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3月12日:本屋デートの満喫は謎解きの後で(出題編:後)

 佑樹の家で行われた文芸部の集いが遥の謎の癇癪で失敗に終わった翌日の土曜日のこと。

 俺と文芸部後輩の二人は、朝からターミナル駅の大型書籍館で待ち合わせをしていた。


「そろそろ行こうか。何か買いたい本はあった?」

 

 本棚の高い位置に貼られた書店員のポップアップを眺めていた後輩の短い癖っ毛の頭にむけて声をかけると、蒲公英たんぽぽのような柔らかい笑顔がこちらを向いた。


「今は大丈夫です。デートの時間ですね。行きましょう、部長先輩」

「そうだね」


 本好きのマナー。本棚での会話は小声で、最低限に。

 今は大丈夫、の頭に(欲しい本は山ほどですけど)が省略されたことを感じつつ、俺たちは本棚を後にする。

 名残惜しそうにポップアップや平積みの本達を眺める後輩に共感を覚えつつも、俺は後輩を先導するように歩き出した。


 学外での待ち合わせの場所を書店本棚の前にするのは何度目のことだったかな。

 

 うちの高校通学エリアで、待ち合わせに使うような大きな駅周辺の本屋は俺も後輩も知り尽くしている。

 書店のどのあたりの本棚で、と位置を指定するよりどのジャンルの、誰の作品のあたりの、と指定する方がお互いわかりやすい。


「今日はどこへ連れて行ってくれるんですか?」


 階段を登って半地下の書籍館を出ると、明るい太陽の日差しの下だった。

 道ゆく人たちの朗らかな会話や騒がしい車達の喧騒に負けないよう少し大きな声で、後輩は俺に問いかけてきた。

 期待に溢れた後輩の顔に、俺も口元を緩ませつつ答える。

 

「午後から、俺達のような人種の学生にとっての聖地に行くのを考えていたよ。去年、文芸部の皆と一回行ったきりの、あそこだ」

「というと、……日本一有名な本の街ですね!」

「正解」


 普段の俺たちの行動エリアからは距離があるし、お互い通学定期の外の場所だけど、今日は特別な日だ。

 紙とインクの匂いと、微かに薫る珈琲の薫り。

 本好きなら一度は訪れたいあの場所に、後輩と二人でまた行けるのなら、貯めたバイト代を出すのに躊躇いはない。


「楽しみですね、部長先輩!」

「そうだね。あとは午後からの本屋巡りを気兼ねなく楽しむためにもーー」

「はい! 午前中で遥先輩への作戦会議を終わらせましょう!」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「やっぱりこの図書館は良いですね。静かな階もあれば、子ども用エリアが広くて適度に騒がしい、ちょっとしたお話ができる場所もあって」


 俺と後輩は駅直結の書籍館から徒歩十数分ほどの場所にある図書館にやってきていた。

 いつもなら書籍館から出ると、さらに徒歩数分の場所にある大型書店であったり、そこからそこそこ近い大型のチェーン古書店だったり。

 そうしたところにふらふらと吸い寄せられ、なんなら昼食も忘れて彷徨い続けるところだけれど、今日は二人、強い意志で全ての誘惑を振り切ってここに向かった。


 まあ、やってきたここもやはり本に囲まれた場所ではあるのだけれど。


 水を得た魚ならぬ、自由に読める本に囲まれた本好き。

 そんな風に浮かれる後輩を見ながら、俺は鞄を空いていた二人がけの横座り席の上に下ろした。


「自習の時は静かなフロアと時々PCエリアを使うけど、むしろ俺たちのような学生だと、こっちの少し賑やかなエリアの方が人気なのかな?」

「かもしれませんね。……それはそうと今度、部長先輩と一緒にここの静かなエリアでも自習アンド読書とかしてみたかったり」

「いいね、やろうか」

「即決素晴らしいです。ぜひぜひ、お願いします」

 

