12.皇帝直属魔術師、彼のものに感慨を抱く。
宮廷神官と言えば、このヘーメレー皇国に置いて、「六相」直属の宮廷文官や近衛騎士団と同じく、名誉ある職業である。それだけに、その道のりは険しい。
候補生となるには、既にその試験を突破した身である宮廷神官か、あるいは「六相」直属の配下文官、もしくは「五大家」のいずれかの一族に連なる者から推薦状を承らなければならない。簡単に言えば、彼らに認められる実力と、彼らとのコネクションがなければスタートラインにも立てないのだ。推薦側も、ただ実力があるだけの粗暴者や木偶を選べば自身の信用が損なわれてしまうため、人柄や能力の真偽を見極めねばならない。それ故に、門は更に狭まることとなる。
その門を潜り抜けることが出来ても、二つの試験を安易に突破することは不可能だ。魔術に関しては当然として、宮廷内での作法や世界の現状に対する情報、それらを考察する思考能力がなければ筆記試験で篩い落とされる。それを突破した者への最後の試練、それが現在行われている実技試験だ。
「いやいや、俺様ならお断りだね。権力の中枢に居座ってるバケモンの御仁方の中で魔術を見せつけるなんざ」
「何を言うのですか。宮廷に入ればこれよりも恐ろしい魔窟など、幾らでも存在します。大体、貴方もこれを潜り抜けて来たのでしょう」
「残念。俺様はちょいと特殊でね……。そういや、アンタには話してなかったな」
「結構。どうせロクでもない自慢話でしょうから」
「おお。手厳しい嬢ちゃんだ」
眉目秀麗な女の彫像に、生真面目をひたすら詰め込んだかのように変わらぬ無表情。固く重苦しい雰囲気を崩さない近衛騎士団副団長クリスティーン・シエラ・ハイアットに手厳しく返される。それを受けた皇帝直属魔術師ルーク・フォン・クロードは軽く肩を竦めただけだった。間に挟まれた少年皇帝アーノルドは居たたまれなさそうに視線を左右に彷徨わせている。が、やがて彼は決意したように顔を上げ、ルークに尋ねる。
「あの……次の人は、ルークのお弟子さん、何だよね?」
「ん? ああ、まあ、一応」
「楽しみ」
彼がそんな風に言って、ニコニコと笑うのは珍しい。だからルークは、愛弟子がこの場にはあまりにも不利な魔術しか使えないというのは黙っておいた。
体属性はすべからく肉体に作用する、というその特性上、負傷者でもいない限りパフォーマンスには向かない。最も、それは使用者が一番自覚していることだろう。どういう風に工夫してくるのか、予想はできなくもない。それでも師匠としては、大舞台で彼女がどう見せつけれくれるのかが楽しみだった。ただ、チキンだの逃げ腰だの心の中で叫びまくっていたアレがこういう場で、そういったことができるのかは分からなかったが。
「貴方の弟子、ということは、ジェラード家の御令嬢ですか」
「そうだ。教える分には面白くて助かる」
「……そうですか」
一瞬だけ吹いたのは冷風。自称大魔術師がそれを感じ取った時には、彼女の切れ長の黒瞳は、彼から外れてフィールドに立つ、一人の少女に向けられている。単に自分の目で見極めた方が早いと考えたのだろう。彼女のようなタイプは、それで納得してくれるから楽で助かる。
(さて、どうするのかね、アイツは)
彼女は、何やら立派に膨らんだ麻袋を引きずっていた。開幕の合図を告げられた途端、ぶちまけられたのは十数体の、様々な種類の人形。彼女が何事か言った瞬間、それらはムクリと起き上がり、そして、
「凄い! 見て、ルーク。お人形さんが、動いてるよ」
瞬く間もなく整然と二列縦隊を組み、円状に行進を始めた人形音楽団を見て、アーニーがハシャギ声を上げた。更に、セスを取り囲むように象、獅子、馬の人形が二体ずつ、それぞれ派手な衣装を着せられた役者人形を乗せて立ち上がる。彼らもまた、音楽団と同じように行進を始めたが、その内容は大きく異なる。
二体の象がいななくような動作の後に鼻先を持ち上げれば、その背で何処となくステップを外しながらもおどけた仕草でそれをカバー、愉快なダンスを披露していた道化が華麗な空中一回転を繰り広げ、狭い鼻先に逆立ち状態で着地する。
颯爽と駆け出した二頭の馬が、湧き上がる土山を難なく飛びかわす。騎手の人形たちはとぼけた笑みを浮かべながら、色鮮やかな球を一つもこぼすことなくジャグリング。もう一体に至っては、それをナイフに置き換えて繰り広げていた。
彼らをおいて走り回る獅子たちの順路に用意されたのは、勢いよく燃え上がる炎のリング。動物的本能に恐怖を送り込む火を、しかし人形たちは恐れない。雄叫びを、咆哮を、高らかにあげて彼らは突撃する。猛獣使いのウィッピングと同時に跳躍した彼らは、あまりにも易々と火の輪潜りを成功させる。間髪入れずに現るリングをも。
何処となく、どころでなく場にそぐわない、コミカルなパフォーマンス。あーやっぱそういう風で来たか、とルークは内心大きく頷く。たった一言で一族抹殺を行うことも可能な権力を持つ超有力貴族様が大集合するこの場で、このような人形劇を始めてしまうとは。弱腰どころか、よっぽど肝が据わっている。
それにしても。サーカスや大衆劇を「下賤で卑俗的だ」と切って捨てていたセスと、ニホンとかいう異国からやって来たアレとでは、男女の差を抜きにしても精神構造が大きく異なるらしい。五日前に屋敷を訪れていなければ、自分はらしくもなく狼狽していただろう。いや、それはそれで新たなからかい処を見つけたと今のように思っているのかもしれないが。
ちらりと見やれば、アーノルドは実に年相応の反応を返していた。普段は暗く淀んだ紅の眼を、丹念に磨きこまれたルビーのように煌めかせている。前のめりをしてまで見届けようとするその姿は、実に微笑ましいものだった。
一方、絵にかいた堅物のクリスは、傍目から見ても固まっているようにしか見えなかった。表情筋すらも動かしていない。ただ、その眼は大きく見開かれている。さもありなん。
「……これは……」
「アイツが目一杯、得意分野を見せてるだけだろ」
今頃観客席の奴らはどんな顔をしているのか。想像すれば、愉快でたまらない気分がこみ上げて来たルークだった。




