11.三日目。渾身の大魔術を見せてあげよう。
リンゴーン、リンゴーン。
中央宮殿の頂上部に設置されている、金製の鐘が鳴り響いた。今更ながら、西宮殿にも聞こえてくるもんなんだなぁ、と僕はぼんやり考える。十三時を知らせるその音は、いよいよ実技試験が始まることを告げてもいた。
ここはかつて、近衛騎士団の騎士たちが修練のために使用していた練兵館。ゲストハウスに回収された後も、この施設だけはほぼ当時の姿を残されていた。それとなく情報を集めてみたところ、自分たちがそれまで過ごしてきた建物が全くの別物に変わってゆくことを惜しんだ当時の近衛騎士団の面々が、「せめて自分たちが鍛錬を積んできた、この場所だけは」と嘆願した結果、じゃあそうしようか、となったらしい。
外から見た印象としては、イタリアのコロッセオを東京ドームの半分ぐらいに縮めたような、極めて小規模の円形闘技場。中に入ると控室や武器庫などはもちろんのこと、肝心の練兵場には観客席もバッチリ存在している。お貴族様が時折訪れて、練兵の様子や熟練度を見極めるわけだ。昨日までは単なる訓練場として扱われていたから、そこはもぬけの空だった。本日は当然のように座っておられますよ、ヘーメレー皇国における五つの有力貴族、総称「五大家」の当主様御一行や宮廷神官の皆様方、更には皇国の政治機構中枢人物たち、俗称「六相」の揃い踏み、そして――
「アーノルド・エヴァン・イヴェット・ヘーメレー皇帝陛下、ね」
僕は呟く。最も高く華やかに整えられた貴賓席、一組の男女を傍らに従えて、練兵場の固く、平らにならされた土のフィールドを見下ろす、齢六つの少年らしき姿を見て。
彼こそが、広大な南西大陸の五分の四ほどもある国土を、世界で最も長く刻まれた歴史を有するヘーメレー皇国の頂点に立つ者。――僕が最も接触を避けたかった存在。理由は言うまでもない。事前に有力貴族、あるいは宮廷神官に推薦されるほどの実力を持ち、実際には国内でも一、二を争うほどの難易度を誇る筆記試験をパスし、そうやって篩い分けられた候補生たちを最後に選び抜くのが、彼の幼子。つまりは、間接的にと言えど、セス・カタリナ・ジェラードに破滅の一歩を踏ませることとなってしまう人物なのだ。オマケ付きに、『暁のエインヘリヤル』メインシナリオにもガッツリ関わってくる重要人物。と、まあ、このぐらい危険要素が詰まってれば回避したくもなるよね。
流石に控室の窓からでは、遠過ぎて詳細な見かけは分からない。けど、僕は前世のおかげでしっかりと分かっている……と、思いたい。彼は幼少期もキッチリ描かれていたし、設定資料集でも一ページ丸々使った、色付きのラフスケッチが乗っていた。白銀色のおかっぱ頭、ハの字に下がった眉と気弱に細められた紅の瞳、うつむき加減で豪奢なローブの裾を握りしめている、見るからに内気で意志薄弱な男の子。そんな感じだった。一致するとは限らないけど、その路線で正しいならば、今相当緊張しているだろう。百戦錬磨の文官たちに殺気立ってる候補生たちの只中で、一人特別席でご閲覧しなければならないのだから。僕だったら絶対嫌だ。断れる気はしないけど。
「受験番号八番、セス・カタリナ・ジェラード。前へ」
「あ、はい」
うわぁ、来ちゃった。こうなったらとりあえずやるしかない。僕は麻袋を抱えながら、案内係の騎士の下へ向かう。変な目で見られていることは気にしない、道具を利用する魔術だってそれなりにあるんだから。ここまでたくさん使う人はそういないだろうけどさ。
僕は彼に着いて、練兵場へ赴く。暖かい春の陽気と柔らかな日差しで、少なくとも見た目だけなら暖かい場所はしかし。十数対の視線だけで凍れる世界と化していた。
怖いわー。何これ。数々の修羅場を潜り抜けて来たのであろう皆様方の迫力は、練兵場よりも数段の高さに設置された観客席からでもビシバシ伝わってくる。いや、あんた方に最終選定権はないのに何でしょうか、その値踏みする目は。
「これより、其方の実技試験を始める。制限時間は十分。終了後は陛下にしかるべき礼をした後、速やかに退出すること。それでは、よろしいか」
「――はい」
準備は出来ている。たったの五日間で、急ピッチとはいえ仕上げ切った、僕の考えうる限りではこの場に耐えうるだけの魔術。やって見せようではありませんか。
「始め!」
騎士が儀礼用の剣を掲げる。と同時に、僕は麻袋の中身を思い切りぶちまけた。
瞬間、沈黙を保っていた、選択権のない審査員たちの間に微かなざわめきが広がったのを、僕は感じ取る。無理もないかな。現時点で史上最年少候補生、セスの得意分野は体魔術、と聞いているだろうから。こんな代物が出てくるとは思うまい。
「それでは皆様、ご覧下さいませ」
開演を告げるには、相応しいタイミングだろう。
「恐れ多くも、私、セス・カタリナ・ジェラードが披露させていただきますのは」
さあ、立って。動いておくれよ。
「人形劇団員たちによる、一時の夢。泡沫のサーカス公演です」