 今後の約束を交わしなら、鞄からノートと筆記具を取り出していると、本棚に気を引かれていた後輩も、俺の右隣に腰を下ろした。


「さて、じゃあ本題だ」

「はい、昨日遥先輩が怒って帰ってしまったことへの作戦会議ですね」


 図書館内ということもあって、後輩の声が小さい。

 それを気にしてか、かなり近いところに後輩の顔が近づいている事に気づいてどきりとする。


 そして、その近さに驚いたのは後輩も同じだったようだ。

 俺の視線とぶつかった目線をうろうろ左右に散らせ、少し恥ずかしそうに身を引いた。


「……メッセージアプリでも聞きましたけど、本当に佑樹先輩が無神経なことを言ったりやったりとかじゃないんですね?」

「そのようだね。結果的にそういうことになった、という可能性はありそうだけれど、意図的に煽るようなことはしていないと言っていた」


 右手で髪の毛を梳きながら確認する後輩に、俺は内心の動揺を悟られないよう努めて冷静に言葉を返した。


「だとしたら、なぜ遥先輩は怒ったんでしょう?」


 後輩が首を捻る。

 そう。これが今回の最大の謎だった。

 そして、遥の怒りを正しく宥めるためには、その原因を知らなければいけないわけで、俺たちはその謎の正体を知る必要があった。


「ウミガメのスープと同じだね。俺たちには情報が足りない」


 ウミガメのスープとは。


 店に入った男が、ウミガメのスープを一口飲み、店員に「これはウミガメのスープですか?」と尋ね、店員が首肯するとその客の男は次の日自殺したという事件について。

 その男が命を絶った理由は何か、という謎について回答者は出題者に向けてYESNOの回答が可能な質問のみで事件詳細を調べ、解答に辿り着く。


 そんな、いわゆる「水平思考問題」だ。


 こうした問題で取り上げられるのは、一見すると因果が不明で不可思議なものばかり。

 けれど、その裏には必ず見えない因果をつなぐ背景が用意されている。


「なるほど。

 昨日、遥先輩は本当にいきなり怒ったわけですけれど、それは私たちの知らない未知の因果が隠れている。

 部長先輩はそう言いたいんですね」


 佑樹が、持ってきたばかりのゼリーフロートを箱から取り出し、それを見た遥が急に声を荒げて席を立った。

 この一見入力と出力の回路が壊れているような事件にも、そうした見えない因果の背景が隠されているはずなんだ。


「とはいえ、遥はその見えない因果を教えてくれないんだよね?」

「はい、昨日からずっとメッセージは飛ばしてて、既読もついているんですけど……ごめん、と一言だけしか返信を貰えていません」

「君にもそれだけしか反応できてないとすると相当重症だね……」


 俺も部長としてメッセージは飛ばしていたけれど、反応は同じ、ごめんの一言だった。

 言い訳や愚痴さえ言わないのは言いたくない気分だからか、言えないと思う理由がなにかあるからなのか。


 もしかすると、相当デリケートな、遥にとって触れてほしくない問題がそこにはあるのかもしれない。

 今日の後輩との作戦会議も、もしそうした問題だと分かったらどうするかという相談の場を兼ねていた。


「佑樹先輩も遥先輩も駄目となると……推測するか、他の知っていそうな人に当たるかですけど」

「まずは推測から詰めていこうか。知っていそうな人についても、その中で聞くべき人が見えてくるだろうから」

「はい」


 後輩の見ている前で、俺はノートの左ページに大崎佑樹おおさきゆうき、右ページに小暮遥こぐれはるかの名前を書いた。


「まず、今回の事件は遥が佑樹の何かしらに対し、相当な怒りを覚えたというのは間違いない。

 タイミングからして、佑樹が持ってきたゼリーフロートが絡む可能性は高そうだけれど、一方でゼリーフロートを佑樹と一緒に用意した俺に対しては怒りを覚えていないように見えた」 

