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隣町までトイレ我慢できると思うか?

 旅立ちの日。


 城門には街の人々や母親が自分達の旅を見送ってくれている。


 宮中音楽団まで見送りに加わり盛大さを増す。お祭り騒ぎにも似た賑やかさだ。(ちなみに先代勇者の父は腹の調子が悪く見送りに来れなかった。)




「頑張って来るのよ、ピカリオ。これはお餞別よ。」


「ありがとう、母さん。」




 ピカリオの母は片手より少し大きい麻袋を手渡した。この軽さからすると、紙幣かもしれない。


 ちなみに母親は俺の本当の旅の目的を知っている。


 大勢の人々が見守る中、ピカリオとチェンリンは城門の外へと踏み出した。





 暫く歩けば、振り向いても城門が見えなくなるくらいまでになった。


 バコード地方は美しい草原が広がる場所だ。風になびいて緑の草原が揺れる。魔物もスライムや小型ゴブリンなどレベルの低いものばかりだ。




 この草原はとても都合がいい。腰まで高い草もあるため、外であっても非常にトイレがしやすいのだ。腰を下ろしている時に万が一人に出会っても「この辺の薬草を摘んでいるんだ」と爽やかな笑顔で言えば何にも疑われない。


 だから俺はバコードが大好きだ。バキャノ王バンザイ。




 しかし問題は、仲間のこの美少女である。


 ピカリオは隣を歩くチェンリンを横目でチラリと見た。


 勇者とはいえ、俺も17才の年頃の男だ。旅の途中、同年代の少女に「うんこするから少し待っていてくれ」なんて言えるわけない。こういうことに神経を使ってストレスになり更にうんこを招くんだよなあ…。


 うーん、と悩んでいると、チェンリンが地図を片手に話し掛けて来た。




「ピカリオ様の計画ですと、近隣の街を周りながら段々と遠くまで足を延ばしていく、ということですよね。」


「ああ。とりあえず魔物の様子を見たり、人々の話を聞いて行こうと思う。」




 目指すのは、バコード国に属しているヘリオライの街だ。この辺りでは栄えているため、色々な人が集まる。何か有力な話が聞けるかもしれない。


 それに、ヘリオライは公衆トイレが多い。いい街だ。




 俺は人間が好きだ。魔物は一個体がとても強い。でも人間の一個体はとても弱い。


 しかし、人間は助け合うのだ。助け合い、強い魔物にも立ち向かう。


 俺はその“助け合い”の中に人間の美しさがあると思っている。




 真の旅の目的は魔王の呪いだが、勿論人々の平和を守るのも勇者の使命。気を引き締めて、腹巻を締め直して行こう。




 しかし、隣 町 ま で ト イ レ 我 慢 で き る と 思 う か ?




 今、そこそこ来ている。頑張れ、俺の括約筋。


 いつも苦しい戦いを乗り越えてきた、俺のもう一人の信頼出来る仲間だ。




「私、ピカリオ様とまた旅出来ることを夢見て修行を積んで来たんです!ザリガニで乳首つねられても、耐えられるくらい強いんです!」


「……俺は回復魔法が苦手だから、頼りにしているよ!」


「はい!」




 …ザリガニのことは触れなくて正解だったか?


