股間に隠された宝石
「ほう…ではハバエルァの民は、勇者の一行を魔物の生贄に捧げたということだな?」
「イヤ…武器ヲ 持タセタダロウ?鍵モ置イタ。魔物ヲ退治シテ 欲シカッタ ダケダ。」
ポムラが斧を構えてハバエルァの長に迫った。
グリフォンの討伐の後、ジャングルを彷徨いながら、朝方になんとかハバエルァの村に戻ってきた。
ピカリオ達が戻るとハバエルァの民たちは「ウオオオオ!?」と叫び声を上げて驚いていた。
ポムラが一連の出来事を斧で脅しながら(これは勇者の仲間としてどうかと思う)、長に問いただしている。グリフォンがかなり怖かったため、ポムラはかなりキレていた。
「魔物を倒せば万々歳。倒せくとも魔物への生贄にもなる。どちらに転んでもハバエルァの得だったということだな。」
「ポムラ、もういいだろう。人々を魔物の苦しみから解放出来たんだ。それより、トイレを貸してくれないか?」
俺にも思うことはあるが、その気持ちはこのうんこと共にトイレに流そうと思う。
恐らく話からして、ハバエルァの民は定期的にグリフォンに生贄を捧げることで、民が滅ぼされることを免れていたんだろう。
外部に助けを求めることも出来ない。この閉鎖空間で、人々は生贄に選出されることへ脅え、魔物の脅威に体を震わせていた。
ピカリオがトイレから戻ると、ジャングルで出会った男がトイレ前に立っていた。
なに?お前もトイレ?と思ったが、どうやら違うようだ。
「……勇者ヨ。遺跡ニ 案内シヨウ。」
男が付いてくるように促す。2人を呼び、後をついて行くことになった。
村の奥地、そこには依然見た遺跡と同じ造りの遺跡があった。
男は遺跡の鍵を開け、中に案内する。広い遺跡の中に、4人の足音と声だけが響く。
「ココガ遺跡ダ。俺達ハバエルァ ハ 勇者信仰ガ厚イ。」
「じゃあ勇者攻撃するなよ。」
「ウンコシテル奴ガ 勇者ダト 思ワナイダロ…。」
男は深いため息をついた。
今思い出しても、あれは最悪なファーストインプレッションだった。
「うんこ?」
「いやいや何でもない!」
チェンリンが首をかしげ訊ねる。ピカリオは慌ててごまかした。
それにしても。ガディアロの女王は自分が勇者だと信じてくれたが、やっぱり他の人にはわからないものだな。
まあ、わざわざ勇者だと名乗らなくても…と思って伝えてなかったのも一因か。
実は、自ら「勇者です」と名乗るのも実はそんなに好きでもない。なんだか偉そうに聞こえるじゃないか。勇者だからと、誰かに畏まられるのも苦手だ。
俺は勇者である前に人間だ。特別強い訳じゃないんだ。グリフォンだって一人では倒せない。
「デモ 皆 オ前ノ事ヲ 優シイ目ヲシタ 人間ダト 言ッテイタ。何カヲ 感ジテイタノカモ シレン。」
だから優しい目をしたヤツを生贄にすんな。
いや、先程、うんこと共にこのことを流そう、と誓ったばかりだ。魔物のせいで心の余裕がなかったんだ。うんうん。
遺跡の廊下を歩いていると、男の足がピタリと止まった。
「俺ノ娘ハ 前回ノ生贄ダッタ。…倒シテクレテ 礼ヲ言ウ。」
「……そうだったのか。」
この男が一人ジャングルの中にいたのは、これ以上犠牲を出したくないから…迷い込んだ外部の人間を引きこむためだったのかもしれない。
この仮面の下に、どれだけの悲しみが詰まっているのだろうか。
「願ワクバ モウ少シ早ク、オ前ニ出会イタカッタ。」
もう少し早く俺が旅に出ていたら…この男の人生は変わっていたかもしれない。
そう思うと、グリフォンを倒したとはいえ、胸中は複雑だった。
男に案内され、巨大な壁画の前に辿り着いた。
「昔、勇者ニ 魔物カラ 助ケラレタ。ソノ感謝ヲ込メテ、魔王軍トノ 戦イノ 絵ヲ 残シタ。」
壁画には魔王軍との激しい戦いが描かれていた。ガディアロ国近くの遺跡の壁画は、勇者達と“魔王軍の対峙”という内容だったが、これは戦いの最中という所だ。
この壁画でも魔王が石を持っている。そして、その石から出る力に当てられて強くなった魔物が、勇者達を襲っている描写が描かれている。やはりこの石は、魔物の力を強くさせるものだ。
魔王が持っているとなると、魔王とは無関係ではないのだろう。しかし魔王が滅んだ今、なぜこんな物があるんだ?
