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第11話 古代の王

そのとき、再び波打ち際から足音が響き始める。渚を蹴散らす音、鎧が擦れる金属の響き――それらが、潮騒の音と共に迫ってきた。


「……まさか、更に?……」アルセリアは顔を上げた。


波間から新たな兵たちが姿を現している。彼らは渚を歩き、鎧の音を引きずりながら、まるで何かに導かれるように浜辺を目指していた。その動きには統制もなければ秩序もない。ただ一心不乱に進むだけだった。


「うう……我が兵か、であるならどうかどうか……!」


普通に生きていてくれまいか……。


しかし、その希望もすぐに冷たい恐怖に変わった。海から現れた兵たちの姿は、先の者たちと同じく蝋細工のように真っ白な肌をしており、生気が感じられない。彼らは鎧や剣を無造作に脱ぎ捨てながら浜辺へと歩を進める。その顔は皆、冷たく無感情で、何一つ言葉を発することもなかった。アルセリアの側を通り過ぎる際、彼らの虚ろな目が王を一瞥する。その視線は、あからさまな恨みと拒絶に満ちていた。

まるで、彼の存在そのものを呪うかのようだった。


「う……私は……」


アルセリアはその目を正視することができず、ただ呟くことしかできなかった。


次々と上陸する兵たちは、鎧を脱ぎ捨て、剣を地面に投げ捨てた。そして森へと向かい、ぶら下がる女物の服をまとい、無言のまま霧の中へと消えていく。その行進は途切れることなく続き、まるでどこまでも終わらない永遠の儀式のようであった。

アルセリアは膝を抱え、行進する兵たちの後ろ姿を見つめながら、震える声で呟いた。


「……私も私なりに懸命に王たろうとしたのだ……」


だが、返答はなく、兵たちはただ淡々と霧の中へと消えていった。その行進が途絶える気配は、どこにもなかった。


「なんつうか、もったいねえよな。」そんな、憔悴しきったアルセリアを見ていたメルクティアが不意に口を開いた。


「勿体無い?」アルセリアが振り向いて聞き返す


アルセリアは振り向き、問い返す。


「いやな、俺は、まだ神様や怪獣や巨人や人間たちが、この平らな地面の上で、わいわいやってた頃から生きてるんだよ。んで、あらかた地上が整ったってんで、庭は作ってやった、我らは以後は観察者となりお前達で楽しませて貰うとするって言って、神様たちは天の世界へ上がっちまった。そこからが大変だった、巨人やら怪獣どもが、その馬鹿力を使ってやりたい放題ってなわけだ。」


「きょ巨人?そんなものがいたのか?」


「ああ、山見てえのから、象位のまで色々いたよ。それでな、人間どもは今と変わらず数は多かったが、非力なもんで、連中に蹂躙され、ただ小さな洞穴に隠れ住むしかなかった。そんな時代が何百、何千年も続いて、俺は『このまま人間たちは消えちまうんだろうな』って思ってたよ。」


「何千年…」メルクティアも、大概だ。


「ところがよ、お前らには連中にはない “狡猾さ” っていう特上の武器があったんだ。人間の中でも特に頭が切れたり、戦に長けた奴が現れて、ついには連中を逆に狩り始めた。王様の誕生ってわけさ。見事なもんだったぜ。」


確かに、人間ほど、ずる賢い生き物はなかなかいないだろう。小狡さには、


「で、あれよあれよという間に、怪獣や巨人の姿は消えちまった。まあそれで平和になるって訳でもなく、その後は、人間同士で争うんだがよ。まっお前らの趣味みたいなもんだろうな。」「しゅ、趣味…」彼らの人間に対する評価…「その後も、数々の王が出てきては消え、また出てきては消え……繰り返しさ。俺はこの輝く体と賢さで、珍しがって何人もの偉大な王と友達になったよ。ただ滅法強いだけの奴、とにかく頭の切れる奴、とんでもなく優しい奴、反対にめちゃくちゃ冷酷な奴……

本当にいろんな王様がいたなあ。今日も新しい王さんと知り合ったしなあ。」


「むっ…まあ、私は…」肌着だけの自分を姿を見るアルセリア。


「まあ、古代の偉大な王達とおめえを比べるのも酷な事だろうがよ。一つ言える事は、奴ら皆んなもっと伸び伸び王様やってた気がするよ。そこへ行くと、おめえさんは、どうにも型に嵌りすぎてる様に見えるねえ。立派な王様ってか?折角、王様になったんだからよ。他の誰でもねえ、“お前にしかできねえ王” になればいいと思うぜ。まあ、お前にも色々あるんだろうけどよ。」


「私にしかできぬ……王……」


アルセリアは呆然と、メルクティアの言葉を反芻した。


メルクティアは一度鼻を鳴らして笑い、夜空を仰いだ。


「そういや、お前さんによく似た王様が、昔いたの思い出したよ。戦争に明け暮れ、武勇で名を馳せた猛き王だった。」


「私に似た?」


「おう、でもな、ある日、そいつは ふと気づいた んだとさ——

『戦いに勝つことは、あまりにも容易すぎる』 ってな。」


アルセリアは思わず息を呑んだ。


「……容易、だと?」


「ああ、そうさ。そいつは誰よりも戦争を理解し、誰よりも多くの敵を倒すことができた。でも、それがあまりに簡単すぎて、ある日ふと考えたらしい。『才能とは、神の怠惰じゃないか?』ってな。


神が自分という便利な道具を使って働かせ、その隙に惰眠を貪ってるんじゃ無いかってな。そう思った途端、王はこう叫んだらしい。


『俺はお前達の水ぐるまじゃない!』


それで、頭に来て、何とか反抗しようと考えたんだ。

神が最も嫌がることは何か?神にとって面倒で、勤勉を強いられるものは何か。

そんである時、俺にこう言ったんだ——


『私は、破壊の天才だ。であるならば、私の最も不得手なことこそ、神にとって最も面倒なことではないか?』 ってな。」


「それが……何だった?」アルセリアが問う。


「美だよ。」メルクティアは満足げに頷いた。


「そいつはな、己が最も苦手なことに挑むことで、神に小さな反逆をしたんだよ。」


そして、こうも言っていた。


『私が絵を描くことで、のたうつ線一本のせいで、世界の予定調和が乱れ、神の昼寝が削られる。いい気味だ。』って大笑いする訳よ。


最初はそんな程度の気分で始めた美術だったが、もともと真面目な奴だからな。

頑張るわけだよ。でも才能はない。


だが、だからこそ、あらゆる画家を尊敬できたらしい。

上手いのも下手なのも含めて、だ。


そして、こう気づいたんだ。

『実は、この下手さこそが、神の意志の外にある。ある意味、世界の仕組みから独立し、雄々しく抗う王の証ではないか?』ってな。


そうして最後に、こんなことを言ったよ。


『王の偉さとは、誰よりも優れていることではなく、誰よりも多くの者を王とすることなのだ。』


メルクティアはケタケタと笑いながら、金属の歯をカチカチと鳴らした。


「ま、そんな立派なこと言ってたけどな、あの王様、どうしようもなく絵が下手でな!城の壁に飾るつもりだった肖像画なんざ、まるで呪いの護符みてえな代物だった!」


そう言ってメルクティアが大笑いすると、案の定、サイローネの無言の拳が後頭部に落ちた。


「痛ぇ!なんで叩くんですかい、サイローネ様!」


「針を乱すなと言ったろ。」


「!」


アルセリアは、彼らのやり取りを半ば呆然と見つめながらも、どこか心の奥底に、その言葉がずしりと響いていた——

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