無光の迷宮
「アビスナイトメア?」
二人は顔を見合わせるが、やはり互いに知らないようだ。
「あれぇ?聞いたことない?」
目の前の少女は、可愛らしく首を傾げる。
「………」
「無視は辛いなぁ、まぁええけどなぁ、覚えとって損はないから、もう一度聞いとってぇ」
「………」
「うちは黒い7、【アビスアポストル】の一人リンナと言いますぅ、以後宜しゅうな」
最後の一言だけ、声が低くなっていた。
それだけ言うと、リンナは黒い煙になって消えた。
「…なんだったんだ?」
「何しに来たんだ?」
聞き覚えのない二つの単語を聞かされ、文字通り煙に巻かれる二人。
一番最初に感じた事は、二人とも同じ。
気味が悪い、不気味な存在。
そんな感想だった。
「さぁ?でも、彼女は…」
「あぁ、とんでもなく強い…」
理屈ではなく、本能が告げる警鐘だった。
強烈な悪意が巻き散らかされていたのだ。
「脂汗が止まりませんね」
「全く、次から次と…一先ず戻りましょう」
答えが出ない事を考えても仕方がない。
「えぇ、もたもたしてると怖くなって動けなくなりそうですからね」
火の核を回収し、下の階に降りた瞬間に二人の装備が戻った。
当然、急に重さが加わるのだから。
「っとと!」
再びジルはたたらを踏むのだった。
ターマス島、中央部、湖の南東にある唯一の【迷宮】。
「まぁ、いいけど…」
僕は一人で船体の確保を任された。
他の二カ所は二人づつなので、ちょっと不機嫌気味だ。
僕だけ一人。
「ちゃちゃっと片付けますか」
いつまでも不貞腐れていても仕方がない、気を取り直し足を踏み出す。
【無光の迷宮】とは、名ばかりではなく、一足踏み入れれば分かる、完全なる闇のダンジョン。
「まぁ、僕には関係ないんですけどね」
目を閉じて、触覚、嗅覚、聴覚のみでまるで見えているが如く、迷いなく進む。
極限の修行で身に着けた技術は、少しの綻びも無い。
勿論、魔獣がいないわけではない。
気配を感じ、手を払うだけで、大抵の魔獣は弾け飛ぶ。
そう考えると、森のクマさんは実に丈夫だった。
僕の一撃を喰らっても飛んで行くだけで、絶命まではしなかったのだから。
地下一階。
【スケルトン】。
僕は無人の野を往くが如く、手を払うまでもなくただ進む、接触したスケルトンは粉々に崩れ落ちた。
カシャンカシャンカシャンカシャンカシャン。
小気味よく骨が砕ける音が響いていった。
「…意外と癖になりそ」
その感触が意外と心地が良い。
地下二階。
【ガーゴイル】。
「ぶんぶんと…鬱陶しい…」
ガーゴイルを、まるでハエのように手で叩く。
石が砕ける音が、虚しく空間に響き続けた。
地下三階。
【グール】。
「臭い…」
僕は相手にせず、下への階段へと走り抜けた。
地下四階。
【ミミック】、宝箱型の魔獣。
広い空間に大量に宝箱が落ちている。
「箱?」
とりあえず開けてみる。
箱の蓋がひしゃげる音がして、その後、その蓋が壁に当たる音が響いた。
無理矢理開けて、引っ剥がしたのだ。
「何も入ってない…」
僕は次々と開けていった。
蓋が壁にぶつかる音が続く。
「つまんないなぁ、ハズレばっかかぁ…」
蓋をもがれた瞬間、絶命するミミック。
僕は箱の事を、その時はミミックだと気付かなかった。
哀れミミック、その残骸20。
「…全部ハズレだった、僕の時間を返してほしい」
僕は目を細め遠くを見る。
地下五階。
【トロールのゾンビ】。
「ふむ、体調でも悪いのかな?このトロール」
青い顔をしたトロールを見て、僕は体調不良と決め込む。
「お大事に…」
そう言うと下への階段へと歩き出した。
『ぶふぁ?』
トロールゾンビは混乱している。
歩いているアルの首元を掴み、引き戻すトロールゾンビ。
「おわ?」
予期しない行動に、思考がついてこない僕。
『ぶふわぁ』
何かを必死に、伝えようとするトロールゾンビ。
「…もしかして、殺して欲しいのか?」
ゆっくりと頷くトロールゾンビ。
「…あぁ、既に死んでるのか、可哀想に…」
僕はやっと理解した。
視線が合うと僕は頷いた。
『ぶふ…』
僕は瞬時にトロールゾンビの背後に回り、頭を掴みねじ切る。
巨体はゆっくりと、前のめりに倒れ地響きを起こす。
「お疲れ様」
僕は手を合わせる。
すると、トロールゾンビの身体から黒い光球が湧き出て来た。
咄嗟にその光球を両手で掬ってしまう。
僕の掌に乗ると、光球は小さい人型に変身した。
「お?」
『………』
「ホントに?着いてくるの?」
何となく言っている事が分かった、仲間になりたいようだ。
その人型は頷いたように思えた。
「まぁ、いいけど」
それは再び黒い球体となり、僕の胸に吸い込まれた。
「呼べば出て来るのかな?」
まぁいいかと、取り敢えず後回しにしておく。
