勇者と天使と悪魔と邪神
内容は変わりませんが、細かい所を手直ししています
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それは突然降り掛かった災厄のようで……
「うっそだろおおおおおぉぉぉ!!!!!!?」
VR内運営管理室のモニター前、AWOプロジェクトのスキル系担当者の一人、古久保俊道はボサボサに伸びた黒髪を掻き毟りながら、隈の酷いタレ目を見開き眼前のモニターを凝視する。
その顔は青ざめており、彼がとても焦っている事が見て取れる。
「どうしたの?そんな大声だして。」
そんな古久保の様子を訝しみ近寄って来たのは、正にキャリアウーマンと言った感じの白衣とインテリ眼鏡が似合う三十代前半の女性、プロジェクトのチーフたる木下菫だった。
彼女は古久保の隣に来ると、先程まで彼が観ていた画面を覗き込む。
「………………はっ?嘘でしょ?そうよね?嘘よね?嘘だと言って!お願いだから!!!!!」
そこに記された記録を観るなり彼女も顔を真っ青に変え、古久保の肩を掴んで激しく揺さぶり、この記録は何かの間違いか冗談なのだろうと激しく詰め寄る。
それだけこの記録は信じがたい…いや、信じたくない事が記録されていたのだ。
ゲームの運営が始まってからの古久保の仕事は、量子コンピューターを使った事によって実現した、膨大な量の自由度の高いスキル群、その取得情報や使用状況の管理である。
勿論そんな仕事は一人で出来る訳が無い。
なので仕事を幾つかに分類し、何人かで並列処理を行っている。
また管理用プログラムのお陰で内容は纏められているし、グラフ化もされているので、古久保達がする仕事はかなり減っている。
その為、彼らに回って来る仕事は主にイレギュラーやバグへの対処位なものだ。
まあ、まだ初期段階と言う事も有りバグ等がかなり見付かるので忙しいのだけど……
で、である。
そんな彼が何を観て取り乱したのかと言えば―――
「チーフ…これは現実です。正直某も認めたくは有りませんが、これは現実です!四大セットは、AWO内部に解き放たれたのでござる!「勇者」、「天使」、「悪魔」、「邪神」の四大スキルセットは、全てプレイヤーの元に渡ったのです……!!」
「なっ――――!?」
「マジかよ……」
「そんな!いくらなんでも早すぎる!!いくらユーザー数が十万越えたって言っても、まだ確率的にはかなり低い数値だった筈だろ!?」
「これは、最悪後数ヶ月でAWOが終わるかも……」
古久保の言葉に、その場に居た全員が悲痛な言葉を漏らす。
無理も無い。
四大スキルセットはそれだけ破格な性能を持った超絶チートスキルなのだから。
取り分け、「邪神」が放出されたのは不味かった。
あれはスキルと言う名のマスター権限に等しいものだ。
言うなればサブ・サブ・ゲームマスター権限である。
完全にプレイヤーに渡して良いものでは無い。
「いくら終わりが見えたからとは言え、酒を飲むのは控えるべきでござった…あの時のテンションさえ無ければ、あんなぶっ壊れスキルを四つも創らずに済んだ筈にござる……!しかも四つともメインプログラムに深く食い込んでて、除去も弱体化も出来ない上にちゃんと他のスキル同様放出されるようにしないとプログラムが深刻なエラー起こすとかフザケ過ぎであろ!?仕方無いから大型アップデートで弱体化出来るように準備してたらこれとか酷すぎでござる!!!某の苦労を返して神様!!」
オーマイゴッドと叫びながら床に手を着きorzのポーズになる古久保。
見れば木下を含めた全員が同じ姿勢で項垂れていた。
皆これからの展開に絶望しているらしい。
「と、ところで…それらのスキル所持者の名前は分かって居るの?流石に立場上此方から過度な干渉をする訳にはいかないけど、今後の為にも、何らかの処置を何処かで施さないといけないだろうし……」
襲い来る絶望から何とか逸早く立ち直った木下は古久保にそう質問する。
これは運営側としては当然の疑問だろう。
なんせ所持者の性格によっては、ゲームが滅茶苦茶にされてしまう危険性が有るのだ。
そう成らない様にする為にも、スキルホルダーがどんな人物か探り、先手を打つ必要が有る。
「一応全員分かってます。それとその人達と思わしき姿が映った他ゲームの動画や評判等も入手してござる。しかし、これは観ない方が宜しいかと……これを開示すればこの場の何人か再起不能になる恐れが有りますゆえ……」
「良いから見せなさい!そんな事を口走った時点で既に手遅れみたいなもんなんだから!」
半ばヒステリックに成りながら古久保に詰め寄る木下。
古久保はその木下の剣幕に押され、自分が集めた、絶叫する一番の原因に為ったデータを皆に見える様に開示する。
「これって……!?四人ともVR界の有名人じゃない!えっと、「勇者」は《番人》マカロフで、「天使」は《鮮血聖女》キリアーネね……「悪魔」が《腰簑ダンサー》キッタ・キターノに、「邪神」が……え?マジで?マジであの《外道魔導師》のキーノが「邪神」持ちなの!?嘘でしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!?」
木下のその叫びは、その場の全員の心を代弁していた。
外道魔導師キーノ、運営側からは《運営泣かせのキーノ》の通り名で知られる要注意人物なのだ。
と言うのも、人畜無害そうな顔でえげつない事を平然とし、此方が想定していないスキル、アイテムの使用法を幾つも編み出す等、その都度その都度、フォローや修正等をしなくてはいけなくなったと言う事が山の様に起きたのだ。
しかし、一般プレイヤーには優しいし、別段違法行為をしていた訳でも無いので、強制的にアカウントを停止させる訳にもいかず、被害が拡大するのを指を咥えて観ているしか無いと言う、精神に優しく無いプレイヤーとして有名になったのである。
「そんな外道魔導師が「邪神」を手にした……これが叫ばずにいられようか……!いいやいられぬ!!無理でござる!!!」
「そうね…確かにそうね……私も知って後悔したもの……」
再び項垂れる一同。
何人かは目から光が消え床に突っ伏している。
傍目にはかなり危険な状態に見えるのだが、他の人達は他人に関心を寄せるだけの余裕が無いようだ。
まあ、それも無理は無い。
ピコンッ!
