勇者の力を受け継ぐことは、下痢体質も受け継ぐと言うこと
数百年前…死闘の末、勇者は魔王を倒したのだ。
しかし、魔王は死ぬ間際、勇者に呪いを掛ける。
それは、子子孫孫まで受け継がれる恐ろしき呪いだった。勇者の力を受け継ぐ者に必ずその呪いも受け継がれる…。
魔王を倒した勇者は、呪いを受けながらも故郷バコード王国に生還。
その後同国にて余生を過ごし、その子孫は今でも勇者の力を受け継ぎバコード王国に住んでいる。
しかし、勇者の力を受け継ぐということは、魔王の呪いも受け継ぐということ。
第9代目勇者・ピカリオ。彼もまた、呪いに苦しんでいる。
とある部屋の一室で、苦しみに震えている。
「クッ…憎き魔王め。今日も呪いが俺の体を蝕むというのか…。」
ピカリオ・マルクトス16才。
勇者の力を受け継ぎ、優しさに溢れる青年で、平和をこよなく愛し、正義感に溢れる。
剣術の才は勿論、魔法もこなす。強い者に立ち向かう勇気を持ち合わせ、弱き者には手を差し伸べる。
“常に勇者たれ”初代勇者の座右の銘は、家訓として受け継いでいた。
そんな勇者な彼には深刻な悩みがあった。
「今日も腹が痛い!!」
そう、彼は腹痛持ちだった。
「魔王の呪いって執念深いわねえ。」
「母さん…これはもうマルクトス家の宿命なんだろうか…。」
トイレの扉越しにピカリオの母親の声が聞こえる。
魔王の呪い、それは“全身に痛みが走り苦しんで死ぬ”という呪いだった。しかし、死ぬ間際の魔王が放った魔法は不完全だった。魔王が息も絶え絶えに放った魔法は…
何故か“腹痛持ち”に変換された。
「パパもいつもトイレに入っていたわ。デートの時も、新年のお祝いの時も…諦めるしかないわ。」
母親は特に慰めもせず、それだけ言って去って行った。
「俺は諦めない…!どうにかしてこの呪いを解くんだ!」
しかし、ピカリオには考えがあった。
それは、17歳になると王様に旅に出ることが許される。ピカリオは、呪いを解く旅に出ようと考えているのだ。
「明日が俺の17歳の誕生日…絶対にこの呪いを解いてやる!!」
ピカリオ16歳最後の日。彼はトイレで固い決意を胸に秘めていた。
誕生日の朝、ピカリオは城で王様の謁見待ちをしていた。
うん。今日の腹調子は中々良い感じだ。油断せず温かいものでも飲めば、暫くは持つだろう。
バコード王国は大陸を治める5大国のひとつであり、勇者輩出の誇りを持つ国だ。
初代勇者は、当時のバコード王に多大な支援をして貰ったということで、実は9代経った今でも王家とは親交がある。
「ピカリオ様、王様との謁見のお時間です。」
「今行きます。」
近衛兵が謁見の時間を知らせる。
旅には危険が伴う。街の外の魔物は近年原因不明だが凶暴性を増し、勢いを増している。小さな集落が魔物の群れに襲われて全滅、というのも珍しいことではなくなってきた。
そこで、旅に出るにはある程度の強さの基準を満たさなければならない。
ピカリオは剣術に秀でている。魔王不在のこの世の中では、魔物の討伐をして生計を立てているため、この辺の魔物ならば怖くは無い。許可は容易に貰えるだろう。
「よう、ピカリオ。旅立ちの許可証だろ?ほれ、どこへでも行って来い。土産は忘れんなよ。」
玉座の間に入ると、金髪の細身の青年がだらしなく座り込んでいた。手には許可証をヒラヒラ掲げている。
このだらしない青年こそ、バコード国を治める若き王、バキャノ・バコードだ。彼の特技はすね毛ファイヤーだ。説明せずとも字面でわかるはずだ。飲み会の後半でやると盛り上がる。だが、こんな彼だが、先王と先代女王が早々に亡くなったため、少年の頃より王を務めている苦労人だ。
