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戦神子と六人の彼  作者: 火渡ユウ
一章 四護神《ガーディアン》集めの旅
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一話 あの人からの手紙

初めまして、火渡有紗です。

初心者中の初心者ですが、心温かく読んでいただけたら嬉しいです(*^^*)

「働き過ぎだよ、柚葉(ゆずは)。もう帰りなよ」

「ん、じゃあ言葉に甘えてそろそろ」


 午後11時をまわった夜、オフィスで女性二人の会話が聞こえる。

 社会人二年目の蒼山(あおやま)柚葉(ゆずは)は、あるプロジェクトの納期が迫っていたため、毎日残業をしていた。同僚であり親友でもある石井(いしい)由実(ゆみ)が止めるにも関わらず、キーボードを叩くのを止めない。

 他の社員でさえほとんどが帰宅し、残っているのは二人とその上司である川崎(かわさき)雄大(ゆうた)のみ。彼は爽やかで頼りがいがあり、背が高く整った顔立ち、モデルと言っても過言ではないほど容姿が良いことから、社内の女性たちの憧れの的になっている。


「よし、続きは月曜にやろう。石井は先に帰れ」

「ちょっ、ひどいじゃないですかあ! 私はか弱い女ですよ、一人で帰らせるんですか?」

「自宅は此処から歩いて3分だろ。蒼山は俺が送るから安心しろ」


 はぁ、とため息をつく石井は、デスクに散らばった資料を大雑把にまとめると、そっと隅に置いた。柚葉は、ありがとうございます、と言いながらも内心は暗く落ち込んでいた。その理由は、日々の疲れがたまっているだけではなかった。


「私も柚葉みたいに、社内に恋人がいたらなぁ」


 口を尖らせながら毒づく石井に苦笑した。そんな彼女に「早く帰れ」と言わんばかりに咳払いする川崎は、仕事を切り上げようとデータの保存を行う。川崎と柚葉は上司と部下の関係であり、恋人関係でもある。


「じゃあ、また月曜ね。そうだ、近くに美味しい店あったから行こうね」

「わかった。じゃあね」


 片手をぱたぱた振りながら石井がオフィスから出ると、柚葉はパソコンの電源を切り、資料を片づけ終えてから川崎のデスクに向かう。だが、どこか不機嫌な表情を見せる川崎を不思議に思い、理由を尋ねようと口を開いた。


「月曜は、俺とランチの約束をしただろ」

「あ、ごめんなさい」

「いいよ。明日は楽しい一日にしような」


 その言葉に思わず深いため息をつきそうになるのをぐっと堪え、得意の笑顔で頷いて見せる。そんな柚葉を真っ直ぐに見上げながら、満足そうに椅子から立ち上がろうとした川崎。その際、資料がデスクから床に落ちた。


「川崎さん、これ……」


 何枚もの企画書を柚葉が拾い上げるとき、見聞きしないプロジェクトが書かれた紙を見つけた。『異空間移動装置開発プロジェクト』も、ホチキスで綴じられていた。

 それを見つけた途端、川崎は顔を真っ赤にし、すぐさま柚葉から取り上げた。


「ゆ、夢を持つのは、悪いことじゃないだろ?」

「悪いなんて、そんなこと一言も言ってませんよ」


 それでも川崎は慌てて資料を仕舞うと、柚葉の手を引いて颯爽とオフィスを出ていく。














 自宅まで車で送ってもらうと、別れの挨拶をして見送った。

 気が抜けたのか、胸をそっと撫でおろす。

 川崎の車が見えなくなると、家に戻ろうと踵を返したとき、人とぶつかってしまった。

 

「あっ、ごめんなさい。大丈夫ですか」


 ライムグリーンの綺麗な髪を束ね、柔和な雰囲気をまとった男性は目が合うと寂しそうに微笑んだ。

 ゆっくり頷くと、柚葉の肩に触れようとした。が、髪の色といい、不思議な仕草といい、変な人という印象を持った柚葉が一歩後ずさると、その手をぴたりと止めた。

 すぐに背を向け、何事もなかったかのように歩き始めるその後ろ姿を凝視する。不思議に思いながらもポストの中を確かめ、ダイレクトメールの山を取り出し、中に入った。


 0時をまわり、ようやくふかふかのベッドに寝転がる。心地よい肌触りと橙色の淡い照明に、無意識に微睡む。このまま睡魔に陥り、寝てしまいたい。けれど、まだ風呂にも入っていない。重たい体を起こし、風呂の用意をしようと立ち上がる。

