05 猪突猛進カップルと迷惑な勘違い男
流血シーンがあります。苦手な方はご注意下さい。
「壱兎、俺をうさぎ堂で雇ってくれ!」
従兄の戒兎通称カイが突然頭を下げにやって来たのは、兎姫と出会って間もない頃だった。
「今の勤め先はどうする。サラリーマン辞めるのか?」
「それは辞めるつもりはない。会社帰りとか俺が休みの日にちょっとで良いからバイトさせてくれ」
そんな都合の良いバイトはいらねぇよ。
給料少なくてピンチってわけでも、急な出費で困っているってわけでもないらしい。
とりあえず話を聞くと、カイは和菓子の練り切りを作りたいと言ってきた。
「お前、甘党だったのか? なんで和菓子のそれも練り切り限定なんだよ」
問い詰めるとカイは照れたように鼻の頭をかきながら笑った。
「いや〜、俺の彼女が和菓子好きでさぁ。今度俺が作った和菓子をプレゼントしようかと思ってな。お前んとこの練り切りって女の子ウケする可愛いのが多いだろ。だから練り切りが良いんだよ」
どこの乙女だよ!
男はもらう側だろうに。
幸せそうな顔しやがって。羨ましいじゃねぇか。
「頼む、壱兎!」
「ああっ、わかったよ。仕方ないから引き受けてやるよ。だから俺を拝むな!」
従兄の頼みだ仕方ねぇな。
なんて応援なんかするんじゃなかったよ!
カイの奴、仕事帰りに店に寄っては練り切りを作りながら、毎回のろけ話を俺にたっぷりとしていく。
バイトさせろと言っていたが、俺はカイに練り切り教室を開いてやることにした。しっかり教室代はいただく。
カイは独り身のサラリーマンだからな、それくらい安いもんだろ。
ところがどっこい、ある日カイが彼女を連れて来た。
カイの彼女に会って、俺はなんでこいつに協力したんだと後悔したね。
「壱兎の練り切り教室のお陰でサプライズは成功だ。兎姫が大喜びしてくれたよ!」
「カイとイットって知り合いだったのね。世の中って狭いよね」
カイの横には鈴を転がしたように笑う兎姫の姿があった。
嘘だろ、嘘だと言ってくれ。俺の女神!
カイの腕にしっかり絡まっているのはまぎれもなく兎姫の腕。
こうして俺の恋は儚く散った。
「イット見て、可愛いでしょ? 食べるのもったいなくて食べれないよ〜」
カイが作ったのは梔子の練り切りだった。
出会ったあの日に兎姫の麦わら帽子に付いていた花と同じ花だ。
「麦わら帽子の花もカイからのプレゼントか?」
兎姫がバシンと俺の背中を叩いた。
「やっだ! 気づいてたの? あの梔子はカイが朝の公園散歩の時にわたしにくれたんだよ」
早朝散歩するカップルなんて聞いたことねぇよ。どこのお年寄りカップルだよ!
カイが梔子の練り切りの作り方を教えろと言ってきた時に、何で気づかなかったんだ俺のバカ。
「朝早くからって事はまさか朝が……痛っ」
言いかけてカイに脛を蹴られた。
「何する!」
「俺たちは清らかな交際、プラトニックな関係なんだよ。邪推するな」
兎姫に聞こえないように耳打ちしてきた。
それからこの二人は週末の朝になると、決まってうさぎ堂に顔を出しにやってくる。
俺の店はデートスポットじゃねぇぞ。
二人の関係が揺らいだのは、清らかでプラトニックな交際宣言をした一年後だった。
当時はまだ卯月本家の次期当主であった玄兎が、突然店にやって来た。
「君と家の兎姫は釣り合わないよ。よって二人の交際は反対ね。金輪際兎姫に近づかないよ〜に!」
いや、俺に言われても困る。
「俺、兎姫の彼氏じゃねぇよ」
玄兎は眉をぴくぴくさせた。
「しらばっくれる気かい? 調べは付いているんだよ壱兎君。赤と黒のツートンカラーの髪に和菓子屋と言ったら君しかいないよね」
「それは俺だが」
「そらみろ、あっているじゃないか」
言葉の途中で玄兎に遮られた。奴は鼻息荒く人差し指を突きつけてくるが、ここははっきりさせておくべきだよな。
「この辺りでツートンカラーと和菓子屋と言ったら俺だが、兎姫の彼氏じゃねぇよ」
悔しいがその役得者は俺じゃない。
さっきまで穏やかに話をしていた玄兎の表情が一変し、声を荒げてきた。
「さっきから兎姫兎姫と呼び捨てにするんじゃない。兎姫は本家の人間だ姫と呼べ!」
こいつ二重人格だったのか。だいたいさっきから話も通じやしない。面倒くさい奴だな。
ちょっと待て、今こいつ兎姫が本家の姫だと言ったな。
兎姫と初めて会った日、名前に引っかかる物があったのはこれだったのか!
