筋トレ
腰を抜かした二人が見たものは、魔獣どころの話ではなかった。
「あれ?どうしたの?二人とも?」
何をそんなに驚いてるんだろうか、僕には分からなかった。
「あ、あれって?」
二人は震えながら、僕の後ろを指を差した。
その指の先を振り返って見るが、僕のいつもの【筋トレ相手】しかいない。
体長20mのエンシェントドラゴン。
「うん?僕の筋トレ相手の【ブルちゃん】が何か?」
「は?」
「いやいやいやいやいやいや、ブルちゃん?」
「ブルーなんちゃらだから、ブルちゃんですが?」
「意味が分からない…ってか、【ドラゴン】でしょ?それ、ブルードラゴン!」
「僕も何故二人が怖がってるのか分からないけど…」
二人が怖がっているのを見て、ブルちゃんは悲しそうに首をもたげた。
ドラゴンとは、魔獣の中でもトップクラスの能力を持つもの。
厄災級の力に、それこそ人々は平伏すしかないのだ。
それを平然と紹介するアル。
ブルードラゴンの足元には、四人掛けのテーブルとイス。
勿論、一般的なサイズ、ドラゴン用ではない。
そのテーブルの上には、カップが三つ置いてあった。
「何で?」
リイアはカップの中から漂う匂いに覚えがあった。
「それ…紅茶?」
「ブルちゃんが淹れて待っててくれたみたいだね」
胸を張るブルードラゴンは、【紅茶を嗜む紳士】だった。
「アル殿…これは…どういう?」
「まぁ、一先ず座って一息つきましょう、その後説明します」
テーブルを囲む三人、ブルードラゴンは遠くで見守る。
「そう言えば、ジルさんは何故に従者のような事を?」
僕は紅茶を啜りながら訊ねる。
「何故とは?」
テーブルの中央には、茶菓子も用意されている、何処から持って来たのだろうか。
「ジルさんは騎士ですよね?聖塔教会と何か組み合わせが不思議と言うか、合わないと言うか」
「良く見てますね、確かに騎士です、リイアさんには拾って貰ったんですよ」
一応、置いてきた従者も教会騎士らしい、ジルは通常の騎士。
「ほう、どの辺に落ちてたんですかね?」
言い方がアレなアル。
「ちょっ…」
リイアの反論を、手で制したのはジル本人。
「構いません、力不足の為、家を追い出されて、途方に暮れていた所を拾って貰いました」
「力不足?とてもそのようには見えないですけどね」
僕は茶菓子を噛りながら、チラリと片目でジルを見る。
「ありがとうございます、でも、私の家では、【ユニーク職】以外は認められず…三次職止まりでは人権がないのです」
何やら複雑な事情があるらしかったが、僕には理解出来ない。
ジルには充分な実力があるように見える。
「まぁ、追い出されて逆に良かったですね、強さとは一つではないですし、これからユニークになることだって、充分に可能性はありますからね」
ポカンと口を開ける二人。
「何か?僕に変な事言いましたか?」
「いや、ごめんなさい、その年でちゃんとした自分を持っている事がびっくりしたと言うか…」
「君だって、同じでしょ?」
アルと言う『同じ』の意味が良く分からず、閉口するしかないリイアだった。
「そう言えば、始めて会った時にしていた目隠しは何のために?」
僕は丘の上から見た時の事を思い出した。
「あ、見えてたんだ?アレにはちょっと事情があって…」
「言いにくいことですか?」
「いえ、そう言う訳じゃないの」
「リイアの体質と言うか、特性と言うか…」
ジルも言葉に詰まる。
「私の目を見ると、それだけで状態異常の魅了に掛かる人がいるのよね」
「なる程それで」
あの時の目隠しの意味がやっと分かった。
「でも、あなたには全然効かなくて良かったわ」
「魅了して命令した方が早かったから外したの?」
「いいえ、ちゃんと話しをする時は、目を見て話すようにと父から教えられたの」
「まぁいいですけど」
「魅了されるようなら、あなたにもコレを付けてもらおうと思ってたので」
ジルは胸元からペンダントを引き出した。
「コレは魅了防止の効果があるものです」
常時、複数持ち歩いているらしい。
「なる程、わかりました」
納得した僕は、それ以上追求しない。
「それより、あのブルードラゴンの説明を」
ジルはそちらの方が気になって仕方ないらしい、僕は首肯し説明を始める。
「そうですね、まずこの島には、王獣が八体存在します」
「まさか?」
「嘘でしょ?」
「はい、その王獣の一体がブルちゃんです」
簡潔な説明だった。
