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07 いつかその日のために、短冊に願いを込めて

 

「さっきも言ったけどわたしカイと結婚する事にしたから」

「カイって誰だ? お前の相手はそこの壱兎だろ!?」

 まだ言うかこの男は。俺はこの思考が残念で思い込みが激しい兄にため息をつかずにはいられないぜ、は〜〜。

「もう! わたし達の話を聞いてなかったの? わたしの彼はイットじゃないわよ。カイはさっきわたしと一緒にいたじゃない」

 ちょうどその時、西回廊からカイがやって来た。兎姫はそれに気づきカイに手を振る。



「カイーー! あの人がカイよ……ちょっとカイ何その格好!」

 カイのボロボロスーツ姿を見た兎姫が驚いて口に手を当てている。

 カイは兎姫が連れ去られた後で、玄兎に怪我を負わされたって事か。



 兎姫がカイの元に駆け寄ろうとしたその時だった。

 境内の方角から弓矢が放たれ、水まんの身体を貫く。

 矢によりヒビが入った水まんは術が解けて崩れ、元の水に戻ると玄兎が猛スピードで湖から這い上がってきた。

 心配そうにカイに駆け寄った兎姫の姿に玄兎の怒りの火が着火する。



「あの軟弱な男がカイ……兄様は認めるつもりはないよ」

 地を這うように低い声。こりゃ相当ぷっつんしてるに違いない。

 兄である自分を差し置いて、彼氏のところに行かれたのが気に入らないってわけか。心狭いな。

 二人と玄兎の間に割って入った俺だが、次から次へと弓矢が飛んできて木型でそれを叩き落とす。

 玄兎の部下に違いない。まったく余計な事をしてくれるぜ!



「落ち着け玄兎。もういっぺん頭を冷やせ!」

 玄兎の動きに警戒しながら、降ってくる弓矢を払う。

 しまった!

「頭なら冷えてるさ、誰かのお陰でね」

 ニヤリと笑った玄兎の手には、いつの間にか六鈴鏡が握られていた。

 玄兎が俺に向かって術を唱え六鈴鏡を振る。

 不意を突かれた俺は鏡から溢れた光を避けきれなく、舞の舞台の反対側に吹っ飛ばされた。



「壱兎!!」

「イット!!」



 地面に叩きつけられた体が軋む。まさかもろに受けるとは、なんて威力だ。

 矢が刺さらなかっただけ運が良い。

 うっ、叩きつけられた衝撃で舌噛んだぜ。

 どうにか体を起こすと、まさに形勢不利な状態になっていた。

 兎姫を自分の背にかばうように両手を広げ玄兎の前に立つカイ。

 玄兎が六鈴鏡を頭上に掲げ鈴の音を響かせる。



 おいおい、そんな事をしたら兎姫にまで被害が及ぶ。溺愛する妹には危害を加えない奴だと思っていたが、頭が狂いすぎてるのか!?

 いや、玄兎のあの余裕顔。

 カイだけを狙っているって事か!



 ついに鏡から現れた光の矢を、玄兎が二人に向かって解き放とうとした。

 兎姫が玄兎を止めようとカイの前に立ちはだかる。

「下がるんだ兎姫!?」

 カイの制止を聞かずに玄兎に向かって声を張り上げる。

「お兄ちゃん、やめて!」

「兄様の命令だ、そこを退きなさい兎姫!」



 妹の言葉にも聴く耳持たずか?

 あいつ、本当に放つのか!?

「やめろ玄兎! そんな事したら兎姫も傷つくぞ!!」

「僕は卯月の次期当主だ、そんなヘマするわけないだろ」

 なんなんだその自信は!

