悪魔の提案
見た目は髪が薄くなった小肥りの冴えないオッサン。しかしその実、正体は悪魔だと自称する宍戸。
「あ、悪魔…ですか…?あ、貴方…も?」
「何で倒置法なのよ?」
ようやく絞り出した岩清水の返答に草木が突っ込みを入れた。
「いやまぁ悪魔っちゅうてもな、私の場合はカイゼル…アンタ等の言う甲斐とはちぃ~とばかし違いましてなぁ。奴が人間の恐怖心やら不安感を喰らう悪魔なら、私は悪魔の恐怖心や不安感を喰らう悪魔ですのんや」
「悪魔の不安を喰らう悪魔…」
「つまり人間に危害は加えない…と?」
「まぁそう言うこっちゃな。ほら!昔から言いまっしゃろ?敵の敵は味方っちゅうてな!」
「はぁ…」
岩清水が気の抜けた返事をしたところで、宍戸がグッと身を乗り出して来た。
「そこで一つ提案なんやがぁ…あんさん方、私と組みまへんか?」
「組む?」
「と言いますと?」
これに舌なめずりした宍戸が唾を飛ばす。
「ええでっか?アンタ等は甲斐と契約させられ、意図せずとは言え怪異を世間にバラ撒いた訳や。んでもって社会的に拡散された不安感を奴は喰らっとる。そこまでは理解しとりますな?」
「ええ…まぁ…」
「正直まだ半信半疑ではありますが…理解はしてます」
「結構!そこで私からの提案やが…私と契約して奴に一泡吹かせてやりまへんか?」
この提案に岩清水と草木が顔を見合わせる。
そしてゆっくりと視線を戻した先では、宍戸が額に吹き出た汗を拭い直していた。
「あ、あのぅ…契約と申しますと?」
「ちょっと仰ってる意味が解らないんですが…」
宍戸は汗を拭ったおしぼりを、悪魔とは思えないほど丁寧に畳んでテーブルに置くと
「いやいや!そんな堅苦しく考えんで宜しいがな!奴と契約したように私とも契約してくれれば結構でおま♪」
一度気持ちを落ち着かせる為か、二人が同時に飲み物を啜った。
「えっと…あのぅですね…」
「もう少し詳しくお聞かせ願えますか?」
この短時間で、口下手な岩清水を草木が補助する流れが定着している。案外良いコンビなのかもしれない。
「まぁ先程お渡しした名刺の通り、私も宍戸書房っちゅう出版社を立ち上げましたんや。言うて小~い会社ですねんけどもな。そこでお二人に連載の場を設けますよって、奴をギャフンと言わす様な物を書いて頂きたいんですわ」
「はぁ…」
「ギャフン…ですか…」
「なんやなんや覇気がおまへんなぁ!」
「いや!冷静に考えてみて下さいよ!悪魔と契約させられてたと聞かされたばかりなのに、また新たに悪魔から契約を持ち掛けられてるんですよ!?二つ返事でOK!とはなりませんよ!」
珍しく饒舌に返した岩清水の隣では、草木が腕組みしながら頷いている。
「ま、気持ちも解らんでは無いですけどな…せやかてアンタ等、今のままではあの生み出した怪異に対する手立てはおまへんのやろ?」
「そ、それは…まぁ…そうなんですが…」
元に戻ってしまった岩清水の隣では、腕組みしたままの草木が今度は小さく項垂れていた。
「だから私が対抗する為の場を提供しまひょっちゅうとるんですがな♪奴の時と同じように物語が実現化する契約をして、私ん所で怪異に対抗する物語を書けばええ!勿論ペンネームは変えてくれたらええし、書く物語の内容もアンタ等に任せる!そうすりゃ奴の思惑は潰えて、私ゃ奴の絶望を喰らう事が出来る!んでアンタ等は自分のケツが拭けるっちゅう寸法や。どや!悪い話やおまへんやろ!?」
ひとしきりウ~ンと唸った後で岩清水がようやく口を開いた。
「甲斐の所の連載も続けたままで…ですか?」
「せや!悪魔と一旦契約してもうたからには、そう簡単に反古には出来へん。それに長引けば長引く程、私も美味しい想いが出来ますよってな♪」
この言葉に反応して今度は草木が口を開いた。
「悪魔との契約が反古に出来ない…と言う事は貴方と契約を結んでしまっても同じって事ですよね?」
「あいた~っ!こいつは一本取られましたなぁ」
宍戸がピシャリと額を叩く。
「明確に期限を設けて下さるならこの話を考えなくもないですが?」
凛と答える草木の横で岩清水も大きく頷く。
もはやコンビ芸の様な光景である。
フ~と溜め息をついた宍戸
「どうやら形勢逆転のようですな。宜しおまっしゃろ!私との契約は、人間に“おいた”する悪魔がこの街から撤収する迄…これでどないです?」
顔を見合わせた二人が頷き合う。
「ホッ…どうやら契約成立しそうですなぁ。なら契約書をお渡ししときますんで、記入したら私の会社の方へ郵送しとくんなまし。あ!一応言うときますが…私との契約も血の契約ですんで、記入する時どこかしら怪我ぁしますが堪忍でっせ!」
「了解しました…」
「委細承知!」
差し出された書類入れを受け取りながら、二人の性格の違いを表すかの様に別々の言い回しで答える。
「あと…連載する内容は任せると言いましたが、ある程度の事が決まったら一応は教えとくんなまし。まぁ出版社である以上ある程度は売りたいし面白い物にして欲しいんでねぇ♪」
そう言うと宍戸はペロリと舌を出して見せた。
「わかりました…」
「内容についてはこの後すぐにでも話し合います」
「結構結構!ほなら私はこれで。契約書はなるだけ早めに頼みますな。そんで何より面白いもんを期待してまっせ♪」
自分の飲んだアイスコーヒー代をテーブルに置き立ち去る宍戸。
それを見送りながら岩清水と草木は、心の中で同じ事を考えていた…
“悪魔って意外と良い奴なのかも”と。