 一人暮らしをしている柚葉の部屋には、もう一人住んでいた痕跡があった。柚葉の趣味の範囲外であるアウトドアに関する本が隅に置かれ、洗面台には色違いの歯ブラシが二つ、お揃いのマグカップが二つ、枕も二つある。だが、それは友達でも川崎のものでもなかった。これこそが、彼女にため息をつかせる最大の理由だった。

 

櫂人(かいと)……)


 それは、亡くなった元彼である。

 当時、柚葉は6年という長い月日を彼と共に過ごしていた。互いの家族には既に公認されており、学生という身分でありながらも、櫂人は『ミニプロポーズ』を彼女にしていたのだ。柚葉の好きな映画鑑賞、気になっていた高級フレンチレストランのスペシャルディナー、櫂人のアルバイト代一カ月分の指輪と、心のこもった手紙、愛あふれる言葉、柚葉は泣いて喜んだのを今でも覚えている。


「将来、俺と結婚してください」


 あの日が来るまでは、本当に毎日が幸せで充実していた。そう、あの日が来るまでは。


 櫂人の生活は、休みなどほとんどなかった。昼は学業、夜は通しで働き、柚葉と二人で暮らしたいという想いを叶えるために、その資金を貯めていた。同棲を両親に反対されるも、それを押し切って伯父さんの助けを借り、無事にアパートの一室を借りることができた。

 柚葉も両親を何度もしつこく説得し、渋々了承を得たため、すぐに櫂人の待つアパートへと向かった。期待を胸に膨らませながら、楽しみにしていたこの日を、神様は違う意味で一生忘れられない日にした。

 

 突然、携帯電話が鳴りだす。相手は、櫂人の母親だった。同棲のことを言われるのかと冷や冷やしながらも無視するわけにはいかず、恐る恐る出た。


「もしもし」

「……柚葉ちゃん」


 名前を呼ばれたかと思いきや、声にならない声が電話口から聞こえた。何が起こったのか理解できず、それでも泣いていることだけはわかった。嗚咽を漏らし、呼吸が乱れる。とてつもなく嫌な予感がしたのは言うまでもない。そしてそれは、的中してしまう。


「櫂人が、櫂人がっ」


 次に出てくる言葉は、柚葉の心に負の鉄槌を打ち、修復不可能なほど大きな穴を開けた。携帯電話がコンクリートの道路に落ち、運悪く画面が割れる。そんなことも知らず、柚葉は駆け出した。櫂人の元に向かって。














 今思い返してみれば、信じられない話だった。事故現場には血痕が多量に発見され、警察によると致死量を超えた出血のため、櫂人は死亡したと判断を下したのだ。彼の遺体がないのにも関わらず。

 柚葉だけでなく彼の両親もそれを信じず、人を雇い真相を明らかにしてほしいと頼んだが、それでも結果は変わらなかった。あれから4年経った今でも、柚葉は信じておらず、どこかで生きているんじゃないかと考えている。


 そのため、柚葉は櫂人が用意した家具も、小道具もすべてそのままにしてある。いつ帰ってきてもいいように、新品のままの歯ブラシも、口をつけてないマグカップも、青のチェックが入った枕もそのままにしている。

 柚葉は今でも櫂人を想い、忘れられないでいた。

 

 それならなぜ川崎と恋人関係にあるのか。それは一方的な川崎のアプローチと、石井を始めとする友達たちが、もう彼は忘れるべき、と新しい恋をさせようと強引に押した結果だった。先程から恋人に対し、恋人らしからぬ感情を持つのは、そのためだった。別れればいいと思うが、社内ということもあり、そう簡単にはいかない。


 明日のことを考えると鬱になるため、何かしようと仕方なくテーブルの上に放置したダイレクトメールの山を片づけることにする。月曜日からポストを覗いてなく、五日間分のそれが溜まっているため、結構な量がある。可愛いネズミのキャラクターが描かれた黄色いごみ箱をテーブルに寄せると、手際良く捨て始めた。

 そうして分別し、あと数枚のところで白い便箋が出てきた。蝋を溶かした物で綴じられた、見慣れない便箋を手に取る。誰から来たのか知ろうとするも、差出人の名前や住所はなく、そこには『蒼山柚葉様』とこの家の住所が書かれているのみ。

 悪戯かな、と思いつつも、便箋を開けると中には、一枚の手紙が入っていた。無地で白い手紙には、筆でこう書かれていた。愛している、と。


 普通なら気持ち悪いと思い、捨てるかもしれない。けれど、これは櫂人からの手紙ではないかと考えた。きっと住所や名前が書けない事情があるんだと。けれど生存していることは伝えたかったのだと。だが、それは彼女にとって都合のいいように考えているにすぎなかった。もしかしたら川崎かもしれないし、知らない人かも知れない。


(一体、誰が……)




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