3.それは愉快な家族をお持ちのようで。
「どうしたの、セス。浮かない顔をしているみたいだけれど」
未来をある程度受け入れることにはしたけれど、でもやりきれないものもある。それを紛らわすために中庭で気分転換をすることにした僕は、先客に声をかけられた。空色のチュニックの上に麻のエプロンをまとった、二十代後半ぐらいの女性。土いじりでもしていたのか、彼女の手や頬には黒い土汚れがこびりついている。
誰だろう、この人。メイド、っていう雰囲気じゃないし、じゃあ「お母様」か? とりあえず、早く答えなきゃ。
「な、何でもないわ、お母様」
「そう?」
なら良いけど。それだけ言って、お母様(でよかったみたい)は止めていた手を再び動かし始めた。何となく興味が湧いてきたから手元を覗いてみることにする。ああ、苗を植えているのか。そういえば、さっきの日記の中に「お母様は花を育てるのが大好きで~」とか書いてあったな、そういえば。
「ねぇ、お母様」
「なぁに」
「それは、何の苗なの?」
尋ねた途端、こちらに顔だけ向き直したお母様。大きな栗色の瞳をパチパチさせている。しまった、こういった反応はあんまりよくない。どう誤魔化すか。
「あらあら、遂に興味を持ってくれたのね! 嬉しいわぁお母さん、昔はあんなに「雑草になんか興味ない」とか「自分から汚れに行くとか、ありえない」とかケチョンケチョンにしてきたのに!」
と、思いきやこの反応。まあ確かに、ゲーム中のセスは「植物のお世話してます!」どころか、少しでも世俗的な臭いが漂うことは全然してなさそうだった。この頃からそうだったんだな。
「す、少し気になったの。それにほら、神官には薬草の知識も必要だって言われてるし!」
「それなら、ますます良いことじゃない! じゃあ早速説明するわね。これはイチゴカズラって言って――」
あ、まずい、これ。マニアの目だ。一般人を着いて行かせるつもりが一欠片もない、正真正銘のマニアの説明が始まろうとしてる。
流石にそこまで詳細な話なんて聞くつもりはない、と言っても聞いちゃもらえなさそうだ。せっかく生き生きと「これは葉っぱをすり潰してから傷口に塗り込むと良いのよ」とか、地味に役立ちそうなことまで実に楽しそうに言ってくれてるし……。仕方ない、自分でまいた種だからなぁ。ちゃんと最後まで聞くか。
「中庭の花や野菜は、みんなお母様が?」
「そうよぉ。クロードさんが生きてた頃は反対されてたんだけれど、どうしても諦められなくって」
「……お父様?」
「ええ。あの人は「皇都の貴族がそんなことをするなんて!」とかよく言ってたんだけど、私がいた田舎じゃこんなの当たり前だったから。すっかり染み着いちゃったのよ」
今の話から判断すると、お母様はどこかの地方貴族から嫁いできた、ってとこか。ていうか、もう死んでたんだなお父様。日記のは「草葉の陰から見守ってるよ」でファイナルアンサー? パラ見で済ませちゃってたのがまずかったかな。部屋に戻ったらちゃんと読み返そう。
この後もお母様は、中庭に植わっている花や木、野菜の説明をしてくれた。どうやら、この家(小規模の屋敷らしい。中の上ぐらいなのかな)の食糧の四分の一ぐらいは、ここで賄っているらしい。いくつかの薬草の世話の仕方も教えてもらう約束が出来た。うん、これは将来必要なスキルだって口走っちゃったし、ありがたく教授してもらおう。地味だけど。
やがて、日が傾きかけたころ、僕たちは屋敷の中に戻った。そして、ブリザードを纏う魔人と遭遇した。
「母上。書類ぐらい自分でやってくださいよ」
えーっと、お年頃十二歳ぐらいっぽい。いかにも神経質なお坊ちゃま、って感じのお子ちゃまが一人、お母様にものすごい冷たい視線を向けている。そっか、お父様がいないんだったらお母様が当主の代理とかになっててもおかしくはないよね。ところでコイツ、誰?
「あら、将来は貴方がやることになるんですもの、今のうちに覚えてもらうのも悪くはないわねー。と思ってやってもらったんですけれど」
「それは構いませんが。今は母上がジェラード家の当主代理ということになってるんですから、少しぐらいは手を付けてもらわないと困ります」
ん? まさか、「お兄ちゃん」とかいうやつか、こいつ。そんな設定あったっけ。
「あ、あの!」
「ん、どうした、セス。また母上に変なことを吹き込まれていたのか?」
「そんなことは全く持ってありません! じゃなくて、……お兄様、よね?」
「……」
うわぁ、何言ってんだこいつ。そんな風に言われた、ような気がした。すっごい痛いです、その目線。
「……ごめんさない何でもありません」
「なら良いが。頭がおかしくなったのかと思ったぞ」
「うぅ……」
そりゃそう思うよね、フツー。今までずっと一つ屋根の下で暮らしてきた妹に今更兄弟かどうか、なんて聞かれたら。とりあえず、失敗だった。
とは思うけど、同時に少し嬉しかったりもする。何せ、<僕>には「家族」なんてものはなかったのだから。それに、ちょっと読めないところのある家庭菜園マニアの母と、辛辣で冬のオーラを身に着けてる兄って、いかにも「ゲームの中の人」って感じでめんどくさ……ゲフン、楽しそう。取りあえず、仲良くしていこうっと。