最終話 王子様のプロポーズ
元国王であるラシール、ミリアを犯罪者として捕らえ、牢に入れた。
シュトーレン国王や王妃をはじめ、多くの人々を殺害した刑は重く、死を持って償うことになる。
ライヤとの戦いの後、今までが嘘のように潔く罪を認めたミリアは、公開処刑としてロセリア王国の広場にて、その命を終えた。
ラシールは手を下してはいるが、それが自分の意志ではないという理由で死罪を免れ、流刑地行きが決定された。
二匹の力兎がラシールの入った鉄格子を担ぎ上げ、その周囲を六人の兵士が守る。
国民の目に晒さないために、皆が寝静まった夜に、ロセリア王国を発った。
未だ次期国王という位にあるライヤは明日、戴冠式を迎え正式な国王となる。
一通りの仕事を終えると、彼女に会うために客室に向かう。
扉をノックするも、返事はない。通りかかった兵士が挨拶してきたので、彼女の行方を聞く。
「どこにいるかわかるかの?」
「おそらく、城内庭園にいらっしゃると思われます」
深々と頭を下げると、兵士は見回りに戻った。
旅に出る前、ずっと遊んでいたライヤにとって、堅苦しい仕事は疲れるものだった。
それに加え、顔見知りの二人の処刑を決定しなければならなかったのだ。
国民の声を尊重し、その上で決めた刑であるが、これが正しいのかどうかもわからない。
レオンに頼まれたこともあり、何としてもラシールだけは死刑を免れるよう国民に説得するのにも苦労した。
あれから三日間、仕事に追われて彼女に会えなかった。
(早う、会いたいの)
疲れているはずの体は、なぜか軽くなり、遠足前夜の子供のように胸が高鳴っている。
ライヤは、あることを決心していた。
それを実行し、もし失敗したらどうしようなんて、柄にもないことを考えている。
余裕など、今のライヤにはなかった。
「あっ、ライヤ?」
求めていた姿が、そこにはあった。
小さな噴水の周囲に敷かれた芝生、色彩鮮やかに咲く花々。
その中で、大理石で造られた噴水の縁に腰をかけた女性、柚葉が立ち上がった。
「すまんな、柚葉」
「なんで謝るの? 会えて嬉しいよ、ライヤ!」
どの花より可愛らしい笑みが、ライヤの心を癒す。
駆け寄ってきて、ぎゅっと抱きしめられれば、当たり前のごとく抱き返す。
「でも、寝なくて大丈夫?」
「お前さんに会えたから、大丈夫じゃよ」
「もう、何それ」
と言いながらくすくすと笑う柚葉は、身長差から上目遣いでライヤを見つめる。
今までの女性とは違うその視線に、心が揺れ動く。
湧き上がる想いを理性で押さえ、気づかれないように深呼吸すると、ライヤが口を開いた。
「……柚葉」
「ん?」
長話になるので、立ったままでは疲れるだろうと思い、ライヤが座るよう促した。
何も知らない柚葉は、一つ頷くと芝生の上に腰を置く。
ライヤも続き、王らしからぬ、胡座をかいてその隣に座った。
「お前さんに、聞いて欲しいんじゃ」
「……うん」
真剣な眼差しで見つめると、一瞬だけ驚いた柚葉であったが、それは穏やかな笑みに変わる。
彼が身上を話してくれることをずっと待っていた柚葉にとっては、とても嬉しかった。
そしてライヤも、少し緊張した面持ちで、初めて他人に、自分のことを話す。
「俺は、貴族バートン家で生まれたんじゃ。小さい頃、俺の父さんが亡くなった」
「それじゃ、国王の血は受け継いではいないの?」
その返答に驚いたように目を丸くするも、こくりと頷くと、口を開いた。
「そうじゃよ。そんで母さんは、毎夜泣いておった。このとき、王妃も病で亡くなってな、王も悲しんでいたらしいの」
かつて愛する人を亡くした経験がある柚葉は、眉根を寄せ、俯いた。それが悲しいなんて言葉で表現しきれるような気持ちじゃないことを知っているし、ライヤの母親と同じように毎日泣いていたけれど、どんなに涙を流しても愛する人は帰ってこないのだ。
