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戦神子と六人の彼  作者: 火渡ユウ
一章 四護神《ガーディアン》集めの旅
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十話 可哀そうな犠牲者

 月が照らす夜、冷たい風が吹き抜ける中、誰もいない海辺に出ていたのは柚葉であった。

 一人眠れず、外に出て風に当たりに来たのだ。

 明日は再度王に会いに行くことになり、その後にもう一度、ロッカスに頼むことになった。

 だが、柚葉は考えていた。

 ケイルに言われた「可哀そうな犠牲者」という言葉が、どう考えても自分に向けられているものだと思えて仕方なかった。

 櫂人がこの世界にいる可能性についても、あのコート男の正体を知らない限り零とは言えないだろう。

 遠くから見た横顔が、櫂人そのものだったことは、今でも鮮明に覚えている。


(……わからないよ)


 もし櫂人なら、どうやってこの世界に来たのだろう。

 それに、怪我は大丈夫なのだろうか。自分の目で実際に事故現場を見たとき、大量の血痕が残っていることが一目見てわかるほど酷かった。コンクリートに、べったりとついた血の池のような跡は、今でも忘れることができない。

 その場に座り込み、柚葉はその光景を頭から振り切ろうとぶんぶん振る。


 櫂人のことは考えても、事実はわからないままである。

 とりあえず、頭の中で整理してみる。

 四護神が集まるだけではアゼーレ超大国を救えないことはわかった。

 アゼーレ超大国を救うためには、何をしなければならないのか。

 そこで、ケイルの言葉が浮かぶ。

 嘘だと思いたいが、嫌な予感がしてならない。

 それを決定づけられるのが、まさか今だなんて、柚葉は思いもしなかった。


 月の光を反射して、煌めく夜の海を見つめていた柚葉の肩に、温かい何かが乗せられた。

 何だろうと振り返ったとき、そこには、求めていた人物がいた。


「――櫂人?」


 櫂人が、どこか儚い目で、柚葉を見つめていた。

 コートを掛けられた肩は冷えていたのか、とても温かく感じた。

 そして何より、体中が熱くなっていく。

 だが、柚葉の問いには不思議な答えを返された。


「貴女がそう思うのなら、そうかもしれない」


 櫂人はこんな口調ではないし、声音ももう少し低い。

 それに、柚葉のことを「貴女」なんて呼んだことは一度もない。

 違うのだと、櫂人ではないのだと、思い知らされる。


「違うんだね」


 体中を駆け巡る熱いものは、そのまま涙へと変わっていく。

 容姿は櫂人そのものなのに、ロセリア王国で追いかけた男は、今目の前にいる男は、櫂人ではない。


(私は、あなたを悲しませる存在でしかない。泣かないでなんて、言えない)


 コートを脱いだ男は、戦装束の格好をしていた。

 双剣を携え、銀の胴当てを身に着け、異国であるけれど和を感じさせる服装であった。

 ずっと泣いているわけにもいかず、柚葉は深呼吸して気持ちを抑えると、コートを手に取り、男に返した。


「私は、大丈夫です。ありがとうございます」


 男は目を見開いた。

 こんなつらい状況にいるのに、なぜ彼女は他人に優しくできるのか。

 櫂人という人に似ているからだろうか、そう考えたが、きっと柚葉の人柄なのだろうと、結論に至った。


戦神子(メイデン)、貴女の運命をお教えに参りました」

「私の、運命?」


 コートを受け取ると、男はゆっくりとした動作で自ら纏う。

 柚葉がまっすぐに見つめ上げる。


「アゼーレ超大国を救うために、貴女がすべきは、四護神(ガーディアン)の力を得、パルテノン帝国に居る古の神(オリエント)にその身を捧げること」


 その意味を理解できないでいる柚葉に、こう付け加えた。


「つまり、死ぬことです」


 ケイルの言葉が思い浮かぶ。「可哀そうな犠牲者」という言葉が。

 こういうことだったのかと、何故か冷静に受け止めることができた。

 だが、なぜ自分が死ななければならないのか、戦神子に選ばれた理由は何なのか、わからなかった。

 それを問うと、男は答えてくれた。


「貴女の生まれた世界で生きた人が、異世界に来たことでこの世を乱した。乱した世は、その者の命だけでなく、近しき者の命を持って償わなければならないのです。よって、貴女が選ばれた」


 頭の中で、何かが繋がった。


「……櫂人なんだね」


 男は頷かず、目を伏せた。だが柚葉には、わかった。

 経緯は知らないが、櫂人は何らかの方法でこの世界に来た。

 そこできっと、「世を乱した者」として、古の神とやらに殺されてしまったのだ。

 それだけでは足りず、櫂人に近しき者として柚葉が選ばれたのだ。


「そっか、もう」


 自分の死より、櫂人が死んだという事実に、心を痛める柚葉。

 今でも好きな人の二度目の死に、また涙があふれ出そうになる。

「泣いてください」と背中を優しく擦る男の優しさに、歯止めは効かなくなった。

 櫂人のせいで、自分が死んでしまうことなんてどうでもよかった。

 それで櫂人に呆れて、嫌いになれるならどれほどよかったか。


「……ひっく……う、うっ……」


 走馬灯のように櫂人と過ごした記憶が脳を過っていく。

 だが、悲しむのも今日で最後だと、ゆっくりとだが、心の中で決意を固めていく。

 どうせ死ぬのだから、死ねば、悲しい思いをしなくても済むのだから。

 死ねば、櫂人に会えるのだから。

 こんな考えを叱ってくれるはずの櫂人は、本当に、もう何処にもいない。


「此処からなら、パルマ山が近いでしょう」


 柚葉を宥めながらも、男は説明を始めた。

 まるで何かに急かされているように。

 四護神の力を得なくてはならず、パルマ山に行けば山の護神の力が得られると言う。


「貴女が身を捧げれば、古の神は、怒りを鎮め、パルテノン帝国もアゼーレ超大国から手を引くでしょう」


 心から心配している男は、それだけ言い終えると、コートを脱ぎ、柚葉の冷えた肩に掛けた。

 さすがに、返す気力もないのか、そのまま何も言わずに、ただ泣きしゃくる柚葉であった。


(その涙を止めたいのに、私にはできない)


 柚葉に合わせ屈んでいた男は、ゆっくりと立ち上がる。

 何もなかったかのように踵を返す男であるが、ぐっと拳を握り、悔しそうに目を伏せる。


(四の運命に導かれしとき、貴女はきっと)


 海辺に面した建物と建物の隙間を抜ける際、男は誰かによって肩を掴まれる。


「櫂人は、死んだのか」

「……」

「あの娘も、死ぬのか」

「……戦神子の涙を、止めてあげてください」


 強い力で掴まれた肩は、痛みを帯び始めていた。

 だが、その手を掴んで払うと、男は颯爽とその場を去って行った。

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