「あ、そうですね。あの後私が追いかけた時も、

『部長と後輩ちゃんには悪いけど、やっぱりごめん、今はあいつの顔は見れない』

 って言っていたので部長先輩は怒りの対象ではなかったように見えました」


 ふうん。

 遥はそんなことを言っていたのか。


「ゼリーフロートについては後で触れるとして、一旦、二人の関係性を掘り下げてみようか」

「遥先輩と勇気先輩についてですね。私が知っているのは、

 去年からずっと、部長先輩がたと一緒に文芸部にいたこと、

 お二人がその、仲の良い?喧嘩をする関係性であること、

 出身中学は確か違って初対面は高校入学のときということくらいでしょうか。」

「そうだね。俺も二人から聞いているのはそれくらいかな。

 高校生として特筆するところでいうと、二人ともバイトをしていることと文芸部に入るくらいには本好きなこと、好きな本の傾向は実は割と似ていること

 それと、二人とも母子家庭だね」

「あ、遥先輩の方は聞いてましたけど、佑樹先輩の方は初耳です」


 おっと、佑樹はまだ伝えてなかったのか。

 ノートに2人のメモを書き出していた手を止めて、後輩に注釈を入れる。


「君には話して良いと言われてるから気兼ねしないで。

 そうだね。あと、クラスの中ではあの二人は元カレ元カノだと言われてる。

 2人して否定するところまでワンセットだけれど、面倒くさくて「あー、もう、それでいいわ」と返してることも多いかな」

「あの2人を見ていたら同級生ならそう弄りたくもなるでしょうね。逆に、部長先輩から見てお二人の間にそういう雰囲気を感じたことってあります?」

「……無い、かな?」

「あれ、自信なさげですね?」


 男女のあれこれとか、恋心とか。

 本好きとして俺も知識だけならそれなりにあるつもりだけれど、現実のそれについてはひどく疎い。


 ごく最近になって自覚が大きくなった自分の中のそれさえまともに扱いきれていないんだ。

 だからそうしたことを断定できないのだけれど、とにかくこの話を続けるのはとても心がざわざわしていけない。

 なので、俺は話を別の方向に向かわせることにした。


「ただ正直、あの2人には他の誰にも秘密にしている繋がりみたいなものがあると思う。例えば昨日の佑樹の家、遥は初めて来たと言っていなかったかな?」

「あ、言っていた気がします」

「多分それは嘘。何回かはわからないけれど、遥は何度かあの家に行っていると思う」

「なんでそう思ったんですか? 遥先輩、確かにすごく寛いでましたけど、それはいつものことですし。私、遥先輩の家にお邪魔したことありますけど、あんな風でしたよ?」


 確かに、座ったり寝転がったりといった動作自体には特に不自然なところはなかった。


「気になったのは2箇所かな?

 一つは、遥が部屋に戻ってきたばかりの佑樹に炬燵の温度下げをお願いしたこと。

 遥は一見面倒くさがりに見えるけど、そうじゃない。

 喧嘩の仲裁を誰かに任せる悪い癖があるくらいで、自分ができることを誰かに任せるようなことはしない」


 あの後、お菓子を取るのを手伝えと佑樹に言われた時も愚痴りはしても反発はせず、素直に炬燵から出ていた。

 小暮遥はそういう女の子だ。


「あれは、佑樹先輩の手元にしか温度調節のボタンがなかったんじゃ無いですか? 私たちの手元にもありませんでしたし」

「それでも、自分で下げる気ならボタンの所在を探すはず。それと、俺たちに対して「手元にスイッチない?」と聞くんじゃないか?」

「あー」


 部屋について早々、炬燵に足から入ってうつ伏せアルマジロになっていた遥に炬燵のスイッチを探す暇は無かった。

 それなのに戻ってきたばかりの佑樹に、手元のスイッチでの温度操作を頼んだ。

 それは、スイッチがそこにしかないと知っていたからこその行動だったのではないか。


「まあ、そっちは単に佑樹へのちょっとした弄りだった可能性もある。部屋に戻ってきたばかりだったから、仮にスイッチが俺たちのいる逆側にあったとしても移動はできただろうしね。

 でももう一個気になった方はそうもいかない」

「それは何ですか?」

「お菓子の置き場を遥が佑樹に訪ねた時。

 常温、冷蔵庫、ここまでは良い。

 でも確か遥は、常温、冷蔵庫、そして外のどこに置いているのかという聞き方をしていたと思う」

「あ、私もそれは少し引っかかってました。

 でもそれは、遥先輩が前もって、佑樹先輩の家では冬場は外に冷やすものを置くことも多いと聞いていたとかなのかな、と」

「そんなに記憶からすぐに引っ張ってこれるほど、よその家の冷蔵事情は覚えていないんじゃないかな。

 それに、遥は外に取りに行く、と聞いたのに上着も取らずに佑樹についていったしね。

 バイトで鍛えている高校線男子の佑樹はともかく、遥の場合、長時間冬の庭に出るのは厳しいんじゃないかな。

 きっと、窓を開けて簡単に取り出せると知っていたんだと思う」

「おお……そう言われるとそんな気がしてきますね。

 もしそうだと、お二人は実は隠れて逢瀬を重ねる間柄、それも女性の方から男性の家を訪ねているということになりませんか? 

