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僕(女)、脱・ボスキャラを宣言します!  作者: 氷翠
第二章 十歳。就職三年目の受難。
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25.宮廷神官二人、語り合う後に。

「やあ。お帰り、ソフィア君」

「ええ。神官ソフィア、ただいま戻りました」


 入り口広間で、わざわざ待っていてくれていたらしい。ソフィア・ニコール・エルドレッドは柔らかく微笑むと、身長ほどもある丸めた紙の筒を持った神官ジョルジュ・フルニエの下に歩み寄る。


「地方の教会はどうだった?」

「新鮮でした。同じエオス教のものですのに、土地によって随分と雰囲気が変わりますのね」

「その地毎に刻まれた歴史や風土によるからね、そういうものは」

「私は、王都貴族街の大聖堂にしか訪れたことがなくて……お恥ずかしい限りでした」

「まあまあ。今回の巡礼を糧にすれば良いだけだよ」


 語らいながら彼らは図書室を目指す。巡礼の報告書を作成するためだ。ジョルジュはセスの同期である、ソフィアの教育も担当しているため、細かく連絡を取り合うように努めていたのだ。今回、彼女の帰還に合わせて入り口広間で待機できたのも、そのためである。


「それにしても、ジョルジュ様。その資料は……?」

「ああ、これは新しい人工術式の考案図面さ。僕はあまり火魔術が得意でないから、君に見てもらいたいと思ってね」

「承知いたしました。……ですが、ジョルジュ様なら、技術省の技術士をお招き出来るのでは?」

「宮廷神官内にも、人工術式のエキスパートが複数人いる方が良いだろう?」


 率直に「後継者にしたい」と告げられ、ソフィアは思わず漏らす。


「良いのですか? 私の技術はまだ未熟ですのに……」

「教えてあげるよ、今まで通り」

「ありがとうございます」


 ソフィアとしても、それは本当は望むところだった。幼い頃から先物好きの父により、人工術式に触れる機会の多かった彼女にとって、それを自らの手で生み出す技術者たちは憧れの象徴だったのだ。ただ、彼女の父であるエルドレッド家当主の意向と、何より「あの方」の意志により、彼女は宮廷神官の道を選ばざるを得なかったのだが。

 それでも構わなかった。神殿の地下には、宮廷全域に張られている結界を支える、巨大な人工術式があると聞いていたし、その為に高名な技術士を招くこともあるとも知らされていた。


(技術省でなくとも、学ぶ機会はある、か……)


 全くその通りだ。特に、この人物は自分などとは比べ物にならない程の知識と技巧を有している。是非ともその全てを吸収させてもらいたい。

 ただ、それだけでは立ち行かない。任せられた目的を少しでも達成しなければ。


「……その、ジョルジュ様。少し、お話したいことがあるのです。良ければ、今日の夕食後、部屋を訪ねても?」

「構わないけれど。珍しいね、君からそう言ってくるなんて」

「どうしても必要なことなので……」


 若干の躊躇いを、飲み込む。そうだ、父の言うことが正しければ、これには――


(この国の……ロレッタとセスさん達の未来が、掛かっているんですもの……)




 その後、八時の鐘が鳴り終わる頃に、ソフィアはジョルジュの部屋を訪れた。彼はそこかしこに未完成の人工術式とその図面が散らばる床で、何か分厚い本を読みながら待っていた。


「こんばんわ、ソフィア君。汚い部屋で済まないね」

「……構いませんわ。ところで……」

「ああ、魔術に対する結界は常に張ってるから大丈夫だよ。他人に聞かれては不味いことを話したいんだろう?」

「感謝しますわ」


 ソフィアは申し訳程度に作られたスペースに座り込むと、ポツリと話し出す。


「実は……」


 彼女が言葉を紡ぐに連れ、ジョルジュの顔つきが険しくなっていく。メモを取るスピードが上がっていく。


「……成程。黒蛇旅団が、ね」

「恐らく、ですが……」


 黒蛇旅団。かつてエオス教の台頭により、その勢力を失っていった宗教の一つである。

 エオス教自体は比較的他宗教に寛容であり、今でも問題なく信仰されている小規模宗教は少なくない。しかし、この宗教に関しては話が変わる。と言うのも――


「麻薬売買に集団洗脳、禁術研究、各国でのテロ活動……宗教の名を借りた第一級犯罪組織が、よりにもよってこの神殿に潜入しているのか」

「まだ確証はありません。しかし、それらしき情報は幾つか掴んでいます」


 言いながら、ソフィアは懐から布の包みを取り出した。更に手袋を嵌めると、ゆっくり布を開いていく。

 やがて姿を現した代物――雫状に固められた、ミルク色の練り薬――を見て、ジョルジュは大きく眉を顰めた。


「御使いの涙か」

「その通りです。黒蛇旅団の幹部クラスのみが製造方法を知るという、取引禁止麻薬ですわ」

「出回っているのかい?」

「皇都の表世界では、まだ。裏世界では極々僅かながら」

「……そんなものを、何処で、どうやって?」


 彼の問いは、最もだった。セスと同様、彼女もまた宮廷神官としては三年勤め上げたばかりの未熟者だ。幾らエルドレッド家の長女と言えど、皇都全体を把握できるほどのネットワークを彼女自身が構築しているとは考えにくい。ましてや、基本的に神殿か各地の教会に束縛される身で、裏世界でも流通量が限られているような薬物を極秘で入手出来るなど。


「私「達」に協力する、と約束してくだされば、お教えいたします」


 ソフィアはそう言うと、手早く薬を布の中に戻す。それから、困惑している彼の目を、ただ強く、見つめた。


「……一つ、答えてくれないか?」

「何でしょう」

「何故、僕を?」

「……」


 とても簡単な問い。だからこそ少しだけ間を置いて、彼女は咲き誇る百合のように凛と答えた。


「貴方なら、来てくださると思ったから。それだけですわ」


 その意味を、彼は正確に把握したらしい。苦笑しながら、


「そうか。分かった、力を貸すよ」


 告げられる。

 欲しかった言葉を引き出したソフィアはようやく、張り詰めた表情を崩して笑った。そして、


「それでは、お話しますね」


 文字通り、「全て」を――。

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