動き出す影
港町、大港ラップスの戦場は、三ヶ所に限定された。
「これは…」
ジルの視線の先には、八本の赤い根蠢いていた。
北の商業施設は、その場に留まったジルと、駆け付けた傭兵で対処する。
町全体が混乱に巻き込まれている為、バラバラに散り対処する事にした。
アルは最初の爆発が起きた公園へ、シンは東の壁へ、リイアとラインハルトは南へと向かった。
気味の悪い赤色の根が八本蠢く。
「どういう状況ですか?」
問われた傭兵は、短くジルに答える。
「動きの速い根っこだ、我々では致命打を与えられん、あんたなら出来るか?」
「えぇ、出来ますよ」
即答するジルに無言で下がる傭兵、この場を任せる意思表示だった。
状況判断能力が高い事は、戦場で生き残る条件の一つでもある。
「下がっていてください」
腰を落とし、超大剣を抜くジル。
「エッジブロウ」
真っ直ぐ一本の赤い根に向かい、ジルの手から風属性の砲が放たれる。
「そんなんじゃ、ダメージは…」
今まで戦って来た傭兵達は知っている、生半可なスキルではダメージを与えられないと。
攻撃された赤根はジルを標的に定める。
ヘイトの管理、こちらに集中してもらう為の攻撃、ダメージを与える為のものでは無い。
「分かってます」
赤根は風を切りながら、ジルに向かい真っ直ぐ伸びる。
「おい!あんた!」
ジルは避けずに、腹に直撃を受けるが動じない。
そのまま捕らえて、超大剣で赤根をぶった斬った。
「おいおい、あんた無茶すんなぁ」
呆れ顔の傭兵は首を振るが止めようとはしない。
「かなり痛いですけど、我慢できない程じゃない」
速い動きに対処する方法をジルは持たない、ならばと、肉を切らせて骨を断つ作戦しか、思い浮かばなかった。
「あと、七本」
「今の攻撃でHPダメージは500」
ジルの最大HPは4270、単純計算で八本全て受け切って4000、ギリギリ耐えられる数字だった。
「大丈夫です、いけます!!」
南の領主館には、ラインハルトとリイアで対処する。
鮮烈な青色の根が八本蠢いていた。
「どういう状況だ!?」
ラインハルトは、近くにいた冒険者を捕まえて事情を聞く。
「青根はスキルを吸収する、通常の物理攻撃では…俺達の力では致命打を与えられん、あんたなら出来るか?」
冒険者達は、自身の力不足に沈痛な表情をしている。
「経験済みなんでね、多分なんとかなんだろうよ」
リイアとラインハルトはターマスで、似たような経験をしたことがある。
その時の敵と比べれば、こちらはそれ程脅威には思えない。
すっと、二振りのダガーを抜くラインハルト。
橙色の短髪は天を衝く。
「そうね」
リイアも金髪を揺らし杖を構える。
「行くぞ!リイア、他の奴らは下がれ!」
言われるがままに下がる冒険者、以外と素直である。
「栄光」
リイアの固有スキルは、パーティメンバーのステータスを底上げする。
「加速!二刀流!」
固有スキルでスピードを上げ、二本のダガーを完璧に操る為のスキルを発動する。
猫のように靭やかに、青根の一本に迫り、両手のダガーを目に見えぬ速度で振るう。
明らかに、転職以前のスピードを上回っている。
粉々に散る青根、すんなり倒せた。
「持ちそうか?」
「ま、大丈夫でしょ?」
「よし!続けるぞ!」
「あいつら…すげぇ…」
リイアとラインハルトの戦いに、感嘆する冒険者達だった。
六本目の赤根を倒したジルは、ステータスを確認する。
「残り1270、充分いけるか?」
そして、七本目の赤根がジルに直撃する。
「ぐぁ!」
ダメージを負いながらも、それを倒した。
しかし。
「これは…まずいですね」
ステータスを確認すると、残りのHPは270になっていた。
やはり、単純計算では測れないのが、魔獣との戦いだと再確認させられた。
「回復薬は一本…」
その一本を飲み干したジルは、再度HPを確認する。
