クマさんに出会った
よく晴れた気持ち良い朝だった。
風もとても気持ち良い、道案内なんかしないで丘の上でお昼寝したいと思うアル。
木々の隙間から光が落ち、森は生き生きと輝いていた。
後ろに付いてきている二人の金髪も、キラキラと陽光を反射している。
僕の髪は真っ黒なので、そんなに反射しない。
決して羨ましい訳では無い。
「アルは前髪で右目を隠してるけど、酷い傷でもあるの?」
リイアは、【疑問を直ぐに口にするタイプ】らしい。
「そんなもんです、見ない方がいいですよ、危ないから」
「危ない?」
ふと、不意に強烈な獣臭が漂って来た。
「下がって下さい!」
異常事態を感じ取り、ジルが二人の前へ出る。
「クマさんだ」
久しぶりに見た熊に、無表情だけどちょっとテンションが上がる僕。
「でかいですねぇ…」
皆で熊を見上げた。
クマさんは熱り立っていた。
クマと遭遇する少し前。
僕のじいちゃんの家を発った三人は、歩いて10分程で、この島唯一の森の前まで来ていた。
じいちゃんの家は、島の北東の海の側にある。
「はい、ここで選択です」
僕はくるりと振り返り、二人に問う。
「何よ突然、どういう事?」
リイアは形の良い細い眉を寄せて、当然の質問を口にする。
「ひとつ、この森に入って南に向かい、平地に出て西に向かって進むルートか」
僕は指を一つ立て、闘技場へのルートの説明をする。
一つ目は【東ルート】。
「もう一つは森に入って西に向かい、昨日僕が筋トレしていた丘を登り、更に西に向かい、その後南の川を渡って、闘技場に入るルートかの二択になります」
「どっちのルートがおすすめなの?」
「おすすめと言う言い方は、少し違うかと…」
ジルは困惑している。
「森には危険な魔獣が多いので、直ぐに抜ける【西ルート】が安全ではある」
「ではある?」
「森を長く南下すれば、半分の時間で闘技場に着くけど、魔獣遭遇率は高まる」
僕は説明を終え、判断を二人に託す。
「どうするジル?」
リイアはジルに判断を伺う。
「時間が掛かっても、安全なルートにしましょう」
即答のジル。
「分かったわ」
リイアも即答だった。
その後、森に入ってすぐ、クマさんに出会った。
「安全なルートなのに、すぐに魔獣に遭遇とか…」
白目を剥くジルは、だらしなく空を仰ぐ。
「ですねぇ、【ついてない人】なんですね?」
僕はリイアの事をジト目でみる。
「そうですね…否定はできませんね」
目を伏せるジルは涙目だった、恐らく壮絶な船旅だったに違いない。
かわいそうに、彼に祝福あれと切に願う。
「うっさ…うっさいわ!うっさいわ!うっさいわ!」
リイアは顔を赤く染め抗議するが、時すでに遅し、一切の信用はない。
体長5mはあるだろう黒毛の熊は、こちらの様子を伺っている。
「普通の獣と魔獣って、どんな違いがあるの?」
こんな状況でも余り緊張感がないリイア、ジルはそれ程の手練れなのだろうか。
「単純にデカイし強いです」
森のクマ
魔獣
レベル35
HP1200
MP15
スキル∶噛みつき、引っ掻き、体当たり
「では、自分が【討伐】しますので、二人は下がって下さい」
ジルが剣を抜きながら、二人の前へと出る。
随分とデカイ剣だった。
しかし。
「僕がやりますよ」
「え、何で?」
「君はあの時、僕の心配をしてくれた…だから、守ってあげようと思って」
同年代の友や仲間がいないアルは、じいちゃん以外に心配された事がなく、それをしてくれたリイアに少なからず好感を持っていた。
「え?」
あの時…リイアは思い出した、アルが丘から飛び降りた時、死んじゃうかと思って叫んだ事を。
しかし、あれは心配したというよりは、驚いただけなんだが、とても言い出せるような雰囲気ではない。
ジルを遮り、僕は更に前へ出る。
「…ジル、彼の実力を知るいい機会よ、どんなスキルを持っているのか気になるし」
