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第10話 ウルルク

その時、ふいにあたりの空気が重くなり、硫黄のようなにおいが何処からともなく漂って来た。


サイローネが険しい顔になり、「やはり、来たか」とつぶやいた。


「来た?誰がだ?」アルセリアがきょろきょろと周囲を見回す。


「サイローネ様、海の方に誰かいやすぜ」とメルクティアが鋭く囁く。

見れば、波打ち際にふわりと、小柄な老人のような男が立っている。また兵が現れたのかと思ったのも束の間、瞬きするほどの間に、その男は目の前に立っていた。


「な、何者だ!?」


驚いたアルセリアは反射的に腰に手をやったが、そこに武器はなかった。しかし、老人はアルセリアをまるで眼中にないかのように無視し、サイローネに視線を向けた。そして、礼儀正しく腰を折り、深々と頭を下げると、アルセリアには理解できない、歌のような響きを持つ言葉で話し始めた。


「こんばんは、お初にお目にかかります。サイローネ様。私はウルルク。追放者の監視と保護を主神様より任されている者です。」


サイローネが目を鋭くして、ウルルクを睨む。


「保護だと?…」


「はい、その通りでございます。罰が正しく執行されるその時まで、追放者が不測の事態により刑の執行が不可能となる事態を防ぎ、保護することも私の役目でございますゆえ。」


「ふん、物は言いようよな。まあ良い。…ウルルク、その名は太古の昔から、響き聞いているよ。実に有能だそうだな。」


二人は、まるで調和の取れた旋律のように、言葉を交わしていく。


「いえいえとんでもない。私などは、主神様のただの使い走りにすぎません。」


「謙遜するものだ。して、此度は何用かな?」


「これはしたり、まさかサイローネ様ともあろう上級神が、私如きに韜晦なさるとは。」


その一言にサイローネは眉をひそめた。


「韜晦とは?」


ウルルクは静かに一歩前へ出て答えた。


「追放者エメテルの周りで様々な策謀を巡らせているご様子。些か度を越している様に思われますが?」


「策謀?何のことであろうか?私は主神様より任された務めを粛々とこなしているだけだが。」


「ふふふ。粛々とはものは言いようですな。では、はっきりと申しましょう。人間への過度な干渉は禁じられております。特に叡智の授与は重大な禁忌となっている事はお忘れではありますまい。」


ウルルクの目がアルセリアを指した。


「その人間、追放者の夫アルセリアに、神の秘蹟を授けようとしているではありませんか。」


サイローネは冷ややかに笑った。


「その方は誤解しておる。私がこの人間に話したのは、ここ最近の人界での俗事に関する事だ。そもそも叡智とは、太古の偉大な秘術や知識に関しての事の筈。人間供の使う卑俗な金や物作りに関する事は含まれてはおらぬ筈だ。」


ウルルクは鋭い視線を向けた。


「その様な詭弁が通じるとお思いか?神の干渉による、人界への知識の流入は、秩序の崩壊を招きかねぬと、主神様も強く戒めておられますぞ。」


「その通りだ、全ては偉大なる主神様の大御心の元にある。私はお過ちを侵していないと確信しているが、もしそうでないとしたら、甘んじてその罰を受けようではないか。」


メルクティアが慌てて「サ、サイローネ様、ちょっとお待ちなせえ!」


ウルルクは冷たく微笑み、「その、お言葉、確かに受け賜りましたぞ。やがて全ては大御心の前に明らかになりましょう。」


「うむ、正しくな。」


「では、私はこれにて。サイローネ様の御安寧をお祈りしておりますぞ。」

そう言って、ウルルクは硫黄臭い黄色い煙となって、消えた。


メルクティアが「もう!サイローネ様、何で、いらん事言いますかねえ。あの野郎、きっと今頃主神様にご注進してますぜ。」と四肢をどしどしと踏み鳴らして言った。


だがサイローネは冷静に応じた。


「メルクティア、口が過ぎる。あれは階位は低いとはいえ、神ではあるのだぞ。」


そしてふっと目を細めた。


「とはいえ……急がねばならん様だな。」


「はあ、全くアナタたって方は……」


サイローネの表情には焦りの色が浮かびつつも、その瞳には不屈の光が宿っていた。


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