もってくれ、俺の括約筋
「遠くから見ると、島全体が森のように見えますね。」
「ガディアロ国はこのジャングルを観光資源にしているからな。」
乗船して2日後、5大国のひとつのガディアロ国の港に辿り着き、無事に入国を果たした。
街は観光客と露店、現地人でお祭り騒ぎのように賑わっている。活気のある街だ。
ガディアロはとても蒸し暑い。
俺は温かい気候は好きだ。腹を優しく包み込んでくれるから。
しかし異国の料理や水は、俺の繊細な腹にダメージを与えることもある。ここは冷静にトイレの位置を確実に把握することで、この危機を乗り越えようと思う。
「バコード国から離れると、俺を勇者だと知っている人は殆どいないだろうな。」
「勇者だと証明するものとかあるんですか?」
「特にないな。バコード国で発行した旅の許可証に、勇者と記載があるくらいか。」
ピカリオはバキャノ王から貰った旅の許可証を取り出す。そこには【勇者ピカリオ・マルストスの旅を許可する】と記載されている。
公的な書類なのでどこの国へ行っても身分証明にはなるだろう。まあ、秘境に住む民族には通じないだろうが。
「証明がないんですか?私はこの杖が代々ゲリリアンに伝わるものなんですよ。」
「チェンリンに同じく、このスーパーアスカロンスペシャルサンダーエクスカリバーアックスがキランジェ家の証だ。」
初代戦士はどんな思いでこの斧に名前を付けたんだ?
「わ、私だってスーパーヒールグレートラブエターナルロッドって言いますからね!」
「チェンリン、対抗して今名前付けただろう。」
そう指摘すると、チェンリンはエヘヘ、と笑った。
チェンリンのこういう所、無邪気でいいと思う。普段はバカだからそのギャップもあるのかもしれない。
「ピカリオ様のその剣は…一般の店で売られてるものと同じですね。」
「勇者の剣は残っていないんだ。」
他の家では武器などが残っているものなんだな。俺の家は勇者の剣なんて残しやすいものなのに、何故ないのか。
今までバコード国では誰もが自分を勇者だと知ってたため、困ることは無かった。しかし初めて故郷を離れて、証明がない不便さと不安も感じる。
「勇者の証なんてなくても、俺が勇者だと信じて貰えるようにするさ。」
あんまり自信はないから、結局最後はバキャノが発行した許可証になってしまうんだろうけど。
アイツ、すね毛ファイヤーとかして普段はアホなのにやっぱり一国の王様なんだよな。それに比べたら俺は世界でどんな位置づけなのか、いまいちよくわからん。
「さて、国主に会いに行くか。学者を紹介して貰おう。」
3人は城を目指し、喧噪に包まれる街を後にした。
「初めてお目に掛かります。9代目勇者にピカリオ・マルストスです。」
「君達が勇者御一行か。かしこまらずともいい、私はガディアロ国女王、アリアである。」
意外にもすんなりと国主との謁見が許可された。玉座の間に鎮座するのは、ガディアロ国の女王、アリアだ。
褐色の肌が異国情緒をくすぐられる。威厳ある口調の端はしに、優しさを帯びているにがわかる。
「私達は魔物の狂暴化の調査の一環で、魔の力や呪いについて調べております。」
5大国の国主であっても、自分達の呪いのことや宝石のことは言わないほうがいいだろう。
どこで平和のほころびが生まれるかわからない。
ガディアロの女王は、ピカリオの目をじっと見つめて、口を開いた。
「なるほど。では学者を紹介しよう。遺跡にいる遺跡調査の責任者を訪ねなさい。女王からの命令だと言えば協力するだろう。」
ガディアロ国の女王は勇者に好意的のようだ。
学者も紹介してくれるとは、スムーズに物事が運ぶ。よし、じゃあこれで早速ジャングルへ…
「女王様は何でこの人が勇者だって信じたんですか?」
「チェンリンお前何言ってんだ。」
そんな和やかな雰囲気の中、チェンリンが爆弾発言をぶちかました。
お前、何失礼なことを言ってるんだ。女王様にも勿論、俺にも失礼だからな。
「ハハハ、信じるよ。優しい目をしているじゃないか。例え勇者の剣などなくとも、私は信じるよ。」
ガディアロの女王は、ピカリオに笑い掛ける。
なんだろう。俺はもの凄く嬉しい。ガディアロの女王から、人を信じる美しさを感じたような気がする。
街を出れば木が鬱蒼とし出した。しばらく歩けばすぐにジャングルに辿り着くことが出来た。
観光客も多いので、迷子や魔物の心配も無さそうだ。しかし蒸し暑い。歩くだけで汗が滲む。
「ポムラ、足は蒸れていないか?」
「蒸れている。ブーツの下で必死に指を動かして耐えている。」
