百億分の一の始まり
それは、幸運なのか不幸なのか…
「なっ………んで!こんな訳分かんないスキルにスキルスロット喰われなきゃいけないんだよ?!ユニークスキルって言うから期待したなのにちょっとふざけ過ぎたろ運営!!」
何も無い真っ白な空間の中で叫ぶ一人の少年。
頭を抱えて左右に激しく振りながら、己をこんな気分にさせたゲームサービスの運営会社に不満を吐き続けている。
彼の名は神雫菊之ごくごく平凡な男子高校生である。
名前は昔の女性みたいだがそこに触れてはいけない……
さて、そんな彼が何故こんな不思議な、ともすれば精神が殺られそうな空間に居るかと言えば、それは此処が最近アニメや漫画、ラノベなどでお馴染みのVRMMOのキャラメイキングの場で、彼がそのゲームを始めようとしていたからである。
ことの始まりは2日前に遡る。
その日、菊之は幼馴染の桂木刀弥に誘われて大型の家電量販店に来ていた。
目的は当然最近話題のVRゲームの本体とソフトである。
「いやぁ~二人分の予約が出来て良かったな!幸先が良いってもんだ!これは今後に期待出来んじゃね?」
そんな風に快活に話すのは、身長180cm程で鋭い切れ長の目に茶色の瞳で、黒の散切り頭をしたイケメン、菊之の幼馴染でクラスメイトの桂木刀弥である。
赤い長袖シャツに黒い半袖ジャケットと藍色のジーパンが不良っぽく見せているが根は真面目な少年だ。
「ホント助かったよ。僕は普段運が悪いからね、予約が取れないかもって内心諦めてたよ。」
刀弥の言葉に答えたのは160cm程の小柄な身長で、金髪碧眼のオカッパ頭をした、一見すると少女のような中性的な顔立ちの少年だ。
学校指定の学ランを着ていなければ美少女と間違えそうな彼こそが、主人公の神雫菊之である。
正直、二人並ぶと美男美女のカップルにしか見えないが地雷なので踏んではいけない。
因みに菊之は祖母が北欧系のクウォーターであったため、隔世遺伝でこのような見た目になったのだ。
「ところでさ、お前は今回どんなプレイするんだ?俺はいつも通り前衛特化のアタッカーにしようと思ってんだけど……」
「今回の「Another World Online」って序盤は全員クラスが冒険者で、スキル構成によってジョブチェン先が変わるんだっけ?」
「そうそう。だからβテスターの話じゃ最初から成りたいもん決めて初期スキル決めた方が楽なんだと。じゃないと器用貧乏一直線らしいぜ?」
刀弥の言う通り、これから二人が購入しようとしている最新式VRゲーム Another World Onlineは最初からある程度プレイスタイルを決めて置かないと序盤中頃からかなり厳しくなってくる。
と言うのも、このゲーム自由度が高い上にやたらスキルが豊富で目移りしてしまう為、何をするべきかどうするべきか迷った挙げ句に中途半端な選択をして強力なジョブに着けなくなるなんて事が起きるのだ。
その上スキルもメイン、控え共に上限が有るのでそこも気を付けねばならない。
「なら、僕は後方支援の魔導師かな?いつも通りね。」
「おっ?なら今回も「外道魔導師」の出番だな!期待してるぜ?」
「その通り名止めてくれる?僕は普通にプレイしてるだけなんだよ?」
男子高校生にしては高い声を出来る限り低くして不服を訴える菊之。
しかし、その通り名も仕方ないと言うしかない。
何故なら――――
