四話 旅、終わる
外に出れば、橙色の空が一行を迎えた。
昼に見た城下町の賑わいはなく、外を歩く人の数も少ない。
二人の後ろをついていくレイは、自分に向けられる視線を感じながらも、ずっと前を見つめ続けた。
そして城門に辿り着くが、当然、兵士二人が立ち塞がる。
「本日はお引き取り下さい。また明日、お越しください」
「どうしても王様にお会いしたいのですが、無理でしょうか」
「お願いします!」
懇願するも、兵士は断固として譲らない。警備上の問題で、夕方以降は誰も入れないよう伝えられていると言う。
「……ここは下がろう」
レイが踵を返すと、ルシトも仕方なく諦め、柚葉を連れて引き返した。
後方では、兵士の会話が聞こえる。「レイ」という単語が会話に出た瞬間、柚葉はそれを打ち消すくらいの大きな咳払いをした。
「どうしましたか?」
「ここって寒いね」
「その服装が寒そうだな」
思い出したように、短いスカートを長くしようと引っ張る柚葉の気遣いを知り、嬉しかったのか、シャツを脱いで柚葉に渡した。だが、「レイが風邪をひく」と言って断られた。
城門を出ると角を曲がり、植木が並ぶ通りに出た。すると、何を思ったのかレイが立ち止まる。
「いたっ」
急に立ち止まったのでレイの後ろにいた柚葉が顔面をその背中にぶつけた。「すまん」と言うと、振り返って、赤くなった鼻のてっぺんをそっと触る。
「大丈夫だけど、急にどうしたの?」
「いや、会う方法は他にもある」
「本当ですか?」
ルシトは「ぜひ案内してほしい」と頼んだ。兵士に咎められたことを考え、見つかったら捕まることを怖れ、ルシトを止めようとする。だが、一刻も早くアゼ―レ超大国を救いたいルシトは、それを聞かなかった。
「また明日行こうよ、ルシト」
「いや、早く会うに越したことはないと思います」
「わかった。それなら、こっちだ」
辿り着いたのは、城門と正反対の位置にある、城壁であった。
本当に壁のみで、人が入れそうなところはどこにもない。
レイが城壁の至るところをぐっと押すと、一か所だけへこんだ。かと思いきや、下の壁がゴゴゴと音を立て引っ込み、目の前にほふくすれば通れそうな穴が出来た。
「抜け道があるとは……」
「レイはすごいね! でも、何でここにあるって知ってるの?」
「こっちだ」
柚葉の問いには答えず、レイが穴を潜ると、それに柚葉、ルシトが続く。
彼らが出た先は、重々しく威圧感のある応接間だった。レッドカーペットの上には光沢を放つ高級な長テーブル、革製の高級ソファーが向かい合い、二つの豪華なシャンデリアが応接間の高級感をより強く漂わせている。何千万もの値を張るであろう壺が隅に飾られ、花瓶には色鮮やかな花を指している。
もちろん、人はいなかった。
「王はこの上にいる。まず、部屋を出よう」
そのときだった。
応接間の扉が、ギギィと音を鳴らして開いた。
とっさにテーブルの下に隠れ、息を潜める。
入ってきたのは、パールを星空のように散らしたドレスを身に付けた女性だった。
ここでバレたら大変なことになるだろう。今後抜け道が使えなくなるだけでなく、不法侵入として牢屋に投獄されるかもしれない。
そんな状況で、柚葉がギュッと鼻をつまみ始めたことに、ルシトは嫌な予感がした。
カツカツとヒールを鳴らして歩く女性は、歩いたかと思えば立ち止まり、また歩き出す。レイの隣まで来ると、また立ち止まった。
どうやら、この部屋に忘れ物をしたらしい。
柚葉が大きく口を開けるととっさに、ぐっと自分の胸元に引き寄せるルシト。
「確か、此処に――」
「くしゅん!」
柚葉のくしゃみと同時に、女性がテーブルの下を覗きこんだ。
くしゃみは最小限に抑えられたが、それは無意味に終わった。
突然のことで何が起こってるのかわからない柚葉であったが、ルシトの筋肉質な胸元に抱き締められていることを知ると頬を真っ赤にする。
ドキドキしている本人は、まだ見つかっていないと思い、そのままでいた。
次の瞬間、助けを呼ばれる前にすぐさま女性を気絶させようとルシトが動く。が、それは、レイによって止められた。
「……クレール?」
「レイ、レイなのね」