「残り1270…」
次の赤根も1000の攻撃なら耐えられるが。
「それ以上なら…」
HPがなくなると言う事は、息絶えると言う事と同義。
「他に戦法もない事ですし、やるしかありませんけどね」
ジルは薄く笑った。
「無茶すんな!後は俺達だけでも…」
「貴方がたは、この災厄が去った後にやらなければならないことがある、我々は去るだけの者、ならば今、命を賭けるのは自分の役目です!」
「………」
ジルの強い意志に黙らされた、傭兵達は完全に黙らされてしまった。
「来い!!」
八本目の赤根がジルに突き刺さる。
「…!!!」
ジルの超大剣が最後の赤根を叩き斬った。
「自分の勝ち…」
HPは270残っている。
「やったぞ!助かった!良くやってくれた!」
ジルに走り寄る傭兵。
「な…にを?」
自分の身体に起こった異変が、理解出来ない傭兵。
突然の衝撃が襲った。
駆け寄ってきた傭兵を、ジルは思い切り突き飛ばしたのだ。
「何しやがんだよ!!」
怒れる傭兵が起き上がりながら見たのは、腹を赤い根に貫かれた金髪の騎士だった。
「な…んで…だよ?」
倒しきったと思った赤根が、更に一本湧いて来ていた。
突き飛ばして守ってくれたのだと、傭兵は直ぐに理解した。
腹から血を流す騎士は、最後の力を振り絞って赤根を斬り裂いた。
中央の市場と公園の間に出現した根に、アルが挑む。
「硬い!硬すぎる!」
傭兵達は数名で一本の黒根に集中するが、余りダメージは通らない。
「なんなんだよ!」
動きが速くないのが唯一の救いか。
喰らえば一撃で、戦闘不能に至る程の威力ではあるのだが。
根は暴れる毎に地を爆ぜさせ、石畳を砕く。
そんな真っ黒い根を引っこ抜き、千の打撃で瞬時に粉々にすると、アルは目標を変えた。
残り五本。
「ちょっと本体叩いてくるんで、後は皆さん踏ん張って下さい」
「は?」
「よっと」
本体の現れた冒険者ギルドへ、ホテルを足場にして、アルは飛んで行った。
「アイツ…跳んだ…いや、飛んだよ」
「ヒトって飛べるんだな…」
アルに踏まれたホテルの外壁は、ボロボロと崩れ去った。
「これで、最後だ!!」
ラインハルトの二振りのダガーは、青根を殲滅した。
「意外とあっさり片付いたわね」
「だな」
「あんた達すげぇ…」
「ん、どうした?」
ラインハルトの後ろを見て、震え出す冒険者。
その冒険者の視線を辿るラインハルトが見たものは。
「嘘でしょ…」
「マジかよ…面倒くせぇな!」
ラインハルトとリイアが見たものは、先程殲滅したはずの青根が、八本のた打ち回っていた。
「くっそ!やり直しかよ!」
悪態をつきながらも、再びダガーを握り直すラインハルトだった。
「あんた、何でそこまでして…」
「死んじまったら意味ねぇだろが!」
傭兵達がジルを囲んで涙を流す。
「………」
「おい…?」
一人の傭兵がしゃがんでジルの顔を見る。
「へ?」
「死んでませんよ…ギリギリですけどね」
揺れる緑眼だが、未だ光は消えていない。
「何で?HPなくなったはずじゃ」
「ギリギリ5残ってます…」
「計算が合わねぇよ」
「自分のパッシブスキルが発動したんですよ」
「なんか都合の良いスキルだな…」
「えぇ、ホントに使い辛い、でもそれで助かったわけで…」
ジルは自身のパッシブスキルを説明する。
「変換というスキルなんですよ」
「それで?」
「HPが5以下になると、ダメージをMPで代替するんですよ」
MPも無くなったら、それで打ち止めなのだが、今回は耐え切った。
「なる程な、合点がいった、いや、本当に助かった」
全員で頭を下げる傭兵達。
「ありがとよ」
「お役に立てて幸いです」
両膝をついたまま答えるジル。
「立てるか?ギルドで手当してもらおう」
「ありがとうございます」
「こっちの台詞だって」
お互いに苦笑し合った。