小声でジルに耳打ちするリイア。
「分かりました、彼が危なくなったら介入します」
リイアとジルは後ろへ下がった。
「お願い…」
僕は構えをとった。
二人は目を疑う。
「え?うそ」
「素手?」
ジルは、信じられないような物を見た様な顔をしている。
「スキル…」
クマさんとの距離は5m。
「出るわよ!」
その挙動を見逃さないように、ジルとリイアはしっかり目を見開く。
「【握る】」
僕は一瞬でクマの懐へ入り込み、一度腕を引き、右の拳を握る。
「は?」
クマの懐に入るまでのスピードが速すぎて、二人にはアルが瞬間移動したように見えた。
「【放つ】!」
握った拳から、腕を前に伸ばし切り、中指を弾き出した。
クマの腹にクリーンヒットし、辺りに衝撃波が飛ぶ、皆の髪ははためき、草花は千切れ飛び、森の鳥は一斉に飛び立つ。
そのクマさんの腹から、鈍い音が響いた。
「ぐおぉおぉおおおお…」
「すごい音!え?【デコピン】!?」
クマは凄い勢いで、水平に北へと、木々をへし折りながら飛んでいった。
「ふぅ、討伐完了!」
僕は拳で額を拭った、拭うふりをした、汗はかいていない。
「いやいやいやいやいやいや!?」
「ん?どうしました?」
リイアがまた大声を上げる。
「それ、スキルって言います!?」
二人が僕に詰め寄り確認する。
レベル至上主義と共に、【スキル至上主義】が存在する、スキルを持ってない者は少数派なので馬鹿にされがちだ。
「ススス、スキルですけど、何か?」
何故か盛大に目が泳いでいる、やはり【ノースキル】なのかと疑う二人。
「…確かに、ただのデコピン一発でクマが飛んでいくなんて、通常考えられませんけど…けど!」
多少、デコピンとは指の形は違うのだが、それはこの際関係ない。
納得のいかないジルは渋面を作り、アルを追求しようとする。
「まぁ、いいじゃないですか、魔獣は居なくなったんだし、先を急ぎましょう、さ、さ!」
深掘りされる前に、僕は提案し勝手に先に歩き出す。
「アルの言う通りよ、一先ず先に進みましょう」
リイアはアルに同調して僕の後を追う。
「…分かりました」
渋々承諾するジル。
「では、付いてきて下さい」
その後三人は森を順調に進んだ。
「しつこい奴だな、ワシは隠居の身じゃ、ほっといてくれ」
僕達が出発した後、じいちゃんの家に来客があった。
その玄関前でのやり取り。
「頼みますよぉ、今や魔法に変わる【技術開発】は急務でして、その研究を進めたいらしいんです、その協力を是非とも!」
気持ち悪い笑顔の男、身長は高く筋肉質だが太っている様にも見える。
「ワシのは魔法じゃないと、何度も言っているじゃろ?研究しても何もでんわい!」
じいちゃんの家に勧誘にくる人物は、これで7人目。
「そのスキル…下さいよぉ!!」
そう言うと、男は懐から瓶を取り出し、中に入っている液体を一気に飲み干した。
「うへぇ…げふっ!」
投げ捨てた瓶が、地面で砕ける。
ボコっ、ボコと男の身体から、不快な音が鳴る。
男の身体は、急激に膨れ上がっていった。
「これは、まさか?」
「ところで、アルのステータスってどれくらいなの?」
先程のデコピンの威力で、アルのステータスが気になったリイア。
「僕は表示では、レベル4ですね」
「表示では?」
「それって、見せてもらえる?」
「まぁ、いいですけど」
ステータスは本人が許可すれば、他人に見えるように出来る。
「はい、どうぞ」
僕はステータスを呼び出した。
A4サイズの青色の、半透明の下敷きのような物が現れ、レイアの方へ向く。
「どれどれ」
そのA4サイズの下敷きに、ステータスが表示される。
名前∶アル=???
ジョブ∶???者
レベル∶004
HP∶0130
MP∶0090
固有スキル∶無限
パッシブスキル∶全圧縮、物理半減
スキル∶???
称号∶???
武具∶???
アイテム∶???