レイはテーブルの下から出ると、すぐさまクレールに抱擁された。金髪のカールした髪を一束にまとめ、胸元が大胆に開いたドレスに、白く薄いストールをかけているクレールは、お淑やかかつ気品のある女性だった。
その状況に驚きながらも、柚葉とルシトが出てくると、抱擁を解いて、事情を説明した。すると、クレールは「王に会えるよう取り計らう」と言った。
「ですが、彼はまだ貴方を……」
「そんなことは承知の上。紹介しよう、彼女はこの国の王妃だ。俺の友達だった」
過去形で話すことに疑問が浮かぶが、それよりも民に冷たい視線を向けられているレイがこの国の王妃と関係があったことに二人は驚いた。
クレール王妃はレイの言葉に、寂しそうな表情を浮かべるも、否定はしない。
「ありがとうございます」
ルシトが礼を述べると、「気にしないで」と笑って答えた。
まだ熱の引かない柚葉は、ペコリとお辞儀した。
この場に居づらそうなレイは、早く案内するようクレール王妃に頼んだ。
応接間を後にした四人は、王妃を先頭に後をついていく。
「よく我らの眼前にその姿を晒せたな、クズが」
王座に堂々と座っているのはマール王国を統べる王、リットン国王であった。体格がよく、赤いマントを身に神々しい冠を頭に飾り、レイを鋭く睨みつけている。
王妃は「止めてください」と王に諭すが、それを聞かず、大声で「うるさい!」と怒鳴った。どう見ても頭に血が昇っている。それに対し、レイは膝をついたまま、国王と目を合わせずにただ無言で俯いていた。
これでは話が進みそうにないので、ルシトは「あの」と国王の罵声を遮った。
「私たちは、アゼ―レ超大国の者です。こちらに参った理由は、知っておられると思いますが、パルテノン帝国によるアゼ―レ超大国侵攻で、協力をお願いしたく――」
「何を戯けたことを言っておる! 侵攻なんぞ、知らぬわ!」
国王でさえアゼ―レ超大国の侵攻を知らなかった。その事実に、ルシトは言葉を失った。
「アゼ―レ超大国とは最近連絡をとりましたか?」
「連絡の必要はない。一昨日アゼ―レ超大国の貿易商人が来て、今日の昼時に帰って行ったのだ。情報は貿易時に交換することが、最近の主流であろうこともそなたは知らないのか」
リンロンは一家に一台の普及率で誰でも持ってはいるが、主に国内で連絡するのに使われている。もちろん、国外でも通話は可能であるが、まず国外に友人や知人がいるケースが稀である。なのでリンロンは国内で使われるものという認識が一般に広まっている。よって、高級思考のある王が持つようなものではないとされ、アゼ―レ超大国の王を除き、他国の王族たちはリンロンを所持していないのが現実だった。
伝鷹も、鷹を伝書鳩代わりに利用するもので、伝えたいことがある場合や緊急時以外は利用しない。有能な鷹のみが伝鷹に利用でき、ただ値が高く、一王国に一羽いれば十分だった。そのため、最近は数日に一回来る貿易商人と情報交換し、情報を得ることが主流である。
アゼ―レ超大国からマール王国までは、歩いて一日かかる。となると、ルシトの記憶によれば、三日前はまだ侵攻を受けていなかった。二日前に、一日もたたずパルテノン帝国に制圧されてしまったのだ。
「それなら、今すぐにでも伝鷹で連絡をとっていただきたいのです。きっと、アゼ―レ超大国は」
「黙れ! そなたらは信用できぬ! 我を惑わす賊は、牢屋に入られよ! 死罪じゃ!」
「そ、そんなっ」
聞く耳を持たない王は、後方の扉の前で待機していた六人の兵士を呼び、牢に連れていくことを命じた。最も重い処罰である『死罪』を課せられ、ルシトは王の横暴さに怒りが爆発しそうになる。だが、ここで反論しても、処罰を解いてもらえるとは到底思えなかったため、無言で王を睨みつけるだけで終わった。
「彼らを離しなさい!」
「クレール、よさぬか! 早く連れて行け!」
王妃の言動に一時は離すべきかと立ち止まる兵士たちは、王の一言で牢屋に向かうため歩き出した。一人に二人の兵士が付き、両手を後ろに回して縄で縛りつけると、柚葉、ルシト、レイの順で王の間から連れ出した。
終始、レイは無言を極めた。