表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
編集者の目論見  作者: body
2/17

邂逅

岩清水はHPで調べた電話番号で連絡を取り、2日後に近所の喫茶店にて甲斐と会う約束をこぎ着けた。

声を掛けて貰った身である。せめてこちらから出版社へ出向くと伝えたのだが、返って来た答えは「いやいや!スカウトしたのはこちらですから、私が出向くのが礼儀かと…」

「いや俺が…」

「いや私が!」

暫くこの押し問答が繰り返されたが、最終的には岩清水が折れた。


直接話したのは初めてだったが、声だけの印象では驚くほど若く感じた。

その割には物腰も低く丁寧で、若くして財と権力を持った者独特の“嫌な臭い”みたいなの物は感じなかった。

ただただ「好青年」これが声だけでの第一印象だった。

「いやいや!声だけじゃわかんねぇぞ…会ってみるまでは油断すんなよ俺!」

そう自分に言い聞かせながらも、話が良い方向へ向かう事を願い、売れた後の事をあれこれと夢想していた。


当日になった。

約束の時間は午後2時。

待ち合わせ場所の喫茶店までは歩いて10分ほどで時々はプロット作りに利用している。

今となっては珍しいタバコの吸える純喫茶で、カレーとナポリタンが抜群に美味い。

数年に1度しか袖を通さないスーツに身を包み、これまでに書いた作品の原稿を幾つか持って1時半には家を出た。

来て貰うのだから、せめて先に着いておこうという岩清水なりの気遣いだった。


店に着いたのはきっちり10分後。

遅めのランチを食べる客や、食後のお茶を楽しみに来た客で思ったより混んでいる。

空いたテーブルは…と見渡していると、アルバイトのウェイトレスが声を掛けて来た。

「いらっしゃいませ!お一人様でしょうか?」


「あ、いや…あの…待ち合わせでして…後から1人来るんですけど…」

本来コミュ障の岩清水である、目も合わせず頭を掻きながら答えると予想外の言葉が返って来た。


「あの…失礼ですが…岩清水様でしょうか?」


「え!?あ…はい!」

戸惑いながらも答えると…


「伺っております。甲斐様は既にお越しですのでご案内しますね」

笑顔で促され、彼女の後をついて行く。

すると一番奥の2人掛けテーブルでサンドイッチを頬張る男が目に入った。

男はこちらに気付くと、まだ口の中にあったサンドイッチをコーヒーで一気に流し込み、ナフキンで口元を拭いてから立ち上がった。

男の第一声は

「すみません、約束まで時間があったし昼食がまだだったもんで…」だった。

照れた様子ではにかんだ顔には、やはり幼さが残っている。予想以上に若く見えた。

だが男は直ぐに社会人の顔に戻ると

「わざわざ御足労頂きありがとうございます。私、電話でお話しをさせて頂きました甲斐と申します。あ!これを…」

そう言って名刺を出してくれた。

それを受け取りながら岩清水は…

「こちらこそわざわざ来て頂いてありがとうございます。あの…自分は名刺を持っていなくて…すみません…」

ちょっとした劣等感と羞恥心がのしかかる。


「いやいや構いませんよ。ささっ!お座り下さい。あ!食事は済ませましたか?まだでしたら遠慮なく何でも注文して下さいね!なぁに気にしなくて大丈夫ですよ!経費で落ちますから!アハハ♪」

屈託なく笑う姿は好感が持てる。

センター分けのお洒落な髪型に人懐っこい笑顔、当然ながら清潔感もありさぞかし女性にもモテそうである。

ただ…一つだけ違和感を覚える点があった。

黒づくめなのだ。

髪色も黒、眼鏡も黒縁、スーツも黒、中に来ているシャツまでも黒だった。その上、黒のシャツなのにネクタイまでも黒…

まるで闇に溶けようとしているかの様な気味悪さを覚えながら、椅子へとゆっくり腰をおろす。

それと同時にウェイトレスが注文を取りに来た。

探る様に甲斐へ目線を送ると、ニコニコしながら「どうぞご遠慮なく♪」との返事。


「すみません、じゃあお言葉に甘えて…」

ぺこりと頭を動かしてからカレーライスとアイスコーヒーを頼んだ。


「お飲み物は食後が宜しいですか?それともご一緒に?」


「あ、一緒にお願いします…」

またぺこりと頭を動かし答えると、ウェイトレスは愛想の良い笑顔を残してカウンターへと戻って行った。


「では注文の品が来る前に簡単にお話しさせて貰いますね」

そう切り出した甲斐は、鞄から書類入れを取り出しテーブルに置くと

「契約の詳細はそちらに書いてありますので、後で目を通して頂くとして…私共としましては先生に書いて頂きたいジャンルがありまして…」


「はぁ…ジャンル…ですか…」

生返事を返しながら、差し出された書類に軽く目を通す。パッと見ただけだが、当り障りの無いよくある契約書に見えた。

そして思い出したように持参した過去の原稿を手に取ると

「あの!過去に書いて来た作品、幾つか持って来たんですが…読んで頂けますか…?」


すると甲斐がにこやかな表情のまま手を伸ばす。

「この場で目を通すだけでは失礼ですので、お預かりして社に戻ってから拝読させて頂きますね!」


“良かったぁ”

ホッと胸を撫で下ろした時、抜群のタイミングで注文の品が運ばれて来た。


「お待たせしましたぁ♪」

立ちのぼるカレーの匂いが食欲をそそる。


岩清水は甲斐へと一度目線をやり

「いただきます」

そう言いながらぺこりと頭を下げた。どうやらこの「ぺこり」か岩清水の癖らしい。


「どうぞ♪」

甲斐の心地よい声が耳に入る。


スプーンに巻かれたナフキンを解き、ライス部分へと潜らせる。

皿とスプーンがぶつかり“カツン”と音が響いた。

そのままライスごとカレー部分を掬い口へと運ぶ。

スパイシーな香りが鼻腔をくすぐり、すかさず二口目を放り込んだ。

“フ~”と息をつき、口内の辛さを和らげる為にアイスコーヒーへ手を伸ばす。

シロップとミルクをたっぷり入れストローを差し込むと、そのままストローでかき混ぜた。

そして一口吸い込み味覚をリセットすると、思い出した様に口を開く。

「あのぅ…そう言えば書いて欲しいジャンルがあるとか…?」

言い終えると二口目のアイスコーヒーを吸い込んだ。


問われた甲斐は変わらぬ破顔のままで頷く。

「はい!実はそのジャンルというのが…」


三口目のアイスコーヒーをすすりながら次の言葉を待つと、甲斐の口から飛び出したのは意外な単語だった。


「ホラー…と申しますか…怪異と申しますか…都市伝説を…先生の手で新たな都市伝説を生み出して頂きたいのです♪」


岩清水が口の中のコーヒーを喉へと流し込むと、周囲にも聞こえる勢いで“ゴクリ”と鳴った。









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