第三章 Liebst(リープスト)「最愛の」
全て描くと長編小説になるので、かなり端折っています。
上手く描けていれば良いのですが。
お楽しみください。
小説 Liebesgeschichte~恋物語~
第三章 Liebst「最愛の」
もう二十年も前の話だった。あたしは其の時は高校生。幼い頃から、普通の人より免疫が低かった為に、病院に通ったり、入院する事が多かった。小さい時と比べて減ったとは言え、其の時も、体調を崩して病院に来ている処だった。
「あ~……。生きるのが面倒臭いわ。」
廊下で立ち止まり、ふとそんな事をあたしは言っていた。そんな折、廊下に繋がった病室から、くすくすと笑う笑い声が聞こえて来た。あたしは、自分の声が聞かれてしまった、と思い、其の病室を覘く。其処は個室で、偶々なのか入り口が開いていた。まあ、でなければ声など聞こえないであろうが。あたしが其処に入ると、一人の男性の患者がベットで横に為っていた。
あたしに気付いて男性が、
「ああ、笑い声が聞こえてしまいましたか。申し訳無い。僕にとって「楽しい」御意見が出たもので、思わず笑っていたんですよ。」
微笑みつつ、あたしにそう言った。あたしは顔をやや赤くしながら、
「あ、あの……、不躾ですけれど、あたしのさっき言った台詞が、あなたにとって「楽しい」と言うのは如何言う事ですか?」
そう聞いた。男性は、笑みを湛えた侭こう答え始める。
「そうですね……。大変な事を、気楽に考えれる其の考え方が「素敵」だと僕が思ったので「楽しい」と言ったのです。」
あたしは、其の意味が良く分からず、
「あの……、仰っている意味が良く、あたしには分からないのですが……。」
苦笑しながらそう言った。男性は、
「そうですねぇ……。「生きる」と言う事は大変なので、「面倒だ」と言われたんですよね?」
そう聞いてきた。あたしは、其れに、
「え、ええ。あたし自身、色々抱えている物がありますから、其れで愚痴っぽくなってそんな事を……。」
最後は小声に為り、言い切れなかったが、そう言った。男性は、其れを頷きながら聞いてから、
「其の考え方が、僕にとっては「素敵」だったんですよ。」
確信を込めてそう言った。あたしは、如何答えていいか分からず、呆然としていた。男性はあたしを見ながら、
「ああ、そう言えば、お話しているのに、自己紹介もまだでしたね。僕の名前は武と言います。武士の武、から「たけし」です。」
そう、自己紹介を始めた。あたしは其れに釣られて、
「あ、あたしは、かをると言います。「を」の字が、わをんの方の「を」を使います。なので平仮名です。」
そう、自己紹介をした。武さんは其れを聞いて、
「へぇ、余り聞かない呼び方ですね。うん、此れも「素敵」だな。」
そう言って頷く。あたしは何故か、恥ずかしくなり顔を赤くして俯いてしまっていた。武さんは、微笑みながら、
「まあ、立ち話もなんですから、其処の椅子にでも腰掛けて下さい。」
そう言って、ベットの傍にある椅子を勧めてくれた。徐にあたしはそこに座る。そして、
「さて、分かりにくいようなので、僕の身の上から話させて頂きましょう。」
そう言って、武さんは話を始めた。
彼は、まだ33歳、若く此れから働き盛りと言う年齢だ。にも拘らず此の様に入院しているのは、悪性の「癌」に蝕まれていたからであった。癌と言うものは、歳若いと、活発で進行が早く、気づくのが遅れると、治療も出来ないほど転移して、文字通りどうしようもない状態と為る。彼は、あたしにそう説明してくれた。今、彼は、進行を遅らせる為の抗癌剤を飲みながら、余生を過ごしているのだ、と言うのだ。
あたしは其の事に何も言えなくなった。自分は、大変とは言え、まだ生き続けている。そして、又、特別な事が起きない限り、「生きる」事が出来る。然し、彼は、「最期」が定められてしまい、しかも、少し遅らせたとしても、其の最期は、筆舌を絶する苦しみの元に訪れるのだ。あたしは、頬に水が流れている事に気がついた。熱い、情熱の水が。
「ああ、済みません。僕は何時もストレートに言うから、如何しても、他所様を感傷的に為らせてしまいますね。」
武さんがそう謝る。あたしは首を振って、
「ううん。ストレートに言ってくれて嬉しい。いえ、多分あたしは、あなたが好きです。そう言って、構ってくれる事も、あなた自身の気質も、だって、一緒に居て「気持ち良い」ですもの。」
感情を込めてそう言っていた。武さんは、苦笑しながら、
「はは……、死していくこんな存在に惚れたら、あなたの悲しみが増えるだけですよ?」
そう言った。あたしは、更に首を振って、
「そうかも知れませんが!其れでも、あたしの「心」に「何か」を与えてくれたのは、武さんの其の「言葉」です。其処に、あたしは「幸せ」を見出しました。あの……。初めて会ったばかりなのに、こんなのは不躾ですけれど。」
其処まで言って、一旦話を止めて、武さんの反応を見る。武さんはあたしを見て、
「どうぞ。続きを言って下さい。」
優しくそう言ってくれた。あたしは続けて、
「此れからも、此処に来て、お話をしていいでしょうか?」
言いたかった事を、そうやって吐露した。武さんは微笑んで、
「やれやれ、物好きな人を巻き込んでしまったようですね。分かりました。僕の方は一向に構いませんよ。寧ろ、話し相手に為って下さるのであれば、此方が感謝したい程ですよ。是非御願いします。」
そう言ってくれた。あたしは笑顔で武さんの手を掴み、
「有難う御座います!明日も、参りますね!」
