カミラ=シーザー
戦いの後、ラップスの町は、公爵であるシン主導で既に復興作業が始められていた。
「気にせんでいい、君達はやらねばならない事があるんだろう?」
目処がつくまで手伝うと言ったら、シンに断られてしまった。
「お気遣い感謝します」
丁寧に頭を下げるジル。
「こちらこそだ!今度落ち着いたら、またゆっくりバーガーを喰おう!」
普段から声が大きいが、今は更にデカい、機嫌が良いのだろう。
「別のモンでもいいんだぞ?」
ラインハルトは、貴族の食事に少し興味がある、バーガーなどいつでも食える。
「僕はバーガーでもいいよ」
どっちでも良いアル、食事にあまり興味はない。
「私としては、もうちょっとオシャレな店の方が…」
リイアが意見を言おうとした時。
「よし、またな!」
話しを打ち切られてしまった、片手を上げてシンは去って行ってしまった。
「もう!」
リイアは頬を膨らまし、足を踏み鳴らす。
貴族のトップともなると、当然忙しいのだろう。
こっちの王族は、王族らしからぬ挙動。
ナッツはアル達と別れた後、この国最北端の町、チムフトへと辿り着いていた。
父はセッツ=キドナー。
刃月の四神の中で、最弱と呼ばれた存在だった。
裏の業界では、笑う暗殺者として恐れられていた。
幼少期の記憶。
「ナンシェ、こっちへおいで?」
父と過ごした記憶は既に掠れて、完全には思い出せなくなっていた。
それでも。
近くに来たあたしの頭に、優しく手を置きながら話す父。
「綺麗な花があるだろう?」
語尾が半音上がってしまう癖を覚えていた。
不思議とそれを、不快とは思わなかった。
「この花には毒があるんだ?」
真っ赤な大きな花だった気がする。
「………」
「根っこは更に強力な毒なんだよ?」
「………」
普通の親子関係ではなかった。
遊んだり、遠出したこともあるが、最弱とは言え刃月四神の一人、頭のネジは一つも二つも失っていた。
セッツは事あるごとに、暗殺の知識をナッツへ教えた。
その結果、五才にして、立派な暗殺者が仕上がってしまった。
自身は、暗殺者になどなりたくなかったのにだ。
だから、拳算士という意味不明な、とても暗殺者には向いてないユニーク職になれたのは、とても嬉しかったと覚えている。
父は何故か、困ったような顔をしていたと記憶している。
蔑まされる。
見下される。
叩かれる。
後ろ指をさされる。
一般的なジョブ差別は日常茶飯事だった。
使えないユニーク職、三次職にも劣るユニーク職、嘲笑には最早何も感じなくなっていた。
十才の頃、もう人生どうでもいいかと思い始めた時、父が死んだ。
母も既に他界しており、天涯孤独となった。
実際に見た訳では無い、死んだらしい事を聞かされた。
誰に聞かされたかは覚えていない。
自由になった。
自由になってしまった。
それは、人生初の事だった。
幸い父の残した遺産は、それなりにあったので、路頭に迷うような事はなかった。
自由に旅をして、二年後には自身をギャンブラーと名乗るようになっていた。
そして、呼び名をナンシェからナッツへと変えた。
父の事、刃月の事を知っている奴らに出くわしたら、面倒な事になると思い、偽名を使う事にした。
特にナッツにした理由はない、何となくだ。
そうして、各地を転々としながら、暗殺とは無縁のギャンブラー生活を謳歌していた時、彼女と出会った。
ナッツ=キドナー、十二歳、春。
テズヴァイス公国、本島最北端の港町、チムフト。
傭兵ギルド兼食堂。
そこの端のテーブルを借りて、カードで荒稼ぎをしていた時、彼女と出会った。
カミラ=シーザー。
白い肌と白い髪が特徴的な少女だった。
同年代の少女に興味を持ち話し掛けたが、見事に惨敗した。
