遥かな願い
「皆様、アルを宜しくお願いします」
船出をする前日。
「ええ」
「わかったわ」
「任せとけ!」
アルは今、町の皆に挨拶へと赴いている。
「あの子は弱い」
突然のチュルパンの独白。
集まった四人に向け、ポツポツと語りだした。
「は?」
「失礼ですが誰よりも強いかと…」
数日、アルを見てきたジルが反論する。
「今まではそうじゃった…」
「と、言うと?」
「この島で暮らしていれば、貴方がたと会わなければ、外へ出なければ、或いは最強だったかも知れん」
「………」
「能力はあっても心が弱い、外の世界の知識もない」
「それで弱いと?」
「そうじゃ、だから…」
「はい」
「絶対に死なないで貰いたい」
「え?」
「あの子はきっと、それに耐えられない」
「………」
「暴走すれば、誰にも止められない」
「それは…何となく想像できるな」
その光景を思い浮かべ、身震いするラインハルト。
「そうなれば、あの子は厄災でしか無い、世界の敵になってしまう」
「見損なうなよ!俺はあいつを裏切らない!」
「しかし、もしそう言う状況になったら…」
そこで一度言葉を切る。
「はい」
真摯に受け止めようとする面々。
「アルを殺してくれ」
衝撃の一言に、皆、身動きを止められた。
「何言ってんだよあんた!」
ラインハルトは目に怒りの炎を灯し、感情に任せチュルパンの胸倉を掴むと、そのまま背中を壁に押し付けた。
激昂したラインハルトは、鼻が触れそうな距離でチュルパンを睨む。
「ラインハルト!その手を離せ!」
普段は穏やかなジルの剣幕に、舌打ちをして乱暴に手を離すラインハルト。
「………」
乱れた服を正すチュルパンは、言葉を発さない。
「お爺さま、それだけは出来ません」
リイアは声を抑えて言うが、その心はざわめいている。
「自分も了承しかねます」
ジルも譲らない。
「あんただけは絶対に!絶対に!その言葉は口にしちゃダメだろ!」
ラインハルトが泣くように叫ぶ。
「それなら、世界が滅んでも構わないと?」
アルの祖父、チュルパンは、ラインハルトの目を真っ直ぐに射抜く。
アルの暴走は世界を滅ぼす、それは事実である。
「それでも…いや…だからこそ!強くなって止めてやる!」
「出来ますかな?」
「出来る出来ないで言えば、私の目指すものも、どうなるか分からない、達成出来ないかも知れない…でも!でも…」
途切れ途切れに言葉を紡ぐリイア。
「この三人ならば出来ると信じています」
「三人…ワタシは仲間に加えては貰えないのですかな?」
後から現れたヤーツは、眼鏡を人差し指でくいっと上げる。
「貴方は私達に同行出来ないはずでしょ?」
「確かに、本国に一度戻る必要はあります」
「では…」
「はい、その後、再び合流します」
「え?」
「ワタシはリイア様の騎士であります」
それだけ言い、話は終わりとばかりに沈黙するヤーツ。
「なる程そうでした、失礼しました」
目を細めたジルは、ヤーツに謝罪する。
「言い直します、この四人で絶対にアルを止めます!」
四人は真っ直ぐ、チュルパンを見つめる。
「絶対に殺させねぇし、殺さねぇよ!」
ラインハルトは拳を握って訴える。
「…やれやれ、わしより遥かに弱い人間に吠えられてしまったわ」
ラインハルトの啖呵に、首を振るチュルパン。
「うぐ…」
痛い所を突かれ、思わぬダメージを負うラインハルト。
「じゃが、その熱意は伝わった、嘘ではないのは分かった」
一度目を伏せたチュルパンは、直ぐに視線を上げた。
「最初っから、本気だっての!」
真っ直ぐ視線を交わす、拳を握るラインハルトを見るチュルパン。