そう言いながら立ち上がった。そんな時、武さんの家族の方が、病室に戻ってきた。
「あら?お客さん?」
其処で、武さんから、あたしについて紹介されたのだった。
其れから約三ヶ月、あたしは毎日のように病院へ通った。武さんと、毎日のように話し合うのは楽しかった。何気ない日常の会話、自分の趣味、嗜好、思想、話し始めると、中々止められず、何時も家族の人に、面会時間が終わりますよ。と言われて、すごすごと帰る毎日が続いていた。武さんも、あたしに構ってくれて、色々な事を話してくれたのだった。あたしは其れをウットリと聞くのが楽しみになっていた。
「まあ、そんな感じで……ごほっ!」
武さんが会話の途中で咳き込む。あたしは、直ぐ走り寄って背中を優しく摩ろうとした。摩りはしたものの……。あたしは其の場に硬直してしまう。
「済みません……。隠していたかったけれど、ばれてしまいましたね。」
武さんが済まなそうに、あたしにそう言った。彼の身体は……。もう、ガリガリに痩せていた。そう、ミイラの様に。骨が立っていて、下手にいろうと痛々しかった。そう、骨に立ちそうで……。
「武さん、もしかして、もうかなり苦しいのでは……。」
あたしは、何とか其処まで言えた。武さんは苦笑しながら、
「済みませんね、あなたを哀しませたくないので、誤魔化して来たのですが、逆に、裏目に出たようですね……ごほっ。」
最後には咳き込みながらそう言った。あたしは、
「もう喋らないで!看護婦さんに伝えてきます!」
そう言って、あたしはナースセンターに走っていった。そんな姿を見て、武さんは、如何思ったのだろう。
ベットに寝た武さんは、鎮痛剤とその他の処置を受けた。然し……。
「もう、症状がかなり悪化しています。モルヒネなどで、幾らかは痛みが緩和出来ますが、此れも最終的には気休めです。」
担当医は、悔しそうに、あたしも同席している家族の前でそう説明していた。彼は、もう、痛みですら緩和されない、地獄の中を歩まないといけないと言うのだ。医学が進んでいる、と言われているが、苦しむ人々はまだ多く、そして助けられていない。そう、担当医は悔しそうに言った。あたしは、彼の、そして家族の、更に、手助けしたいのに、自分の非力さに嘆くお医者さんの、苦悩を思って、いつの間にか泣いていた。
「かをるは泣き虫ですね……。」
ふと、武さんがあたしを見てそう言っていた。あたしは、
「武さん!無理はしないで……。」
そう言ったが、武さんは、首を振りながら、
「いいえ、時間がもうありませんから、此処は「無理」をするのです。でないと、あなたを置いていって、僕が後悔してしまいますからね。」
そう言った。あたしは言っている意味が分からず、
「其れって……如何言う事?あたしにはまだ分かんないよ。」
そう言っていた。武さんは答えて、
「今は分からないでしょう。只、此れだけは約束をして下さい。例え僕が亡くなったとしても、かをる、あなたは、僕の歳よりも長く行き続けて下さい。そうすれば、恐らく、僕が言いたかった事が少しは分かるでしょう。僕が、かをるを愛していた事が、「最愛の」者だった事が分かるときが、ね。」
そう言って咳き込む。其れが漸く止むと更に、
「此れだけは……。絶対に僕の後は追わない様に。其れこそが、僕の望み。「幸せ」なかをるを見続けたいのです。約束……して、くれます……ね?」
そう言った。あたしは、
「わかった!分かりました!約束します!だから、だから!…………。」
最後は泣きながらそう言っていた。武さんは、
「は、はは……相変わらず泣き虫だ……そろそろ、僕は休みましょう。明日も御出でなさい。又……話しましょう……。」
そう言った。あたしは、武さんが寝入った事を確認してから、病室を後にした。
翌日、病室に入ったが、武さんは、非常な苦しみで会話など出来る状態ではなかった。其れでも、自分が苦しんでいるのに、あたしには一生懸命に笑顔でいてくれようとしていた。あたしは其れが辛かった。でも、彼の精一杯の愛情。其れを全て返せる訳ではないが、あたしは、彼を世話を手伝う事で、少しでも果たそうとしていた……。
更に三日経った、ある日。
「御臨終です。」
担当医がそう言った。そう、彼は最期まで走りぬいたのだ。最期の最後まで、自分よりもあたしを気遣いながら。あたしは其れを聞いて、人気の無い所に走っていった。そして、
「馬鹿!馬鹿!……あなたはあたしばかり……馬鹿……。」
あたしはそう言っていた。ふと、彼の声が聞こえる気がした。
「そうですね。でも、「最愛の」あなたに出会えて僕は幸せなんですよ。」
振り向いたが、其処には誰も居なかった。そしてあたしは、
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
大声で、涙を流して泣いた。
大好きな、「最愛の」あなた。武さん。あなたの言葉を守ります。あたしはそう決意した。
あれから約二十年。あたしは三十八に為った。
「もう、こんなに経ったのね。」
彼の墓の前に来てそう言っていた。そして、
「まだ頑張ってるわ。あたしは。今五年延長中。此れからも頑張ります。」
そう言う。そう、彼との「約束」を守る為。「最愛の」人の約束を。頑張って生き続けるわ。其れが、あなたの望む事。そして、其れこそ、あたしが望む事!
だよね、武さん。
読んで頂き有難う御座いました。
余り詳細は述べていませんが、機会があれば少し語りたいと思います。
では、次回もお楽しみに。