「なにこれ?」
「ステータスですが?」
僕は首を傾げる。
「そんな事は分かってんのよ!」
何故かリイアに怒られてしまった。
「頭に0が付くのは、初めて見るわね…そして殆ど?じゃない」
後ろから覗き込むジルが呟く。
「それと、アル殿の名前は?」
今度はジルは首を傾げる。
「アルとしか聞いてないけど?特に必要なかったし」
僕は自分の名前に対して愛着はない。
「そうですか…」
それでも通常は、ステータスに勝手に反映されるはずなのだが、それはジョブも同様に。
「お爺様と同じ名ではないの?」
「じいちゃんとは、血が繋がってないから違う名だよ」
「ふむふむ、そうなのね」
それ以上は、突っ込んで聞かないのがリイア。
「何らかの【バグ】か【呪い】ですかね?」
ジルは顎に手を当て考え込む。
「呪いとか、怖いことを、いいい、言わないで下さいよ」
僕はカタカタカタと震えだした。
「そんなに怖がらなくても、特に体調が変とかないんですよね?」
ジルは僕に優しく言う。
「な、なななな、無いです、無いですね…」
一つ長く息を吐くと、僕の震えは止まった。
ホント怖い事は勘弁して欲しい。
「何にせよ、レベル4でHP130とか、【規格外】ね」
通常、レベル一桁であれば、HPやMPは二桁程である。
「そうなんですか、もういいですか?」
ここに留まるのは良くないと先を促すアル。
「あ、ありがとう、もういいわ」
僕はステータス画面を消す。
「それじゃ、進みましょう」
「………」
(この少年、何かおかしい)
心の中で言うにとどめるジルだった。
醜く異様に膨れ上がった身体は、ギリギリ人型を保っていると言ってよかった。
両手から魔獣のような爪が生えていた。
「もしや、【魔薬】か?」
「ふふ、どうカな?手に入らヌ、力であれば、死体でも良いとイう依頼だ、素直に従っておくべキだったなぁ」
声も低く太い声に変わっていた。
「依頼ねぇ、ふん、そんな変身でわしに敵うつもりかね?」
「ほざイてろ!」
【異形の者】は、鋭くじいちゃんの懐へ入ろうとする。
醜い見た目と違い素早い。
ガキンと、何かが異形の者の爪を防いだ。
「お爺様は、下がっていて下さい」
「ヤーツ殿?」
従者の一人、ヤーツのアルに砕かれた(勝手に砕けた)拳は、じいちゃんによって、完全に回復されていた。
「ワタシも騎士の端くれだ、守る事が仕事なのだよ」
剣を構え直すヤーツは異形の者へ吼える、【騎士の矜持】であった。
「しっ!」
ヤーツの剣が一閃。
「しっ!」
ニ閃。
「そんなモの…あレ?」
異形の者の身体は、十字に斬り裂かれ、そのまま後ろへ倒れ動かなくなった。
「ヤーツ殿、助かりました、意外と強いんじゃな?」
随分と【斬れの良い剣】である。
「意外と…は、余計ですが」
異形の者は絶命した事で、急速に元の身体へ戻っていった。
「なんなんだコレは?」
「以前、一度だけこう言う症例を見たことがあります、この魔薬、恐らく【サタンブレス】ですね」
剣を納め、乱れた髪を胸元から取り出した【コーム】で撫でつけながらヤーツは呟いた。
「なんだって!?」
その時、家の外壁から爆発音が鳴った。
「今度はなんじゃ!?」
アル達は無事森を抜け、丘へと登っていた。
「登る必要はあるの?迂回したらダメなの?」
息を切らせながら、アルについて行くリイアは訊ねる。
「丘の下は朝から昼に掛けて、犬型の魔獣がけっこういるんで」
「あぁ、なる程それで」
合点がいった二人は、その後は黙ってアルの後を追う。
「はい、頂上で一息つきましょう」
「そうね、正直ありがたいわ」
頂上に着いたとき、レイアとジルは腰を抜かす事になる。
【疑問を直ぐに口にするタイプ】
近くに居られると、正直めんどくさい…。
【東ルート】
長く森を南下するルート。
魔獣に出会う可能性が高いが、早く闘技場に着く。
【西ルート】
直ぐに森を抜け、西に平原へ出るルート。
魔獣に出会う可能性は低いが、闘技場に着くのに時間が掛かる。
【ついてない人】
何をやっても裏目に出るタイプ。
これまた、近くに居られるとめんどくさい。
【討伐】
退治する事。
魔獣を倒し、討伐証明部位をある所へ持っていくと換金出来る。
【握る】
握り込む事。
【放つ】
放つ事。
投げる事。
【デコピン】
中指を親指で押さえて、反動を使い中指を放つ攻撃の事。
アルの場合少し指の形が違う。
【ノースキル】
スキルを持たない者の事を指す。
蔑称。
【技術開発】
魔法に代わる力を探求している機関があるという。
魔法の代替の能力の仮説は存在するが、未だに不明な所が多く、遅々としている。
【バグ】
プログラムやシステムに存在する、欠陥や誤りの事。
ステータスは、神の与えしシステムである。
【呪い】
呪術、簡単に説明し辛いが個人を攻撃するもの。
呪いを喰らうと、体調が悪くなったり、最悪死亡することもある。
呪いを弾かれると、術者に跳ね返ってくる。
二種類あるらしい。
【規格外】
通常の枠を超えた存在の事。
アルはそれを、遥かに超えた存在と思われる。
【魔薬】
複数種類があり、それぞれに致命的な副作用がある。
当然違法である。
しかし、製造方法は不明で、どこの誰が流通させているか分かっていない。
【異形の者】
ヒトにも動物にも存在する、通常の姿形と違う存在の事。
【騎士の矜持】
騎士とは戦うものではなく、何かを守る者の事らしい。
【斬れ味の良い剣】
ヤーツの持つ剣は、刃の部分がミスリルで作られている。
【サタンブレス】
魔薬の一種、一時的に能力を劇的に上げる事が出来る。
使用後の副作用が酷く、使われる事は稀である。
当然違法である。
【コーム】
ヤーツの前髪を整える物。
七三命らしい。