「オラはオメになど興味はないけ、どっかいけ」
とりつく島もないとはこの事だろう。
「なっ…」
「空っぽの奴ぁ、場を乱すけ」
冷たい視線に射抜かれ、身動きが取れない間にいなくなってしまった。
空っぽ、その一言に胸がざわついた。
自分には友達も作れないのかと、絶望しふらふら彷徨っていた時、街頭でアクセサリーを売っている店が、ふと目に入った。
どこにでもある露店。
そのありふれた店に、何故か引き寄せられた。
「どうだい嬢ちゃん、何か買ってくかい?安くしとくよ」
人好きのする笑顔の店主。
「…これって?」
あたしは、欠けた球体がどうしても気になってしまった。
「あぁ、これはローレア王国を旅してた時に手に入れた物だよ」
「どう言う物なの?」
気になって仕方がない、どうしてかは分からない。
「ローレア王国の、スサン寺院の近くの平原で拾ったんだ、後に鑑定師に調べてもらったら、召喚獣のアサルッヒのコアの欠片だと分かったんだ」
「何かの効果とかなんかある?」
「いんや、何もないよ、ただ珍しいってだけだな、ただ…」
「ただ?」
「このコアはキレイに斬られている、刀傷らしい、詳しい人物に聞いたら、業物の刀で斬られたものらしい、それも飛びっきりの手練れに」
「誰かは分からなかったの?」
「噂、程度だがな…そいつは、恐らく刃月の刀使いだって話だ」
その一言に衝撃を受けた。
父がいた。
こんな所で父の痕跡を発見してしまった。
発見してはもう、目を背ける事は出来なかった。
好奇心と言っても良かった。
父の死の真相を、どうしても知りたくなった。
そのコアを言い値で買った。
情報屋を探し出し、コアに詳しい者がいないか聞き回った。
テズヴァイス公国に、今いるこの国に、コアハンターがいる事が分かった。
直ぐに行動に移した。
ナッツ=キドナー、十三歳、夏。
テズヴァイス公国、ノームダイト、コゴーダン墓所。
情報屋に言われた通り、午前三時に墓所の南東の祠で、線香を焚いた。
音も無く深い影から、人が滲み出てきた。
その人は自身の事を、パンサーの一人だと言った。
パンサーとは義賊と言われている団体だが、実際の所は不明、何の活動をしているのかも、隠されている。
それはいい、情報さえ得られれば。
連れてこられたのは墓所の地下。
薄暗く、空気も淀んでいる、吸うだけで身体に異常がきたすかと思われる程に。
袖で鼻と口を防ぎながら、前の影に続いた。
元は赤い6の研究所だったらしい。
赤い6、第三崩壊前に存在した世界最大のマフィアだという。
ここから魔薬が製造され、各地に流されたらしい。
そのマフィアも数年前に、ガードという世界警察のような役目を持つ団体に、壊滅に追い込まれた。
最奥の小部屋に通信機械らしきものが、ポツンと一つ、小さい丸テーブルの上に置いてあった。
その装置を使い、コアハンターに連絡を取ってもらった。
この通信機器でしか、連絡が取れないという。
パンサーの一人に代金を払い、コアハンターの居場所を聞いた。
ナッツ=キドナー、十五歳、冬。
ローレア王国、王都キンガスの西にある砦。
朽ちた砦、レヴス砦。
ボロボロの五階建ての砦。
中に入り、一歩進む毎に床が鳴る。
踏み抜かないように、白い息を吐きながら、ナッツは慎重に歩を進めた。
時折、凍っている地面に注意しながら。
深夜、その最上階の一室にその人はいた。
「あなたが…コアハンター?」
月明かりの逆光で、顔は確認出来ない。
計算づくなんだろう。
「そうだ、何が知りたい?」
懐から欠けたコアを取り出し、目の前の人に渡した。
近付いても顔は見えない。
それを暫く眺め、口を開くコアハンター。
「このアサルッヒのコアは、守りの民の召喚師が持っていたものだ」