一族の間じゃ、本家の娘をいつも姫と呼んでいるからな。俺は姫には一度も会ったことがないし、顔もわからないから兎姫と聞いてもすぐにピンとこなかったぜ。
あちゃ〜、事態は最悪だな。
カイが恋をした相手は本家の姫だったって事か!
カイは分家の雇われ社員、姫は本家の箱入りお嬢様。身分の差がありすぎる。
とにかく違うと言い張りその場はなんとか玄兎を追い払った。
二人を呼び出し、店での一幕を話すと二人は顔を見合わせ真剣な顔で頷き合った。
「まずは謝罪だな。迷惑をかけてすまん」
「家の兄がお店で騒いで、ゴメンねイット」
頭を下げた後、二人は立ち上がった。
「俺たち今から神社に行ってくるよ」
「何しに行くんだ?」
カイの決意めいたその目が怖いぞ。聞き返した俺にカイが爆弾を投下してくれた。
「結婚の報告に決まってるだろ」
ズドンッと、一つ目の爆弾投下!
「はぁ!?」
兎姫がお腹を愛おしそうに撫でた。
ま、まさか……そんな。
「この子のためにもわたし達結婚するわ!」
ズドーーンッと、二つ目の爆弾が兎姫の口から投下され、俺は口をあんぐり開けたのだった。
お腹に手を置いた兎姫の手に自分の手を重ね照れたように笑うカイ。
「俺もパパか〜。まいっちゃうなぁ。あはは」
「男の子かなぁ、パパ?」
「女の子かもしれないなぁ、ママ?」
早くも子供の誕生を待ちわびる幸せ夫婦の会話を繰り広げるカイと兎姫。
何があははだよ。まいるのはこっちだぜ。
展開早すぎだろ。プラトニックはどうなった。清らかな交際はどこへ行った!
「さあ、行こう」
「ええ、行きましょ」
俺が固まっている間に二人はさっさと店を出て行った。
我に返り慌てて二人を追いかけるが、神社には結界が張られてあり中に入ることは叶わない。
この結界は玄兎の奴に違いない。
神社内を無法地帯にして術を使う気だろう。
あいつはどうもシスコンらしいからな。兎姫との結婚の許しをもらいに来たカイと、反対した玄兎とで一門着始めるつもりだとしたら、カイが不利になることはわかりきっていた。
カイの家も俺と同じく分家だが、カイ自身術使いとしては力が弱く卯月に入ることより、サラリーマンの道を選び社会人として歩んでいる。
かくいう玄兎の方は近い将来卯月を引っ張る本家次期当主だ。卯月の血も濃ければ力も強い。
「まったく、手の込んだ結界なんか張りやがって!」
あの男相当怒り狂ってるな。乗り込んできた時も思ったが、豹変した顔つきから重度のシスコンだぞアレは。
何重にも貼ってくれた結界の解除に苦戦しちまった。
「おいおい、この荒れようは酷いな!?」
神社境内に入ると、灯篭は転がり賽銭箱はひっくり返り、木はなぎ倒され散々なことになっていた。
これを現当主である玄兎の親父さんが許可するはずがない。
なぜなら現当主は歴史ある建造物や、卯月に縁がある古の壺や絵巻といった文化遺産の保存に厳しい人だからだ。
「神聖な神の社に罰当たりすぎだろ」
玄兎の親父さん不在中に玄兎が勝手に暴走しているってわけか。そしてそれに手を貸しているのは玄兎の部下に違いない。
神社内がこんな有様でカイの身が心配だ。
荒れた境内でカイの姿を探すと、拝殿に向かう参道の脇で横たわるカイを見つけた。
「おい、大丈夫かって。斬り裂き魔にでもあったのか? ボロボロだな!」
目や頬はあざだらけ額から血を流し、あちこち切り刻まれたスーツからも血が滲んでいる。
「壱兎……兎姫の兄さん強すぎ」
「何があった?」
「結婚の報告に行ったらいきなり……あの人ヤバいぞ。光の矢を射る術を使える」
「光の矢?」
「そうだ、鈴の付いた鏡をかざされた瞬間……鏡から光の矢が現れ……この有様さ、ゴホッ」
苦痛に顔を歪め話してる途中で咳き込み吐血するカイ。
腹部にも怪我を負っているのか!
鈴の付いた鏡、その言葉に覚えがあった。
家の家系には代々伝わるご先祖様の日記がある。内容は空間に穴を開けた事で本家から疎まれ蔑まされてきたご先祖様の、ほぼ鬱憤晴らしのような日記だが。
そこに書いてあったのが、卯月の当主が代々受け継ぐ六鈴鏡だ。
元は家のご先祖様が持っていたらしいが、本家の人間に取り上げられたと恨みつらみが書いてあったのを覚えている。
玄兎はそれを使ってカイを負傷させたのか!
玄兎から見てもカイの術師としての力が弱い事は分かっているはずだ。わかっていて六鈴鏡をカイに使ったのか!?