「バートン家は上流階級の貴族じゃから、国の行事などで王と接する機会が多いんじゃ。そんときに、同じ悲しみを共有してな、二人で時を過ごすことが多くなり、結果、結ばれたわけじゃ」
「そうして、ライヤのお母さんは王妃になったんだね」
心の拠り所などなかった柚葉は、少しだけ羨ましいと思った。けれど、ライヤはどんな思いだったのだろう。もし柚葉がライヤと同じ立場なら、嫌悪感でいっぱいだったかもしれない。親の結婚を祝う気持ちなどなくて、父さんがいるのにどうして他人を好きになれたのかと、そう思っていただろう。
あくまで柚葉の場合であるが、もしライヤも同じ気持ちならと考えると、自然と手がその大きな背中に回った。上下にゆっくりと摩る。
「国王は前王妃との間に子を設けなかったんじゃ。だから、俺が第一王子となったんよ。じゃがの、間もなくして、母さんは亡くなったんじゃ」
「……ミリアだね?」
恐る恐る聞いてみると、ライヤは目を伏せ、静かに頷いた。震える右拳を、左手で抑える。
「その頃、ミリアとレオンが離婚した。町人であったミリアがレオンの元に嫁に来たんじゃが、レオンから彼女の元を去っていった。理由は、わかるじゃろ?」
先日のラシールとのやり取りを思い出す。ミリアの部屋に、王妃殺害に使われたものと同じ毒草があったということを。確かに、そんな現場を見てしまえば、いくら妻だとしても別れたくなるに違いない。しかし、それを世間に広めなかったということは、少なからずともミリアへの想いはあったのだろうと予測できる。
「国王は、両親を亡くした俺を、実の息子のように接してくれたんじゃが……」
きゅっと唇を噛み締め、芝生へと視線を落とした。その言葉の続きを、柚葉は理解できたのか、摩る手を止めた。義父とはいえ、全くの他人の息子となることには抵抗があるだろうし、両親も知人もいないことに不安も重なり、第一王子という位の重みも加わって、誰も感じたことがないような思いを背負っていたのだろう。
「うん、私も同じようにしてたと思うよ」
そんなことがあれば、逃げ出したくなるだろう。だからライヤは、城を出て町で遊び暮らしていたのだ。
「ありがとな。……そんで、俺が町に出た後、国王はミリアを王妃として迎えたんじゃ。その話を聞いたとき、俺は失望したぜよ。国王にも、人間というものにもな。じゃが――」
過去を思い出しながら話すライヤは、深い溜息を吐いた。寂しそうな表情を浮かべたまま顔を上げ、柚葉を見つめる。
容姿端麗な顔立ちに見つめられ、それが好きな人であるからなおさら、柚葉の鼓動が早くなる。一度合えば視線を外せず、見入ってしまう。一体、何を言うのだろうか。少しだけ、期待してしまう。
「お前さんに会って、共に旅するようになって、皆がそうじゃないっていうことがわかった。シュトーレン国王は愛する人を亡くしてもすぐ妻をつくり、ミリアは権力や財産の為なら人を殺めることさえ厭わず、城にいたときは『第一王子』という肩書きで、町では外見だけで女が寄ってくる。じゃが、お前さんは違った」
口元を緩めるライヤは、膝下に置いていた柚葉の手にそっと触れ、ガラスを取り扱うように両手で優しく包んだ。緊張しているからか、触れられた瞬間体を強ばらせるが、それはすぐに解ける。
「遊人と言われるようなこんな俺と、真面に接してくれた。いくら俺がからかっても、お前さんの質問に答えずとも、真っ直ぐに俺を見つめ、邪な気持ちなどなく真剣に聞いてくれたんじゃ。それが、嬉しかったんよ」
ロセリア王国で櫂人を、いや、幻を追っていたときのことを思い出す。露店にいたライヤとぶつかったとき、転びそうになったのを助けてくれたこと。四護神かどうかを確かめるための質問をしても、答えを有耶無耶にされたこと。けれど、国王暗殺事件が起こったとき、命の危機を晒してまで助けに来てくれたことを。