よく見ると球体に、不思議な紋様が刻まれていた。
その紋様が、守りの民の用いるものらしい。
「守りの民…」
ナッツは口の中でだけ呟く。
「魔神と戦ったその召喚師は、アサルッヒを倒され窮地に陥った時、刃月の笑う暗殺者に助けられたという、何かの間違いで、刀の軌道にコアが侵入してしまったのだろう」
それでキレイに斬られていたのだ。
全身に衝撃が奔った。
この人物は何故この物語を知っているのかは、聞かなかった。
何故か本当の事だと感じた。
「笑う暗殺者の事が知りたいなら、ここから南にあるスサン寺院に行くといい」
「情報、ありがと…」
置いてあった丸テーブルに、袋に入った金を置き、ナッツはその場を去る。
全身の汗がやけに冷たい、気温のせいだけではないだろう。
父の最後の目撃場所、スサン寺院には次の日の朝、辿り着いた。
夜通し歩き続けた、疲れは感じない。
何故、自分はこうまでして、父の痕跡を追っているのか。
最早、自分でも分からなくなっていた、強迫観念に近いものだと自己判断する。
本殿に繋がる長い長い階段の途中で、白銀の鎧を纏った騎士とすれ違った。
「…貴女は、ナンシェ殿か?」
その美麗な騎士に声を掛けられた。
「…どこかで会いましたか?」
ナッツはかつての名前に、懐かしさを覚えながらも、どこか胸が痛むのも感じていた。
「以前、一度だけ、貴女の父上と王城でね」
「あたし、王城にいったことあるの!?」
記憶にない真実に、思わず声がうわずった。
「話しをしていたい所ではありますが…申し訳ないが今は時間がない、後日、本部に連絡を貰えれば時間を取りましょう」
「…ありがとうございます」
それだけ絞り出すと、ガブリエルに連絡先の書かれた紙を渡された。
「ガブリエル=シーザー宛に連絡をしてくれ」
美しい金髪と白銀の鎧を輝かせながら、ガブリエルは去った。
「分かりました」
反射する光に目を傷める。
渡された紙を見ると、綺麗な文字でこう書かれていた。
(有)ガード、代表ガブリエル=シーザー。
「あの組織…有限会社なんだぁ…」
スサン寺院に訪れる意味がなくなり、暫くそこに留まった後、階段を下りることを選んだ。
テズヴァイス公国へ戻る途中、客船内の端末でガブリエル=シーザーの事を調べると娘がいる事が分かった。
アウトローな生活をしていた為、ちょっとしたハッキング位は出来るようになっていた。
「子供…いるんだ」
じっと液晶を眺める、その子供の画像はボカシが入れられており、顔は確認は出来なかったが、どこかで会ったことがあると本能が感じ取った。
この後、数年は父の痕跡を集めて各地を周った。
ナッツ=キドナー、十九歳。
テズヴァイス公国、スリアル。
「一先ずは、資金か…」
既に父の遺産は使い果たした。
カミラはナッツを振った後、ノームダイトの山に住む事になったらしいと聞いた。
旅費を稼ぐ為、ギャンブルをしていた時にアル達と出会った。
スリアルに留まっている間に調べた結果、ノームダイトの山には、魔神が封印されている事が分かった。
その魔神は、刃月の刀使いを屠ったと知る。
魔神の封印を守っているのが、カミラ=シーザーだと言うことも分かった。
あのボヤケた画像はカミラだった。
そもそもシーザーの娘が何故、辺境の山の巫女などしているのか。
しかし、何故カミラが封印を守っているかまでは、誰に聞いても答えを得られなかった。
「それでも…」
ナッツは封印を解くアイテムを手に入れたのだった。
「お手並み拝見やわ」
アルと別れた後、ナッツは姿を消した。
「こっちもまだ、ぎょうさん調べなあかん事があんねん」
ナッツは力強く笑った。
アル達一行はラップスを離れ、北にあるヌークの町への道中である。




