ジル
「お前は騎士に向いてない、二度とこの家の敷居を跨ぐな、さっさと出て行け」
感情なく吐き捨てる男。
家長のゴリアテ=イストにそう言われては、最早、覆すことは出来ない。
雨が降りしきる中、家を追い出された。
「その【クソ重い剣】はくれてやる、せめてもの餞別だ」
剥き出しの大剣は玄関前の水溜りに落ち、跳ねた水はジルを更に濡らした。
大扉が閉まる寸前の、細い隙間の奥に【聖騎士】の姉が見えた。
何故だか、少し悲しい顔をしているように見えた。
そんなはずはないのに。
重い扉の閉まる音は、豪雨の音に掻き消された。
「…え!」
どこからか声が聞こえる。
ジルの鼓膜を震わせる高い声。
「ねぇ!貴方!聞こえる?」
ぼんやりしていて、視界も曖昧だが、どうやら自分に誰かが話しかけているようだ。
虚ろな目を気怠く上げる。
見上げた少女は、目を黒い布で隠していた。
「大丈夫?怪我でもしてるの?」
「姫、そんな小汚い奴など捨て置きなさい」
「あなたそれでも聖塔教会の騎士なの?聖職者なの?信じられない!」
リイアはヤーツを問い詰めるが、本人はどこ吹く風。
「騎士…?」
虚ろな男の背後には、巨大な両手剣が突き刺さっていた。
「ワタシは姫の護衛です、極力、危険から遠ざけ守る事が仕事、それが【教会騎士】です」
「私は聖塔教会の【司祭】でもあります!見捨てるなど言語道断です!」
「騎士…?」
ジルの呟きに反応するヤーツ。
「随分と騎士にこだわりますね、そうですワタシは教会騎士ですが…貴方は?」
「じ…自分は、ジル=【ハビアス】…」
名前を言うのが精一杯で、その後すぐに自分は意識を手放した。
「なんですって?!ハビアス家がどうして」
ジルは前のめりに倒れた。
「先ずは安全な所へ連れて行くわよ、手伝って!」
「御意に」
ヤーツはわざとらしく、恭しく頭を下げた。
ローレア王国、【王都キンガス】、城下町。
【BAR浮麗夢】。
無口な長身マッチョのスキンヘッド店主が、リイア達を顎で奥へと促す。
個室にての三者面談である。
秘密の会談をするには、持って来いの店だった。
「なる程、では貴方はテズヴァイス公国出身なのですね?」
「…はい」
家を追い出されたジルは、雨の中を彷徨い、どこにいるかも分かっていなかった。
無意識の内に国を出る為、旅客船に乗り、ローレア王国へと辿り着いていた。
そんな自分に嫌気が差す。
無意識でもしっかり逃げられるものだなと。
「貴方、ジョブは?」
「………」
「姫、そんな事を聞いてどうするつもりです?」
ヤーツは眉間にシワを寄せて、リイアへと詰め寄る。
リイアはジルの後ろに立て掛けてある大剣を指差す。
抜き身で町中は持ち歩けないので、ヤーツの持っていた布で、2mはある大剣を一先ず巻いてある。
「あれ、ちょっと触ってもいい?」
「…どうぞ」
「ヤーツ、ちょっと持ってみて」
意味が分からず、一先ずリイアの言う通りに、大剣の柄を握る。
「!?」
「どうしたの?」
「…びくともしません、なんて言う重さなんだ」
「…自分のジョブは、ディバインナイトです」
リイアの先程の質問の答えを言うジル。
「光の騎士、貴方にぴったりね」
パッと顔に花が咲き、手を合わせるリイア。
「………」
「私の従者になってくれない?」
「姫!!」
椅子を押し倒す勢いで立ち上がるヤーツ。
「ヤーツは黙ってて」
「三次職など、何処にでもいるでしょう…自分でなくても」
「もう一度言うわね、私の従者になってくれない?」
「…それは、命令ですか?」
「いえ、お願いしてるの、強制はしないわ」
「失望させるかも知れませんよ」
「いえ、それは…私の方かも知れないし…」
急に歯切れが悪くなるリイア。
「…それは、いえ…自分で役に立てるなら」
少しずつジルの目に光が戻る、誰かに頼られる、自分に意味が湧き出てくる。
「良かった」
「全く姫は…契約はしっかりしますからね!」
荷物から契約書を探すヤーツ、いつも持ち歩いているらしい。
「お願いね、ヤーツ」
リイアには敵わないと、嘆息するヤーツだった。
「あぁ、それと…」
「何でしょう?」
「貴方は先ずはお風呂に入って、身体を綺麗にする事!」
ジルを指差すリイア。
「え?」
「これは命令ね」
リイアは片目を閉じた。
その後のジルの活躍は目まぐるしかった。
ローレア王国を行脚するリイア一行、リイアが馬に乗り、徒歩のヤーツとジルが先行する隊形で進んでいた。
「はぁ!!」
一閃、茂みから突然現れた、オオカミ型の魔獣を、巨大なクレイモアが空気と共に切り裂く。
「馬鹿力が…」
眼鏡を上げながらヤーツは零した。