「いやいや、あんな鬼畜プレイが普通とか無いからな?何だよ無限沼地獄からのデバフ祭りに毒霧責めって……しかもこっちの目の前に来たら魔法罠での地雷責めで極めつけはパーティー全体のバフによる超強化。正直敵が憐れすぎて止めを躊躇ったくらいだ。」
そう、菊之はやり過ぎな位に敵をフルボッコにするのだ。
罠で……
これは以前やっていたVRゲームでの話なのだが、とあるクエストのレイドボスとの戦闘で、直進してくるボスから街を守れと言うのがあった。
その時菊之が取った戦術が、進路上をすべて泥沼に変え、ひたすらノックバック効果の有る攻撃魔法や弓矢等で削り、毒魔法の毒霧でも継続ダメージを与えてデバフで更に加速、そして泥沼地帯を越えた先に無数の魔法罠を仕掛け、目の前に迫った時には虫の息なのに自軍は全快な上にバフで強化されていると言うものだった。
その為周りから付けられた通り名が外道魔導師だったのである。
「でもお陰で楽に討伐出来たろ?」
「ああ、だから皆感謝してたぜ?ついでに絶対敵対したくないとも言ってたけどな。」
「通りであれから一度もPKが来ないと思った……」
外道魔導師の通り名が付いた日から、菊之は障るな危険の札も付けられていた為、PK等は誰も近寄らなくなったのである。
「しっかし、Another World……ああもうAWOで良いか、掲示板でもそう呼んでるし。」
「略すのは基本だよね。」
「AWOをプレイすんのに最新のVRまで買わないといけないのは辛いよな。」
「しょうがないよ、今まで以上のリアルさを実現したって言うんだから。それに見合う処理能力が必要なんでしょ。」
「噂じゃ18禁版もあるらしいぞ?」
ニヤニヤしながらそう話し掛ける刀弥に少々呆れた表情を浮かべる菊之。
しかし彼も見た目は美少女だが健全な男子高校生である。
その態度からは興味津々な様子が窺える。
「流石にまだ一年の僕らじゃ無理だって。だいたいそれも噂だけだろ?」
「まあ、な。だけど夢はあるだろ?」
「あるのはエロスだけだろ……あ、そうだ。言い忘れてたんだけどさ……」
「何だよ突然?」
「実は今日帰ってから用事があってさ、直ぐにはログイン出来ないんだよ。」
「えっ?まじかー…これから二人でレベル上げしようと思ってたのに……んじゃ明日だな。」
「いや、明日は学校の課題やるから無理だよ。地理の仙石先生が面倒なの出してたでしょ?地元の地形からハザードマップを作って安全な避難経路を探せって。」
「ああぁぁ……あったはそんなん……」
ガックリと項垂れる刀弥。
どうやら完全に忘れてたらしい。
「んじゃあ、明後日だな。俺は今日から始めるから、明後日ログインしたら最初の広場に来てくれ。キャラのスクショ送るから直ぐに分かるだろ。」
「うん、分かった。あ、課題ちゃんとやりなよ?」
「わーってるよ。」
菊之は心底面倒そうに応える刀弥に苦笑しながらゲーム売り場へと向かう。
そして、特に何か起こることも無く、二人は目当ての物を買い帰路につくのだった。
「んじゃ、明後日の7時にな!」
「ん、分かった。それまでには創ってログインしとくよ。」
「おう!案内は任せとけ!」
こうして二人が別れてから2日後の午後6時、菊之は夕食も課題も終えて自室に居た。
無論、AWOにログインするためだ。
因みにVRの本体はヘッドギア式なので、今の菊之はアニメで良く見る様な華奢で、シャープな感じの近未来的デザインをした青いヘッドギアを着けてベッドに仰向けで寝ている。
「よし、脳波もパーソナルデータのスキャンも、初期設定も終わったな。それじゃ、スタート!!」
その言葉と共に、菊之の意識は電脳空間へと旅立った。
