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01 和菓子屋の朝は早い

 

 俺の名は壱兎。虹ヶ丘の駅前商店街で老舗和菓子屋『うさぎ堂』の店主をしている。


 俺のご先祖様は大昔、星詠み師だの呪い師だのと言われて人々から崇拝されいたらしい。かの有名な陰陽師も家系図に乗っていたりする。


 武士だ戦だ鎧だと物騒な時代には、隠れ呪術師となって表では菓子屋を営み、裏稼業として呪術を生業にしていた。世間に知られると色々と厄介だったんだろうな。当時の忍び一族と同じようなもんだ。



 うさぎ堂が出来るきっかけは、帝だの公達だのが栄えた文明の時代に、呪術の研究に熱心なご先祖様がうっかり術を間違えて発動しちまったのが発端だ。

 術は爆発し、庭の空間にぽっかり穴が開いちまった。

 これが虹ヶ丘と異空間を繋ぐ穴で、俺ら一族から境界と言われている。

 ご先祖様は穴を蔵で覆い、結界を張り巡らせ自分で管理できるようにした。ヘマはしたが事後処理もしっかりやれる力があったご先祖様は立派なものだ。



 その後に続いたご先祖様が甘党で、趣味が興じて菓子屋を開いた。それがうさぎ堂の始まりだ。

 その穴を引き継ぐのが子孫である俺の一族卯月なんだが、正確には卯月の末端家系。つまり卯月の分家である俺の家系が守り役となっている。



 卯月を名乗る一族本家の連中は、この街に穴を開けた俺のご先祖を一族の恥だと考えて疎んできた。

 世間の荒波に負けず穴を守りながら、異世界人と交流を持ったご先祖様は、転んでもただでは起きなかった。

 境界越えをしてくる人間相手の窓口となりながらも、彼らにも和菓子を売り商売をしたわけだからな。俺のご先祖様は賢い人だったってわけさ。

 異世界からやって来る連中は、物珍しさと代々受け継がれてきた伝統の味に惹かれ、うさぎ堂にとって良いお客様となったわけだからな。

 本家の連中がどう思おうと、俺はそんなご先祖様を誇りに思っている。




 和菓子屋の一日は早い。日の出とともに起きて今日店に出す和菓子を作る。

 それが済むと、俺は和菓子を持って虹ヶ丘の東にある『卯月神社』へと行く。自分が考案した和菓子を奉納するためだ。

 卯月神社は術師が帝からの命を受け湖に建てたと言われている由緒ある神社だ。



 神社の境内を歩いていると空を切る鋭い音と同時に、目の端に光るものが映った。

 俺は体を右に移動させる。

「おっと危ねっ」

 俺がたった今いた地面に小刀が刺さっているじゃねぇか。

 避けた途端、今度は右から別の光る物が飛んで来て俺は左に避けてかわした。

「うおっ、今度はこっちかよ」

 数秒遅れていたら足に刺さってたぞ。

 俺の立っていた地面に刺さっているのは矢だ。羽のところに紙がくくりつけてある。



 紙を開くと墨で大きく『不合格』と書かれてあった。

「は? 不合格ってなんだよ……って、しまった! 」

 文に気を取られた一瞬、正面から襲ってきた飛び道具に反応が遅れちまった。

 俺は慌てて後ろに飛び退くが……!