 今から俺が二人の元に駆け寄ったんじゃ間に合わない。

 せめて矢の向かう方角をどうにか変えねぇと。

 俺はうさぎ型の札を出し、早口でぴょん吉に命じる。

「ぴょん吉、矢の軌道を反らせるか?」

『難しいな、やるだけやってみるけどね』

「礼ははずむから少しでも逸らしてくれ頼む」

『壱兎の頼みじゃ断れないな。了解!』



 玄兎が六鈴鏡を振り下ろす。鈴が鳴り鏡面から矢は放たれた。

 矢は二人に向かって一直線に突き進んだ。

 ぴょん吉が素早く移動し矢に追いつくが、軌道を大幅に変えることは叶わなかった。



 光の威力にぴょん吉は弾かれ、矢は兎姫の顔の真横をかすめる。

 矢はカイの胸を貫き、崩れ落ちるカイの身体。

「カイ!!」

 カイの身体に光りが当たった衝撃で、兎姫の身体が宙に舞う。

 俺は兎姫を追い地面を勢いよく蹴り上げ、華奢な身体を腕の中に受け止めた。

「兎姫しっかりしろ!」



 見た感じでは兎姫には傷一つない、顔色は悪いが息をしているな。おそらく気を失っているのだろう。

 ぐったりとした兎姫の身体を気遣い地面にゆっくり着地すると、そこには生気を失ったカイの身体と、地面にへたり込む放心状態のまま玄兎が兎姫の姿を目で追っている。

 あいつ、あんな自信満々で言ってたくせに、兎姫を吹っ飛ばしたのがショックで放心してるんじゃないだろうな?

 あんな奴はスルーだ。今は……。

 兎姫を抱きかかえたままカイの元に向かい、兎姫をカイの隣にそっと寝かせた。



「カイ……起きろ!」

 口や鼻に手を当て呼吸の確認、首筋に触れ脈を診る。

「嘘だろ! タチの悪い冗談はやめろ!」

 ガシガシ肩を揺さぶるが、されるがまま身体が揺れ動くだけだ。

 反応しない。そんな……カイが。



 いや、そんな事あるわけない!

 矢に射抜かれたってのに胸からは血が流れていないじゃねぇか。気を失っているだけだ。

 あんなんでカイがいなくなるなんて馬鹿げてる。あり得ねぇんだよ!

「寝てる場合か。さっさと起きろ、カイの大バカ!」

 徐々に赤みを失い始めた頬を引っ叩いても反応がなく、カイの瞼は開く気配すら感じない。



 もう一度肩を揺さぶると、背後に気配を感じ誰かに肩を掴まれ止められた。

「彼はもう戻らない。そっと眠らせてやれ」

 声は死神からの死の宣告のように、静かで感情がなく淡々としていた。

「カイ、冗談はよせ。早く戻って来いよ」

 俺の声は情けなくも風に吹き消されていった。



『壱兎……俺に万が一何かあった時、その時は兎姫とお腹の子を頼む』



 *

 *

 *



 冗談じゃない、そんな約束できるか!

 掴めそうで掴めないカイの身体。

 俺は一度殴らせろとあきらめずカイに手を伸ばす。



「カイ!!」



 勢いよく起き上がった直後、視界がグラついて俺は身体をまた布団の上に横たえた。

 全身に汗が吹き出て、着ているものが体に張り付いて気持ち悪い。

 あれから何年経ったと思ってんだ。

 こんな状態がいつまで続くのか……。



 良くないよな、巫女兎のためにも。何より兎姫のためにもならない。

 俺が現状打破しろって事だよな?

 起きていられるのはほんの数日間。

 神社の外に出ることも許されず、何も知らない兎姫。

 わかっているさ。俺がなんとかする。

 兎姫の殻を破り記憶を取り戻してみせる。

 そのためにも勘付かれずに地味に動いてきたんだからな。準備は進めているが、まだ俺の前には壁がある。

 だが俺はいつかやってのけるさ。

 年に一度、七夕の月にしか目覚めないお前の眠り姫と、何も知らない小さな天使のためにな。



 チャンスは寝て待てって言葉があるだろ。目覚めが悪い現れ方するなって。

 俺はまたうとうとと眠りに入った。

 外はまだ日が昇る事なく暗い。




 和菓子屋の朝は早い。

 今日は梔子の練り切りでも作って持って行くか。

 俺は今日も和菓子を持って卯月神社に行く。



 境内で犬を連れた小学生くらいの女の子が俺の前を歩いている。

 大きな犬に引きづられている様子は『犬の散歩』と言うよりも、『犬に散歩させられている』の方が正しいな。



 女の子が歩く先に俺は巫女兎の姿を見つけた。こっちに向かって笑顔で手を振っている。

 俺が来るのがそんなに待ち遠しかったのか。可愛い奴だな。

 手を振り返すと巫女兎が真っ直ぐ駆けてくる。



 さあ、巫女兎よ俺の腕の中に飛び込んで来い!

 両手を広げ待ち構えるが、巫女兎は俺の数メートル手前で止まった。

 ん、どうした巫女兎?