〇〇〇〇
菊之は気が付くと何も無い真っ白な空間に居た。
比喩でも何でも無く、そこには何も無い。
床も壁も展示すらも無い。
上下左右全てが白いだけの空間。
そこに、菊之だけがポツンと浮いていた。
「殺風景ってところじゃ済まない位何も無いんだけど……ってうわっ!!?」
景色に半ば呆れていた菊之の前に、一枚の青く半透明なプレートが出現する。
そこに書いてあったのはキャラメイキングの手順と注意事項だった。
「なになに…えーと先ずは種族を決めるとこからか……」
そう呟いた瞬間、目の前に姿見が現れる。
そこに映っているのは普段の菊之そのものの姿だ。
「種族は全部で5つか……ヒューマン、魔族、ドワーフ、獣人、エルフねぇ……いつもならヒューマンだけど、今回は魔族かな?魔力も身体能力も高いしね。お、魔族の中から更に四種もあるの!?魔人、吸血鬼、竜人、半魔人……魔人と吸血鬼は眼の色赤固定か…碧色気に入ってるからパスだな。それにスキルの伸びが悪いのもなぁ~~」
AWOのスキルは一部例外を除き全てレベル制である。
魔族は基本的に高い身体能力と魔力に依存している為、他の種族と比べてスキルのレベルが上がり辛く設定されているのだ。
それと菊之は自分の容姿を気に入っているのであまり弄くるつもりは無い。
ただしナルシーでは無い。
「竜人もパスで…半魔人なら容姿そのままで、スキルの延びも悪く無いな。能力はちょっと他の三種より低いけど…ヒューマンよりは高いし、これにするかな。」
目の前に現れたプレートの決定ボタンを押すと、今度は縦と横のメモリが現れる。
「身長と幅はこのまま!」
再び決定ボタンを押す。
次は顔、胴体、脚に合わせた姿見で、これも少し目尻を上げただけで全て終了。
次の髪型や髪色では腰まで伸ばした髪をポニテしただけで終わった。
「さて、お待ちかねのスキルとステータスだ!」
初期に決められるスキルの数は全部で100種類あり、ステータスは良くあるポイント制で、初期は100ポイントとなる。
菊之はそれらを特に迷う事無く決めて行く。
因みに取得出来るスキルは、メインが10個、控えが20個と決まっているので、要らないスキルは破棄するか、スキルオーブとしてスキル屋に売る事が出来る。
「よし、これで完成!」
菊之が決めたステータスは以下の通りである。
キーノ
Lv1
種族:半魔人
HP 50/50
MP 25/25[+3]
STR 15
VIT 10
AGI 20[+2]
DEX 20
INT 20
装備
頭:
体:
右手:
左手:
足:
靴:
装飾品
:
:
:
スキル
補助系
魔力上昇[小]Lv1 魔力回復[小]Lv1 速度上昇[小]Lv1
戦闘系
火魔法Lv1 風魔法Lv1 補助魔法Lv1
生産系
錬金術Lv1 調合Lv1 アイテム製作Lv1 採取Lv1
基礎値の横の+はスキルによるアップ分である。
基本1割アップで端数四捨五入の繰り上げとなる。
また[小]の場合はレベルが上がっても1割しか上がらないが、レベルが最大になった時[中]に進化し、効果が3割に増える。
それとHPとMPは1ポイント5となる。
因みにこれに種族値と呼ばれる数値を+する為、実際はもう少し数値が高くなる。
「これで、決定っと!」
最後の決定を押し、ワクワクしながら冒険の始まりを待つ菊之。
しかし、なかなか始まらず段々と顔色を曇らせてゆく。
「まさか、フリーズじゃ無い…よね?」
最悪の予想が頭を過った時、
ポーン!