地下六階。
【ホムンクルス】。
「なんだこれ?」
子供の格好をした灰色の生物、蛇の尻尾を持つ人型など、定型のない魔獣がフロアに溢れていた。
虚無の表情のそれらは、意味なく蠢いていた。
「めんどいのでパス!」
例のように僕は走り抜けた。
まだまだ、続くのかなぁ。
等と、よそ事を考えている間に、地下七階に辿り着いた。
「何ともあっさりでしたな…」
これ以上、下に降りる階段は無さそうだった。
最終階確定である。
僕は目の前の巨大な扉を、ゆっくりと押し開けた。
中は煌々としており、逆に目が痛む。
「さて、【ミスリルの塊】はどこに?」
じいちゃんは船体に使うミスリルの塊が、この迷宮にあると言っていた。
船を作るのだから、とてつもない量なのだろう。
暫くして目が慣れたころ、辺りを見回す。
天井は凄く高い、広大な真っ白な部屋。
真っ直ぐ行った先に、迷宮には不釣り合いの玉座が見えた。
更に玉座には、青く輝く塊が鎮座していた。
恐らくアレがミスリルの塊だろう。
「玉座…必要かなぁ?」
近寄ると直径10mはある球体だと分かった。
「どうやって持ち出そう…」
等と考えていると、その球体から妙な機械音が聞こえてきた。
僕は嫌な予感がし、後ろへ大きく跳躍する。
次の瞬間、その球体から腕のような物が生えてきて、先程僕がいた場所を鋭く深く抉った。
「あぶな」
腕が生えたかと思うと、更にもう一つ腕が生え、更に足らしきものが二本生えてきた。
「コレ、ゴーレムかなぁ?」
その後頭部も生え、人型になったそれは、身長5m程になっていた。
「ふむ、これを倒せと」
青く輝くゴーレムは、僕に向け腕を伸ばしてきた。
それは轟音を伴い、周囲の空気を巻き込み僕へと迫る。
僕は右腕で難なく上に弾くと、天井にぶつかり壁が砕かれ、その欠片が床に降ってきた。
「うーん…」
試しに懐へ入り込み、腹あたりを殴ってみる。
カンと軽やかな音が鳴った。
「………」
一切、傷すら付いていない。
「僕…スキルも魔法も使えないんですけど…どう倒せと?」
思い出せ、思い出せ僕!頑張れ僕、じいちゃんが何て言ったか。
「実はミスリルは加工がしやすい、だから、火に弱かったりする」
事前にじいちゃんから、【ミスリルゴーレム】について聞いていた。
実はミスリルは火に弱い訳では無い、その他の属性に耐性があり、強力な火であれば何とかダメージを与えられると言う意味であった。
「なる程、火なら何とか…」
一度ミスリルゴーレムから距離を取り、僕はその場で高速で回り出した。
ミスリルゴーレムの攻撃を弾きながら回り続ける。
足下から煙が出て来た。
そう摩擦である。
地面が赤く染まり、ブーツが高熱に白く輝き出した。
因みに何故燃えないかと言うと、僕のブーツは【ケルピー】の皮で作られている。
水棲生物の魔獣は、火に耐性が有る。
とりわけケルピーは段違いのそれであり、絶対に燃える事はない。
金属の様に、熱を溜めることが出来るのだ。
「よし!」
白く輝くそのブーツを、ミスリルゴーレムに投げつける。
ちょっと手が熱いが、気にしている暇はない。
音速で迫るブーツ。
たかだかブーツは凶器と化した。
それはミスリルゴーレムの腹部を貫いた。
超高温にバターのように溶かされた腹からは、ミスリルがポタポタと垂れ続けている。
しかし、未だに動き続けるミスリルゴーレム。
金属が擦れ合う、不快な音を撒き散らす。
「そおい!」
穴の空いた腹部に腕を突っ込み、持ち上げて飛び上がる。
まだ煙の燻る地面に、頭から叩きつける。
ミスリルゴーレムの頭部は、鈍い音を立ててひしゃげて潰れた。
「どうだ?」
今度こそ、ミスリルゴーレムは動きを止めた。
「さて、この塊どうやって運び出しますかね?」
僕はブーツを回収しながら思案する。
「ぶっ壊すか」
天井を見て呟くのだった。
【アビスアポストル】
何のことか、さっぱり分からない。
【迷宮】
地下に続く迷宮、中には貴重なアイテムが眠っている場合があるが、このダンジョンにはお宝はない。
【無光の迷宮】
その名の通り、光がない、届かない迷宮。
【スケルトン】
人の骨の魔獣。
【ガーゴイル】
石の魔獣。
羽根が生えていて、何故か飛べる。
【グール】
腐った人型の魔獣。
【ミミック】
宝箱型の魔獣。
時折中に貴重なアイテムが入っている。
運次第。
【トロールのゾンビ】
毛むくじゃらの巨人の魔獣が、死してなお彷徨っている。
【ホムンクルス】
合成獣、人の創り出した者が、何故迷宮にいるかは分からない。
【ミスリルの塊】
そのまま。
ミスリルである。
【ミスリルゴーレム】
ミスリルで出来たゴーレム。
凄く丈夫。
【ケルピー】
水棲の魔獣。
馬のような見た目の生き物。