正気の沙汰とは思えないな。
向こうが手加減なしということなら、こっちにだってそれ相応の対処をしないとならない。
俺はうさぎ堂の焼印入り折り紙を取り出しパクパク型に折る。
「こんな所で折り紙かよ!」
カイがツッコミを入れてくるが善は急げだ。
「ただの折り紙じゃねぇよ。これは緊急時の連絡手段だ」
折った折り紙を広げ指を入れてパクパク動かし言霊を吹き込む。
「神社荒れし、ご当主、急ぎ帰宅されよ」
折り紙を指から外すとそれは一瞬で消えた。
「何したんだ?」
「ご当主に報告だ。運が良ければ助けが来るまで時間を稼ぐだけで良い」
「手際……良いな」
感心している場合か。
俺にはこの従兄に一言言ってやる事がある。
「お前ら二人が人の話を聞かずに突っ走るからだ!」
「悪い。居ても立っても……居られなくなった」
時々痛むのか息も絶え絶えに話すカイの周りに視線をやる。
「兎姫はどうした?」
「彼女は……壱兎!」
カイの緊張を帯びた声と、離れたところから嫌な気配を感じ、俺は振り返るよりも先に身体が動いた。
気配に向けて目くらましの札を投げる。
位置は気配でだいたい見当がついていたからな。札も折り紙にして飛行機に折るとよく飛ぶぜ。
目くらましの札は何かと役に立つから、俺の通常携帯品だ。
いくつか飛ばして、境内一帯に靄を作り出した。これで少しは時間を稼げる。
カイを担ぎながら隠れられそうな物陰に移動する。
術をカイ本人に唱え守護の結界を張った。どの程度通用するかわからないが気休めでもやらないよりは良い。
折り紙飛行機の札の効果か、玄兎らしき人の影が四方に顔を動かしながら、拝殿の方から大声を張り上げ歩いてくる。
「やあ、壱兎。ようやくお出ましかい? さっき変な男が来てね、君と兎姫の交際を認めてくれと言いに来たんだよ。君の友人かな? あまりにしつこいからちょっと腕慣らしをさせてもらったよ」
なんだこいつ、あれ程違うと否定したのにまだ勘違いしてるのか?
腕慣らしでカイをこんな目に合わせるなんざ許せねぇな。
玄兎はまだ俺たちの位置がつかめていないようだ。
ゆっくり歩いてくる玄兎に目をやりながら、小声でカイに話しかける。
「兎姫はどこだ?」
「すまん。俺に力がなかったばっかりに、本家の奴らに」
「捕まったのか!?」
「拝殿の奥に連れて行かれた」
玄兎はシスコンだからな、兎姫に危害を加えることはしないだろうが、身重の体にどう障るか心配だ。
まずは情報を集めるのが先だな。
玄兎の親父さんが俺の知らせで駆けつけて来るかは運次第だ。最悪の事態も想定して情報は多いに越した事はない。
「カイ、兎姫から玄兎の弱点みたいなものを聞いてるか?」
「弱点になるかわからないけど、兎姫の話では辛い物が苦手で、酒が飲めないと言ってたな。一滴でフラフラになるらしい」
なるほど。この弱点を生かして玄兎を止める良い方法は……そうだ!
俺はうさぎ型の式札を取り出し指でひと撫でする。
式札から白い小さな煙が立ち登り、その中から赤と黒のツートンうさぎが現れた。
向こうがご先祖様の道具を使ってくるならこっちもそうさせてもらうまでだ。
「ぴょん吉、ご先祖様の玉手箱と今日作った新作を出せるか?」
『了解ぴょん!』
俺の守護獣ぴょん吉は片耳を折るように曲げ鼻をピクピク動かした後、ピンと伸ばした耳から眼鏡ケースサイズの箱と、プラ製の容器に入った和菓子を出した。
「お前の守護獣便利だなぁ」
俺が背中を撫でるとぴょん吉は煙となり元の一枚の紙に戻った。
「便利なだけなら良いが、代償もつきものだ」
後でプレミア級の和菓子を要求してくるからな。無償で奉仕はしてくれないってわけだ。
俺は箱から和菓子屋の武器を取り出し、焼印を押印してある札に筆を走らせながらカイに声をかける。
「カイ、そろそろ歩けそうか?」
ゆっくりと体を起き上がらせたカイの顔色は青白い。だが、力強く頷いた。
「ああ……早く走るのは、難しいが、なんとかな」
俺は取り出した和菓子は袖の中に、和菓子屋の武器と札は懐や靴の中にしまう。
「ここは俺がどうにかするから、お前は兎姫のところに行ってやれ」
カイは頷き真剣な顔をした。
「壱兎……俺に万が一何かあった時、その時は兎姫とお腹の子を頼む」
おいおい、縁起でもないことを言うなよ。
「何言ってんだよ!」
俺はカイの背中を叩いてやった。
「おまっ……俺、怪我人!」
「気合注入してやったんだ。頼りにしてるぜ、カイ兄貴!」
カイ兄貴なんて呼ぶのはいつぶりか?
俺がカイに向けて拳を突き出すと、カイも同じように拳を俺に突き出し。
「よし、カイ兄ちゃんに任せときな!」
俺たちはグータッチした。
兎姫を見つけ無事に神社から外に出てくれ。ヘマするなよカイ!