と言う聞き慣れた電子音と共に、目の前にデカでかとプレートが現れる。
『おめでとうございます!あなた様は厳選なる抽選の結果、ユニークスキルが与えられる事と成りました。これをお受けする場合は下記のYes or NOのYesを押して下さい。』
「えっ…え!?マジで!!?何これ聞いた事無いんだけどホントに!?やった!信じらんない!嬉しいぃー!!」
菊之は特に迷う事無くYesを選択する。
そしてまた少しの間が空き電子音と共にプレートが現れる。
『おめでとうございます!今回あなた様にはユニークスキルセットが与えられる事と成りました!此方はルーレットでの決定と成りますので、お好きなタイミングでボタンを押して下さい。』
そして現れたのは巨大なルーレットと赤い手の平サイズのボタン、それに景品表だった。
ルーレットの景品を見ると番号が振られており、全部で1000個となっている。
そもそも、ユニークスキル授与そのものが一万分の一の確率であり、セットはそこから千分の一の確率で発生する為、此処で何を手に入れても、百億分の一と言うとんでもない数値が導き出される。
まあ、菊之にはそんな事分かる筈もないのだが……
「ようし、ここ!」
ポチっ
掛け声と共に押されたボタンは、即座にルーレットを止める。
そこに指されていた数字は1000だった。
菊之がそれを確認した瞬間、三つの光が菊之の中に入って行く。
そして、それと同時に目の前には見慣れたプレートが現れ、最後のメッセージを伝える。
『このメッセージを見ている冒険者へ。先ずはおめでとう。このスキルセットは我々の悪意と悪戯心により作られた悪魔の力である。正直我々も悪ノリが過ぎたと反省しているが、やってしまったものはしょうがないと開き直って冒険者に託す事にした。ここでは詳細を書かないが君が倫理と道徳に基づいて正しく使ってくれる事を願う。ではよき旅路を。by神々より ps旅立つ前に効果を確認すると良い。確認が終わったらスタートと言う事で旅たてる。』
「……………………………」
………………………………………何か、凄く重かった。
そのせいか、菊之もフリーズしている。
「……………ッハ!ヤバイ、意識飛んでた。」
軽く頭を振り意識をハッキリさせると、早速スキルを確認する菊之。
「ユニークでもスキルスロットは喰うのか…生産系が採取以外控えになってる。ってか、あんな文章の割りに名前はそんな凶悪そうには見えないな?なんだよ『万物鑑定』に『万物認識』、それに『緩急自在』って……」
新しく増えたスキルは三つ。
そのどれもが聞き慣れない名前だった。
特に万物認識と緩急自在は効果が上手く想像出来ない。
いや、何と無くは分かるのだが、先程のメッセージとは結び付かないのだ。
「まあいいか…取り敢えず確認確認っと……」
万物鑑定
ありとあらゆる物を鑑定する事が可能。
所持者のレベルに応じて閲覧出来る情報が増える。
所持者のレベルが10で全解放される。
万物認識
ありとあらゆる物を認識する事が可能。
所持者のレベルに応じて認識可能な範囲が広がる。
所持者のレベルが10で全解放される。
緩急自在
自身が認識するあらゆる物を緩くしたりきつくしたりすることが出来る。
所持者のレベルに応じて能力の効果が上がる。
所持者のレベルが10で全解放される。
効果時間
3秒
クールタイム
30秒
「……………………………………っんだそれえええぇぇぇ!!?」
そして冒頭に戻る。
「万物鑑定に万物認識はまだいいよ?まだなんか使えそうだしさ…でも、緩急自在、お前は駄目だ!何だよこのクソスキル!しかもユニークで控えに出来ないし……!!」
正に上げて落とすである。
さっきまでのワクワク感も何処へやらといった感じで意気消沈してしまった菊之。
しかし、そこは経験豊かなゲーマー、暫くすると立ち上がり気分を切り換える。
「しょうがない…このゲーム一度創ると創り直し出来ないしな……それに早くしないと待ち合わせに遅れるもんなぁ……って事で、スタート!!」
こうして、菊之改めキーノは紆余曲折はあったものの、無事にAWOの世界へと旅立ったのだった。
運営からのメッセージが大袈裟どころか控えめな表現だった事も知らずに……
執筆速度は遅いですがなるだけ週2くらいのペースで書きたいと思います