 それは相当深い仲……というより隠れ恋人ですよね?」


 おや、意識していなかったのだけれど一周まわってまた恋愛話に戻ってきてしまった。


「推測が多いから断定するのは早いけど、2人の間に何か隠れた繋がりがあるのは間違いないと思う。

 今回の件に限らず、教室の会話でも遥しか知らない佑樹のこと、佑樹しか知らない遥のことが出てくることがよくあるんだ」

「……それはクラスの先輩方も皆元カレ元カノ疑惑を立てますね。隠す気あるんでしょうか?」

「油断しているのか、隠そうと思っても隠し切れないくらい相手に関する知識が染み付いているのか……。

 まあ、2人の掘り下げはこんなところで、次はゼリーフロートの話に移ろうか」

「はい」


 少々強引だったけれど、恋愛の話からは脱却できた。

 手元のノートに2人を結ぶ線を引き、「隠れた関係?」と注釈を入れる。


「今回用意したゼリーフロート5個は、色違いの五層が縦に重なったカラフルなゼリーだ。そして、これは層ごとに味が違う、という説明をしながら、佑樹が皆に配る予定だった」

「おお、凝ってますね」

「そしてさらに俺が、説明を二つ加える。五つのゼリーにはそれぞれ、他の四つのゼリーと同じ色だけれど味が違う層が一つだけある。もう一つさらに、この場には1人嘘つきがいる。ーーという設定だけをね」

「おお、手の込んだ……あれ? いま、設定って言いました? それだとまるでーー」


 後輩はどうやら今の説明で正解に辿り着いたようだった。


「そう。実際のところ高校生の予算でそんな手の込んだものは用意できなくてね。

 だから、少し前に君たちにされたのと同じことをすることにしたんだ」


 ノートをめくり、図の解説を交えて今回俺と佑樹が用意した「謎解き」のネタばらしを行う。


 実際には全部同じ味で謎も何もないゼリー五個。

 けれど、赤い一層目を同時に食べた五人のうちの1人ーー予定では佑樹が、「ちょい酸味があるな」、と甘さ100%の蜂蜜味にふさわしくない感想を告げることで、予め伝えていた嘘の設定は真実に化ける。


 二層目の橙の層も2人目・・・の嘘つきにして、問題文の2つの説明に一つずつ嘘を含めた俺が「柑橘系かな?」と、色にそぐわぬメロン味に対するとぼけた感想を言って真実味を補強。

 ついでに、2人続けてゼリーの色が味のヒントに全くなっていないことを強く示して、純粋に味に対する議論に誘導。


 三層目以降、全く同じ味を食べた女子部員三人は、女子部員の中にいるかもしれない、味の感想を偽っている裏切り者を探したことだろう。

 あるいは、早々に全部同じ味と気付いて俺達に問題の真意を問うてくるか。

 それを俺と佑樹で鑑賞しつつ、それぞれの謎解き発言を採点・評価する心つもりだった。


 三層目の黄色は言葉の表現が難しい味だが、四層目、五層目と進むとわかりやすい味になる。

 さらに、どこかのタイミングで問題文への疑問を持ち、「嘘の説明しかしない俺」と「本当のルール説明だけをする佑樹」への質問を繰り返すようになればそれが大きなヒントになる見込みだった。


「あ、だから昨日、5人揃っていないなら普通に食べるしかないと言ってたんですね」

「そうだね。女子部員側が三人なら色んな議論や推理が生まれるけど、2人だと関係がシンプルすぎる。2人とも、お互いがお互いを嘘つきと疑ったらその時点でゲーム終了だ」

「なるほど、赤から紫の五色、つまり虹色のゼリーに仕掛けられた嘘を暴くゲームだったと……ん? そういえば虹色のお菓子を題材にした物語って色々ありますけど、遥先輩が昔、それに関する話をなにかしていたようなーー」