 チェンリンは天然なのか、それとも人と感性が少しずれているのか。いや、でもこれも彼女の個性だ。


 ザリガニで何故乳首をつねろうとしたのかとか、あまり深く考えずに仲間として接しよう。




「ピキー!!」




 歩いていると、早速魔物が現れた。スライムが5匹。特に苦戦する相手でもないが、チェンリンは後ろに下がらせよう。


 ピカリオは剣を構えた。




「チェンリンは俺の後ろに…」


「おらァァァァ!!」


「チェンリン?!!」




 チェンリンは腰に差してた杖を地面に投げ捨て、叫び声を上げながらスライムに殴り掛かっていた。その顔は修羅そのもの。


 いつもの可愛らしい声とは掛け離れた声が辺りに響き渡る。




「どるァァァァァ!!」




 次々と繰り出される蹴りとパンチのコンビネーションアタック。スライムがチェンリンの攻撃を受けて、「グゲェ」と言いながらゼリー状の体を歪ませる。


 俺?俺は怒涛のチェンリンの攻撃ラッシュを剣を片手に呆然と見ていた。チェンリンの勢いに圧され、加勢することは出来なかった。




 チェンリン?もしかして俺は勘違いをしていたかもしれない。君がドラゴンを倒すって、


 攻 撃 呪 文 じ ゃ な く て 素 手 で だ っ た ん だ な 。




 そうか、道理で君は色気の無い茶色のツナギなんて着ていたのか。ヒーラーでありつつも武闘派だから…動きやすい服が良いということか…。




「この辺の魔物は狂暴化の影響は受けて無さそうですね。」




 全て倒し終わったチェンリンは杖を拾い、そう言った。スライム達はチェンリンの足元で完全に伸びていた。




「ああ、うん…。そだね…。」




 少し返事する声が裏返ってしまった。


 ピカリオは活躍の場がなかった剣を、そっと鞘に納める。


 頼もしい仲間…俺の頼もしい、ヒーラー…。





 そんな調子で魔物を倒しつつ、ヘリオライの街まであと半分、というところまで来た。夕暮れ前には辿り着くだろう。






 ところで、人間の限界を超えた肛門の叫びを聞いたことがあるだろうか?




 我慢の限界に達すると「モウダメダー!デチャウヨー!」とか細い声が肛門から聞こえてくる。これは大マジだ。(決して俺が幻聴が聞こえるタイプの人間ではないということを、信じてほしい。)




 なぜ今この話をするかと言うと、 め ち ゃ く ち ゃ う ん こ し た い 。




 うんこのことしか考えられない。今まさに「ソロソロゲンカイー!」と肛門の泣きそうな聞こえてきている。


 そんな時、旅人の休憩場になっているであろう木で出来た椅子やテーブルが置いてあるのが目に入った。こ、これだーーーー!!!!!




「……チェンリン、そろそろ休憩にしないか?」




 よし、自然に休憩を誘えた。近くに川もあるし、水を汲みに行くふりして草むらでトイレをしよう。




「そうですね。ずっと歩き続けてましたしね。」




 チェンリンも休憩の提案に乗って来たのだった。


 よしよし、良い感じの流れになって来た。手荷物の中の紙の残量を確認して、よし、じゃあ水を汲みに…。




「グオオオオオオオーーーン!!」




 その時、地を裂くような唸り声が響いた。その瞬間、ピカリオは瞬時に剣を抜いて構えを取る。


 なんだ?この叫び声は…人間ではない。


 しかしこんな声の魔物は聞いたことがない。




「チェンリン、どこから来るかわからない!油断するなよ!」


「はい!」




 辺りは背の高い草原が広がり、草むらに潜んでいるとなると、どこから飛び出してくるかわからない。


 二人はお互いに背を向けながら、辺りを見回す。現在は無風。風が吹いていないとなると、動いたところに敵がいる。


 時間がゆっくり流れているようだ。聞こえるのはチェンリンの息遣い、そして肛門からの「モウムリー!」の声だけ。




 その時、ピカリオの前方にある草むらが、大きく揺れた。




「そこだ!!」




 ピカリオは飛び出し、大きく振りかぶって斬り掛かった。斬られた草と同時に出て来たのは、尻尾だ。


 固いウロコに覆われた太い尻尾。これは、もしや…!




「山岳サーペントか!!」


「グオオオオオオオッ!!」




 巨大なヘビ、山岳サーペントだ。


 次の瞬間、けたたましい叫び声と共に、ヘビの上半身がピカリオに襲い掛かってきた。


 ピカリオは鋭い毒牙の攻撃を宙返りでかわしつつ、顔面に一閃、斬撃を与える。




「グオオ…!!」




 攻撃は浅かったようで、あまり利いていない様だ。


 依然としてヘビは立ち向かってくる。




「こいつ、わざと尻尾だけ揺らして引き寄せたな…!」




 中々知能があるようだ。下手をすると腹に攻撃を喰らって人間の尊厳を失ってしまうかもしれない。


 ピカリオの額に汗が流れた。




「山岳サーペント…どうしてこんな所に…?」


「わからん…だが、狂暴化と関係があるかもしれないな。」




 山岳サーペントは本来険しい山岳地帯に生息しているヘビの魔物だ。体長約3mの巨体。それに加え、牙から出す毒の一滴は成人男性を殺す。手練れの冒険者でも出会うと厄介に思うだろう。バコード地方でも上位に君臨している強さだ。ピカリオも初めて会う上位種の魔物である。




