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第13話 赤い服と後悔

あの服を着ると、兵たちのように操られてしまうのではないか――。操り人形のような、虚ろな瞳で奇妙に統制された動きをする彼らの姿が脳裏をよぎった。意志を奪われる恐怖と、それが自分に降りかかるかもしれないという想像が、冷たい汗となって背を伝う。


そしてサイローネが告げた言葉。これから行う様々な事業の構想――蕎麦畑の開拓、鉄道の敷設、服飾産業の振興。どれも壮大な未来を描くものだが、そこに自分の自由意志が介在する余地はあるのだろうか。

アルセリアは目を閉じた。そして、想像した。虚な顔で玉座に座る自分を――。隣でエステリスが楽しげに話しかけても、生返事するだけの自分を。

エステリスの哀しげな顔が目に浮かぶ。彼女の言葉をまともに聞こうともせず、笑顔も浮かべられず、ただ幽鬼のように日々を過ごす自分。その胸の奥が苦しくなり、ふいに呟いていた。


「私は私でなくなる?」


かつて共に語り合った美しい絵画や彫刻、音楽のこと。それらがもたらした喜びの記憶。それは、今や遠い昔の幻影に思える。なぜ――なぜもっと、本当に語るべきことを語らなかったのか。些末な日々の会話や、ささやかな感情の共有を、王という立場を言い訳にして排除してきた。

その一つひとつが惜しまれてならない。もし、これからやり直す機会があるのなら。もし、型どおりの王ではなく、自分らしい王でいられるのなら――私はもう一度、全てを見直してみたい。


だが、アルセリアは目を伏せた。決定権は自分にはない。今やこの異界の支配者、冷徹なる少女の企てに用いられる駒にすぎないのだから……。


「これでよし。」


サイローネの声が、いつの間にか、上陸する兵も途絶えた浜の静寂を裂いた。彼女がキュッと糸を絞り、鋏で糸をフツリと切る。その瞬間、赤い服は淡い輝きを放ち、まるで生き物のように息を吹き返したかのように見えた。


「完成だ。」


サイローネは満足げに微笑み、出来上がった刺繍を優しく指の腹で撫でた。


「ほれ。」


彼女はアルセリアにそれを見せ、少し意地悪そうに笑った。その笑みに込められたものは冷徹なのか、それとも何か別の意図があるのか、王には見当もつかなかった。だが、その笑みの奥に、一抹の疲労か、それとも別の感情がかすかに漂っていることに気づき、王の胸中はますます混乱した。


「さて、王よ、お前はこれにて、生まれかわる。些か頭が混乱するやも知れぬが、直ぐに慣れる。準備は良いか?」


その問いかけに、アルセリアは息を呑んだ。応えを言いかけるが、喉が塞がれたように言葉が出ない。眼前の赤い服が、自分の運命そのものに思えた。逃れられない宿命と、新たな道が交差する、重い瞬間が訪れていた――。


サイローネは緋色の服を畳むと、椅子から立ち上がり、静々とアルセリアのもとへ歩み寄ってきた。その足音が砂地に響くたびに、死の影が迫ってくるように思える。緋色の服が目の前に差し出されると、アルセリアは思わず後ずさった。


「うっ……嫌だ……私は人形などごめんだ……」


王は砂の上に蹲り、まるで幼子のように首を振った。


サイローネの影が彼を覆う。その静かな威圧感は、彼女が死神そのものであることを思わせた。


「か、勘弁してくれ……私は私でいたいのだ!」


砂を握りしめながら、アルセリアは自分の無力さを噛みしめた。

その姿は、もはや王ではなく、ただ一人の震える人間でしかなかった。

サイローネは静かに彼を見下ろしながら、波の音が再び耳を満たす中、彼女は深い息をついた。


「これは、お前が思っている様なものではない、むしろお前を守る為の物だ。」


その声には、いつもの冷たさと違う、微かに滲む気遣いがあった。


メルクティアが、「ほら、サイローネ様が、あんまり虐めなさるからですぜ。」と呆れ声を出した。


「ぬ……」


「おいアルセリアよう、サイローネ様は、何てえか、基本、堅物なんで、あんまり冗談が得意じゃねえのさ、時と場合ってのが分かってねえんだ、勘弁してやってくれよ。」


「私なりに、和ませようとしたのだがな……」サイローネが足元の砂をグリと踏み躙りながら言った。


「へい、そうでございましょうとも。おい、アルセリアよう。おい聞いてるか?ともかく起きろ……ああ、、こりゃ駄目だ。亀みてえに閉じこもって、聞いちゃいねえ。どうしやすかい?しばらく待ちやすかい?」


サイローネは首を振って、肩を落とすようにして言った。


「……いや、時が惜しい。やはり、ここは、当初の予定通り……」


その瞬間、彼女の目が冷たい光を帯び、アルセリアをまっすぐ見下ろした。その視線には躊躇いが微かに混じっていたが、すぐに鋼の決意に変わった。

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