「では、改めてお願い致します、アルを、あの子を守ってやって下さい」
チュルパンは深々と頭を下げた。
「ちっ!」
「舌打ちしないの!」
姉のようにラインハルトを叱るリイア。
「ふん!」
ラインハルトは、そっぽを向く事で抗議とした。
「アル…何してるの?」
「島をね…見てたんだ」
チュルパンからアルの居場所を聞いて、ジルとリイアで迎えに来た。
例の衝撃の筋トレ風景を見せ付けられた丘だ。
ジルは少し離れた場所で待機している。
「いい島よね」
「そうなんだ、でも、不思議なんだ」
「何が?」
「ここを離れる事を…辛いとか悲しいと一切思わないんだ」
「………」
「今は実感が湧かないだけだと思うけど?」
「そうかな…そうかも知れない」
「島を出て暫くしたら、ホームシックになるかもよ」
「…そうかも知れない」
僕は夕日から目を逸らせない、いつも夕方に鳴る曲が町から流れてくる。
「一度、旅立ったら暫くは帰って来られないわ、やめるなら今のうちよ」
「やめない…僕の唯一の夢だから、白の君主に会うことは」
「大事な事なのね」
「うん」
その後は二人で、10分程無言で夕焼けを見ていた。
「アル殿、お嬢、そろそろ」
日が完全に沈む前に、ジルが二人を促す。
「そうね」
「わかった…」
夕日を背に三人は丘を後にする。
「最後の晩餐だな!」
「言い方ね!?」
ラインハルトの言い回しに抗議するリイア。
言い回しは確かにアレだが、確かに食卓の上には豪華な食事が並んでいた。
「どうやってこんな食材や料理を集めたの?」
「ワタシが住民に頼んで色々手配してもらいました」
「お前…すげぇな」
素直な感想を伝えるラインハルト。
眼鏡を上げ薄いドヤ顔を、ラインハルトに披露するヤーツ。
「クラーケン襲撃の際に、住民を助けた事で好感度が上がったので、交渉はすんなりまとまりました」
「交渉って言い方が…なんか嫌」
リイアの嫌と言う言葉に、衝撃を受け硬直するヤーツ。
リイアはチュルパンと二人きりで話がしたいと、皆を一度追い出した。
テーブルを挟んで、向かい合う形で座る二人。
「何故、アルはこの島に?」
「アルの父に頼まれてな…」
「アルのお父様って?」
「第二大崩壊の際に、始まりの地の前線で戦った英雄の一人じゃよ」
「凄い人じゃない!」
「そう、それだけなら良かったが、周りが放って置かなかったんじゃ」
「アルの父が所属していた傭兵団は、世界最凶とされていて、扉を消滅させた後、世界の脅威とされ、殲滅依頼が出された…」
「…そんな!世界を救ったんでしょ!?」
「そうじゃ、その後はお決まりの事が起こる…細かい事は今はいい、それで、日の当たる場所では暮らせなくなった」
「なんてこと…」
口に手を当て、目を見開くリイア。
「最凶の傭兵団『刃月』は解散し、各地に散らばり、闇に紛れ影に消えた」
「だから、表舞台へ出るとアルも狙われると?」
「そう、家族は心配しての事だった、と言うことじゃ」
この島に押さえつける必要があった。
「なんて酷い世界なの…」
絶句するリイアは涙を溜めて俯く。
「貴方がたにも、何が降りかかるか分からない、それでも連れて行くと?」
「えぇ、世界を見せてあげたいの、醜いだけじゃない世界を」
「…アルは幸せ者じゃな」
チュルパンは目を細める。
「これから幸せになるんです!」
力強く言うリイア。
「これは一本取られたの」
二人は笑い合う、泣きながら笑い合った。
船出した後の、何も残ってない海を眺めているチュルパン。
「お前の息子は飛び立ったぞ、広い、広い世界に」
孫を送り出した祖父の顔は、実に晴れやかだった。