俺も人の心配をしている余裕は無い。腹が痛くなってきた。その内にピークに達するだろう。
いやしかしここは観光地。遺跡に着けばトイレくらいは設置してあるに違いない。時限爆弾を抱えながらピカリオは足を進める。
「これが遺跡か。」
人の流れに着いて行くと、遺跡に辿り着いた。
木々を何千本斬ったのだろうか、というほどの広大な敷地に遺跡は作られており、3人はしばしその大きさに圧倒されてしまった。
石造りで出来た遺跡には、人の顔や古代語のような彫刻が彫られている。
多くの観光客を掻き分ける様に中に入ると、大の大人を縦に3人並べるくらいの高さの壁画が3人を出迎えた。魔物と人間が戦う絵のようだ。
その絵を見てチェンリンが声を上げ、指を差す。
「あれ、この絵に描かれてる石!あの宝石にそっくりじゃないですか?」
チェンリンが指差す方を見ると、魔物が石を持っている絵が描かれていた。
その石は、ピカリオが砂漠で拾ったものとよく似ていた。
「これは…魔王軍との戦いの絵らしいな。石をもっているのはどうやら魔王だ。ということは、あの宝石は魔王と関係がある…?」
偶然似ているものなのか?いやしかしそれにしても宝石の装飾が似すぎている。
3人は暫く壁画と宝石を見比べていたところ、再びチェンリンが声を上げた。
「あっ!なんか偉そうな学者さんがいますよ!すごく責任者顔です!」
「チェンリンお前声がデカい!」
責任者顔ってなんだよ…。
チェンリンの視線の先を見ると、厚い眼鏡を掛けて片手に本を携えている、如何にも「学者です!」という人物がいた。
…まあ、確かに責任者顔かもな。
「どうせ聞こえませんよ。ああいう人は集中すると人の声が聞こえなくなるんですって。」
「…いかにも私が責任者顔の調査責任者です。」
バッチリ聞こえてるじゃないかよ。チェンリン、俺の背中に隠れるな。
「連絡は来ていますよ。あなたが勇者様ですね。」
「うちのヒーラーが本当にすみません。それであの壁画についてなんですが…。魔王が持っているあの石は、なんですか?」
「まだ解明されていないのです。一説には魔法道具だとか呪術道具だとかは言われておりますが…。」
まだそこまで解明されていないのか。この宝石を学者に見せるべきか、否か。判断に苦しむ。
「実はこの壁画は続きがあるようなのです。」
「それはどこに?」
もしかしたら2枚目の壁画に何かヒントがあるかも知れない。
3人の顔が期待に満ち溢れる。
「うーん…ここから西にある遺跡なのですが、禁足地になってるんです。私もその壁画を見たことがないのですよ。」
「何卒許可を得たい。」
ピカリオは学者に詰め寄る。
勇者なら見逃してくれるだろうという謎の自信もある。
「…禁足地としているのは理由があります。」
「魔物ですか?」
魔物であればそこまで怖くない。
俺が怖いのは、野外の突然の腹痛くらいだ。
「いえ、魔物も出るのですが、何より遺跡の近辺は、古くからジャングルに住む少数民族の聖地とされております。
その少数民族は厄介で…遺跡に近付く者に攻撃して排除して来ます。私も遺跡を見たくて20年前に突撃したことがあるのですが…奴らは本気です。」
学者は服をたくし上げ、腹の切り傷を見せて来た。随分深く切られている。命からがら逃げ帰って来たそうだ。
この責任者顔の学者、結構ガッツがあるな。
「ここから先はガディアロ国は責任を持てません。どうぞ、自己責任で…。」
学者はピカリオに地図を渡す。
「アッ…ちなみに、ここら辺のトイレはどこですか?」
「遺跡にトイレはないので、一度街に戻って頂くしかありません。この先にも勿論ありませんので…。」
大きな誤算だった。頭が真っ白になる。じゃあこの肛門で堰き止められてる物はいつ排出しろというのだ。
…いやしかしジャングルの中は遮蔽物ばかりだ。毒蛇がケツの穴に侵入するリスクはあるが、二人の目を盗んでこっそり野外で済ませよう。
どうかそれまで持ちこたえてくれよ、俺の括約筋。
「あと、魔王の呪いとか…文献とか残ってないですかね?」
チェンリンはピカリオの背中からちょこん、と気まずげな顔を出して訊ねた。
チェンリンから積極的に聞いてくれるとは。彼女はアホだけど、俺達のことを気に掛けてくれているんだろう。ありがとう。
「魔王は相当な呪いの使い手です。呪いに掛けられたものは死を迎えるしかない、とありますね。」
呪いの解除方法についての手がかりは無し、という所か。しかしこの宝石の正体は掴めそうだ。
ピカリオ達は禁足地の遺跡へと足を進めることにした。
*【肛門からの声】へ続く*