「でも、何か、通常のブルードラゴンより色が濃いというか」
「そうなんですよね、元は真っ黒だったんですが、僕が倒して大量の血を流したら、紺色になっちゃって…」
「倒した?ドラゴンを?一人で?」
「はい、そうですが何か?」
その時の戦闘で、ブルちゃんの左腕が失われた。
あの一件は僕の中で未だに燻っている。
左腕の怪我はじいちゃんによって、小さくはなってしまったが一先ずは回復させられた。
「…あの、筋トレというのは?」
ジルも普段から鍛えていて、その方法を知りたかったみたいだった。
「説明するのは面倒なんで見てもいます」
僕の筋トレ風景を見せる事にした。
「こうやるんですよ」
ブルちゃんを背中に乗せて、腕立て伏せをしてみせた。
因みにブルちゃんは、10t程あるらしい。
「ふんふんふんふんふんふん」
「いやいやいやいやいやいや」
「………」
リイアは首を振り続け、ジルは口を大きく開け言葉を失っている。
紅茶が口から出てますよ。
ブルちゃんはゆっくり僕の背中から降りた。
「次はブレス」
「え?」
先程の衝撃映像から、まだ二人は立ち直れていない。
「危ないんで離れて下さい」
「は、はい」
「よろしくブルちゃん!」
ブルードラゴンは口を開け、身体の内側にある気の力をその中に集める。
機械的な音が周囲に響く。
それが収束していき。
「これは!?」
「バッチコーイ!!」
僕は両腕を開いて、片足を引いて待ち構える。
ブルードラゴンは、ブレスをアルに向けて吐いた。
轟音を上げ、台地を削りながら迫る激しいブレスを、真正面から受け止めるアル。
その余波に、光に、顔をしかめるジルとリイア。
凄まじい光量と粉塵と風が舞う、腕を顔の前で交差させ足を大きく引くジル。
「踏ん張って下さい!」
リイアはジルの後ろで耐える。
激しい爆風に、テーブルと椅子は、食器ごと吹き飛んだ。
「アル!!」
ブレスが収まると、アルの上半身の服が焼け落ちていた。
しかし、それ以外は無傷。
「ふぅ、ブルちゃんいい感じじゃない」
いい感じとは。
替えの服を、ブルードラゴンの住処の洞穴から持って来て、それを着る。
「なんなのこれ?」
衝撃映像をライブで見せられた二人は愕然としている。
「これは…筋トレ?」
二人は放心状態に陥りそうになるのを必死で堪える。
「次は腹筋」
ブルちゃんは、僕の足を器用に押さえた。
「ふんふんふんふんふんふん」
「あ、腹筋は普通にやるんだ…」
これで一通りの筋トレ風景は見せられた。
「腕立て…やってみます?」
僕は二人に勧めてみる。
ブルちゃんはリイアの事を、くりくりの目で見つめる。
「やってみれないわ!!」
丘の中心から、拒絶を叫ぶリイア。
「潰れます…」
ジルは後ずさり拒否を示す。
「僕も最初は良く潰されたなぁ」
僕は遠くを見て回想する。
「何で死なないのよ?」
「最初はじいちゃんが側で見てて、潰れたら【即回復】してくれたから」
「それは…魔法ですか?」
即回復のパワーワードに、目を見開くジル。
ある程度の回復スキルは存在するが、即回復など聞いたことがなかった二人。
「いや、じいちゃんは魔法じゃないって言ってたよ、確か、【神の力の一部】を借りるんだってさ」
「それは…魔法とどう違うんですかね」
「さぁ?それは僕には分からないですね」
「余り、人には言わない方がいいですね」
神妙な顔をするジル。
「確かに、何かと狙われそうだしね」
ジルとリイアが勝手に想像し、勝手に納得している、まぁ、いいけど。
「じいちゃんに勝てる奴が、そうそういるとは思わないけど、気を付ける事にしますよ」
二人の忠告を一先ず受け入れる僕。
「お爺様、何者なのよ…」
「昔は【ローレア王国の親衛隊】?みたいのをやってたみたいだけど?」
「王国の!?」
「なにか?」
二人は取り乱すほど驚いているが、僕にはなんの事か分からない。
その王国も既にないはずだから。
「いえ、取り敢えず、先を急ぎましょう」
頭を振り、すぐに平静を取り戻したジル。
「そうだね」
(お嬢…これはもしや)
(そうね、帰ったらちょっと調べてみましょうか)
二人は耳打ちしながら喋るが、僕は【耳が良い】ので全て聞こえている。
ブルちゃんは、前足を器用に振ってバイバイをしていた。
昼過ぎ、丘を降りた僕たちは、南の湖の縁を通り西へと向かう、一つ目の川を渡り、南の二つ目の川の前まで来た。
「…これは」
