつでもリングに投げ込めるようにと、おしぼりを握りしめ 「頑張れ」と呟く。
それにしても、女の影のスタミナが半端じゃない。
勝利は見えたかと思われたその時だ。
「もういいっ!私、帰る!」
カップルの女が、沈黙を破った。
えっ、えっ、今 すごくいいとこなのに……!
「ちょっと、えっ」慌てて立ち上がる男。
そうだそうだ、引き留めろ!俺は続きが見たいんだ!
「ちょっと待っ……」
バチン!
突然の女の強烈なビンタに、男 一発KO。
つかつかと振り向きもせずに店を出る女。
チリンチリンと鳴るドアチャイムが、ゴングみたいだった。
足元に目をやれば、男の影が まだヨロヨロと立ち上がろうとしていた。
俺は居てもたってもいられなくて、リング(床)におしぼりを投げ、男に駆け寄った。
「あんた、よくやった!よくやったよ、あんた!」
わあわあと声を上げ、思わず 男泣きする俺を、誰が攻められようか。
男も、いつの間にかもらい泣きしていた。
「……俺、カッコ悪いよな?カッコ悪いよなあ?」
ウェイトレスさんが駆け寄ってきた。
「カッコ悪いもんですか!あなたは、あなたは……!」
ウェイトレスさんも涙ぐんでいる。
「うう、太陽が目に染みる……」
俺達の足元には、影が長く延びて、皆 サンドバッグみたいに見えた。