龍王
この地を守り続けていたモノの末路。
十二王が一人、現在龍王は死の森でその亡骸を風雨に晒されている。
永くこの国を守ってきたそれは、結界を解かれ無防備な状態にある。
ただし、独特なオーラを放つ、橙色の龍骨に近寄ろうとする者がいればの話だが。
眷属であるヴィーヴルは、龍王を守ろうとしていたのだ。
「ワシかい?ワシはボラック=イスト、知っとるか?」
白髪の老人は飄々とそう訊いてきた。
「イストって…確か、貴族だったよな?」
ラインハルトは、首をひねりながら、知識を絞り出しそう答える。
「そうじゃよ」
「話しを戻そう、結界を張れる奴の居場所はどこなんだ?」
ラインハルトはボラックを問い詰める。
「ワシは貴族だが、その前に商人でもある」
ボラックのジョブは、ユニーク職である。
多くのジョブは戦闘職だが、少数の非戦闘職である“豪商”と言うジョブだった。
太く長い白眉の下にある、片目を瞑るボラック。
「無料で情報をやるつもりはないってか?」
ラインハルトはボラックを睨みつける。
「そう年寄りを睨みつけるもんじゃないぞ、だがそう言う事じゃ、お前さん、見た目と違って賢いな」
「うっせぇな!」
馬鹿にされている事くらいは、ラインハルトでも分かった。
「手持ちのお金はないんですけど…」
アルがおずおずとボラックに言う。
「現金じゃなくてもいい、何か持っとらんかの?それ次第じゃ」
「どうだったか?」
二人は、身体中弄って確認する。
ラインハルトは、早々に捜索を諦めた。
「これは?」
アルが懐に入れてあった、ある物を思い出して取り出す。
それをボラックに手渡す。
「コレは…羽毛か?何に使うんじゃ」
ふわふわした白い羽毛、うっすら暖かい。
「フェニックスの内毛ですけど、持っているだけで、即死攻撃が無効化されます」
「おい、フェニックスってあの八王獣のか?すげぇ貴重な品じゃねぇかよ」
ラインハルトが目を剥く。
「うん、まぁ、また貰いに行けばいいし」
あっけらかんとアルはそう言う。
「……え?…それ…貰えんの?」
呆気に取られるラインハルトは、開いた口が塞がらない。
「超レアアイテム、コレを手に入れなければ商人じゃない!取引成立じゃな」
ボラックは指を鳴らした。
品物と引き換えに、結界を張れる人物、名をマルコム=ロッダと言う事をボラックから聞いた。
その人物が守りの民だと言うことも、しかし、居場所までは分からないと言う。
ボラックは既に、獣車でどこかへ行ってしまった。
この取引は公正だったのかと、今更ながら首を傾げるラインハルトだった。
「守りの民の連中なら、結界を張れるかも知れないって事だな」
アルとラインハルトの作戦会議。
「なる程」
「前に砂漠で会った奴らと同じ民族だよ」
以前、無謀にも巨大なサンドクラブを討伐しようとしていた若手冒険者パーティだ。
たしか、ケン、アイス、ウルルとか言う名前だった。
「それなら…近くに居るけど」
暗い森の先を見るアル、ラインハルトもそちらを見るが暗闇で何も見えない。
「わかんのかよ!?」
「似た臭いがこの森の中にいる」
アルは鼻を器用に動かす。
「お前の嗅覚なんだよ?すげえなおい!」
アルの鼻は特別製、犬以上の嗅覚を持つ。
「ちょっと、行ってきますね、ライさんはここで王骸を守って下さい」
「え?」
ラインハルトの返事を待たずに、アルは走り去った。
王骸の元へ残ったラインハルトは、妙な気配を感じ取った。
「なんだ?」
不快な感覚、急速に肌が泡立ち、額に汗が滲む。
ラインハルトの目の前の地面に、突如表れた直径三メートル程の魔法陣が白く輝く。
「!?」
一際強く光ると、その白が消えた所には、人が一人立っていた。
「なんだ?誰だあんた」
警戒を強めるラインハルト、いつの間にかダガーを両手に持っていた。
無意識の戦闘態勢。
背が高いふくよかな女性だった。
更に魔法陣が光り、もう一つの影が現れる。
「な…!?」
魔法陣から現れたのは龍だった。
同じ龍でも龍王とは全然違う。
「なんだよ…こいつら…」
その龍には、首から下がなかった、首だけの龍だった。
思わず後ずさるラインハルト。
身体が無くとも、脅威な事には変わらない、龍は龍。
災害級の魔獣である事に変わりはない。
むしろ異常な姿に、警戒は最大値に跳ね上がる。
「どうする?」
一人では手に余りそうな相手。
ラインハルトの目の前には、眠そうにスナック菓子を食う女と、首だけの龍がいる。
「何食ってんだよ…」
「クラウンゼリーのチップス…あげないよぉ」
どこかで聞いたことのある魔獣。
「いらねぇよ!そう言う意味じゃねぇし!!」
森全体が震えるようにざわめいた。
首だけの龍が咆哮したのだ。
森の魔獣が混乱して、その龍に襲い掛かる。
狼や熊の魔獣、数十頭が地響きと共に押し寄せる。