「だいぶ倒したが…まだ来るのかよ」
シンはゴブリンを撃ちまくるが、数が減る様子がない。
「しっかし、動きが変なんだよなぁ」
ゴブリンは知性のある魔獣、一方的に攻撃されていれば、不利を感じ撤退してもいいのだが。
「まぁ、しかし、撃ち続けるしかないんだけどな」
トリガーを引き続けるシンだった。
「これが本体?」
本体に辿り着いたアルは、虹色のエント本体を一先ず殴ってみる。
5m程の体長の、半ばまで飛び上がり、そこを叩く。
衝撃は吸収され、ダメージが通っているとは思えなかった。
反撃して来る様子もない。
「なら」
アルは腰から流星牙を取り出した。
打撃がダメなら、斬ってみる。
「さくっといきますか」
アルは一度後ろへ飛び距離を取り、弾丸のように前進し本体へと迫った。
正に一刀両断、片方の刃を下から上へ真っ直ぐ振り抜いた。
木の魔獣を二つに両断し、空の雲をも分断した。
「よしよし、切れた斬れた」
ヒュージエントは瞬殺された。
それと同時に、各所の根は消え去った。
「困るんですけど、そんなにさくさく倒されちゃ、いまいち何の為にやってたかわかんなくなっちゃうでしょ?」
突然アルの背後に人が現れた。
気配は無かった、瞬間移動か転移だと思われる。
「だれ?」
「ボクは…そうだね、トワ、とでも名乗っとこうかな、黒い7の一人だよ」
「アビスナイトメア?トワ…?」
現れた少女は、宙に浮き、真っ赤な仮面を着けていた。
「そうそう、そんでどうだった?このエント、強かった?」
少女はとても楽しそうに聞いてきた。
この厄災を招いた張本人とは思えない程、気軽に。
一瞬、顎に手をやり考えアルは答えた。
「まぁ、魔薬漬けの割には強かったですかね」
アルの一言に、仮面の少女はその内側の目を細める。
「へぇ、そこまで分かっちゃうんだ、君凄いね」
「それはどうも、じゃ、僕は東の壁に向かわなくちゃなんで」
「じゃあ」と、そう言うアルは風のように消えた。
「………え?置いていかれたのボク、は?」
この騒動のボスは、置き去りにされたのだった。
「嘘でしょ…マジでさあ」
口を尖らせるトワ。
「まぁ、やる事やらなきゃなんだけどさ」
不貞腐れながら、二階建ての一軒家の屋根の位置まで高度を上げた。
トワが両手を地面にかざすと、町が揺れだした。
「おいで…」
揺れが収まると、地面から新たなエントが十体各所に出現した。
せっかく消えた脅威に安堵していた所の、悪夢再来、心が折れても仕方ないと思われた。
「まじかよ…」
「洒落にならんぞ…」
しかし、立ち止まる事は、町の死を意味していた。
「どうなってる?」
シンの後ろから大男が現れた。
「見た通りのだとも、ギルド長様」
ギルド長と呼ばれた大男は、腰に手をやり、橙色の髪の下にある、極太の黒い眉の下の鋭い目で先を見る。
「不思議な動きだな」
「だろ?暴走してるでもなし…目が死んでるな」
「どこかの誰かが操ってんだろうな」
壁を見ながら、話しをする二人。
一度も視線を合わせない。
「加勢しよう」と一言。
「正直助かるわ」
ギルド長、バルダン=デルグラートは、大剣を抜き構えシンの隣に並んだ。
「射線上に立つなよ」
「お前が俺の背中を撃たないように気をつけてくれ、そう言う計算は苦手だ」
「しょうがねぇ奴だなホント」
バルダンは大剣を担ぎゴブリンの群れに向かって走り出した。
「いっぱいいますね」
突然、後ろから声を掛けられて、咄嗟に攻撃しようとするシン。
「僕ですよシンさん」
アルは両手を上げて降参のポーズ。
「おおぉ、アルか…何でここに?」
「壁、直そうかと思いまして」
「出来んのかい?」
撃つ手を留めずに会話をする二人。
「その辺の壊れた家やらを、素材にしても良いなら、直ぐにでも」
「そりゃ助かる、頼むわ!」
即答のシン。
「了解です」
アルは無表情で親指を上げた。




