時よ戻れ
春に毎年駅前のモールで開催される『スプリング福袋』売り場にて、新治は気合いの入った顔つきで鼻息を荒くしていた。
今期の目玉福袋商品は新治が以前から欲しいと思っていた高級腕時計だからだ。
数日前からネットチラシで福袋の中身がチラ見程度で紹介されていて、何がなんでも高級腕時計を獲得しようと、福袋販売時間一時間前からスタンバっていた。
(敵は他にもわんさかいやがる!
あの高級腕時計を手に入れるのは俺だ)
福袋の種類は青、緑、紫と三色あり、高級腕時計がどれに入っているかまではネットチラシではあかされていない。
(三分の一の確率……高級腕時計の他は人気のスニーカーと最新型メカメイドだけど、俺が欲しいのは、高級腕時計のみだ!)
「福袋販売時間、一分前です!」
福とでかでかに書かれた法被を着た店員から、一分前の合図が出された。
「むう……っ!」
新治はギリギリと奥歯を鳴らし、周りのライバルたちを睨み付けた。
どの客が高級腕時計を狙っているかも、高級腕時計がどの色の福袋に納められているかも見当が付かない。
(先は不透明だけど、勘でいくしかない)
「五秒前、四、三、二、一、はい、販売スタート!」
ドドドドド!
店員の合図と共に、客たちは福袋目掛けて駆け出した。
その様子はまるで、毎年開催されているあの有名な福男決定戦(呼び名忘却)のようだ。
新治も負けるものかとダッシュ、ダッシュ、ダッシュ!
「どりゃああああ‼」
高級腕時計がどれかも分からず、取りやすい場所にある緑の福袋を引っこ抜いた新治。
「これに決めっ‼」
緑の福袋を購入した新治はまだ福袋を奪い合う客たちを背後に、ドキドキしながら福袋を開けた。
「えっ?
スニーカー?」
高級腕時計ではなかった。
スニーカーも人気の商品だが、目当ての物と違う。
「おっしゃああっ‼
腕時計ゲエット‼」
「なにっ⁉」
側にいた別の客が開けた福袋は紫だった。
「む……紫……あれだったか」
紫も結構違い場所にあったのだ。
惜しいだけあり、諦めが付かない。
「神様……時を戻してくれ……」
新治が泣きながら云うと、頭の奥で声がした。
「分かった、時を戻す」
(ん?)
「五秒前……!」
福袋販売時間のカウントダウンが始まった。
新治の目に闘志が露になっている。
(高級腕時計、絶対手に入れてやる!)
時を戻した神様から、すっかり疲れた声が零れた。
「やれやれ……あの男、何度も時戻しの願いを繰り返し、今回で三度目だ。
仏の顔も三度迄だから、これで最後だ」
新治はリセットを続け、そして記憶もリセットしていたのだ。