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第19話 その後のアルセリア

アルセリアが「フィラメンシア」と新たな国号を宣言してから程なくして、王妃エステリスとの間に子が生まれた。だが、その子もまた例外なく女児であった。王はそれを予期していたものの、実際に娘を腕に抱いたとき、奇妙な安堵と寂寥が入り混じる感情を覚えた。


王女には、アルセリアの命の恩人にちなんで「フィデリオーレ」と名付けられた。王国の未来を担う彼女は、幼少期から病ひとつせず、すこやかに成長した。しかし、不思議なことに、彼女は幼いころから武術への強い興味を示した。王宮騎士団の訓練場に入り浸り、成人の剣士たちの動きを真似て鉄の棒を振り回す姿は、周囲の騎士たちを苦笑させた。


王宮の者たちは、その無邪気な熱意を微笑ましく見守っていたが、アルセリアだけは心の奥で複雑な思いを抱いていた。武術の才を持つことは誇らしい。だが、統治者の道は剣の腕前だけで歩めるものではない。そんな想いを胸に、王は娘の姿を見つめながら、時折ため息をつくのだった。


それでもフィデリオーレは快活で、知性にも恵まれていた。武術だけでなく学問にも興味を持ち、次代の統治者としての教育を受けながら成長した。成人後は、フィラメンシア娘子軍に入隊し、防衛戦や国境の警備で活躍。その名は次第に国民の間で広まっていった。やがて、四十歳を迎えた彼女は、国民の支持を受けて正式にフィラメンシア女王として戴冠することとなった。


歳を重ねる王と王妃

アルセリアは八十歳を迎えていたが、いまだ衰えを知らなかった。サイローネの神殿で授けられたマントの恩恵なのか、あるいは長年の気迫が肉体を支えているのか、彼は風邪ひとつ引かず、頭脳の冴えも若い頃と変わらぬままだった。政務の第一線からは退いたものの、国家の運営には今なお深く関与し、娘を助けながらフィラメンシアの行く末を見守り続けていた。


エステリスも七十五歳になっていたが、アルセリアと同じく健康そのものだった。彼女は、かつて国を支えた服飾産業の研究機関を統括し、山間部の教育事業にも精力的に取り組んでいた。その穏やかな笑みの奥には、国家の未来を担う者としての確固たる意志が宿っていた。


メルクティア——。


それは、フィラメンシアの誰もが知る服飾技術の賢人でありながら、同時に誰もその本質を知らぬ存在だった。エステリスの呪い、サイローネとの約束。アルセリアが背負う数々の秘密を、遠慮なく語ることができるのは、彼ただ一人だった。だが、そのメルクティアにはさらに深い秘密があった。


彼は、生きて喋る縫製機械だった。


その事実が世に漏れることがないように、アルセリアは執務室の奥に「メルクティアの部屋」と呼ばれる密室を作った。そこは誰の目も届かぬ、王と彼だけの隠れ家だった。


夜が更けると、そこにはしばしば王の笑い声が響いた。王都の光を背に、長年の友と語らうひととき。それは、かつて死線をくぐり抜けた王が享受する、数少ない安らぎの時間だった。


アルセリアは、窓から広がる夜の王都の輝きを眺め、静かに言った。


「もうあれから、半世紀だな。色々とあったが、我が国はいまだ滅びの気配を感じぬ。このまま、何事もなくエステリスと私も天寿を迎えそうではないか?」


メルクティアが肩をすくめるような仕草で答える。


「あと15年もあるんだぜ、油断は禁物だ。お前さん、サイローネ様の当初の計画は、もうやり尽くしたんだろ?」


「ああ、そのはずだ。あとは、王権を議会制に移行し、王は象徴的な存在へと変えていくだけだ。今、女王であるフィデリオーレがその準備を進めている。」


「そりゃ、王女さん……いや、女王さんは、お前さんよりよほど有能だからな。」


メルクティアは乾いた笑いを漏らす。


「まあな。」アルセリアも肩をすくめる。


「あれはフィデリオスの生まれ変わりとは思えぬほど、慎重に物事を運ぶことができる。エステリスの長所を受け継いだのだろう。」


「そうだな、サイローネ様がじいさんの願いを聞いてくれてよかったよな。」


「ああ……サイローネ様には感謝してもしきれぬ。たくさんの神殿を建立したが、それでもまだ足りぬ気がする。」


「大丈夫だ。」メルクティアは淡々と言う。


「きっと皆の祈りが、サイローネ様の罰を軽くしてくれてるさ。お前はよくやったよ。」


「そうであれば良いが……サイローネ様は、我が国の発展をご存じなのだろうか?」


メルクティアは一瞬沈黙し、どこか遠くを見るように言った。


「さあ……どうだろうな?」


窓の外には、王都の灯りが揺れていた。フィラメンシアは静かに息づいている。果たして、その光はサイローネのもとに届いているのか——。それは、誰にも分からなかった。

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