「おはようミリ、清々しい朝だな。今日は大きな相棒を連れておるな。名は何というのだ?」

 巫女兎が手を振ったのは俺じゃなかったのか。ああ、ショックで寝込みそうだ。



「ミコトちゃんおはよっ。この子は一丁目のジョセフィーヌ。飼い主さんが旅行に行くから家で預かってるの」

 仲良さげに女の子と話をする巫女兎。

 巫女兎が友達と一緒にいるところなんて始めて見たぜ。



「ジョセフィーヌか、可愛い名前だな。触っても大丈夫か?」

 俺は自分の耳を疑った。

 卯月の人間は大抵犬が苦手と相場が決まっている。

 巫女兎は犬が平気なのか!?



「大人しい子だから大丈夫だよ。ね、ジョセフィーヌ?」

 ジョセフィーヌと呼ばれた犬は大きな声で返事をした。

 ジョセフィーヌの頭をそっと撫でる巫女兎。

「大人しいなぁ。偉いぞジョセフィーヌ」



 おい、そこの犬よ。巫女兎に噛み付くなよ。噛み付いたらこの壱兎様がお前の鼻に噛み付いてやるからな。

 犬の背中に念を込めるが、犬は意外な事にずっと大人しく地面に座っていた。

 よしよし、偉いぞ。そのままじっとしていろよ。



 俺の念は通じなかったのか、ジョセフィーヌが突然立ち上がりこっちに顔を向ける。

 目があうと……突進してきた。

「うおっ!」

 犬にタックルされ予想外の事に尻餅をつく。

 なんなんだこの犬、最悪だぜ。



「いててて……」

 ジョセフィーヌが俺の上に乗りかかり。

「や、やめろっ。コラッ顔を舐めるな! 俺の自慢の髪を足蹴にするな!」

 誰かこいつを剥がしてくれ!



 砂利を踏む子供の足音。

「すいませーん! こらっ、ジョセフィーヌ急に走ったら危ないでしょ。このおじさんにゴメンなさいは?」

 女の子が俺からジョセフィーヌを剥がしてくれ、俺は立ち上がった。

 ジョセフィーヌは当然謝らない。犬だからな。

 そんなつぶらな瞳で見上げてきても、俺はビーフジャーキーも骨も何も持ってねぇよ。

 ジョセフィーヌの様子に女の子が苦笑いする。

「ジョセフィーヌ普段は人見知りで誰かに急に抱きつくことはしないんだけど。おじさんの事好きみたいです」

 お、じ、さ、ん?

「ちょ〜っと待った、そこのお嬢ちゃん。俺はおじさんじゃあない、お兄さんだ」



 俺はまだおじさんなんて呼ばれる歳じゃねぇからな。きっちり訂正を入れとく。

 キョトンとした顔の女の子の横で、巫女兎が可愛くない笑いを浮かべる。

「今日もご苦労だな。顔がジョセフィーヌのよだれと足跡だらけだ。務めを果たす前に湖で身を清めていくと良いぞ。おじさん」

「巫女兎〜、おじさんはないだろ〜」



 泣きつく俺に巫女兎は冷たかった。

 友達の手を握り、ジョセフィーヌを連れ俺を置いてさっさと神社の奥に走って行ってしまった。

 巫女兎ちゃん、反抗期か? 反抗期なの!?

 お年頃の娘を持つ父親の気持ちが少し分かった気がするぜ。




 兎姫、あの日のお前はどこにいる?

 あの子は今年も星に願いをかけながらお前が目覚めるのを待っているぞ。殻を破ってこっちに戻って来い。

 カイ、空の上で見てるだろ?

 二人の天使はちょっと風変わりだが、日に日に彼女に似て可愛くなっていく。お前に似なくて良かったぜ。

 俺はあの時の約束を守り、二人が幸福になるまで見守っていくつもりだ。安心しろよな。



 風が吹きどこからか運んできた梔子の香りに、うさぎ堂の笹が優しくゆれると、空高く飾られた二枚の短冊も仲良く動き出す。



 俺はいつかその日のために、彼女が好きな和菓子を持って今日も神社に会いに行く。



 ー閉店ー



ここまでお読みいただきありがとうございます。

本編『習いごとは魔術です』の方はのんびり更新ですが、興味を持たれたらどうぞお立ち寄り下さいm(._.)m

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