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俺のうんこマップ

 ガディアロ国から船でベクトールの港町へ行き、そこからバコード国まで帰って来た。


 久しぶりのバコードの大地、空気。少ししか離れていないのに、懐かしさを感じる。

 あそこのトイレは綺麗、あっちは個室がたくさんある、こっちは広い…よし、俺の脳内に刻まれているバコード国うんこマップは、今日も健在のようだ。




 3人は城でバコード国の王、バキャノと謁見をしていた。


「おう、2週間ぶりくらいか?早い戻りだな、ピカリオ。進展があった証拠か?」

「まあな。」


 バキャノは玉座にだらしなく座りながらも、書類に目を通している。相変わらず多忙のようだ。


「仲間が増えたな。俺はバコードの王、バキャノだ。よろしく。」


 バキャノは玉座から気だるげに立ち上がる。そして凛としてマントを翻すと、とチェンリンとポムラに握手をした。


「お初にお目に掛かります、ポムラ・キランジェでございます。初代勇者の仲間・戦士アロイス・キランジェの末裔でございます。」

「私は初代勇者の仲間・ヒーラーのオクスポイント・ゲリリアンの末裔、チェンリン・ゲリリアンです。」


 2人の名前を聞いて、バキャノは目を丸くさせた。


「…すごいな。自然と初代勇者達の子孫が揃ったのか?」

「ああ。これが偶然なのか、必然なのか…少し怖い所があるがな。」


 ピカリオはバキャノに今までの旅の事を話した。

 各地で見つけた宝石のこと 史実と異なる勇者と魔王の結末 魔王の封印のこと 呪いのこと…バキャノはいつになく真剣な眼差しでそれらを聞いていた。


「なるほどな。しかし魔王の封印か。そんな仰々しいものがあったら、勇者の子孫であるお前が知らない訳がないと思うが…。」

「俺だって聞いたことない。大体、魔王の魂なんてどこに封印しておくんだ。」

「意外におまえんちの地下室とかなんじゃないか?」

「そんな恐ろしいもん家に置いておく訳ないだろうが。さすがの初代勇者も怖くて寝られんだろ。」


 俺の家の地下室にそんなモンが気軽にあってたまるか。小さい頃割ってしまった花瓶とか、点数が悪かったテストとかが隠されているんだ。


 コイツ、事の重大さをわかっているのだろうか。どうしてもバキャノと話すと話が軽くなる。


 そんな中、玉座の間の扉が勢いよく開かれた。


「バキャノ王!緊急の連絡でございます!」

「どうした?」


 息を切らした兵士の様子に、ただならぬ何かを感じた。緊迫した空気が張り詰める。

 なんだ?もしかして、魔物の襲来…?それとも魔王が…?


 4人は押し黙り、固唾を飲んで兵士の次の言葉を待った。



「勇者のほこらに…猫ちゃんが入り込んでしまったと巡回中の兵士より報告がございました!」

「なに…猫ちゃんが?!ピカリオ、話は後だ!ついてこい!」


 全然魔王関係なかった。

 この国はなんて平和なんだろう。

 ピカリオ達はピクニックに向かうような気分で、勇者のほこらへ向かった。


「ピカリオ、勇者のほこらとはなんだ?」

「前にポムラが水虫の足をつけた、聖なる滝ってあっただろ?あの近くに、普段は立ち入り禁止のほこらがあるんだ。」


 と言っても、自分も聖なる滝は行ったことがあっても、勇者のほこらまでは行ったことがないのだが。


「立ち入り禁止?何か理由があるのか?」

「ほこらは勇者の血筋でしか扉を開けることが出来ない、特殊な封印が施されている。といっても、ほこらには何も祀られてないんだ。何となく神聖な感じがあるから立ち入り禁止にしてるだけだ。」