「あのとき、ライヤが助けてくれなかったら、きっと死んでいたかもしれない。本当に、ありがとう」
そう考えれば、感謝してもしきれない。結果、ロセリア王国を追い出されることになったけれど、会って間もない人のために、命を賭けて命を救うことなど、簡単にできるものではない。
「守ってくれて、ありがとう。私、ライヤのことが、大好――」
思ったことが、そのまま言葉になって出てくる。表情も柔らかくなり、自然と笑みが溢れる。だが、湧き上がる想いを告げようとした瞬間、言葉は、愛する人の口付けによって、途切れた。
突然の出来事に、心臓の音さえ聞こえず、時が止まったように思えた。そこには確かに、柔らかい唇が当たっている。視界はライヤの顔で埋め尽くされ、止まった思考回路がゆっくりと動き出す。『キス』という行為をしているという事実を、ようやく認識する。
固まりながらも、茹で蛸のように顔を真っ赤に染めた柚葉から、名残惜しそうにゆっくりと唇を離す。
「愛してるぜよ」
甘い言葉が鼓膜を揺らし、心にすんなりと入って溶けていく。全身の血液が熱く滾るような感覚に襲われる。
夢に浸っているのではないかと思う時間もなく、ライヤが聞いてきた。
「――柚葉は?」
いつもの余裕を含んだ意地悪い笑みを浮かべる彼に柚葉は、「大好きだよ」と素直に想いを伝えた。
答えがわかっていても、ライヤは安堵したのか、背に腕を回し、力強く抱きしめる。その温もりの中で、柚葉もライヤを抱きしめる。
この甘い時間が、いつまでも続きますようにと願う。それは柚葉だけでなく、ライヤも同じだ。
「お前さんは、俺が守るぜよ。そして民も、国も、この手で守る」
「うん、私も、ライヤを守るよ!」
いつか聞いた言葉に、ライヤは笑いながら首を横に振った。
それを疑問に思う柚葉が首を傾げると、小さい頭をそっと撫でながら言った。
「明日、戴冠式と共に王妃として、柚葉を皆に紹介したいんじゃ」
「お、王妃!?」
ライヤと人生を共にするということが何を示すのか、まったく頭に入っていなかった。ましてや、自分が王妃になるだなんて思いもよらなかった事実に、ただただ驚くことしかできない柚葉。
そんな彼女の様子を予想していた様に、ぷっと吹き出すライヤが、頷いた。
「だから、共に国も、民も守ってほしいし、好いて欲しい。もちろん、一番に俺を愛して欲しいんじゃがな」
「な、そんな簡単に言われても私――」
「すぐにとは言わん、時間はたっぷりあるんじゃ。ゆっくりでいいからの」
するとライヤは、立ち上がったかと思えば軽々と柚葉を抱き上げる。
王子にお姫様抱っこされる柚葉は、ライヤの所為によって早くなる鼓動が止まってしまうんじゃないかと心配しながらも、その愛を全身で感じていた。
「えっと、わ、わかったんだけど、私、歩けるから下ろしてほしいな」
「何を言っとるんじゃ。今夜は、離さんよ」
熱のこもった視線が、舐められるように頭からつま先に移る。沸騰するんじゃないかと思うくらい、体が熱くなる。そのせいで、頭がおかしくなったのか、普段なら否定するはずの柚葉は、自分の気持ちを隠すことなく、愛する人の甘い言葉を受け入れる。
「……優しく、してね」
「もちろんじゃよ」
こうして一夜を共に過ごし、晴れて二人は結ばれた。
正式に国王、王妃となったライヤと柚葉は、国民からあたたかい拍手で迎えられた。
結婚式にはパルテノン帝国を除く各国の王や共に旅をした仲間を呼び、盛大に行った。
ロセリア王国を統治する国王ライヤと、王妃である柚葉の物語は、始まったばかりだ。
その絆、どうか永遠に。