「なあ、この石知ってるか?あの壁画と同じに思えるんだが。」
ピカリオは宝石を男に見せた。外部との接触がないハバエルァの民であれば、口外される心配もないし、それに何か知っているかもしれない。
「俺モ 持ッテイル。勇者ガ倒シタ魔物カラ 出デ来タト 聞ク。代々、村ノ長ニ 引キ継ガレル モノダ。」
男は腰みのの股間辺りをまさぐり、宝石を見せた。その様子にチェンリンが声を上げて笑うと、男はキッ!とチェンリンを睨む。チェンリンは黙ってピカリオの背中に隠れた。
確かに、代々引き継がれるものを股間に入れんなよ、とは思うよ。でも笑うのはだめだチェンリン、反省しろ。ハバエルァの民の服はポケットという概念がないんだから。
男がピカリオに手に取ってよく見るように促す。正直持ちたくはなかったが、手に取った。
………生暖かい。
「俺達の見付けた宝石と一緒だな。」
生暖かい宝石は、ピカリオ達が見つけたものと寸分違わないものだった。
これは魔王が作っているとなると、この世界に魔王が復活している?いや、でも魔王の居城だった所には常に監視の兵をつけている。何も知らせがないということは、変わりないということ。
その他での地域でも魔王を匂わせる情報はない。
「この壁画、なにか書いてありますよ。私も多少ならば古代文字がわかります。お、ち、ん…ち…」
ピカリオが考えをくゆらせていると、壁画を見ていたチェンリンが口を開いた。だが、ロクな事を言いそうになかったので、ピカリオはチェンリンの口を手でふさいだ。
ピカリオが壁画に目を向けると、上の方に古代文字で何か書かれている。もう一つの遺跡にはなかったものだ。
「要約スルト、勇者ハ 魔王ヲ 倒シタガ ソノ身ニ 呪イヲ受ケタ ト書イテアル。」
「呪いの部分を詳しく教えてくれないか?!」
男は静かに口を開いた。
「“熾烈な争いは三日三晩続き、勇者達はついに魔王を倒した。
と思われたが、魔王は生きていたのだ。
魔王は勇者に、全身に痛みが襲い、やがて死ぬ呪いを掛けた。
勇者は呪いをその身に受けながらも、魔王を倒すことは出来なかったが、魔王の魂を勇者の剣を以って封印することに成功した。
魔王が生きている限り呪いは解けることは無い。しかし、呪いを分散させることは出来る。
呪いは仲間達に振り分けられ、勇者は死の呪いから逃れた。”」
「呪いを分散…?いずれにせよ、俺達の知っている史実とは異なるな。魔王は滅び、呪いは分散などしていない。」
いや、待て。呪いの分散?
俺が腹痛、ポムラが水虫…と考えられるか?だがチェンリンは何もない。もしかして俺と同じく皆には秘密にしているだけか?それともチェンリンは子孫ではない…?
チェンリンを横目で見るが、特別な反応は示していない。
「いや、しかしこれを史実として公表するには、民の不安を煽る。世間には魔王討伐が円満に終わるように公表していたのかもしれない。」
「それに魔王の魂を封印…?一体どこに封印したというのでしょうか?」
進展しても、また謎が深まる。いつか正解に辿り着くことが出来るのだろうか。3人は悶々とした気持ちを抱えながらも遺跡を後にしようとした。その時、男は仮面を外した。
「俺ハ 次ノ長ノ カ・カト。ハバエルァノ民ハ コノ恩ヲ 忘レナイ。」
真っ直ぐピカリオを見つめるカ・カトの瞳は、深く胸に刻まれた。
3人はジャングルからガディアロの街へ戻る。バキャノ王へ宝石のことや魔王のことなど、報告をすることにしたのだ。
港へ向かう道の横に広がる海には、人々が海水浴を楽しんでいる。
平和だなあ、そんなことを思って歩いていると、一人の水着姿の女性が話しかけてきた。
「何か収穫があったか?」
女性は豊満な果実を二つ揺らし、海水に濡れた髪の毛が艶めかしさを醸し出している。褐色の肌は健康的で、素顔を隠すように黒い眼鏡をしている。
も、もしかしてこれはナンパというものか…?