 聖なる滝を横目に通り過ぎ、立ち入り禁止の看板を越えて勇者のほこらに辿り着いた。

 ほこらは石造りで、入口の扉は固く閉じられている。老朽化により壁の石が崩れている箇所があり、穴が開いていた。そこから猫が侵入したようだ。


「お前が真の勇者であるならば、この扉を開けることが出来よう!さあ、扉に手を当てて心静かに念じるのだ!」

「なんだよそのノリ…。」


 バキャノの謎のノリを横目に、ピカリオが扉に手を当てて念じると、扉は静かに開いた。

 ほこらの中は湧水が湧いている小さな泉とその側に精霊像がポツンと佇むだけで、他には何もない。

 ここには何があったのか。勇者の血筋で封印をするくらいだから、よっぽど大切なものだったに違いない。


「にゃおん。」


 精霊像の影から猫が出て来た。チェンリンが猫を抱き上げて捕獲完了だ。


「猫ちゃんかわいいですねー!なんかお腹空いてきちゃいますね!」


 チェンリン、猫食うなよ。


「さて、城へ戻ろう。穴の補修はしておくよう兵に伝えておく。」

「バキャノ、城にある勇者に関する文献を確認したい。王宮図書館の地下エリアへの許可を貰えないか?」


 ピカリオはバキャノに勇者に関わる文献を貯蔵する部屋の入室許可の伺いを立てた。

 ここのほこらも何か意味がありそうな気がする。とはいっても、その部屋にある文献は既に学者が読んでいるだろうし、新しい発見も無さそうなものだが…。


「ああ、ご自由に。」


 バキャノは軽くそう言って、許可を出した。




 城に戻ると早速図書館の地下エリアへ向かう。

 地下エリアには何十個もの本棚が整然と立ち並び、かくれんぼをしたら中々見つかりそうもない。

 チェンリンは早速本の捜索に取り掛かり、チェンリンははしゃいで走り回っていた。

 …チェンリン、俺が温厚な人間でよかったな。普通の人だったら怒ってだったらスネを蹴っていただろう。


「やはり魔王と勇者の戦いについては、世間に広められているものと同じ記載ばかりのようだぞ。」


 ポムラの言う通り、どの文献も「魔王を倒して平和を訪れた」と記載があるものばかりだ。

 やはり大多数の意見が正しいのか?ハバエルァの壁画が誤っているというのか?