「バカの王、許可に感謝致します。」
「バキャノだバキャノ。おまえんちだけ税率上げるぞ。」
バキャノ王とは一回り近く年齢差があるが、王族である前に彼はピカリオの友なのだ。
「魔王の呪いの下痢を治す旅か…割とどうでもいいなあ。」
「近衛兵に聞こえるだろ…小さい声で頼む。」
許可証の旅の理由には「近年凶暴性を増す魔物の原因解明」と書かれている。これは建前上の理由であり、本来の目的は「呪いの解除」だ。
国民に未だに魔王の呪いが続いている、と知られたら姿の無い魔王という存在に人々は恐れ、平穏にヒビが入るかも知れない。故にこの呪いは国家機密級なのだ。
「で、この後どこに行くんだ?」
「ああ、ギルド酒場に行くよ。俺は回復魔法が不得手だから、ヒーラーを仲間にしようと思う。」
「………………ふうん。面白いことになりそうだな。」
バキャノはピカリオをじっと見て、不敵にほほ笑んだ。いや、ピカリオというより、正確にはピカリオの下半身辺りだ。
「旅の事か?まあ面白くはないだろうけど、頑張って来るよ。」
バキャノの最後の笑みは気になるが、ピカリオは城を後にした。
王様から貰った特別配給金を持ち、ウキウキ気分でギルド酒場へ向かう。
50万ドリーの重みが心地いい。歩く度に金貨同士がぶつかる音が快感だ。
あとで薬局へ行って最高級の薬草を買おう。アレでケツを拭くと優しい気持ちになれるのだ。
「ヒーラーはこの辺ですかねえ。」
酒場のマスターにヒーラーの登録名簿を見せて貰う。
共に旅をするし、気軽に草むらでうんこ出来る同性がいい。それに、パーティの解散は恋愛関係が原因が多いと聞く。やはりここは男性だ。うん、男性一択だ。
登録簿に目を滑らせていると、一つの名前が目に留まる。
運命、というのか?魔王との確執、これまでの苦しみ…それらを表しているような…この人となら深い信頼関係を結べる気がしたのだ。
「この“ゲリリアン”って人はどんな人ですか?男性ですかね?」
「いえ、女性です。ヒーラーとして有能で、一人でもドラゴンを倒せるくらい強い方ですよ。会ってみますか?」
うーん、女性なのか。だったらケツが痛い時に回復呪文を掛けてほしい、なんてお願い出来ないよなあ。
しかし一人でドラゴンを倒せるヒーラー…強力な魔法でも使えるのだろうか。悩みどころだ。
ピカリオが悩んでいると、酒場が騒がしくなってきた。なにやら男性の怒号が聞こえる。振り向けば、大柄の男性が少女に向かって何やら叫んでいる。どうやら喧嘩のようだ。
「まずい、助けに行かないと!」
二人の周りに出来ている人混みを掻き分けて、少女達の元へ向かう。
大柄の男性は巨大な斧を背に掛けており、恐らく戦士やファイター系だろう。
少女の方は…杖を手にしているが、茶色のツナギを着ている。魔法使い?技術系?よくはわからなかった。
近くまで寄ると、彼女達の会話が耳に入ってきた。
「だから、俺のワキの匂いじゃねえ!あっちの客が食ってる発酵させた豆料理の匂いだ!!」
「いえ、あなたのワキから匂いがします。私の回復魔法であれば、くっせぇワキの匂いも治せますよ。さあ、バンザイしてください。ワキを差し出して。」
「くっせぇとか言ってんじゃねえよ!!」
喧嘩の内容が思ったよりくだらなかった。
しかし大柄の男性は今にも少女に掴みかかりそうな勢いだ。ピカリオは二人の間に割って入る。
…マズイ。このタイミングで腹の調子が悪くなってきた。
「わかった。ではあなたのワキの匂いなのか、はたまた違うのか…俺が嗅ごう。」
こんな争いでも、率先して止めるのが勇者だ。小さな争いから紛争が発生することもあるからだ。…だから、時には男のワキの匂いも嗅ぐことも必要なのだ。