「うおおおっーーっ!」

 着地した地面が崩れ、慌てて持っていた風呂敷包みをしっかり抱えると、俺の身体は穴の中に落ちていった。



 幸い穴はよじ登って出られる深さだ。俺は風呂敷包みを口にくわえ穴をよじ登る。

 まったく毎回毎回ホント飽きねぇ奴らだぜ。

 俺にはこんな事をする奴に嫌というほど見覚えがあった。

 穴をよじ登ったところで俺は風呂敷包みを手に持ち替え、殺気を感じる方角に向かって大声を張り上げる。


「お前ら俺を殺す気か!?」

「まっさかぁ。殺しちゃったらオレらの仕事がなくなっちゃうだろ」

 声が返ってきたのは樹齢何百年かの楠からだ。太い枝に一人立っている。

 陽気な声で楽しそうに言っているが、内容は生殺し宣言だ。こいつは一人目の厄介な奴、黒兎だ。

「不合格ってなんだよ。不合格って!」

「これですよ」


 楠と少し離れたところにある大木からも声が聞こえ、風とともに一機の紙飛行機が俺の方に飛んできた。落ち着き払った丁寧な物言いは二人目の厄介な奴白兎だ。

 俺は飛行機を手で受け止め中を開く。


『健康診断書』


 なんでこんな物。

 はは〜ん、俺はピンときたぜ。二人の前で医者からのコメントを読んでやろう。

「標準体重よりやや太り気味です。食生活に気をつけ健康維持のために適度な運動も取り入れましょう……太り過ぎだってよ。コクハクコンビのどっちだ?」

 二人がいる木に向かって診断書をちらつかせると、黒兎と白兎の二人合わせてコクハクコンビは笑いだした。



「壱兎さん、貴方は老眼ですか?」

 丁寧だが失礼な奴だ。

「んなわけあるかい。俺様はまだ若いんだよ!」

「ハク、こいつは老眼じゃなくて字が読めないんだぞ」

「そうでしたか、それは気づきませんで。大変失礼致しました」



 馬鹿にしてくれるぜ。もちろん字は読める。だがなこいつらとつきあうだけで血圧が上がりそうだぜ。

「あ〜もう、お前らなんなんだ。俺はこの先に用があるんだよ。用件がないなら行くぞ」

 俺が拝殿に足を向けようとすると、小刀が飛んできた。



「うわっ、だからやめろって。他の参拝者に当たったら危ねぇだろ!」

「結界を貼らせていただきましたのでご心配なく」

 抜かりはないってことか。

「壱兎は拝殿に行けないんだぞ」

「俺はいつもの勤めに来ただけだ。行けないだと? どういう事だ?」



「二桁の方通行禁止です」

「二桁なんて一族の恥だからね」

「従って貴方を先に行かせる事はできません」

「その二桁ってなんだよ?」

「診断書をよく見て下さい。名前は貴方ですよ」

 俺はもう一度診断書に目を向ける。

 なんてこった、氏名の欄に俺の名前がはっきりくっきり印字されてあるじゃねぇか!



「これ俺のかよ!」

「壱兎はバカだなぁ」

「ええ、おバカさんですね」

 ケラケラ笑う黒兎に頷く白兎。この際コクハクコンビは無視だ。

 俺は診断書にくまなく目を通すが、二桁の意味がわからねぇ。

「二桁ってなんなんだ?」

 思わずつぶやくと黒兎の奴がしっかり拾った。



「体脂肪率に決まってるだろ」

 体脂肪率だと?

 体脂肪率の項目を見て納得する。

 確かに俺の体脂肪率は二桁だ。

 だが世の中体脂肪率二桁な奴はごまんといる。

 一桁の方が少ないんじゃないのか。

「ちょっと待て。お前らはどうなんだ?」

「コクも僕も当然一桁ですよ」

 それが自慢したかったのかこいつら。

 いや、そんな事より。



「なんで俺の健康診断書をお前らが持ってるんだ?」

「入手は簡単だぜ」

 黒兎が親指を立てると、白兎は人差し指を口に当てた。

「ええ、ですが入手方法は企業秘密ですので漏らせません」

 こいつら手段を選ばないからな。自分の身が可愛けりゃあまり関わらないのが一番だが、何か引っかかるな。

 診断書のコメント欄だ。


『健康維持のため適度な運動を取り入れましょう……』


 俺の頭にこいつらまさか、という予感がよぎった。

「おい、コクハクコンビ! 俺は診断書のコメントが原因で襲われたのか!?」

 黒兎と白兎は顔を見合わせニヤリと笑った。

「上からの命令だからな」

 上からってのはつまり卯月の当主だな!

「今回は通常作戦をやめ、特別作戦に変更となりました」

 特別作戦だと?

 嫌な予感しかしないぜ。

「何か仕込んでんじゃねぇだろな?」



「な〜いしょ。今日はこの辺で大目に見てあげるんだぞ、ありがたく思え」

 ありがたくねぇよ。

「どうぞお通り下さい」

 おいおい、さっき言ったばかりの二桁通行禁止はどうなった?

 二人はそれだけ言うと姿をくらました。

 不気味すぎる。今日の二人はやけにあっさりしている。

 いつもなら二人で飛び道具の連投をしてきた後は、体術戦と呪術攻撃に持ち込まれるのがお決まりだ。

 特別作戦が何なのかろくなことにならない気がする。だが俺は拝殿に向かう。

 なぜなら約束という名の使命があるからだ。




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