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第17話 王の船出と主神の怒り

潮風が急に強まり、砂浜を駆け抜けるように吹き始めた。風がひゅうひゅうと海へ向かって音を奏でる中、サイローネが静かに海の方を指差した。

アルセリアはその指先に目をやると、遠くの波間に一艘の船が流れ着いているのが見えた。


「なぜ……なぜここまで?」


アルセリアの声には、疑問と戸惑いが入り混じっていた。

例えそれがエステリスや試みの為とは言え、これには何か、根底に優しを感じるのだった。

その問いを受けたサイローネは軽く肩をすくめると、再びアルセリアの方に向き直った。

その瞳には冷たさとも慈悲ともつかぬ光が宿っている。


「言うておくが、これは慈悲ではない。」


サイローネの声は静かでありながら、その響きはアルセリアの胸を鋭く貫いた。


「これは何よりも辛い罰と知れ。お前とお前の国とその民は、これから数十年にわたり過酷な試練に見舞われるだろう。お前にはそれに立ち向かう覚悟が求められる。泣いている暇など与えられぬほどにな。」


その言葉に、アルセリアは返す言葉を失い、ただ唇を噛みしめた。だが、その瞳にはわずかながら光が宿り始めていた。決意の色が浮かび、彼は深く頭を下げた。

その時、不意にサイローネが揺らいだように、年相応の少女のように、はにかんで、


「だが……それにな、お前がエステリスを大事にしている事に私は、希望を見たのかも知れぬ、壮行の宴で見たお前は、彼女の言葉を真摯に聞いているような感じを受けたのだ、もしかしたら、今度は上手くいくのかも知れぬとな。」


「はい、エステリスは私にとって、まさに星そのものです。」


生真面目に答えたアルセリアを見て「そうか…」と言って微笑んだサイローネは、まさに花が咲くような美しさであった。


その時、星空を覆いつくすような黒々とした雲は沸きおどったと思ったら、いかずちが空を割くように走り、閃光が白く辺りを塗るように輝いた。

そして、地鳴りのような唸り声がびりびりと鼓膜を打ち


「我が娘サイローネよ。またもや我が秩序を乱しおったな。此度の罰は軽くは済まぬぞ。」と響き渡った。


メルクティアが慌てて「いけねえ、サイローネ様、主神様に見つかっちまった!お逃げなせえ。」と泡食ったが、サイローネは怯むことなく、砂地に力強く踏みとどまり天に向かって叫んだ。


「お父様、私は罰など怖くありません。本当に怖いのは、摂理を言い訳に、弱き者達が哀れに死んでいく事です。もう終わりにしましょう。お母様の辛苦も今生限りで終わりです。」


「ぬう、愚かな娘が、やりたい放題やりおって」すぐそばの木に雷が落ちる。


サイローネは、メルクティアの頭を軽く撫でながら言った。


「アルセリアよ、メルクティアを連れてゆけ。この者は口こそ悪いが、根は優しく、何より歴代の偉大な王たちを見てきた。きっとお前の良き相談相手となろう。」


そして、メルクティアに向き直ると、穏やかな口調で続けた。


「メルクティア、世話になったな。私の罰が終わったら迎えに行く。それまで達者でな。」


メルクティアは気取った仕草で胸を張り、にやりと笑う。


「へい、サイローネ様も無理はなさらずに。まあ、お互い不滅の存在だ、またいつかの日に、お会いしやしょうや。」


二人の別れのあまりの簡潔さに、アルセリアは少し驚いた。しかし、サイローネはそのまま荒れ狂う海を指し示し、低く響く声で告げる。


「アルセリア、行け。お前にしかできぬことがある。変えられる未来を掴め。その時、我が罪も報われよう。」


アルセリアは、風に揺れるマントを翻し、サイローネに深く一礼した。


「……わかりました。」


そして、嵐吹き荒れる中、メルクティアとともに船へと向かう。


船に乗り込むと、たちまち風が帆をとらえ、船は荒波を切り裂きながら沖へと走り出した。


アルセリアとメルクティアは船の舳先に立ち、遥かに遠ざかる暗雲の元の砂浜を見つめた。波間には、サイローネが静かに立ち尽くしているのが見える。あれほどの神威を見せたサイローネもここから見れば、嵐に翻弄される小柄な少女にしか見えなかった。波が最後に遠ざかる彼女の姿を消え消えに見せた時、肩のマントから、思念が流れ込んできた。それは記憶というよりも、願いであった。丹念に丹念に針で縫い込まれた真摯な娘の願いであった。


…お母様を頼みます…

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