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第18話 新国家 フィラメンシア

海戦によって一時は死んだと思われていたアルセリア王が奇跡の生還を遂げ、ベルディア国は歓喜に沸いた。街には王の無事を祝う声が響き、祭りの花火が夜空を彩った。だが、その熱狂は長くは続かなかった。帰国したアルセリアは、休息もそこそこに敵国との敗戦処理を進めるべく、相手国に赴き、戦後賠償として係争地である島嶼のみならず、ベルディアの沿岸域と港を譲渡する提案を行った。また、男児が生まれない奇病が国中に蔓延しているという理由で、周辺国家への疫病拡散防止を名目に、60年間の鎖国政策を宣言したのである。


この発表は国民に深い絶望をもたらした。海洋国家ベルディアは漁業と海運を主要産業としてきたが、沿岸を失い、閉ざされた山岳地帯に国土が縛られる結果、国家の根幹は崩壊寸前に追い込まれた。だが、アルセリア王はかつての栄光を捨て去り、新たな国土再建の道を模索することを宣言した。非難の嵐と暗殺未遂事件にもかかわらず、彼は微笑みながら毅然と改革を推し進め、鋭い言葉と希望を秘めた宣言を行った。


「軍事覇権国家としての姿を捨て、学術、文化、芸術による立国を目指す。我が国を『フィラメンシア』と改め、新たな未来へ向かう。」


その驚きは、王が各地にサイローネという謎めいた女神の神殿を建立し、彼女を新たな国家の主神とする宣言を行ったことでさらに大きくなった。サイローネ信仰は急速に広まり、国家全体を統制する新たな柱となった。これに合わせるように、従来の貨幣制度は廃止され、新たに「soba」と「bica」という二種類の通貨が導入された。


soba

蕎麦粉を原材料とした食べられる貨幣で、全戸に無料配布される。これは国民一人ひとりに生活の基盤を与えるためのもので、使用期限が設けられており、期限を過ぎると価値が消滅する。生活必需品の購入に限定される仕組みは、経済の循環を促進する狙いがある。


bica

美的活動の成果に基づいて発行される特殊貨幣で、贅沢品や高級品の購入にのみ使用可能。王立美学院がその発行を厳しく監督し、文化と芸術の価値を貨幣化することで、国の美意識を数値として示す仕組みとなっている。


両通貨には女神サイローネの刻印が施され、単なる交換手段以上の神聖な象徴として国民に受け入れられた。


フィラメンシアは自国独自の通貨を保有しているため、理論上は財政破綻することがない。国は、必要なときに「救国国債」と呼ばれる仕組みを通じて資金を調達し、経済に注ぎ込むことができる。これは、国が持つお金作りの力を無制限に活用する政策―つまり、必要な投資をためらいなく行うことで、経済基盤を一気に再生させようという考え方である。国の力は、たとえ厳しい外部環境にあっても、国自らが自由に通貨を作り出せることに裏打ちされているのだ。


元兵士たちは屯田兵として山岳部に送り込まれ、広大な蕎麦農地の開発が進められた。アルセリア王の指示のもと、鉄鉱山や油田が次々と発見され、採掘と加工のための設備が急ピッチで整備された。国土全体を結ぶ鉄道網の敷設も進み、インフラ整備は国家再生の礎として確固たるものとなった。特に異例だったのは、服飾産業への巨額投資である。国家事業と位置づけられたこの分野は、異国の特使ローネから献上された衣装と、メルクティアの助言を基に縫製機械の開発が開始され、独自技術の追求が徹底された。


こうした大胆な政策は、従来のフィラメンシアが誇る質実剛健な精神とは一線を画し、多くの反対を招いた。しかし王は「美こそ国を救う」という確固たる信念のもと、限りある資源にとらわれず必要な投資を惜しまず、国全体に潤いと活力をもたらす施策を実行したのだ。彼の政策は、国が持つ通貨発行権という特権を最大限に活用し、財政の制約にとらわれない「お金作り放題作戦」に他ならなかった。


さらに、国中に広がる男児がほとんど生まれないという不吉な噂は、社会の構造そのものを揺るがすほどの恐怖をもたらし、結果として人口構成は急激に変化。女性が圧倒的多数を占めるようになり、これにより伝統的な家父長制は徐々に崩壊し、女性があらゆる分野で中心的な役割を果たす時代が到来した。この歴史的変革の象徴として、「フィラメンシア娘子軍」が設立された。彼女たちは、国防・治安の維持のみならず、文化や美意識の推進においても国家の未来を担うエリート部隊となった。


こうして、フィラメンシアは一時的な停滞と混乱を経験しながらも、芸術と文化の隆盛によって新たな道を切り開いた。鎖国政策は外部との接触を断つ一方で、独自の経済理論―すなわち国が自らの通貨を自由に発行し、必要なときに惜しみなく資金を投入できるという考え方―に基づいて、内需と生産能力の拡大を実現する基盤となった。その結果、独自の文化と服飾技術は他国には模倣不可能な唯一無二の存在感を確立し、国家としての自立と再生を遂げたのである。

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