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ーー奴隷。
それは【彼】が生きていた世界にも古くから存在していた、労働力を担っている人物の名称だ。
働かないことが美徳とされていた中世時代。
持ち主の手となり足となり働くことを余儀無くされてた彼らは、基本的に持ち主の資産となるため物扱いされることが大半で、人間として当たり前の尊厳や自由を奪われて生きていた。
中には確かな技術を持ち、主から必要とされ他の奴隷よりも優遇されていた技術者と呼ばれる奴隷もいた。と、文献には残ってはいるが、真偽のほどは当時を生きていた当人しか分からないだろう。
そんな制度も時代の移り変わりによる法の改正や情勢により、【彼】が生きていた時代には表では完全に消えていった存在なのだが。
僕が生きているこの世界では、奴隷制度は貴族はおろか一般市民まで浸透している制度だ。
国の法律により、初めて買う場合は手続きや審査など手間と時間と少々の事務手数料が掛かるが、それさえ通れば誰でもいつでも何人でも買うことができる。
ただし奴隷の購入してからの維持には、ある程度の資産が必要となるため不定期に国から検査が入り、毎月それにパスしないといけない。
以前は奴隷を使い潰していたのだが、いくらあっても足りないので国の方で守ることにより労働力を増やそうとする国の苦肉の策だった。
果たしてそれは成功し、この国は簡単に労働力の増加を得る事ができた。
そして、ありがたいことに独立してすぐに購入手続きをすれば、書類作成を行うだけで一人目だけはどんな奴隷も全額を負担しなくてもいいことになっている。
勿論、奴隷の運用目的など本当に必要かどうかを書類で提出しなければならない為、書類の不備や虚偽申請は罰金対象となり最悪罰せられるし、銀行に貯蓄がないとこの制度は利用できない。
幸いなことに、僕にはこの制度を利用して奴隷を購入することができるスキルがある。
【彼】のおかげで書類作成はお手の物だし、奴隷の運用方法もすでにシミュレートできているので後は実行するだけとなっている。
後は、奴隷を買うだけの資金を期限までに稼げるかだけが問題となっていた。
【彼】の知識を使えば、確かに大金を得ることは難しくない。
しかし、親の庇護が必要なこの時期それをやらかしてしまえば、両親は絶対に僕を手放さないだろう。
それだけは確実に避けたいし、彼らには悪いが僕はこの能力を他人のために使うつもりはさらさらない。
前の様に忙しくもやり甲斐のある人生もいいのだが、趣味もなくただただ仕事に精を出すのもどうかと思うので、今人生は全力でしたいことをするつもりだ。
とりあえずは家を出るまで時間があるので、家の手伝いをしながら身体を鍛える。健康な身体には栄養も必要なので狩りも同時にこなして行く。
やることは山の様にある。期限までにどれだけ出来るかで今後が決まると想像すると、色んな思いがグチャグチャに混ざり込んだ得体の知れない感情がこみ上げて来た。
あの決意から5年の月日が経ち、僕の目論見は半ば成功していた。
身長も伸び、朝は兄の畑を手伝い昼からは親や村の人達の同意を得て近くの森に行き狩りをする日々が3年ほど続いている。
初めは止めていた両親も、定期的に肉が食えることに味を占めたのか、1週間ほどで何も言わなくなった。
勿論、ウチの家族ばかりだけだと村八分にされそうなので満遍なく配ってはいるつもりだ。
しかし、そんな事をしているせいか体力こそついたが、獲物の収穫が思ったよりも上手くいっていない。
あわよくば毛皮などを貯めて置いて売り払って貯蓄しようと考えていたのだが、如何せん獲れる量が予想していたのよりも少なく供給するだけで精一杯だ。
と言っても、自分が個人的に食べる獲物は確保した上で収めているので、一日に貯蓄できる量が極端に少ないだけなのだが無いよりマシだと思って諦めている。
解体も最初は四苦八苦していたが、今では森の中にいる獣を余裕で解体出来る様になったし、以前の知識を使って燻製なども作ることができる。ちょっとした薬草や毒草、香辛料も獲物と対価に教えて貰っているのでそちらの方も収集と貯蔵は怠ってはいない。
今まで得た物資も、リスク分散として数箇所に隠しているので万が一知られても全て奪われることはない。
後は、どうやって誰にも見つからずに売りさばくかだが、後2~3年ほどすると村の外にも行ける様になるのでそれまでの辛抱だ。
この村よりも大きな村に行くことが出来れば、捌くのは容易い。ただ、独り立ちしてから事を起こさないと面倒臭いのが難点だが。
それまでは売る場所や相場などの情報収集に専念するしかない。村を出るまではまだまだ準備が出来そうだし、僕が情報を得るためには今はまだこの村の人達に聞くしかないのでこの機会を逃すわけにはいかないのだ。
流行る気持ちを落ち着かせながら、僕は獲物を狩るためにいつもの狩場へと足を運んだ。