こんなグラマラス美女に声を掛けて貰えるとは…剣ばかり振っていた俺にとって、生まれて初めての刺激的な体験だ。
ピカリオが固まっていると、女性は黒眼鏡を外した。
「ああ……私だ、ガディアロ国の女王、アリアだ。」
なんと、水着姿の女性はガディアロ国の女王だった。
「えええええ!?こんな所で水着姿晒してなにやってるんですか!!」
「“海を愛し、波を読み、国の行く末を案じる”という王家の家訓を守り、私は今日も波に乗っているのだ。」
女王様は波乗りが趣味だったようだ。手には波乗り用の板を手にしている。
王家の家訓を拡大解釈して楽しんでいるだけでは?と喉まで出掛かったが、さすがに王族に突っ込む勇気は持ち合わせていない。下手したら外交問題だ。バキャノ王が土下座することになる。
「勇者ピカリオ。私の心はいつもこの海と共にいるよ。海が一番見える場所で、いつまでもお前達を見守ろう。」
「ありがとうございます。」
意味深なことを言い、女王は海へと戻って行った。後ろ姿から見る水着は、尻が限界まで食い込むティーバックだった。
誰も止めないのか?女王があんなケツ丸出しでいいのか?いや、止めたらあのティーバックは見られない。そうか…止められないんだ!!
「ピカリオ様、女王様のケツ見過ぎじゃないですか?」
チェンリンはピカリオの前にひょっこりと飛び出る。まるで女王への視線を遮る様に。
「ち、ちがう!俺はただ、女王の尻の筋肉が凄いなあと…。」
「わかります~!ああいうケツ、カンチョーしたくなりますよねえ。」
「…お前、絶対するなよ!外交問題に発展するからな!」
コイツは俺が止めないと色々やらかす。俺がしっかりしなければ。
勇者は気を引き締め直した。
3人はガディアロの港から、バコード国・ベクトールの港行きの船に乗船した。
甲板で太陽の日を浴びていると、既視感を覚えるチェンリンの苦しげな声が聞こえてくる。
「オロロロロロロロロ…。」
ピカリオは背中をさすってやる。その隣にはポムラが水を持って待機。見事なチームワークだ。ガディアロでの旅は、絆を深めたと思う。
しかし、乗船前にチェンリンのために酔い止め薬を買ってやったのだが…。
「チェンリン、本当に酔い止め薬飲んだのか?」
「いえ、むせて口からヒョッと出てしまいました。」
「ヒョッってなんだ。結局飲んでないんじゃないか…。」
ヒョッと出てしまい、飲んでないらしい。そういえば乗船前に盛大にむせてたのはアレか。
「オエエエエ…オボロッ…。」
「まずはバキャノ王に宝石のこと、壁画の勇者の話を報告しよう。」
「バコード国の王か。どんなお人柄なんだ?」
「俺の親友なんだ。特技はすね毛を…いや、なんでもない。」
「すね毛をなんだ。」
「すまない、忘れてくれ。…バキャノは幼い時に両親を亡くし、12才の時に即位したんだ。24に才なる今まで一人で国を治めて来た、凄い奴だよ。」
ポムラにバキャノの事を話すと、とても興味を持ったようだ。
しかしアイツは女好きで、すぐ「俺の子を産まないか」とナンパするから、ポムラが幻滅しないか心配だ。まあバキャノもいい年だ。結婚をして世継ぎを産みたいという気持ちも強いのだろう。
「オロロロロロロロロ…。」
ピカリオは、空を流れる雲と、海に流れるゲロを見ながら、そんなことを考えていた。
*9話に続く*