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短編

波の音

作者: 遍駆羽御

波の音


 貝を拾い、音を聴く。


 ザァー、ザァーって懐かしい君が知っている音が聞えるだろう。

 母体の心臓の音にも聞えるかもしれない。君はその安らぎを捨てて、地上という名の地獄に上陸した。

 さて、その頃の君はまだ、二足歩行のできない存在だったんだ。しかし、君は諦めなかった。

 せっかく、僕の忠告を破って楽園から一人、旅立ってしまったのだからね。ほら、誰だったっけ? うーん、あ。思い出した。君の彼女のラクちゃんが言ってたよ。ミムちゃんはどうして、美味しい林檎を作るお仕事を辞めて得体の知れないとこに行ったんだろうって。まぁ、僕もその意見に一票、入れたいね。だって君は帰ろうとしているだろう?


 髪を一房、掴み、手でなぞる。


 その心は自分の歩いてきた軌跡ってのを思い出しているのかな。君はやはり、臆病だけど、進もうと藻掻ける人間なんだね。でもね、思うんだ、そういう君だからこそ、幸せになれたんじゃないかな。

 君が漸く、二足歩行を覚えて、もっと、世界を観てみたいと理性の芽を成長させた時期、保育園って場所に入ったよね。そこで君は運命の出逢いをした訳だ。ま、人とは違うかもしれないけど、それは人じゃない僕が嫌悪すべき点ではないから異論はないよ。

 名前は、はーちゃん。ラクちゃんに似た笑窪の可愛い子だよね。そのはーちゃんとの馴初めが、桜の花びらを泥団子に混ぜようとしていた君の背後からはーちゃんが無理矢理、手を伸ばしてきた微笑ましい光景から始まるんだよね。

「しょ、れちがう」

「にゃんで? さくら、きれいだよ?」

「まぜまぜしたら、ぐにゃぐにゃ」

「しょっかぁ! あたまいいね。なでなで」

なんて、舌足らずな会話をする時期が凛々しきミム様にもあったんだ。

 

ジメジメした砂の一粒、一粒が足裏に纏わり付き、波が引くのと一緒に足を動かそうとする。一緒においで! と幼い子どもの声が聞える。あれは私の子どもの声なのかもしれない。

 逆らうつもりはない。一歩、歩を進める。私の人生ゲームは終わりだ。もう、最期のルーレットを回して出た数字の分だけ、マイカーを動かしたのだから。


 ミム様で思い出したよ。

僕の脳にその光景が鮮明に浮かび、思わず、両手を叩いて腹を抱えてしまった。

 幼稚園を卒業後、君とはーちゃんは仲良く、お手々を繋いで小学校の門を潜ったね。

 はーちゃんはびくびくと猫背な女の子。

 君はそんなはーちゃんを守る凛々しきお姉様。実際には、はーちゃんの方が一ヶ月だけ、お姉ちゃんなのだけど、人の性格や役割まで僕が設定したらつまらないでしょ? 何事も偶然って要素が混ざり合い、世界は新しく進化していく。世界、つまりは僕が成長していく為には必要な物語なんだ、君はね。

 その物語の中でも、ミム様って呼ばれる切っ掛けになったお話は僕のお気に入りさ。寝る前に何度も読むくらいなんだよ。

 さてさて、どんなお話か、僕がさらりと話してしまおう。僕は意地悪な性格なんだ。

 小学校の体育時間。君は何でもこなせる。いわゆる天才って奴だったんだ。そんな君だからこそ、鉄棒を駆使した逆上がり? だっけ、それを一番にやって見せたんだ。当然、クラスメートは君のお尻に……失敬、君の流れるような動作に脱帽! 拍手喝采さ。

 褒められているのだから、君は気分が良くなってみんな、一礼した。そのお嬢様毅然とした態度が君を一種のアイドルって奴にしたんだろうね。信仰の対象さ。

 信仰? ってのは、君みたいになりたい! って気持ちから現れる一種の嫉妬であり、憧れだよね。当然、そのアイドルの傍にいつも、いるはーちゃんにも大衆の目は行くものだ。可哀想にその時のはーちゃんはブルブルと雨に打たれて、びしょ濡れのチワワのように震えていた。そういう心理状況じゃなくても、きっと、彼女は鉄棒にお腹が触れる前に両足を滑らせて、頭から地面に叩きつけられるなんて、妙に器用な真似をしてしまっただろうね。