 そもそも、バコード地方では北側に山岳地帯があり、そこに少数の山岳サーペントが暮らしているため、本来であれば中央エリアであるこんな草原で会うことはないはずだ。




 この世界で、何かが起き始めている。


 ピカリオは確信した。




「グオオオオオオオオ!!」




 再び山岳サーペントがピカリオに襲ってきた。ヘビは全身が筋肉で出来ている。巨体ではあるが、その筋肉で恐るべき速さでの攻撃が可能なのだ。


 素手では分が悪いチェンリンを下がらせ、ピカリオが一人で攻撃を引き受ける。


 正面からの攻撃をかわし、顔の横を切りつけた。




「グオオン!!」


「…だめだな。固いウロコで攻撃が弾かれる。」




 剣での攻撃はあまり利かないようだ。あの分だと攻撃魔法もウロコに弾かれてしまうだろうし…。


 思考を巡らせながら反撃のチャンスを窺いつつ、山岳サーペントからの攻撃を受け止める。




 ヤバいな、手が震えて来た。ケツがトイレを求めている禁断症状だ。




「ピカリオ様、ウロコがないのはどこだと思います?」




 じっと戦いを見守っていたチェンリンが口を開いた。


 ウロコがないところ…?


 ピカリオは山岳サーペントの体を見回す。




「目か?!」


「いえ、山岳サーペントの目は強固で、魔法の素材にも用いられるほどです。」


「他にどこがあるんだ?!ケツか?!ケツはどんな生物でも急所だからか?!俺もだ!!」




 ピカリオは生死のやり取りに関わる極度の緊張感で、混乱してきたようだ。


 そんなピカリオとは対照的に、チェンリンは冷静に首を横に振る。




「いいえ、違います。」




 そう言うと、チェンリンは山岳サーペントの前に飛び出していった。




「チェンリン!?下がれ!!一旦引こう!!」


「ここで逃げる訳にはいきません!あまりにも危険なこの魔物をここで仕留めないと、犠牲者が増えてしまうでしょう!」




 山岳サーペントが大きく口を開いてチェンリンに襲い掛かる。武器を持っていないチェンリンに攻撃を防ぐ手段はない。


 ピカリオは必死にチェンリンを守ろうと手を伸ばすが、間に合わない。それにチェンリンは避ける気もないようだ。




「グオオオオオオオ!!」




 山岳サーペントの大きな口がチェンリンに迫る。


 チェンリンが呑まれる!そう覚悟した瞬間、




「正解は口の中です!ピカリオ様!今です!」




 チェンリンは山岳サーペントの口の中に、杖を縦に嵌めた。




「アガ…ガ……?!」




 杖は壊れない。よく見ると、杖は青白く光り輝いている。


 そうか。チェンリンはただ下がっていた訳ではない。あの杖に魔力に魔力を貯めて、反撃の機会を窺っていたのだ。


 山岳サーペントは杖が取れず、巨体をくねらせてかなり焦っている様だ。




「さすがだ、チェンリン!!」




 そしてピカリオは、山岳サーペントの口の中に斬撃を喰らわせた。




「グ…ギ、ギ………。」




 山岳サーペントは血を噴きだして倒れ込み、そのまま事切れた。







「チェンリン、君には正義の心が宿っているんだな。」




 死闘を終えて、剣を鞘に戻す。チェンリンも口の中から杖を取り戻した。




「私はオクスポイント・ゲリリアンの子孫ですから。」




 チェンリンは優しい笑顔で、そう言った。




 それにしても、肛門からもう声も聞こえないくらい限界点を越えている。


 そろそろトイレに…。




「じゃあ、川の水を汲むついでにうんこしてきまーーす!」




 そうしてチェンリンは颯爽と遠くに走り去って行った。


 チェンリン、君はよくわからない奴だけど、正義の心を持つ君と旅をすることが出来て俺は嬉しいよ…。あと、俺もうんこしてくる…。




 *【3.俺のケツは限界だ】に続く*

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