呟く女性
その女性は俺をじっと見つめ、「すべてお前のせいだ」と低く唸るような声で呟いた。俺はその女性を知らないが、そう言われるとやはり俺のせいだという気になってくる。とりあえず俺はその女性に謝ってみた。
「ごめん、やっぱり俺のせいなんだね」
女性は、俺を見つめ少しだけ戸惑った表情をみせたが、また「すべてお前のせいだ」と呟いた。俺はなんだか疲れてしまっていた。知らない女性に何を言われても別に何も気に留めないが、「すべてお前のせいだ」と繰り返すだけの女性の相手をし続けるのはいささか面倒だ。
俺は少し苛々しながら「もうどこかへ行ってもらえませんか」と女性に声をかけた。すると、女性の足元の床がすうっと黒くなり、女性はその黒い床にずぶずぶと沈みこんでいってしまった。面倒くさい相手でも、いざ居なくなってしまうと少し寂しいものだ。
すると金属製の重いドアが「ギ、ギ、ギ」と鈍い音をたてながらゆっくりと開いて、今度は男性が目の前に現れた。うむ、この男性は知っている顔だ。男性はさっきの女性よりもしっかりした声で、「1453番、出なさい」と言った。行先は分かっていたが、まだ行きたくはなかった。でも行くしかないらしい。
俺は、せめてさっきの女性が誰なのかだけ思い出したかった。心当たりはある。おそらく俺がここに来る前、7番目か8番目に首を絞めた女性だと思う。だが、そのどっちだったかが思い出せない。
俺は階段を昇りながら必死に思い出そうとしていた。だが、もう行かなければならない時間が来てしまったようだ。
「まあいいか、向こうでゆっくり思い出そう」
目隠しをされている俺には見えないが、おそらく俺の足元の床も、間もなくすうっと黒くなるのだろう。