 当然、君ははーちゃんを両腕に抱えて猛ダッシュで保健室に急いだ。

 その一連の騒動から君の評価はうなぎ登り。

 こうして、ミム様なる呼び名はクラスメートから、全校生徒へと流行のインフルエンザのように感染したのさ。

 どう、過去の栄光のお味は? フフッフ。


 両足を交互に動かしていただけなのに、すぐそこには私をはーちゃんのいる楽園へと誘ってくれる全自動自殺機、海の猛々しい手足が肌に触れた。

 ああ……ここまで来たんだ。

 心に浮かんだ漠然とした思いは無味乾燥。


 誰にだって終の日は来るものだけども、君の場合は少々早いのではなかろうか。僕は残念で仕方ないよ。でも、アニメと一緒で春には新番組が始まるから、君のことなんてすぐに忘れるかな。

 あれ? すると、君は、人間は、何も残せない。無意味だね。

 クラスメートに陰で虐められていたはーちゃんの本当の気持ちに気づけなかった君。

 自殺したはーちゃんの最期の言葉は、白猫宅急便のお兄さんが運んできてくれたんだよね。その中身が何かを知らずにお兄さんは、

「こんにちは! 白猫宅急便でーす」

 って爽やか笑顔を君や君の家族に振りまいたんだよね。傑作だよ、あれ。彼はスポーツでもやっていたのかな? ラグビーだと思うよ? って僕はこの世界の全てを知っているんだもんね。だって、僕は僕なのだからね。

 それはそうと、君は伝票を覗き込んで、直ぐさま、段ボールを抱えて自室に籠もったよね。

 ゆっくりとした手つきで、しかし……心は先走り、ガムテープを爪で一直線に破壊していく。

 中から出てきたのは……血文字の一切れの紙切れ。

 ――あんたが羨ましくって仕方がない! 勉強では学年一位。ただ、あんたは授業中に適当にノートを取っているだけでそれを成し遂げた。あたしはそれ、+自宅で自学ノートを真っ黒になるまで猛勉強しても学年五十位。

 あんたが羨ましくて、羨ましくて殺してやりたい。だけど、あんたをそれ以上に私は愛している。愛しているからこそ、憎い。その俊敏な足を刈り取って食べてしまいたい。どんな味がすると思う? あたしは料理上手なあんたらしい家庭的な肉じゃがのお味に似ていると思うんだぁ?

 あんたが羨ましくて、憎い。愛している。

 完璧なあんただけど、ただ一つ、欠点を見つけた。それはね……(破けていて判別不可能)――

 この判別不可能の箇所が修繕された状態で、君の処に届けられたのならば、君の結末は変わっていたのだろうか? 僕にはそれ、興味あるんだけど、やっぱり、僕が手を出すとつまらなくなるでしょ? デウス エクス マキナはもう、二十一世紀では死語なのだよ。

 そうして、君は海へと、我が身体へとたどり着く。

 

 私の身体が母なる海に同化していく。

 おかしいな? ママのはずなのに怖い。

 おかしいな? これははーちゃんにごめんね! これからも一緒だよと言う為の旅立ちなのに。

 塩の味が口内に広がる。鼻に海水が容赦なく、入り込んで、咳をする度にあらゆる臓器が悲鳴を上げた。赤ちゃんのように甲高い悲鳴をあげた。

 ママ、痛いよ。助けて、もっと、優しく抱いてよ!

 そう私の臓器達はママに懇願している。

 呼応して、ママの声が聞えた。


 ごめんね、ミム。でも、これは大切なお手洗いだから、我慢して。

 

 解ったよ、ママ


 意識が朦朧となり、最期に耳だけがママの嬉々とした笑い声を察知していた。


 おかえり。


 ただいま。


     あ、そうそう、判別不可能の箇所は……お人好し。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 何かを求めて、地上に生まれたはずのミムちゃんが、最後に海に還るときに感じることが無味乾燥ってのが少し虚しさを感じました。海と地上で、楽園と地獄を表しているのも面白いです。 あと、天国のラク…
[一言] 独特な雰囲気のお話ですね。
[良い点] 超自然的な存在がミムへ二人称で語りかける文体は、シニカルでありながら、どこか優しさが含まれていて素敵でした。 ひとりの人間の短い生涯が、まるで神話と混ざり合うかのような、美しい短編だと思い…
2012/01/25 07:53 退会済み
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