「どうすんのよ?」
川に掛かっている唯一の橋が、壊れて落ちてしまっている。
「ふむ、これはお二人は渡れませんかね?」
「君は渡れるの?」
「まぁ、軽く助走をつければ飛べますね」
川幅は20mはある。
「我々には不可能ですね」
アルの能力に、いちいち驚く事をやめた二人。
「では、代わりを掛けましょう」
「代わり?」
僕は近くに生えてる木を指差した。
「それを?」
その指を川に向ける。
「ここに…掛ける?」
リイアの言葉に僕は頷く。
「どんだけ時間掛かるのよ?」
僕は指を一本立てた。
「一時間かぁ、まぁ、それでも早い方かぁ」
一時間で、しかも一人で大木を移動させようとしているアル。
そして、その事を何とも思わなくなっている、感覚が麻痺した二人。
「そこの岩に座って待ちましょう」
ジルは懐から取り出した布をその岩に敷き、リイアがそれに座る。
「まぁ、行きますか」
僕は木に向かって歩き出した。
一本の木を選び、僕はそれを両腕で抱いて、一気に上へ引く。
木の大きさは、高さで30m程、幹回り10m程。
大木は軋んで地面から浮き出す。
幹の潰れる音と、根が千切れる音が不気味に響く。
「嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘!!?」
リイアは目の前で行われている光景が信じられない、ジルは固まっている。
顔の全部を開くリイア、すごい事になっている。
人に見せてはいけない顔である。
僕は根ごと地面ごと大木を持ち上げる。
「そいやぁー!」
引っこ抜いた木を、そのまま後ろへ投げ捨てた。
「しっかりヘソで投げてますね」
ジルは僕の投げ技に感心する。
着地する大木が地面を揺らし、轟音が鳴る。
あっさりと橋が出来上がった。
「キレイな【ジャーマンスープレックス】でした、まさかの【投げっぱなし】とは素晴らしい!」
ジルは拍手をして称賛くれた。
「投げっぱなしとは?」
リイアは混乱している。
「ありがとうございます、この場合は【バックドロップ】では違うと思ったので」
「良い判断でした」
何故か僕とジルは握手し、肩を叩き合った。
「なんなのよ?」
リイアは驚愕に震えていた。
「さっきの指一本の意味は?」
「一分ですが?なにか」
「もう何もツッコまないわ…」
リイアは疲れた顔をしているが、恐らくこれからもアルにツッコミ続けるだろう。
無事川を渡り、闘技場に辿り着いた。
「【入り口がない】…どうやって入るの?」
リイアは辺りを見回している、高い壁しか見えない。
「入り口は反対側にしかないので、壁沿いを一周します」
「ここまで来てのお預け感…」
リイアは辟易している。
「だから最初に聞いたんですよ、どっちのルートにするか」
「しょうがないですね、選んだのは我々なのですから」
「む〜、わかったわよ」
リイアは頬を膨らます事で抗議とする。
日が傾き掛けた頃、一行はやっと闘技場入り口に辿り着いた。
【筋トレ相手】
その付き合いは来年で10年になる。
【ブルちゃん】
王獣の名前を覚えるのが面倒なアルは、適当に呼んでいる。
【ドラゴン】
最強の魔獣の一種。
【紅茶を嗜む紳士】
ブルちゃんの紅茶には師匠がいるらしい。
【ユニーク職】
ジョブにはランクがある。
一時職、二次職、三次職とその先にユニーク職がある。
ユニーク職とは、他の人には与えられない、世界で一つだけの唯一のもの。
発現条件は人それぞれだ。
【即回復】
神働術のアルヤマンにより、瞬時に回復させられる。
【神の力の一部】
例を上げると、片手を借りたり、スキルや魔法の一部を借りる事が出来る。
【ローレア王国の親衛隊】
正確にはローレア国王の親衛隊である。
当時、十二の序列に分かれており、十二臣将と呼ばれていた。
その中で、じいちゃんは序列4位とかなりの実力者だったらしい。
【耳が良い】
修行する過程で、アルの五感は果てしなく強化されている。
【ジャーマンスープレックス】
へそで投げる技、反るように後ろへ投げる。
角度により危険な技になる。
【投げっぱなし】
通常そのままブリッジ状態で押さえ込むが、それで仕留められないと踏んだ時、クラッチを外して放り投げる事。
【バックドロップ】
横抱え式、ヘソ投げ式、垂直落下式と多様なバリエーションがある。
【入口がない】
無い訳では無い、闘技場は南側にしか入口がないだけである。