 本棚の方に顔を向け、考え込む素振りを見せる後輩。

 もしかしたら何か大きなヒントになるかもしれない情報に、俺も期待をかけざるを得なかった。


「どんな話?」

「待ってください。思い出し中です。たしか児童文学だったと思うんですけど……本棚の方に行きましょう。タイトルを見れば思い出すかもなので」


 二人で児童文学の本棚に急ぐ。

 上の棚にあった、もしかしたらという本を俺が背伸びして取り出しては後輩に見せ、違うと首を横に振られる。

 中段、下段の本もなるべく気になったのものは表紙ごと見るようにしつつ探し進めていく。


 児童文学の単行本は縦の長さが不揃いで、目立つもの目立たないものに差が出てしまう。

 だからこうして探さないと見落としをしてしまいかねなかったし、内容をイメージしやすいよう作られた表紙を見ることは後輩の記憶を刺激してくれる。


 少し手間はかかるけれどそうしたやり方で俺たちは児童文学の本棚を掘り進んだ。


 やがて、5冊ほどのそれらしい本を絞り、俺たちはそれを抱えて席に戻った。


 ①「猫とぼうやのふしぎな旅」

 ②「大どろぼう、おばあさんを助ける」

 ③「なかよしきょうだいの家づくり」

 ④「18匹のりゅうとぼく」

 ⑤「ぴかぴかえん」


「だいぶジャンルがばらばらだね」


 ノートにタイトルをメモしながら、感想を呟く。


「すみません……どんな本だったかもう全然曖昧で。遥先輩から聞いた気がする本で、虹色のお菓子関連の描写があれば全部持ってきちゃいました」 

「いやいや、しょうがないよ。自分で読んだ本だって、子供の頃に読んだものは曖昧だ。それが人伝となると、覚えていただけでも大したものだよ」


 後輩を労いつつ、俺は5冊の本を順々に開いていった。

 隣の後輩も、俺の横で一緒に本の内容を追う。


 ①は飼い猫の後をつけて不思議な世界に迷い込んだ”ぼうや”のお話だ。

 物語のテーマはおそらく勇気。

 この話に出てくる虹色の金平糖は物語最後、飼い猫を助けるために勇気を出して巨大な鬼に立ち向かった”ぼうや”へのご褒美として、女王様から贈られたもの。


「ゆうき……、佑樹先輩と被りますね」

「まあ、そういえなくもないけれど、どうだろう? とりあえず、次に行こう」


 ②はおっちょこちょいの”どろぼう”がお菓子の店に入った時の物語だ。


 お菓子に詳しくない”どろぼう”はドーナツを高価な指輪と思って盗もうとするけれど、ぐっちょり潰してしょんぼりしてしまう。

 そんなどろぼうのことを実は後ろからずっと見ていた店主のおばあさんから声がかかり、宝石が欲しいなら、手伝ってくれとお願いされることになる。

 手が思うように動かなくなったおばあさんの代わりに頑張ってお菓子作りを学んでいく”どろぼう”。

 そして”どろぼう”は最後、ついにおばあさんの悲願だった宝石のように美しい虹色の金平糖をと作ることに成功する。

 そして、涙ながらにそれを受け取ったおばあさんに頼まれて、いつしか改心していた”どろぼう”がそのお菓子店の次の店主を引き受けたところで話が終わる。


「悪い人が改心……佑樹先輩にかけていた期待を裏切られたと思ったとか?」

「結構いい感じにハマりそうではあるけど、次に行こうか」


 ③はタイトルどおりの話だ。

 忙しくて中々家に帰らない父の代わりに、雨漏りで困っている母の頼みを引き受けた兄弟が家の修理をする。

 そこから家全体の改築をはじめるのだけれど、改築が楽しすぎたこともあって二人はやりすぎ、家がめちゃくちゃになってしまう。

 とても生活ができなくなった家の前、困り果てた母と子供達を帰ってきた父親が励ます。

 みんなでやればすぐさと言って父が指揮を取り、一家総出で家を元の住みやすいものに戻していく。

 虹色のお菓子は兄弟が改築の途中で作った魔法のキッチンで登場する。

 魔法のキッチンが数時間ごとに大量に吐き出す、美味しいけれど数の多すぎる迷惑なクッキーだ。


「お二人とも母子家庭でしたよね? お父様への憧れがあったとかの話をこの本を通じてしていたとか?」

「うーん、無くはなさそうだね。次に行こう」


 ④は世界的にとても有名なシリーズ作品の一冊だ。

 ”ぼく”とりゅうの出会いを書いた一作目からスタートし、シリーズを通して”ぼく”はりゅうやりゅうの仲間たちと人間をつなぐ架け橋になっていく。

 この作品では、人間嫌いのりゅうの仲間たちを、彼らに迫る危機から救うため、”ぼく”とりゅうが様々な苦難を乗り越えて彼らの元に駆けつける物語が描かれる。

 シリーズを通して固く強く結ばれた”ぼく”とりゅうが励まし合う姿や、危機に瀕して二人力を合わせて立ち向かっていく姿はまさに王道の冒険譚だ。

 虹色のお菓子は、物語の最後、お腹を空かせた人間達の国の上を飛んでいくりゅうの仲間たちが流す涙が「とおっても甘い飴玉」に変化するという形で描かれている。


「今流し見しただけでも内容をだいぶ忘れているもんだね。りゅうに乗って急ぐシーンは覚えていたけど、途中島に降りたところとか」

「私はそこは覚えてましたけど、りゅうの好物が一度も出てこない巻もあったんですね。毎巻出てきたんじゃないかと思ってましたもん」


 久々の名作に触れて思わず読者談義が弾んでしまった。

 今日の主眼はそこではないことを思い出し、最後の本に手を伸ばす。

 

