3.女の子を胸ポケットに入れて仕事に行く
「凪太郎! 風呂に入れてくれ~!」
仕事から帰ると、女の子が飼育ケースの中から叫んでいた。
いつの間に僕の名前を覚えたのだろう。
僕は慌ててお風呂を沸かすと、女の子をケースから出してお風呂に入れようとした。
「てめ~、殺す気か~! 湯舟なんかに入れられたら溺れ死ぬだろ~!」
そう言われてみればその通りだ。湯舟には女の子がつかまって休む場所もない。
「お椀だ~、お椀にでもお湯を入れろ~! 少しは自分で考えろ~! バカ~!」
僕は女の子が入っても大丈夫なように、底が平らになったお椀にお湯を入れた。女の子は体に巻いていたハンドタオルを取ると、お椀のお湯の中に体を沈めた。
気持ち良さそうだ。
あんまり女の子を見ているとまた怒られそうな気がしたので、僕はテレビを見ていた。
「シャンプーとリンスくれ~! ボディソープもだ~!」
僕はシャンプーを自分の指の上に出し、女の子に差し出した。女の子は僕の指の上からそれを取ると、頭を洗い出した。
女の子が体を洗っているのを見てみると、体は小さいものの、おっぱいはちゃんと出ていて、揺れていた。
「何見てるんだ変態~!」
女の子にお湯をかけられた。
顔のお湯を拭きながら、僕は聞いてみた。
「ねえ、君は昆虫なの?」
「お前バカか~! こんな可憐な昆虫がいるか~! 妖精だ~!」
「妖精? 妖精って飛べたりしないの?」
「何言ってんだ、殺すぞボケ~! お前の作った焼酎入りのはちみつでぐちゃぐちゃになった挙句、翅がとれちゃったんだ~! お前のせいだ~!」
そう言って、妖精にものすごく睨まれた。
「ごめんよ。ほんとにごめんね」
僕は平身低頭謝った。
「謝罪するなら物で示せ~! 服買ってこい!」
確かに、いつまでもタオルハンカチを巻いてダブルクリップで止めた服ではかわいそうだ。
「小さな女の子の服なんて、どこで売っているの?」
「着せ替え人形売っているところにあるだろ~! 何でも人に聞くな~! 自分で少しは考えろ~!」
「わかったよ、明日仕事帰りに買ってくるよ。でも、女の子の服なんて、どれがいいかわからないなあ」
「……確かに、凪太郎に選ばせると、趣味が悪いの買ってきそうだなあ……」
そう言って、妖精は体をタオルで拭きながら思案していた。
「凪太郎、着せ替え人形売り場にわたしも連れて行け。わたしが選ぶ」
妖精の体に巻いたタオルハンカチをダブルクリップで止めるのを僕が手伝っていると、妖精はそう言った。
☆ ☆ ☆
翌日、妖精をワイシャツの胸ポケットに入れ、その上からスーツを着て出勤した。
僕のワイシャツのポケットに収まった妖精は、何だか機嫌が良い。
「凪太郎、出発進行! 進め~!」
妖精は僕のことを巨大ロボのように思っているのだろうか。でも、めずらしく機嫌が良いので言うことを聞いておこう。
いつもの満員電車に乗ってしまうと、妖精がつぶれてしまいそうだったので、今日は早めに家を出た。朝早い時間は人も少なく、快適だ。
よく見ると、スーツの襟に隠れながら、妖精が電車の窓の外の景色を見ていた。
「すごいね~。電車早いね~」
妖精はそう言って興奮して体をもぞもぞ動かした。胸がくすぐったい。
職場では僕がパソコンに向かって仕事をしていると、妖精は胸ポケットの中で、いつのまにか寝てしまっていた。寝顔を真上から見てみると、とてもあどけなくてかわいい。
いつもはつまらない仕事も、妖精が可愛い寝顔で自分の胸ポケットに寝ているというだけで楽しくなる。
昼ご飯は、職場の近くのカラオケルームで食べた。ここは昼の時間、ランチがカラオケとセットになっており、七百円で食べられるのだ。
カラオケの個室の中で、胸ポケットから出てきた妖精は、嬉しそうに伸びをすると、ランチを食べ始めた。
「凪太郎、ちゃんと仕事しているんだな~。見直したぞ~」
妖精がそう言ってにっこり笑う。とてもかわいい。
「そう言えば、妖精さんって名前はあるの?」
「ティンカー・ベル」
「本当に!?」
「うそ。霧宮陽菜。陽菜ちゃんって呼んで」
「霧宮陽菜……いい名前だね」
「そうだろう! 凪太郎もようやく分かってきたようだな!」
嬉しそうにドヤ顔で笑う陽菜ちゃんに、妖精なのに意外と普通の名前なんだと思ったが、怒られそうなので黙っておいた。
午後、仕事をしていると、陽菜ちゃんが僕の胸を叩いてきた。
「ちょっと……トイレ行きたい」
顔を赤らめて恥ずかしそうに陽菜ちゃんが言う。
「え、トイレって、女子トイレ?」
「女子トイレ入ったら、凪太郎が捕まるだろ~! バカか~! 男子トイレでいいから連れて行け!」
そう言って陽菜ちゃんはガシガシ僕の胸を蹴り上げた。
男子トイレの個室に入り、床にトイレットペーパーを折り返して何重にもして、その上に陽菜ちゃんを乗せた。
「うう~、恥ずかしい。凪太郎、絶対向こう向いてろよ!」
僕は陽菜ちゃんの出したものをトイレに流すと、陽菜ちゃんを胸ポケットに入れた。
陽菜ちゃんは僕の胸に真っ赤になった顔を当てて、恥ずかしそうにうつむいている。
いつも強気な女の子が恥ずかしがっているのはかわいい。
仕事の後、ネットで調べた人形ショップに出かけると、色とりどりの人形用の洋服が売られていた。
「これがいい! あれもいいな! きゃあ、このドレス素敵!」
陽菜ちゃんのテンションが異様に高くなった。
お店の中は女性客ばかりで、かなりじろじろと僕のことを見られたが、陽菜ちゃんがこんなに喜んでくれるならどうでもいい。
「ねえ、凪太郎。これもわたし欲しいなあ~」
陽菜ちゃんが指差したのは、人形用の小さな部屋のセットだった。家の一部分が切り取られたような仕様になっていて、中にはベッドやタンスなども備え付けられていた。
確かにいつもタオルに寝かせるのもかわいそうだ。
会計は目玉が飛び出るかと思うほど高額になってしまったが、陽菜ちゃんが喜んでくれるなら安いものだ。
「ありがとう凪太郎。陽菜、凪太郎のこと大好き~!」
そう言って、陽菜ちゃんは胸ポケットから立ち上がって、下を向いた僕のほっぺたにキスをしてくれた。天にも昇る気持ちだった。生まれて初めて女性にキスをしてもらった。
陽菜ちゃんのためなら何でもしよう。僕はそう思った。