部屋が無気力で満たされ、誰もが遠くを見つめ始めた時、場違いな程に明るい電子音が部屋の中に響いた。
「…………もう嫌にござる……なんなのあやつ……何で平然とこんな事が出来るのですか!?あったま可笑しすぎでしょう!!!!?」
古久保の元には、一通の連絡が来ていた。
それはキーノのPVPに関する報告書だった。
「今度はなに?」
かなりイラつきながらも、古久保に来たメッセージが気になる木下。
聞けば絶対後悔すると知りながら、それでも聞くしかない自分の立場を呪った。
「キーノが格上四人とのPVPに勝利しました……三人はほぼ一撃での即死、一人は「邪神」の反動での悶絶死にござる……」
「「「「………………………………もういやっ!!!!」」」」
スタッフ全員の心が一つになった瞬間だった。
それだけキーノの行いに精神を削られていたのだろう。
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「取り敢えず、戦闘関連は誰の担当だったかしら?」
メッセージが来てから約一時間後、やっと持ち直した面々は反省会を開いていた。
議題は勿論キーノが格上四人相手に勝利した事に関してである。
それだけなら問題は無いが、問題はキーノが相手をほぼ一撃で倒した事にある。
「はい。私と小沢さん、それに石橋さんと久多羅さんです。」
そう発言したのはスタッフの中でも若手の女性で、まだ19歳の佐野島陽子だった。
ぽやんとした顔付きで、やたらと大きな胸が目立つ小柄で華奢な体つきの女性だ。
「貴女達、ダメージの計算方式はどうしているの?」
「基本的にダメージはVITとSTRの差分で喰らうようにしています。勿論スキルによる補正や弱点攻撃によるアタックボーナスなんかも加味しますが、余程差が無い限り普通は一撃死なんて有り得ません。特にこれだけレベル差が有るなら尚更です。」
「そう…確かにそれなら有り得ない筈よね……でも、実際にはそれが起きている。それは何故か分かる?」
本来なら有り得ない筈の現象が起きている。
これを解明しなくては運営を続ける事に支障をきたす為、かなり深刻な問題である。
「あの…多分なんですけど……」
と、其処で一人の青年が手を上げる。
少しふくよかな体型をした三十代の男性で、先程陽子が名を上げた一人である久多羅だった。
「彼が持つ万物認識が、彼に防御力0の部位を教えた可能性があります……」
「防御力0ですって?」
「ええ…所謂クリティカル判定が出る部位です……普通はそんなとこ上手く狙えませんが、万物認識と高いPS持ちなら多分可能かと……それに魔法はINTがSTRの代わりですから、低レベルの彼でも可能かと……」
それは一応、それなりに筋の通った話だった。
と言うか、それ以外は無い気がする。
しかし疑問は残る。
「なら、緩急自在の反動でやられたのは?これはそもそもダメージ判定すら無い筈よね?」
「あ、それなら僕が説明出来ると思います。」
そう言って手を上げたのはスキンヘッドにサングラスを掛けたヤ○ザの様な四十代の男性だった。
陽子の紹介にあった小沢である。
「実は一定以上の苦痛を感じたらダメージに関係無く戦闘から離脱するようにしてあるんですよ。と、言うのもクローズドβ版の頃に後遺症が残る人が出ましてね?その関連で恐怖や苦痛が一定以上に達したら強制ログアウトする安全措置を取り入れたんです。」
「成る程、つまりこれらは使用が上手く嵌まって起きた事で、問題は特に無いのね?」
「「「そうなります(ね)。」」」
「宜しい!なら、この話は此処までとします。皆持ち場に戻りなさい!あ、古久保君はホルダー四人の監視を御願いね?何かあれば報告すること!」
「了解にござる!」
こうして、キーノ達が知らない所で、彼等は運営にマークされる事になったのだった。
だが、スタッフ達は知らない。
その行為が自分達の胃を傷付ける事を……
「胃薬が必要になりそうですなぁ……」
………………………知っていた。
運営スタッフは天才ですが馬鹿の集まりのようです
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