 ピカリオが本棚に目を滑らせていると、一冊の本が目に入った。


「ん?これはバコード王家の家系図か。………ん?」


 家系図には初代勇者の子どもの一人がバコード王家に嫁いだとの記載があった。

 バキャノは勇者の血筋を引いているらしい。どうやら俺とバキャノは遠い親戚のようだ。

 あんな軽いノリの人間と俺が親戚…これは俺の心の中に封印しておこう。なかったことにする。


 ピカリオは静かに本を閉じて、そっと本棚に戻した。



 図書館での収穫は特になく、3人は玉座に間に戻ってきた。


「壁画にあった呪いの分散というのが気になるな。魔法使いの子孫は確かソンマール国にいたよな。」


 呪いの分散が本当だと言うのならば、初代勇者パーティの魔法使いも何らかの呪いを受けているはず。

 それを確かめに5大国・ソンマール国へ向かおうとしたが、バキャノに止められる。


「待て待て。お前らソンマール国の魔物は強いぞ。まずエジダイハン国で強くなって来い。」

「なんでエジダイハン国なんだ?」

「冒険と言ったらドラゴンだろ!エジダイハン国は世界有数のドラゴンの生息地!ドラゴン討伐に行って来い!」


 安直だな。

 しかしグリフォンの一件で自分の力量不足を実感したところだ。ドラゴン討伐とはいい提案かもしれない。


「よし、エジダイハン国へ向かおう。」


 次の目的地が決まった。



 エジダイハン国行きのチケットを買おうとしたところ、乗船場のチケット売り場の係員が、渋い顔を見せた。


「勇者様、エジダイハン国へ行くんですかい?今はオススメしないなあ。」

「なにかあったのか?」

「今、エジダイハン国は狂暴なドラゴンが出て、危険らしいですぜ。まあ、勇者様が討伐しにいくってんなら、止めやしません!」


 船乗りの話を聞いて、皆で目を合わせた。

 うん、そうだな。困っている人々がいるなら助けにいかないとだよな。


「エジダイハン行きは止め「エジダイハン国行きのチケット3枚下さい。」


 ポムラの言葉に食い気味に被せる様に、ピカリオは強く言った。

 お前も行くんだ。逃がさないぞポムラ…。




 船に乗ると、もうお決まりのBGMが流れてくる。


「おええっ…えうう…げろろろろろろろ…。」

「チェンリンは薬が効きにくい体質なのかもな…。次はもっと高価な薬にしてあげよう。」


 相変わらず甲板の手すりにすがりついてゲロを吐くチェンリンの世話をポムラに任せ、トイレに向かう。

 船はトイレがあるから最高だ。



 トイレから戻ると、遠くに見えるポムラが老婆と話している様だ。

 暫く話してポムラは何かを受け取ると、老婆は杖をつきながらヨロヨロと2人から離れていった。


「今の人は?」


 2人の元へ戻ると、ポムラの手に小瓶が握られていた。


「チェンリンの様子を見て、船酔いによく利く薬をくれたんだ。」

「親切な人がいるものだな。後で俺もお礼の挨拶をしに行くよ。」


 見知らぬ人に心配される程、チェンリンはしんどそうだったんだな。

 ポムラがチェンリンのゲロの合間に薬を飲ませている。平和だな。こんな時間が続けばいいのに。しかし俺の体は呪いに蝕まれ、世界各地で狂暴化した魔物の影響を受けている。

 どうすればいいのかもわからない。もどかしい気持ちがストレスとなって、俺はまたトイレに向かう。


 ピカリオが再びトイレに向かおうとした時だった。



「キングクラーケンが出たぞおお!!」


 甲板の先端から警鐘が激しく打ち鳴らされる音が聞こえた。

 キングクラーケン…クラーケン種では上位に君臨する巨大イカだ。10本の触手で船に乗る人間を海に引きずり込む。

 世界中にいるとされているが、普段は深海に住んでいるため、キングクラーケンに遭遇するのは珍しい。


「チェンリンは部屋で寝てるんだ。」


 くそ、キングクラーケンか。早く終わらせてトイレ、という敵ではないな。

 そもそも勝てるのか?しかし戦うしかない、勝ち目がなくとも、それが勇者だ。


「私も戦いまオボロロロ」


 チェンリン、気持ちだけで十分だ。頼むから寝ててくれ。


「俺が詠唱している時に隣で吐かれたらビビるから、止めてくれ。」

「オロロン」

「それは返事か?とりあえず部屋に戻ってるんだ!行くぞポムラ!」


 ポムラの方を見ると、青い顔をし、体育座りで震えていた。


「怖くて体が動かん。私に構わず先に行け、ピカリオ!!」

「お前も行くんだよ!!なにカッコいいこと言ったつもりでいるんだよ!!」


 コイツのビビり癖はその内治るのか?!

 ピカリオはポムラの首根っこを掴み、引きずる様に戦地へとへ向かった。

 あまり俺を力ませるなよ…自分でも“制御コントロール”出来ないものが、出ちまうからよ…。



 既に戦いの火蓋は落とされており、船の常駐警備の戦士や、乗り合わせていた魔法使いや戦士が戦っている最中だった。

 しかし戦況は芳しくなく、既にけが人も出ている。ピカリオは剣を構えた。

 キングクラーケンは大の大人3人程の高さと、その巨体から伸びる触手をムチのようにしならせ攻撃をしている。


「10本の触手がやっかいだな…。ポムラ、引きずり込まれないように気を付けるんだ!」

「あまりビビらせるなよ。失神寸前だ。」

「注意喚起してるんだよおおお!!ほら、来る!!」


 キングクラーケンの触手が二人に襲い掛かる。

 これは斬るべきか、避けるべきか。

 切断出来なかったら触手に捕まってしまうか?いや、避けたらまだビビっているポムラが引きずり込まれる?