「お前は…勇者?!勇者が俺のワキを嗅ぐのか?!」
周りがざわつく。
勇者マルクトス一族の名は世界に知られている訳だから、バコード国内でも勿論知られている訳だ。
そんな勇者がワキを嗅ぐというのだから、それは周りもざわつくだろう。
「仕方ないだろう。」
とりあえず今の俺の本当の気持ちは、早くこのくだらない喧嘩を治めて、うんこがしたい。それだけだ。
「い、いや…お嬢ちゃん、悪かった。俺はもう帰らせてもらうから勘弁してくれ…!」
ピカリオがワキを出す様に促すが、ざわつく周囲に恥ずかしくなったのか足早に去って行った。
それにしてもこの酒場のトイレはどこだ?一回出し切りたいのだが。
「勇者ピカリオ様。ありがとうございました。」
「ああ、あんなことを言うものじゃないよ。確かに正直に言うことはとても大切だけども。」
少女はピカリオの言葉にコクリ、と頷く。
よく見るとこの少女、とても可愛い。ピンクの長い髪を二つ縛りにして、少し幼さが残る雰囲気にとても合っている。
可愛らしい少女には似つかわしくない茶色のツナギが不思議だが…こんな可愛い子と旅が出来たら楽しいだろう。ああ。魔王の呪いさえなければ彼女を誘っていただろうに…。
ピカリオはキュッ!と肛門を締めた。
「私はチェンリン・ゲリリアンです。」
「き、君が?!」
なんと少女はあの運命めいた名前のゲリリアンとのこと。
この子がドラゴンを倒すヒーラー?いや、待て。ゲリリアン?もしかして…。
「初代勇者のパーティにいた最強ヒーラー、オクスポイント・ゲリリアンの子孫か?!」
オクスポイント・ゲリリアンといえば、史上最強のヒーラーとも呼ばれ、“怪我をする前に治す”というよくわからないけど凄みのある異名を持つ。
その血筋を引くチェンリン…ドラゴンを倒すのも納得がいく。
「はい、そうです。ピカリオ様が旅に出ると聞きまして、こちらでお待ちしておりました。さあ、共に旅に出ましょう!」
「え、あ、うん…。」
チェンリンは二つ縛りの髪を揺らしてピカリオの手を握った。
意図せず女の子(しかもかなり可愛い)と旅をする流れになってしまった。
周囲の人々も「初代勇者パーティの再来だ!」と盛り上げてくれており、どうも断る雰囲気ではない。
しかしこれも何かの縁。ケツは見せられないが、頼もしい仲間が出来た。
「そういえばピカリオ様、先程“正直に言うことはとても大切”と仰ってましたよね?」
「ん?うん。そうだな。」
「ピカリオ様、ズボンのチャックが全開ですよ!」
チェンリンは中腰になり、笑顔でピカリオのチャックを上げた。
「うおおおおおおおお!!」
周囲の人だかりから、笑いを堪える声が聞こえた。
恥ずかしさで一瞬便意を忘れてしまい、後退りして叫んでしまった。
もしかしてバキャノの奴、面白いことになりそうってこのチャックのことか?!
アイツ、今度会ったら玉座にブーブークッション仕込んでやるからな、覚えておけよ…。
「酒場に入ってからずっと思っていましたが、恥ずかしくて言えなくて…。」
「ワキ臭いは言えるのにか!?どんな感性だ…!!」
もう少しお互いの事を知る必要があるようだ。
「さあ、狂暴化した魔物の原因を調べに行きますよ!」
「その前に身支度を整えたい(うんこ)から、少し待っていてくれ…。」
ケツを抑えた勇者、最強のヒーラーの血を継ぐ美少女チェンリン。
二人の旅は始まった。
「ちなみにここのマスターはチャックさんっていうそうですよ。タイムリーな名前ですよね!」
「ちょっと黙ってくれないかなあ?!」
*【2.隣町までトイレ我慢できると思うか?へ】続く*