普通の動物であれば、脅威からは逃げる。
魔獣はその脅威を取り除こうと躍起になる。
ラインハルトは後ろへ飛び、龍から距離を取る、女は動かない。
口を開けた龍は、直ぐ様、緑色のブレスを吐き、森の魔獣を一掃した。
その衝撃に髪や服がバタつく、風圧だけで周りの草花が抜けて飛んでいく。
「ぐっ!!」
必死に踏ん張るラインハルト。
直線数十m、幅五m程が、更地となった。
木々も動物も、魔獣も虫すら瞬時に蒸発した。
「おいおい、射線上に誰かいたらどうすんだよ!」
「あんた…何もんだ?」
始めて女と目が合うラインハルト。
「あちしかい?あちしはナラコ、黒い7の一人だよ」
眠そうに、目の前の女はそう名乗った。
「つーことは、俺の敵って事だよな」
「さぁねぇ、あんたが何者か、こちらも知らないし、何とも言えないねぇ」
「じゃあ、何故ここに表れた?」
「それを壊すように頼まれたから」
ナラコが指差すのは王骸。
「なんでだよ、理由は?」
「聞いてない」
「なんなんだよ!ホントによ!!」
会話にならず地団駄を踏むラインハルト。
「それを守るってこと?坊やは」
眠そうな目を一瞬光らせるナラコ。
「そうなるな、坊やはやめろ!」
「うん、やっぱし敵同士だったみたいね」
ナラコは先程より、ほんの少しだけ目を開く。
「一つ聞きたい、なんでさっきのブレスで王骸を破壊しなかった?」
「あれ?知らないんだ、アレはスキルを弾く、はぁ、めんど」
そう言うとナラコは大あくびをした。
先手必勝、相手の隙をつく。
「加速!」
速攻で決める気のラインハルト。
「手ごたえありだ!」
防御すらままならずに、十字に胸を斬り裂かれるナラコ。
「あ〜痛えなぁ」
そう、ただ痛いだけ、傷口がみるみるうちに塞がっていく。
「な、なんだよそれ」
そして、完全に傷が消えた。
「何だよ、反則すぎるだろ…」
考えろ…どうしたら倒せるか。
手持ちの二振りのダガーだと、攻撃力が圧倒的に足りない。
もっと強い攻撃が必要だった、一撃で倒せるほどの。
「…それ、借りるぜ!」
一瞬でナラコの背後に回り、腰に着けていた不思議な形の剣を奪った。
「あ〜」
後ろへ飛び距離を取り、反動をつけて前へ踏み込む。
「これで終いだぁ!」
剣を振り抜くとナラコの首が飛んだ。
「え?」
しかし、血は噴き出ず、切り口から直ぐ様頭が生えてくる。
と、同時に、飛ばした頭が砂となり消え去った。
龍は動かない。
「やっぱり、痛えなぁ」
未だに眠そうなナラコ。
「なんなんだよ!お前!!?気持ち悪!」
唾を飛ばして叫ぶラインハルト。
「あ〜、腹減った、帰ろう…」
ナラコの突然の帰宅宣言。
スナックの袋は空になり、その場に捨てられた。
首だけの龍が口を大きく開けた。
「くそ!」
ブレスが来ると読んで、防御の体勢を取るラインハルト。
しかし。
「またなぁ」
ナラコは龍の口に入って行った。
「は?」
龍は口を閉じると、その巨大な頭部が瞬時に消えた。
いつの間にか、先程奪った武器も消えていた。
「…勝てねぇ、このままじゃ、なんにも」
手も足もでなかった、今回は相手が引いてくれただけ、情けを掛けられたのだと思った。
思ってしまったラインハルトは、下を向き拳を握った。
残るのはスナック菓子の袋のみだった。
マルコムを探しに行ったアルは、再びボラックに出会う。
「あれ?追いついちゃった」
「先程の小僧じゃないか、どうした?」
馬上のボラックがアルに問い掛ける。
「マルコムさんの特徴とか分かりますか?お金ないですけど」
「さっきのフェニックスの内毛で釣りがくるわ、金はいらん、見りゃ分かるさ、守りの民くらいじゃよ肌が浅黒い奴らはよ、さっきマルコムとすれ違ったわい」
「どこへ行きました?」
「あぁ、王骸の方へと向かったわい」
ボラックは後ろを指差す。
「なんで、お前とはすれ違わなかったのかの?」
首を傾げるボラック。
「…無駄足、無駄なアイテムの消費」
がっくり膝をつくアル。
「そうでもないさ、ワシに貸しを作ったのは、後々効いてくるからの」
「そう思うことにしときますよ」
気を取り直して、さっと立ち上がるアル。
「可愛げのない奴じゃの…」
ボラックは下を向き、ため息を吐いた。
顔を上げた時には、すでにアルの姿は見えなくなっていた。
「全く落ち着きのない奴じゃな…」
常に瘴気を生む死の森。
その発生源は一カ所、王骸の西側にある大穴から出ている。
そして、テズヴァイス公国の、死の森辺りは常に西から東に風が吹いている。
龍王は生前より永く、この瘴気を防いでいる。
瘴気の発生源と要塞都市サンゲイルの間には、常に龍王が鎮座している。
守護神と呼ぶ者も少なくない。
王骸が破壊されれば、この国は終わると言ったボラックは、この事を言っていたのだった。