 一瞬の迷いが剣を鈍らせる。


「ピカリオ殿!!避けなさい!!」

「!!」


 突如自分の名を呼ぶ声が聞こえ、ポムラの腕を引いて咄嗟に横飛びする。

 声のする方を見ると、剣を構える老婆がいた。


「あなたは…。」

「ピカリオ、この方だ。チェンリンに薬を恵んでくれた方だ。」


 しかし先程見た時のよぼよぼしさは全くなく、杖の代わりには剣を携え、姿勢よく構えていた。杖をついて弱々しく歩いていたのが嘘のようだ。


 …俺は知っている、この人を。


「ピカリオ殿。迷いは剣を鈍らせる。迷いの無いあなたでしたら、あの触手も斬れましょう。」


 この人がいれば勝てる!心の底から勇気が湧いてくる。その勇気が力となり、全身に行き届くような気分だ。

 思わず便意も引っ込む。この人は俺の心の下痢止め薬だ!いや、これは流石に失礼か…。


「知り合いか?ピカリオ。」

「俺の剣術の師、ミルヒン先生だ!」


 ミルヒンは、魔法を唱えると剣に炎を宿した。


 これがミルヒン先生の十八番・魔法剣だ。剣に炎や水の力を宿し戦う、魔法と剣術の組み合わさった高等技術。

 熱気を孕み、近付くと溶かされてしまいそうな程の火力。その火力をずっと剣に宿したまま戦う集中力は、老いて尚も健在のようだ。


「触手を何本か斬れば敵もひるんで海中へと潜るでしょう。」

「わかりました!よし、行くぞポムラ。」

「まて、走馬灯が見えそうだ。」




 ミルヒンの助けもあり、ピカリオ達はなんとかキングクラーケンを退散させることに成功した。

 チェンリンも薬のおかげでけが人に回復魔法を掛ける程にまで復活した。でもお前、服にゲロが付いてるぞ。


「改めて紹介しよう、こちらバコード国の元・騎士長ミルヒン先生だ。」

「騎士長?!女性で騎士長とは…。通りであの太刀筋、只者ではないと思っておりました。」

「昔の話ですよ。今は隠居しておりますのでね。」


 ポムラは先生に興味津々のようだ。同じ女性として憧れる気持ちがあるんだろう。

 ミルヒン先生は今でさえ杖をついているが、かつてはバコード国の騎士長を務めていた人だ。騎士長を退任してからは、俺に剣術を教えてくれた。

 だから、俺とミルヒン先生の太刀筋はよく似ていると言われる。


「ミルヒン先生は何故エジダイハン国へ行かれるのですか?」

「ええ…今エジダイハン国を騒がせているドラゴンについて、あることを聞きましてね。」

「あること?」


 チェンリンが首を傾げる。


「そのドラゴンの右目には剣で付けられた縦一文字の傷がある、と。奴はその傷を付けた人間を恨み、探していると噂をされています。…奴は、必ず私が仕留めねばならない理由がございます。」


 ミルヒンの目が戦闘中のように厳しさを見せた。その圧倒的な雰囲気に3人は飲み込まれそうになる。

 もしかして、その傷を付けたのは…。


「しかし、ピカリオ殿も世界の為に旅に出られるとは、ご立派になられまして…嬉しゅうございますよ。」


 厳しい訓練の後に見せる先生の優しい笑顔。くしゃっと笑いじわを寄せて笑う、先生の笑顔が昔から好きだ。


 それにしても、右目に一文字の傷があるドラゴン…狂暴化と因果があるのか。それともその傷を付けた者を恨んでいるだけなのか。


 もしかしてバキャノもこのことを知って俺を向かわせたのか?昔からアイツは策士家の切れ者だからな。


 まあいい。困っている人がいれば助けに行くのが勇者だ。

 ピカリオは自然に会話から抜け、トイレに向かった。


 *10話に続く*

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