「そんな言い方しないの」
「む…」
護衛としては、言うことはない程優秀であった。
ローレア王国、中央部、ダマの町。
「なんの騒ぎだ?」
町の入口で馬を降り、門から中に入った所で、住民が集まって何やら話し合っていた。
「突然やって来るなんて…」
「聞いてないぞ…」
「とは言え、愚痴っててもしかたねぇ、準備するぞ」
「粗相があったら、叩き切られるぞ!」
「なんだって貴族様がこんな辺鄙な町に…」
「ん?私が来たのがバレてる?やばっ!」
「姫、そうではないようですよ」
馬を繋ぎ終えたジルが二人に合流した。
「お二人共なに…を…?」
住民達の奥、遠くの広場に豪奢な大馬車が見える。
「あれ?あの旗って?」
大馬車のすぐ横で、フルプレート姿の人物が背の高い旗を持っている。
「あの紋様は、ハビアス家か」
いつの間にか、ジルは二人の後ろに小さくなって隠れている。
「今、自分が見つかったら不味いです…」
「ん?特に問題なくない?」
「大有りです!姫はもう少しパワーバランスを考えた方がいいですよ」
「???」
「ここはスルーした方がいいですね、ジル、先に行って馬を出しておいて下さい」
「分かりました」
ジルは頭を低くして、門へ向かい走り出した。
門へ近付いた所で思い切り転ぶジル。
何が起こったか目を白黒させながら、周りを確認するが横に顔を振った瞬間、身動きが取れなくなった。
目と目が合う。
「久しいな、ジル、こんな所で出会うなんてな!」
ジルは倒れたまま動けない。
足をかけたのは、ハビアス家の三男坊だった。
「ワタシの連れが何かしましたか?」
眼鏡を上げながら、三男坊に殺気を放つヤーツ。
「なんだ貴様は!貴族に反抗するのか!」
「貴族…貴族がどうか致しましたか?」
激昂する男、それを涼しい顔で受け流すヤーツ。
「どうなっても知らないからな!!」
ヤーツは落ち着いた動作で、ミスリル製のフランベルジュを抜き放った。
「は?」
その行動の意味が分からず、動けない三男坊。
「どうやら貴方は騎士のようですね、一手ご教授願えますか?」
不敵に嗤うヤーツ。
「ヤーツ殿!?」
パワーバランスどうこう言っていた人はどこへ。
「大丈夫よ、いざとなったら私が殺るわ」
「リイア殿!?」
対決と言う形になってしまった。
引けない男も乱暴に剣を抜くと、鞘を投げ捨てた。
「死ねぇ!」
何とも粗暴な貴族である。
「死ぬ気も死なす気もありませんが、ですが、そう言う事でしたら本気でお相手しましょう」
男の剣を軽々躱し、後ろに回ったヤーツは、躊躇なく背中を袈裟斬りにした。
「うわぁあ!!」
痛みに足がもつれ転がる男。
「おや、コレから面白くなるのに、せっかくわざと浅く切り裂いたのに、喚かないで下さいよ」
「うぐぅ、おわ…」
ヤーツは男の頭を踏みつける。
「早く立ちなさい!」
ヤーツの殺気が男のやる気を失わせる。
「こんな事して…た、タダで済むと思ってんのか!」
「タダで済むなんて思ってませんよ」
「な…に?」
「貴方は極刑ですから」
剣を収め、胸元からコームを取り出し、髪を撫でつけるヤーツ。
「は?頭おかしくなったのか?極刑なんて、王族に剣を向ける…と…か、しない…と?」
「そうです」
「お前!王族なのか…ですか!?」
言葉遣いがおかしくなっている三男坊。
「いや、ワタシではなく…」
リイアが前に出て、目隠しを取る。
「私が王族です、末っ子ですけどね」
「貴方は第四王女、リイア=レイ=ラプキンスに刃を向けた、それは死に値する」
「ひ、姫?王女!?」
「衛兵、コレを連れて行きなさい、沙汰は追って知らせます」
凛と命令を出すリイア。
「はっ!」
ジルはやがて、リイアの本当の目的を聞かされる。
「なる程、それでは一人でも多く仲間がいりますね」
「コレを聞いても、貴方は私の味方で居てくれる?」
「英雄ではない自分でもいいのなら、力を貸し…いや…力を使って下さい、思うままに」
片膝をつき、最敬礼で答えるジルだった。
【クソ重い剣】
全長2mの両刃の剣。
父、ジュリエ=ハビアスの武器を改造したもの。
【聖騎士】
聖塔教会に所属する騎士が、直接教皇に任命される形で、その肩書を得る事が出来る。
【司祭】
聖塔教会の司祭。
教皇、司教につぐ肩書、意外と偉い。
【教会騎士】
特殊な訓練を受けた騎士。
王国が認めるそれとは異なる。
【ハビアス】
テズヴァイス公国の貴族の一つ。
【王都キンガス】
ローレア王国の首都。
【BAR浮麗夢】
王都キンガスの城下町、大王道の脇の一等地にある。
店主が怖い顔で有名。
元は名のある傭兵だったらしい。