 最後の候補作の⑤は、少しホラーテイストの教育的作品だ。

 泥だらけで遊んできて、いつも手も足も洗わず”ぴかぴかえん”という名の園の中に入ってくる御転婆な”さっちゃん”が主人公。

 さっちゃんは、そんなに汚すのが好きなら僕たちの国においでよ、と黒いコートを羽織った男の人に誘われる。


 そんなことが何度か続いてその度に突っぱねるさっちゃんだったけれど、泥だらけでお昼寝部屋に戻ってきたさっちゃんの泥の足跡から、黒いコートの男達が湧いてきて、彼らの国に連れ去ってしまう。

 物語の最後で、コートの中身はとてもこわい虫のような姿だと明かされ、触覚や角を持ち、複眼だらけの顔をした男たちに追いかけられる。

 逃げきれずに彼らに捕まってしまったさっちゃんがごめんなさい、二度と泥だらけで帰ってきたらしません! お部屋をちゃんと掃除します! と誓ったところでさっちゃんは汗びっしょりで目を覚ます。

 

 虹色のお菓子は、コートの男達が絨毯にしていた巨大なペロペロキャンディらしきもの。

 泥やコートの男達のつばでベトベトのそれをさっちゃんが歩くシーンは子供によってはトラウマになるかもしれない。


「子供心をぞわぞわさせてくる、素敵な作品ですよね、部長先輩」

「うん、君ならそういうと思ってたよ」


 後味の悪い作品が好きな後輩の嗜好は子供の頃から変わらないらしい。

 

「さっちゃんは遥先輩に似てなくもないですね。昔はやんちゃしていて、虹色のお菓子はその時の反省の象徴とか……?」

「今までで一番それらしい感じだね。佑樹がそれを知っていてわざと出した、と遥が思ったなら確かに嫌がらせにはなりそうだ。ただ……」

「ただ?」

「それくらいなら、いつもの佑樹の煽りと大差ないんじゃないかな。あそこまで度を超えて怒るかどうか」

「それもそうですね。まあ、何か追加でトラウマになる要因があれば話は変わりますし、これも保留ですね」


 本を読み終え、手がかりが尽きる。

 まあ、元々遥が昔虹色のお菓子が出てくる本について何か言っていたかもしれない、という思いつきを確認しているだけ。

 俺たちはまるで関係のないところを考えているのかもしれない。


 けれどなぜだろう。

 言葉にできない感覚で、今、真実のすごい近くに立っているのではないかという風に思っている。


 遥と佑樹。

 割と好みの近い本好きな二人。

 虹色のお菓子。


 もしかするとーー。


「遥があれだけ怒った理由、分かったかもしれない」

「本当ですか!?」

「推論で点と点を繋いだだけだけどね。とりあえず、明日の俺のバイトの時に、佑樹に確認してみようと思う。遥もだけれど、佑樹にとって踏み込んでほしくないことなら、俺たちは関わるべきじゃなさそうだから」


 言いながら、俺は佑樹に向けたメッセージをスマホに打ち込む。

 返信はすぐにあった。

 「分かった、とりあえず明日な」

 それを見届けて、俺は重ねていた5冊の本を抱えて席を立つ。


「あれ、どこに行くんですか、部長先輩」


 とぼけたことをいうか後輩に苦笑する。

 いや、ポーカーフェイスが意外と得意な君のこと。

 分かって言っているのかもしれないけれど。


「遥も大事だけど今日は君との時間も大事だから。

 さあ、お昼を食べたら書店街に行こうか。今日は元々そのために来たんだしね」

「ーーはいっ」


 明日の佑樹との話がどう終わるかはわからない。

 14日にどういう状態で突入できるかも、まだ。


 それでも今日はとりあえず、二人で過ごすこの時間を全力で楽しみたい。

 




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